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2008-06-02

『世界にひとつだけの花』考

一部で盛り上がっていたので、いっちょ噛んでみます。


競争社会の淘汰圧に耐え切れずに一時退却するのは有りだと思うよ、もうこんな競争社会に居られないぜってドロップアウトするのも別に勝手だけど、それは自分が良く良く考えた上で自分の責任でしなきゃ成らないことだろ。それを中年アイドルグループの歌に託すなよ、しかもそれ理由無いじゃん!って事ですよ。


花は野に咲け世界にひとつだけの花- 幸せの鐘が鳴(r


私はちょっと違うことを思ったなぁ。

ドロップアウトしてオンリー1幻想に浸るのも、その人の勝手です。格差社会の中で闘って競争に負けて降りた人には、そのくらいの個人的癒しはあっていいと思います。

どう見ても出世コースから外されたくたびれたおじさんがカラオケスナックでがなっていても、寛大な目で見ますよ私は。おじさんだってツラいんだ。誰もオンリー1だと認めてくれなかったら、「中年アイドルグループ」の歌に託すくらいしかないんだよ。痛々しいけどそっとしておいてやれ。


私の夫(49歳)は仕事に疲れ果てて発狂寸前ですが、「でもあなたはあなたじゃないの」と言ってやりたいです。3日置きに「もう何もかも投げ出してホームレスになりたい」とホザいてますが、「そうね。それもあなたのひとつの道かもね」と。

妻の立場で「そんな情けないこと言っててどうする」となぜ夫を叱咤激励しないのか? しても仕方がないからです。充分自分を叱咤激励し自分に鞭打って働いてもうヨレヨレになりかかっている男に、「まだまだ努力が足らん!」とは言えません。唐突に「しょうがねぇから生きてくことにするか」と真顔で言う男に、「ならナンバー1をめざせ」とは言えません。

もちろん誰だってホームレスに進んでなるわけにはいかないし、そう簡単に死ぬこともできない。そんなしんどい立ち位置を支えるのがどんな陳腐な癒しであっても、それを笑う資格は私にはないなと思う。


おじさんにとって『世界にひとつだけの花』は、昔で言えば『昭和枯れすすき』(1974)です。

♪貧しさに負けた いえ世間に負けた この街も追われた いっそきれいに死のうか 

濃厚な昭和汁がしたたるあの歌は、あまりに暗くストレートな負け犬の歌でした。もちろんこの歌を口ずさんだサラリーマンがことごとく自殺したり出奔したわけではなく、惨めったらしい歌詞に自分の今を託して自らを慰めたのです。暗くてビンボ臭いのは70年代の流行りです。

♪力の限り 生きたから 未練などないわ 花さえも咲かぬ 二人は枯れすすき

ここでは「花」は咲いてません。さすがに現実を直視しています。

同じ自慰ソングでも、『世界にひとつだけの花』には、花が咲かないかもしれない不安はない。それなりに咲いてみんな「どれもきれい」。頑張れば咲けるのです。そうだオレは頑張った。立派な花ではないが花は花だ。競争からは落ちこぼれたが花は花だ‥‥。(←自分に言い聞かせる。そして)

♪No.1にならなくても いい もともと特別な Only one 



私が忌避感を覚えるのは、そういう勝者と敗者が選別され淘汰される現実があたかもないかのように、この歌が受容される場面です。

職場の近くに小学校があって、一時期朝礼でこの歌を流していました。子供達がそれに合わせて、教師が考えたのであろう振付きで歌っていたのも目撃しました。

♪No.1にならなくても いい もともと特別な Only one 

だったら通知表なんか廃止すればいいでしょ。ナンバー1の価値を下げオンリー1を賞揚するなら、すべての評価軸は無効だよ。テストもするな。合唱コンクールも水泳大会も中止だ。ナンバー1を目指させるようなことは一切取りやめにしたらいい。

そう脊髄反射したくなりました。


しかしあの歌を心から楽しんで歌っていたとしても、子供達はオンリー1で本当に満足するのだろうか? 誰だって人より良い成果を上げたら褒めてもらいたいし、勉強や運動で一番になってみたい。それがダメなら他の何かで一番を目指したい。もし実際に「それぞれの個性」を理由に「平等」を徹底されたら、逆に困ると思う。

ちょっと不良ぶってみても「それが君の個性だ」と言われたら息が詰まりそうだ。歌が下手なことはわかりきっているのに「頑張ったので100点」なんて言われても嬉しくないだろう。わかりやすいかたちで人との差異化を図りたい願望が押さえつけられた時、今度は足の引っ張り合いが始まるだろう。

既に散々闘ってヨレヨレになって癒ししかないおじさんとは違うのです、子供や若者というものは。彼らの健全な欲求を、「きみは、世界にひとつだけの花だよ」という何か言ってるようで実は何も言ってない言葉で誤摩化したって無意味です。

無意味どころか、弊害があります。トップを目指すツラい努力などせずともオンリー1というなんか知らないけどいいものでいられるのだ、という甘ったれた思い込みをもし子供がもったなら、その子の芽を摘むことにも繋がりかねません。

‥‥とまで言うのは大袈裟か。しかし子供は影響されやすい生きものです。


中途半端な平等主義など導入したところで、学校は所詮、権力者たる教師が生徒を制御し方向づけ競争させ序列化する場です。優等生から落ちこぼれまで、そのことを熟知しています。そしてこの厳然たる事実から目を背けたいのは、生徒ではない。教師のほうなのです。

子供達を序列化することに「疾しさ」を覚えるような「民主的」な教師が、権力者としての自らの立場を直視しなくて済むように、大ヒット曲の『世界のひとつだけの花』を子供達に歌わせることで疑似平等空間を演出してみせる。醜悪な光景にしか見えません。


競争は現実にあり、頑張れば誰でも「咲ける」ような「平等」社会ではない。その仕組みはどうなっているのか。そこから生まれる歪みをなくすにはどうしたらいいか。その中でどうやって生きていくか。

子供に考えさせねばならないのはそういうことであって、耳当たりのいい言葉のベールを被せ、甘美なフレームを通して世界を見れば、誰でも生きやすくなるかのような幻想を与えることではない。そういう幻想に浸りたいのは、実は自分自身だった、自分の癒しのためだったということに、あの歌を流していた教師達は気がつくべきだ。

‥‥って、全部職場の窓からその光景を眺めながら想像しただけのことですが、当たらずとも遠からずではないかと思います。


この歌を、もし私の行っている芸術大学やデザイン専門学校の生徒が口ずさんでいたら、後ろからケリを入れるかもしれません。今からナンバー1をめざすのを諦めてるんなら、いっそやめちまえ。趣味でやればいい。

オンリー1の感性を大事にしたいだと? わかってないな君たちは。流行歌に安易に自分を乗っけてる時点で感性もクソもないの。頑張った結果どうにもダメだったら、その時私が歌ってあげるから今から自分で歌いなさんな。

感性や個性といったものが重要とされているこの方面の裾野に、「世界にひとつだけの花」教信者は多いです。しかし自分のそれに過大な価値を置いて、しんどい勉強をショートカットしようとする人は、いくらでも無根拠な自信に開き直れてしまうところがあるので厄介です。



歌に罪はありません。実際ヒット要素をきちんと押さえたよくできた楽曲だと思うし、歌詞がスイーツ(笑)なのは今時の流行歌として普通のことでしょう。そこにどういうメッセージが込められているのか、詳しく分析してもあまり意味はないと思われます。重要なのは、それが受容されるシーンとコンテクストです。

ある歌がヒットしドラマの主題歌に使われCDがバカ売れしあちこちで歌われた時、一見それが世の中(の表層)に何らかの影響を及ぼしたかに見えるかもしれません。この例で言えば、『世界にひとつだけの花』が大ヒットしたことによって、人とあくせく競い合うより自分の個性を大事にしようという考え方に皆が魅力を感じ出したと。

しかしこの見方は本末転倒です。その歌が広くヒットしたのは、ヒットするだけの充分な社会的条件が既に整っていたから、それだけです。『世界にひとつだけの花』に歌われる競争の相対化とユルい自己肯定を望んでいた層が、若者からおじさんまで、2003年の日本にマスでいたのです。歌ったのが人気アイドルグループだったということは、そのうちのほんの一要素に過ぎません(これは歌に限らずさまざまなジャンルで言えます)。


みんなOnly oneであるという当たり前のことが、「希望」の歌として歌われる国。

ウンザリ感を通り越して、なにか、しみじみと哀しいものがある。



●参照エントリ(同ブログ内に関連エントリが複数ありますが、最小限に絞っています)

『世界に一つだけの花』という愚劣なタイトルの歌について - 消毒しましょ!

仲良しごっこの後は差別ですかい - 消毒しましょ!

歌は世につれ世は歌に釣られ - メモ


●追記

強力な批判文を今頃発見。これは良い。必読(ただあの歌に癒しを求めた人は読まないほうがいいかも)。

SMAP『世界にひとつだけの花』批判

ようこようこ 2008/06/03 02:27 『世界のひとつだけの花』がやっと下火になってくれましたが、一時期、合唱といえばこれ、体操といえばこれ、子供とかボランティアとか集団といえばこれという時期がありましたよね。
それらを目にし、耳にするたびに「イーッ」ってなって頭蓋の裏が痒いような感じでした。
そんなことを言っているんじゃない!と言われそうですが、被害妄想の強い私はで出しの

花屋の店先に並んだ
いろんな花を見ていた
ひとそれぞれ好みはあるけど
どれもみんなきれいだね

で、まずダメです。
今、歌詞なんてロクに覚えちゃいないのでググったのですが、これをググってる自分に「イーッ!」ってなりました。
どうせね、花屋の花じゃなくても道端の雑草ですら!とか言うんでしょ。でもね、家と家の狭間で芽生えから土に還るまで誰の目に触れないままで全然素人に存在を知られていない雑草のほうが植物のほとんどを占めているんじゃないの?って思うし、未だ発見されていない植物や菌類なんかもいっぱいいるだろうし、うっかりすると別にアマゾンの奥地とかでなくても東京のど真ん中なのに当たり前過ぎて誰もが発見されていると思って気にもとめないけど実は未発見の新種っていう雑草とか虫とかいるんじゃないの?そんで、そいつらは人類に発見されなくても、生まれたことを誰に知られなくても死んだことも誰に知られなくても、オンリーワンもナンバーワンもなく生まれて死ぬだろうけど、何かそれと人類の決定的な違いってあるの?生きて死ぬって面で、とか思っちゃうんです。
むしろ雑草目線。むしろ虫より。
僻み根性の強い私にこの歌は無理でした。

ようこようこ 2008/06/03 02:46 2003年だったんですね。
2003年から↑上の文章を書き殴る(すみません殴りました)まで気が付かなかったけど、今気がついたこと。
「誰もが オンリーワン だよ」
っていうメッセージが私には「ということを知ってる感性のあるボクたち」という選民思想に聴こえてきての「イーッ!」だったみたいです。
そしてそれに気付いた瞬間、工藤静香の「やりたいことがわかっている私たちって、幸せだよねー」というセリフを思い出したのは私がまだ気が付かない私の中で何か繋がっているんでしょうな。籤引の糸の先にある飴のように。
余談ですが上のセリフの「私たちって」の「たち」はフミヤのことです。

megmamamegmama 2008/06/03 09:09  この歌を聴いた時「テスト勉強なんてしないよね?よね?俺、全然してない。」って言いながら、影で勉強している奴を想像しました。何かが繋がっているのでしょうな(笑)
 あと全否定したいのは「この歌を手話で歌う子供達」。なんで聴覚障害者のいない自分たちの生活発表会でそんなことするんだと、意味が解らない。つか、もし障害者の前でこんなパフォーマンスしたら「お前ら負け犬だけど、オンリーワンだから(笑)」って言ってる「なんて優しい俺様」でしかないような。
 あれは「先生の癒し」だったのか、今ようやく理解出来た。

ohnosakikoohnosakiko 2008/06/03 19:47 深夜にエントリ上げて寝たら夢の中であの歌が鳴っていて、起きて仕事に行ったんだけど帰ってくるまであの歌が頭のどこかで鳴ってるようで、なんかもう気が狂いそうになって急いでビール飲んだらやっと落ち着きました。
ようこさん、まいど。

ラッセンでもそうでしたが、こういう話題の場合、ようこさんのコメント芸で記事が補完されるなあとつくづく思います。

今回は個人的好き嫌いはあまり強く出さずに書いてみましたが、ひっかかる箇所はまず「花屋」ですね。
そもそも「花屋の花」ならもともと選別されたやつです。花の中のエリートじゃん。エリートになっておきながら、何がオンリー1だ。種のまま終わる雑草だってあるんだぞ。
それに花を選ぶのに迷ってる人がいる。花はみんな選ばれるのを待っている。なんだ、結局誰かに承認されることを求めてんじゃん。売れなかった花は捨てられるんだよ。

>「誰もが オンリーワン だよ」
っていうメッセージが私には「ということを知ってる感性のあるボクたち」という選民思想に聴こえてきての「イーッ!」だったみたいです。

あー。気の効いたこと言ってるつもりなんですか?みたいな感じがありますね。あんまり繰り返されると。

>工藤静香のセリフ

言ってた言ってた。頭イタくなりました。急にテレビでいい女扱いされて勘違いしたんですよ。しかし凄いセリフだわ。相手フミヤだし。いろんな意味で凄い。

ohnosakikoohnosakiko 2008/06/03 19:49 megmamaさん、どうも。
>「テスト勉強なんてしないよね?よね?俺、全然してない。」って言いながら、影で勉強している奴を想像しました。何かが繋がっているのでしょうな(笑)

うふふ。

>「この歌を手話で歌う子供達」。なんで聴覚障害者のいない自分たちの生活発表会でそんなことするんだと、意味が解らない。

そんなシーンがあったんですか。厭の2乗ですね。

>もし障害者の前でこんなパフォーマンスしたら「お前ら負け犬だけど、オンリーワンだから(笑)」って言ってる「なんて優しい俺様」でしかないような。

厭の3乗。
‥‥そういうシーンを想像してよりあの歌の隠された本質(って勝手に決める)がわかってきたような気もします。

夏葉夏葉 2008/06/03 20:45 元ファンとして、ファンだったときの心情を申しますと
「なんだってこんなに大袈裟な扱いをされとるんだ、この歌が」
でした。
もともとアルバムの中の1曲であったのに、シングルカットされるや否や、あッと言う間にファンの元を離れ、別世界へ行ってしまったのでした。
反戦歌になってみたり、卒業式ソングになってみたり、我が家の近所では盆踊りの曲にすら、されておりました。
「……なんだかなぁ」
というヤツでした。
でもライブで聴くと不思議なパワーもあったことは事実でした。
ただ困ったのは、この曲のせいで、彼らののちの楽曲が異様にメッセージ性の強いものばかりになってしまったことでした。
そんなもん、ファンは望んでなかったんですよね。
なので、いろんな意味で、彼らと彼らをとりまく環境を変えてしまった楽曲である、ということは言えると思います。
それにしてもよのなかに、こんなにあの曲に対して嫌悪感を露にする人々がいらしたとは(ちょっとアレルギー的なものも感じます)。
ファンであったときには気付かなかったことです。

ohnosakikoohnosakiko 2008/06/03 21:18 夏葉さん、どうも。

>反戦歌になってみたり、卒業式ソングになってみたり、我が家の近所では盆踊りの曲にすら、されておりました。

そう、反戦歌だという解釈もありましたね。やはりそれだけ庶民感情を乗せやすい歌だったということでしょう。そういう意味では記事でも書いたように、よくできていると思います。

>でもライブで聴くと不思議なパワーもあったことは事実でした。

それもなんとなく想像できます。

>それにしてもよのなかに、こんなにあの曲に対して嫌悪感を露にする人々がいらしたとは(ちょっとアレルギー的なものも感じます)。

歌そのもの以上に、それがどういう使われ方、受容のされ方をしているかというところで、強い違和感や忌避感があるように思います。
とはいえ、おそらく一部なんでしょうけど。多くの人は普通に聴き流しているんじゃないですかね。

symptom07symptom07 2008/06/04 23:35 先日はありがとうございました!

>流行歌に安易に自分を乗っけてる時点で感性もクソもないの

そうですよね。
ミリオンヒットしている時点で、この歌の伝えようとするメッセージ(槇原敬之が本当に伝えたかったのか、ただ思いついたフレーズを入れてみただけなのかどうかは定かではありませんが)とは矛盾してますよね。みんながみんなで「オンリ〜ワ〜ン♪」と口ずさんでどうする(笑)

僕には、こういうスローガンめいたものに安易に乗っていける人は、ある種の分裂をしているように思えます。
『世界にひとつだけの花』を熱気を上げて歌うというのは、その中のメッセージを実践したい(オンリーワンになりたい)「自分」への応援歌であるのと同時に、「もちろんナンバーワンにはなれないし、オンリーワンにすらなれないどうしょうもない存在」であるということを重々承知の「自分」への慰めの効果があるのではないでしょうか(もちろん、こんなものが慰めになるの!?という疑問もありますが)。

この歌、ベタに受け取っていた人がいたら、それはそれでおめでたい人ではありますね。

ohnosakikoohnosakiko 2008/06/05 00:58 symptom07さん、ども。こちらこそお世話になりました。

「オンリーワン」って単純に「人それぞれ固有性がある」という当たり前の意味と、あるジャンルで目立って特異な存在を指すのに使う場合と、両方ありますね。
あの歌の文脈だと前者でしょう。だから反戦歌とされたり小学校でよく使われたりした。もし後者だとしたら、それはナンバーワンになるのと同じくらい大変なことになるわけで、誰でも頑張れば花が咲くとは言えなくなりますし。

>もちろん、こんなものが慰めになるの!?という疑問もありますが

慰めになる、というより、慰めにするんじゃないですかね。歌ってそういうものだと思います。
こんな記事もありました。
http://setogiwa.sfn-ten-nen-do.babyblue.jp/?eid=754790

チェシャ猫チェシャ猫 2008/06/05 07:04 こんにちは。

おそらくあまり独創的な見解ではないので書くのが憚られますが、私は単純に、子供の自殺やイヤな事件が相次いで大人たちは戦々恐々としていたから、自分は自分、相手とは比べなくていいんだよというメッセージのこの歌が、(大人が子供に与える歌として)もてはやされたのかと思ってました。

歌詞はよく知りませんが、これまでは競争社会で個々の価値が見失われてきたけど、自分には自分の良さがあることに目を向けなさいという当たり前のメッセージに受け取りました。それはそれで大切だとは思うのですが、本来それは誰もが暗黙のうちに周囲の人々から受け取るべきものなので、こんなことがあからさまに叫ばれるのは世も末だと思いました。

何年か前に、10代の若者が討論するNHKの番組をたまたま見たのですが、それが今でも印象に残っています。ひとりの女の子が「負け犬にはなりたくない!」と問題提起(?)をして、他の子たちが、「負け犬のどこが悪いのか」「何が勝ち組で何が負け組かなんてわからない」などと反論していました。なんだか背筋が寒くなりました。まさに「ナンバーワンよりオンリーワン」というわけです。30代の大人が「負け犬になりたくない」と言ったら同世代から反感を買うでしょうが、若者が負けたくないと思うのはむしろ当然の意識だし、そう思わなければ何も始めることすらできないのに。
これまではナンバーワンになりなさいと教えてきた大人たちが、ナンバーワンよりオンリーワンと教え、子供たちもそれを疑う事なく受容する。オンリーワンもナンバーワンも、所詮ひとつの価値観の押しつけにすぎない。個々の価値観を大切にしなさいと言っておきながら、それがはっきりとメッセージとして発信され世間に受容された瞬間、それが世間の価値観を支配するという、その矛盾に目を瞑っているところが、この歌の何とも言えず嫌なところでした。

結論的に言えば、私もこの歌自体は好きではないですが、それでもある人々の救いにはなりえると思うので、この歌で救われた人を一概に否定しようとは思いません。

チェシャ猫チェシャ猫 2008/06/05 07:14 連続ですみません。
↑投稿してから気づいたんですが、symptom07さんのコメントと一部同じような内容でした。

>ミリオンヒットしている時点で、この歌の伝えようとするメッセージとは矛盾してますよね。
>みんながみんなで「オンリ〜ワ〜ン♪」と口ずさんでどうする(笑)

ってところ。気づかなくてすみません。。。

ohnosakikoohnosakiko 2008/06/05 20:08 チェシャ猫さん、お久しぶりです。

NHKの番組ってたぶん『しゃべり場』ですね。私はそれ見ていませんが、頑張っても勝ち犬(勝ち組?)にはなれそうにないという将来を見越しての、懸命な自己防衛という感じなんでしょうか。やりたいことがあるならそれを目指して突き進めばいい、くらいしか言えないわけですが。
「負け犬/勝ち犬」というと私はどうしても酒井順子が規定したところのアレを思い出すので、もしかしてそんな議論を中学生女子がしていたんだったら、面白いなあと思ってしまいました。その場合「負け犬のどこが悪いのか」「何が勝ち組で何が負け組かなんてわからない」に加勢しますけど(笑

「個々の価値観を大切にする」というのはもう支配的イデオロギーといっていいほど浸透していると思うので、ほとんどそれは「世間の価値観」と言ってもいいくらいな気がします。表向きのですが。

usaurarausaurara 2008/06/05 21:12 こんばんは^^ 関連エントリー書いたのでトラバとばしてるんだけど、今日ははてなの調子がずっとおかしくて
反映されないみたいです。どうか「トラバくらいしてください!!!」って怒らないでくださいねーーw
んで、何度もトライしたのでひょっとして後になってバカみたいに来たらごめんなさい。適当に消してくださいませ。

ohnosakikoohnosakiko 2008/06/05 22:46 うささん、私の書いた一語一句覚えてるんですか!ww
リンクしてもトラバ来ないんですねー。
(エントリは読んでコメント書きました)

ようこようこ 2008/06/05 22:54 時間は夢を裏切らない!(何

まこりんさんのところで
>売り物にならないモノは間引きされ、剪定され
というのを見て、そういえば忘れてたけど、ある年の母の日の翌日に花農家さんのところにいって、ビニールハウスいっぱいのカーネションをばっしばっしと積んで捨てたのでした。
母の日が終わったら、次の季節モノを育てないといけないですからね。
そういう処分シーンとか、トラクターで踏みつぶすキャベツとか、一生土も太陽も知らないままのカイワレとかモヤシとかの栽培施設の映像とかを延々繋げながらあの曲が流れてるとちょっと好きになれるなと思いました。
もちろん、感染症防止のために窓のない真っ暗な部屋にいる卵産み用鶏の映像も入れて欲しいです。
そんな感じで。

ところで「真剣10代しゃべり場」
あれね、再放送とかやってたこともあるじゃないですか。
私がイー!ってなって見られない番組の1位がジェネジャン!で2位が真剣10代しゃべり場で、朝まで生テレビはふんぬぅ〜!って踏ん張って数分見れるのですが、真剣10代しゃべり場。
大丈夫なんですかね。
10代がああだって大人なら全員知っているじゃないですか。
そのうえでの放送。
そのうえでの録画。
そのうえでの再放送。(ということは今もNHKのどこかにデータが)
今、しゃべり場出演者が何歳になっているのか知りませんが、そのうち死人が出るんじゃないかとホント心配です。
ひどいよね、大人って。

ohnosakikoohnosakiko 2008/06/05 23:31 >そういう処分シーンとか、トラクターで踏みつぶすキャベツとか、一生土も太陽も知らないままのカイワレとかモヤシとかの栽培施設の映像とかを延々繋げながらあの曲が流れてるとちょっと好きになれるなと思いました。

それは‥‥すばらし過ぎる。しゃべり場のオープニングで使ったらいい(違

しゃべり場って、NHKの嫌らしいわざとらしさが全部出ているような番組ですね。今の子供はこんなこと考えているんですよお父さんお母さん知ってましたか?みたいな。その嫌らしさ見たさにたまに見てしまいます。最後まで見れないけど。
やっぱり昔私もこんなふうだったかな〜というのがあって見れないのもあります。大抵一人か二人どつきたくなるのがいますね。
一方で、女の子とかテレビに出るってんでオシャレを精一杯頑張ってるのがカワイイなあ‥‥とかの目線で見たりしてね。

チェシャ猫チェシャ猫 2008/06/06 08:27 そういえば「個性を大切に」なんてスローガンは私が小さい頃から錦の御旗のように掲げられていて、私は「個性のない私はどうしたらいいんだ」と引け目を感じていましたっけ。

しゃべり場の議論での「負け犬」はもっとひろい意味で使われていたと思います。「負け組」「勝ち組」の線引きもどうかなという感じですが、何をするんでも成功する自分を思い描けなければ絶対実現なんか不可能なので、若い頃はそのくらい勢いがあってもいいんでないかなと思います。というかですね、世間で何となくいいと思われている価値観があって、それにわざと鼻息荒い対抗馬(負け犬なんてなりたくない!)をぶつけて、視聴者を前者の方に導くという操作の匂いを感じたです。実際はどうなのか分かりませんが、印象としては。

杏 2008/07/21 14:25 初めてコメントします。すばらしい歌だと思います。別にスマップのファンでもないですし、槇原さんのファンでもありません。ただ、この曲を否定する人はこの人のNO1でありたい。そう思える人がいないなのかな。と思います。社会的なことだけでなく、もっと広い視野で考えてみてはいかがでしょうか。

山下山下 2008/07/22 01:14 ナンバー1でなくともオンリー1だからよいのだ、という歌への批判に対して「この人のNO1でありたい、と思える人はいないのか」といってどうするのか(;´Д`)
それ戻ってるよ!

みほ亭みほ亭 2009/02/27 12:42 はじめまして。
娘が学校でこれを手話付きでやらされるらしく、調べておいてと頼まれググって参りました。
元々嫌いな歌なのに手話まで付けて、私の娘にやれって?
と思った時点で【ケッッッッ!ヽ(`Д´)ノ】となったのですが、やらねばなりません。涙
こちらを拝読して溜飲が下がりました。
またお邪魔することもあるかと思いますので、ご挨拶まで。

ohnosakikoohnosakiko 2009/02/27 22:12 みほ亭さん、はじめまして。
やはり手話付きでやる学校、あるんですねぇ。なかなか根強い歌のようですね。

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