アートは騙しの手口の百貨店‥‥『だまし絵2』展

昨年の振り込め詐欺の認知件数は、前年に比べて約二割も増加したという。人は騙されまいと思っていてもうっかり騙され、被害者になってしまう。特にお年寄りを狙ったオレオレ詐欺は「困っているなら助けてやらねば」という身内感情につけこんだ卑劣な犯罪だが、増える一方のようだ。
しかし世の中には、騙されて楽しいケースもあるんですよ‥‥‥というわけで、名古屋市美術館で開催中の『だまし絵2』展*1 を観に行った。古今東西のだまし絵の名品を集めた『視覚の魔術 だまし絵』展(2009)の第二弾。


会場入ってすぐのところにあるのは、さまざまな物で構成された人の顔の絵で有名なアルチンボルド。16〜17世紀の王道的だまし絵に続いて、今回のメインである二十世紀以降の作品八十七点が展示されている。ダリ、マルグリット、エッシャーなどおなじみの作家から、杉本博司福田美蘭名和晃平など日本の現代美術作家も。
絵画だけでなく写真や映像、立体作品などさまざまなジャンルに渡っているその騙しの方法をざっくり分類すると、「本物みたいだけど全部嘘っぱちだよ」という見せかけ系、「見る角度や照明の当て方で見え方が全然変わるよ」という限定状況系、「じっと見ていると何だかよくわからなくなるよ」という混乱誘発系。
近親者と「見せかけ」、電話という「限定状況」で、相手の「混乱誘発」を謀るオレオレ詐欺と方法は似ていても、そこに至るプロセスと目的は当然違う。親切にも、どんな騙しのテクニックが使われていて、それがどういう効果をもたらしているのか、説明のキャプションもついている。


そもそも観客の方も、「ここではいろんな手口の騙しが行われている」ということを知っており、わざわざお金を払って騙されに来るのだ。
と言えば、映画はその代表なわけだが、今更「映画という、光と影をテクノロジーで動かして人を騙すアレを観に行こう」などと私たちは思わない。リュミエール兄弟が登場した頃なら、人々は「人を騙すというアレを観に行こう」と行って、実際騙されてびっくりしていたわけだが、それはまもなく当たり前のこととなった。
リアリズムを追求した絵画の展覧会も、「キャンバスと絵の具によって人を騙すアレの見せ物」とは誰も思わない。今、イリュージョンのもたらす新鮮さが売りになっているのは、建物の外壁に映像を映し出すプロジェクションマッピングだろうか。それも既に当たり前の感じになりつつある。実際に詐欺行為に遭ったりすることがあっても、人は、表現の騙しにはすぐに慣れてしまうのだ。


さてこれは、「だまし絵」と銘打っている展覧会である。だから観客はもう最初から、「その騙しを体験したい」「どんだけ上手く騙してくれるのか」という構えで観に来る。そして、非常に手が込んでいたり斬新なアイデアの作品を観ると、うまく騙された(騙されそうになった)喜びに浸る。発表当時は斬新でも今見ると「うん、こういうのあるよね」と思えるものは、微笑ましい視線で眺める。
そういう中でやはり人気があったのは、見せかけ系と混乱誘発系の合わせ技であるエッシャーで、多くの人が長時間作品の前に留まって眺めていた。「ここから見ると紙の上に物体があるようにしか見えない!」というトリックアートが時々ネット上でも話題になっているが、皆エッシャーの子ども達だ。


美術はある意味で、被害者のいない詐欺行為と言える。いい意味で裏切られる、常識や規範や観る者の思い込みを覆す部分があって、意味をもつ。「だまし絵」はその代表だが、この展覧会で、アイデアと技術を楽しむだけではやっぱりつまらない。
16〜17世紀の作品の「これは騙されるでしょ?オモロイでしょ?」と言いたそうなストレートさ、素朴さから遠く離れた現代美術の作品においては、ますますそうなる。私たちは作品の前でしばしば、「あははオモロイね」にはならない宙づり感に晒される。
位相の異なるイリュージョンとイリュージョンが入り組んでいる作品。ただ現実を写しているだけなのに妙に不安感を誘う作品。複雑な構造をもっていながら外観はとてもそっけない作品。エッシャーのような「わかりにくさがわかりやすい」という”引”きには乏しい。


だから展示作品が現代になればなるほど、観る人は時々微妙に困惑した、微妙に腑に落ちない表情になる。たぶん私の顔もそうなっていただろう。
これは、メディアの情報からネット上の人の噂話まで、嘘か本当か判断がつかない時の、ちょっと落ち着かない感覚を味わうのに似ている。
位相の異なる嘘と嘘が絡み合い、現実を映しているカメラの映像が現実ではないようで、複雑なはずの内情がちっとも見えてこない、そんな感覚を思い起こさせる。


☆ローカルなお知らせ☆

4月から、朝日新聞日曜版の「朝日+C」という東海版の紙面でコラムを持ちます。だいたい月1くらいの不定期。内容は東海3県内で開催される展覧会(たまに映画があるかも)をネタにしたもの。展覧会レビューというよりは、それを通して◯◯について考える‥‥的なものになる予定です。
愛知、岐阜、三重で朝日新聞の日曜版をとっていらっしゃる皆様、どうぞよろしくお願い致します。


上の記事はそのための練習として一度書いたものを、ブログ向けに加筆しました。実際にはこの半分弱の量(2枚前後)になります。ここではわりとダラダラ長くなってしまうことが多いので、今年から始まったサイゾウーマンの連載と合わせて、「短くキリッと書く」という目標ができました。頑張ります。

*1:2はローマ数字だがうまく出せなかった。