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2013-11-17

「山本太郎お手紙事件」に見るメシア願望

話題としては既に古くなった、山本太郎参院議員が秋の園遊会天皇に手紙を渡したという”事件”。この件で最初に思い出したのは、かつて斎藤環が『新潮45』9月号の速水健朗との対談「「ヤンキー政治」にご用心!」で、山本太郎について言った「ニューエイジヤンキー」という言葉だ。


速水健朗の意見は、「山本太郎の支持層とヤンキーはあまり結び付かない」し、あれは「左翼陰謀史観に流れていく典型」というもの。一方、斎藤環は「ヤンキーがインテリの思惑の中で別の可能性を開いてしまった特異例」だとし、山本太郎本人はヤンキー的だと言う。

山本太郎は「ある地点で思考停止してしまう面があり、極端な危ない証拠を連呼するだけで、客観性を保つための情報収集を拒否」している「シンプルすぎる非知反原発」。だがそのシンプルさ、見かけのわかりやすさでポピュラリティも獲得した。そうした性質は、斎藤環が言うところの「ニューエイジヤンキー」(その典型例がラッセン)の流れにあるものらしい。

ここでラッセンと山本太郎が結び付くとは思わなかったので思わず笑ってしまったのだが、”お手紙事件”の後で考えてみると「山本太郎=ニューエイジヤンキー」は非常にしっくりくる。笑えないくらいしっくり来る。


熟慮すべきことも「気合いとアゲアゲのノリさえあれば、まあなんとかなるべ」(斎藤環『世界が土曜の夜の夢なら』より)でやっつけてしまうのがヤンキー的メンタリティだが、極端な反原発主義をニューエイジ的であるとするのは、言うまでもなくニューエイジにディープエコロジー志向があるからだった。

さらにニューエイジは、個と大いなるもの(見えない世界とか宇宙とか)を直に結びつけるスピリチュアル思想と重なっている。間にある諸々の社会など複雑なシステム、機構を一挙に飛び越える点は、セカイ系に近いとも言える。

天皇は日本国象徴にして日本の伝統文化と精神(スピリチュアル!)を体現する存在と見なされている。原発問題を訴えるため、「気合い」の出たとこ勝負で、間にあるものを飛び越えて天皇に直訴する感性は、まさにニューエイジにしてヤンキー。そして斎藤文脈ではヤンキーメンタリティをもつ人々が日本人の主流派である以上、「ニューエイジヤンキー」も潜在的には主流派となりうる可能性を秘めている。*1


巷では非常識、不謹慎、短絡的、パフォーマンスだと散々叩かれていたが、以上のことを考えるとこれは特別な、特異なケースではない気もしてくる。

山本太郎の行動にあった「神頼み」的なメンタリティは、多くの人が無意識のうちに共有するようになる、もしくはそろそろなっているのではないかと。


巨神兵という核兵器メタファーが地上を破壊し尽くした後の汚染された世界に、救世主が登場し皆を救済する‥‥というのが、アニメ『風の谷のナウシカ』のテーマだった。今年も授業で扱ったが、「希望を描いているように見えるが、同時に絶望も感じとれた」という、3.11以後ならではの学生の感想レポートがあった。

福島第一原発の爆発による汚染された世界に、メシアは現れない。「汚染水はコントロール下にある」という公式見解とは別に、現場で日々困難な取り組みが続けられているという情報が細々と伝わってくるだけだ。事態が好転した、もう大丈夫という話は出てこない。だったらあとは「神頼み」しかないではないか(もちろん天皇は神でも救世主でもないが他に誰がいる?)‥‥となっても不思議ではない。

「議員のくせに議会制民主主義を無視している」「天皇を政治利用している」と批判した人々だって、心のどこかで「誰か強い影響力をもつカリスマがこのどんづまりの状況を少しでも変えてくれたらいいのになぁ」と思っていないとは限らない。でなかったら「脱原発」を主張し出したかつての人気政治家・小泉純一郎がこんなに引っ張りだこになるわけがない(よくよくそういう空気の読める人だと思う)。


さまざまな民主主義的手続きやシステム、制度への不信が強まりうっすらとした絶望感が蔓延していった時、強大な力で物事が解決されることを人は夢みるようになる。何か大きなものにすがりたい。大きなものと繋がりたい。それは一種のメシア(救世主)願望だ。

宗教的なものもそこから復活してくるだろう。従来の教団宗教とは異なるかたちで。たぶんそれを止めることはできないだろう。「ニューエイジヤンキー」山本太郎はその少し早過ぎた例だったのではないかと思う。



●「ヤンキー」解説

斎藤環の言う「ヤンキー」は、いわゆる一部の不良だけを指すのではなく、日本独特の「フェイク」な大衆文化を受容する層。故・ナンシー関が言ったとされる「ヤンキーは日本最大のマーケット」を受けている。

ナンシー関はかつて芸能界の美意識を指して「ヤンキー」と看破した。そこから斎藤は、「われわれの日常の大部分が、ヤンキー的な美意識によって覆われていることになりはしないか」(『ヤンキー文化論序説』五十嵐太郎篇著)と考察を始めている。


ラッセンとヤンキーを結びつけた拙記事では「どんなに頑張っても今いち垢抜けず安っぽい趣味に染まりやすい田舎者」と書いた。もちろん普段アートだの何だの言っている自分の中にも、そういうヤンキー要素があることを自覚している。

ただ「ヤンキー」という言葉は論者によって使い方が異なることもある。速水健朗と斎藤環の違いはこの記事参照。


他、[ヤンキー]タグで関連記事を書いています(ヤンキーという言葉を含まないものもあり)ので、ご興味のある方はご覧下さい。

ヤンキー記事一覧 - Ohnoblog2

*1:そういえば、「天皇」の傍にはヤンキーがいつもいる。天皇即位10周年の記念式典で御前演奏したのはYOSHIKIだった。天皇即位20周年の記念式典で歌ったのはEXILEだった。その少し前、愛知万博岡本太郎の「太陽の塔」の向こうを張って「大地の塔」を作った藤井フミヤは、訪れた皇太子夫妻に「この塔の前で手を繋ぐと幸せになれる」と、とてもスピリチュアル感溢れる発言をしたそうだ。

我無駄無我無駄無 2013/11/18 11:17 楽天ソーシャルニュースから、読みに来ました。

「山本太郎支持の背景にはメシア願望がある」というお話は、極めて興味深いと思います。

それで、本文中における「ヤンキー」という用語の使い方が適切かどうかはともかくとして、「メシア願望」というテーマ自体は正しいと思います。

ところで、ohnosakiko様は、「シゾフレ人間」ないし「B層」という用語をご存知でしょうか?
「シゾフレ人間」は、精神科医の和田秀樹氏が提唱している概念で、「B層」とは小泉政権下で行われたある調査において、ある一定の行動類型を有する人たちに、割りつけられた概念です。詳細は、ググってみてください。

ただ、シゾフレ人間に関しては、簡単に言うと「流行やブームに流され、カリスマやメシアを求め集団で群れをなして行動する」等の特徴が挙げられています。
また、B層に関しては、「現代の消費社会のメインターゲットは全てB層である」等の指摘がなされています。

これらを総合的に考えると、「納豆を食べれば痩せられる」、「サバ缶を食べれば痩せられる」と聞けば、集団で納豆やサバ缶を買いに走る。こういう行動を取る人たちは間違いなくシゾフレ人間であり、B層でしょう。

この場合は、サバ缶や納豆が「メシア」になっているわけですが。

そして、彼らは10年前は小泉元総理をもろ手を挙げて支持し、4年前は民主党に政権を取らせたわけです。
それも、目先の「救世主願望」だけで。

それで、その対象が気に入らないとなると、手のひらを返して引きずり落としにかかる。これも彼らの特徴ですね。

問題なのは、このB層やシゾフレ人間に相当する人たちが、国民の過半数を占めているという現実です。

そして、これらを熟知したうえで彼らを自らの利益のために、徹底的に利用しようとする者もいるわけですね。
恐ろしいのは、そういう者たちの中から、全体主義が現れることなのですが。

その典型が、ナチスでありヒトラーでしょう。
ナチスやヒトラーは当時のワイマール共和国の状況と、庶民の行動類型を知悉したうえで徹底的な宣伝戦略の元、あれだけのことをしたのですから。

現代日本も、一歩間違うとナチスの二の舞になる危険性がある。こういうことだと思います。

我無駄無我無駄無 2013/11/18 11:39 あと、シゾフレ人間の特徴として、「魔術的救済願望を持っている」というのも、追加しておきます。

前述の納豆やサバ缶も魔術的救済願望の表れですし、また、件の山本太郎氏もこの「魔術的救済願望」の結果として、議員になったわけですね。

そして、今回の件で山本議員をバッシングする人たちも、大多数はほぼ確実にシゾフレ人間でありB層でしょうが。

あと、「ヤンキー」に関しては、むしろB層やシゾフレ人間を利用する側の存在のような気がします。
少なくとも、YOSHIKIやEXILE(ていうか芸能人全体)は、B層やシゾフレ人間の圧倒的な支持の元、存在できるわけですし。

nesskonessko 2013/11/18 15:55 「ヤンキー」解説を読むと、ナンシー関が「ヤンキー」というキーワードを用いて言おうとしたことがよくわかる気がします。たとえば雑誌だと誌面のデザインは、ちょっと野暮ったいもののほうがよく売れるんですよ。日本特有ともいえないのではないかと思うのですが、こと日本に限るなら、「ヤンキー」とでも呼ぶしかない、どんな時代であろうと一定数常にあると容易に想像できる、何か、ですよね。

ohnosakikoohnosakiko 2013/11/18 21:12 我無駄無さん
「B層」は聞いたことがありましたが、「シゾフレ人間」は初耳でした。「一般大衆」の別名でしょうか。
芸能界で言えば、ヤンキーをヤンキーが支持しているという関係のように思います。

ohnosakikoohnosakiko 2013/11/18 21:15 nesskoさん
斎藤環のヤンキー論については、「何でもヤンキーで説明し過ぎ」という批判はあります。御本人も件の対談で、ヤンキーをきちんと定義付けてはいないので、何でもヤンキーになってしまうと言っていましたが、バッドテイスト、バッドセンスとしてのヤンキーを分析していったら、広範囲に渡って当てはまるものが多かったということだろうと思います。日本人論に新しいフレームを与えた点は面白いと思っています。

我無駄無我無駄無 2013/11/19 01:38 ohnosakiko様
シゾフレ人間は、古典的な言い方をすると、「分裂気質の持ち主」こうなるでしょう。
これを、精神科医の和田秀樹医師が現代的に「シゾフレ人間」と命名した。こういう形になります。

そして、このシゾフレ人間の対概念として、「メランコ人間」というものも設定されていて、こちらは、古典的には「躁鬱気質の持ち主」となります。

詳しくは、「和田秀樹、シゾフレ人間」で検索してください。

いずれにしても、曲がりなりにも、議員や政権与党をバッタ物のダイエットに群がるのと同じやり方で決めてしまう、いまの日本国民の状況には、危うさを感じてしまうのですよ。

逆にその危うさをうまく利用しているのが、秋元康のような人物なのでしょうが。
実際の話、AKBの人気を支えているのは間違いなく、シゾフレ人間であり、B層でしょうから。

YokoYoko 2018/04/17 22:43 2013年のこの記事をふとしたきっかけで辿り、2018年の今日読みました。
メシア思想、そしてヤンキー的な見た目のわかりやすさがポピュラリティを得る……これ、このまんまドナルド・トランプがなぜ今大統領なのかにも当てはまりますね。
まったくアメリカ人の考えることはわからないわーと思っていましたが、あちらのレッドネック的なものを日本のヤンキー的なものに置き換えると(もちろん違いもあり、そのまま置き換えることはできないのですが)、あぁそうか〜と理解できるような気がしてきました。

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