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2018-03-24

『紙の月』の主人公と総理夫人の共通点について考えた(「シネマの女は最後に微笑む」更新)

映画から現代女性の姿をピックアップする連載コラム第10回、今回は宮沢りえ主演でかなり話題になった『紙の月』(吉田大八監督、2014)を取り上げました。

森友問題で渦中の人である総理夫人、安倍昭恵氏についての短い考察を冒頭に置いています。


「ありがとう」が聞きたくて横領に手を染めた女の夢見た自由 | ForbesJAPAN



『紙の月』は角田光代の原作と、それに忠実な原田知世主演のドラマも面白かったですが、大胆な脚色を施したこの作品が私はとても好きです。

押さえつけられた欲望野方図な消費と不倫恋愛で昇華しようとする元のヒロイン像の中で、「自分が何かを与えることによって人に感謝される」ことの快感に嵌るという要素が、映画ではより強く打ち出されています。


ヒロイン梨花と総理夫人では、もちろん立ち位置も振る舞いも問題の構造も違います。梨花は自分の手にしたものが「紙の月」=偽物であることに気づいています(犯罪なので当然です)が、総理夫人にはおそらく罪の意識は欠片もないでしょう。少なくとも今のところはそう見えます。

ただ、自分の厚意に対し感謝が返ってくることに悦びを覚え、その延長線上でふと一線を越えていたという点で、通底するものがあるのではないかと私は感じています。


劇場で見た時、宮沢りえの演技に息を呑み、終盤の疾走シーンでは心の中で号泣しました。彼女に絡む銀行員の大島優子小林聡美も素晴らしいです。未見の方は是非!

六文銭六文銭 2018/03/25 11:16  その映画観ていて、三年半ほど前の日記にこんなことを書いていました。

 映画は、角田光代原作、吉田大八監督、宮沢りえ主演の『紙の月』。
 「紙の月」という言葉は子供の頃から知っている。アメリカンポピュラーのスタンダードナンバーで、“It’s Only A Paper Moon”をよく聴いていたからだ。
 私たちは誰しも「紙の月=Paper Moon」をもっている。それは多分、ラカンのいう「対象a」のようなものだろう。それは他者から見たらなんでもないものだが、自分にとってはその存在がかかるものでもある。しかしそれは強固でも持続するものでもなく、壊れやすい。
 
 何度も回想される主人公の女学校時代の映像は彼女の「対象a」のありかを示唆している。
 映画について詳しくは語らない。ただ、宮沢りえさんは特異な存在だと思う。彼女の主演の映画はかなり観てきたが、どの映画でもちゃんとその役を演じきっているにもかかわらず、どこかそれが「宮沢りえ」であることが鮮明に残ってしまうのだ。映画を観たあと、私の中にはほかならぬ「宮沢りえを観た」という感が残る。
 『桐島、部活やめるってよ』の吉田監督の演出は手堅い。
 それに脇がその個性を十分に発揮している。

 たしかに幸せは、“It’s Only A Paper Moon”で、手でなぞれば消えてしまうものかもしれない。でも、本物のお月様が入手不可能だとしたら、私たちはいつも「紙の月」を求めざるを得ない。そして彼女はそれを紙の月と半ば知りつつもそれを突き詰めて求めた。

ohnosakikoohnosakiko 2018/03/25 13:46 六文銭さん

レビュー記事、ありがとうございます。
「対象a」も「宮沢りえを観た」という感も、確かにそうだなと私も思いました。彼女でなければならない役でした。

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