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2017-10-15

きもののボンデージ性とは

週一平均できものを着始めて2年と9ヶ月。きものの持つ拘束感にはまっている大野です、こんばんは。


ボンデージ(拘束)のコスチュームはいろいろありますが、全身を締め付ける特殊なものを除くと、基本的に洋装下着が原型になっていますよね。ブラジャー、コルセットボディスーツ、ガードルは、乳房と臀部を丸く持ち上げ、主にウエストを締めつけて、女っぽくセクシーなボディラインになるよう身体を成形するアイテム。

もっとも強く締めつけられるのは、今も昔もウエスト近辺でしょう。私も昔、ウエストマークのスカートのホックが掛からなくなって、泣く泣くウエストニッパーで締めつけたことが。あと、寄せて上げる系のブラも、胃のあたりが結構きついですね。年齢的に、もうそういうのはしないけど。


きものの場合、洋装のように身体を誇示する思想がありません。基本的かつ古典的な洋装女服は、下着で成形された身体ラインを活かすように立体裁断、縫製されますが、きものは直線裁ち・縫いの衣服で身体全体を包みます。きものは、身体の存在を曖昧化する衣服なのです。

その中に、きもの独特のボンデージ性があります。たしかに女性のきものは、紐が多くて拘束的な点も帯巾が広いのも、封建制の反映と言えるかもしれません。でも、着る過程で味わう、洋服とは異なるフェティッシュな感覚や、着終えた時の身体感覚が私は好きです。それらについて、日頃感じていることを書いてみたいと思います。


フルコースだと足袋以外に、胸の膨らみを押さえるきもの用ブラ(または晒し)、補正タオル、肌襦袢長襦袢、長着(きもの)、帯、帯板、帯枕、帯揚げ、帯締めと、身につけるものが多いきもの。ここにそれぞれを装着・固定する紐類が加わって、胴体は下手をするとボンレスハムのような状態に‥‥。

しかし、しっかりキツめに締めねばならないのは、きものがずり落ちないように固定する腰紐、お太鼓を固定する帯枕の紐、帯自体を固定する帯締めの三本だけ。それ以外の紐類は、合わせた身頃や衿が動かない程度の強さに締めれば大丈夫です。


下ごしらえ(下着と長襦袢)ができたら、きものをマントみたいに肩にはおってから、袖を通します。片腕を通してから着る洋服と順番が違うのは、布地の面積が大きいためです。

その分、重さもあり、重さもある分、「まとう」という感じになります。これがいい。生地の種類によって、結城紬のようにふわっと包まれる感じだったり、大島紬のようにひんやり滑る感じだったり、縮緬のようにしんなりとまとわりつく感じだったり。この最初の段階でフェチな感覚が刺激されて私はワクワクします。


裾を上げ左右の身頃を合わせてかける最初の腰紐は、裾が下がってこないよう、キツめに締めます。紐の位置は私は、腰骨から臍の下、やや前下がりで、後ろは尾てい骨の上部あたり。

相当ギュッと締めてもここは別段苦しくも痛くもありません。むしろ気持ちがいい。褌やまわしを締めるとはこういう感じだろうなという、キリッとした体感があります。ついでに下腹のお肉も持ち上がって一石二鳥。

衿を合わせ、動かないよう胸紐を締め、最後は伊達締めです。後ろで交差させた時にやや強めに左右に引いてシャキっとさせる瞬間が、「きもの完成だぜ!」という感じがして好きです。


この時点で体に巻き付いている紐類は、最低4本。それに加え、私はきもの用ブラの下のラインに、補正と汗取りと帯枕の紐を受けるクッション用に、畳んだハンドタオルを挟んでいます。

こうして、ウエストのくびれに乏しい中年は、ほどほどに寸胴の、帯の巻きやすい形に体が成形されます。


きものの帯は、世界の民族衣装の中でも特異な存在です。衣服を帯で固定する形式は多いですが、ここまで巾と長さがあり、さまざまな意匠を凝らすようになったものは他にない。

帯を締める時は、巻く方向と逆回りの方向に自転しながら、一巻きごとに下側を持ってキュッと締めるのがコツです。自分が帯を巻いているのか、帯に自分が巻かれているのか。とにかく長くて美しいものが、シュッ、シュッという絹ずれの音をさせて胴体に巻きついていく拘束感はたまりません。


帯枕の紐は肋骨の上で少しキツめに結んでから、前帯の内側でぐっと下に押し込みます。ここでお太鼓が背中にピタッとついてくるのが気持ちいい。前帯の上部にはハンドタオルを挟んでおいて後で抜くと、胃のあたりに余裕ができて楽です。かさばる財布を持ち歩きたくない時は、ここに直接お札と小銭入れを挟んでます。スマホを突っ込んでる人もたまにいます。

ほぼ飾りの帯揚げはふんわりと。帯を胴に二重に巻いている(場合によって間に帯板も挟む)ので、最後の帯締めをしっかり締めても苦しくはありません。


着付け完成。

一番締めつけ感がある箇所は、前は胃の下から臍下あたりまで、後ろは尾てい骨あたりから肩甲骨の下まで。このエリアが幾重にも布で巻かれて固定されている感じは、きものに守られているようで、安定感があってとてもいい。ぎっくり腰をやってから、特にそう感じるようになりました。帯がコルセット代わりになっています。

胸元はきっちり衿が重なり合い、腕も脚も隠されていて安心。肩、腕、脚には見た目ほど窮屈感はありません(大股では歩けませんが)。気持ちいいところをしっかり締めつけつつ大事なところを守り、襟足や脇や袖口や裾はスースーと風を通す。

私にとってきものを着る楽しみの一つはこの、一度はまると病みつきになるボンデージ感を味わうことです。

2017-06-16

下駄の季節

昭和30年代後半から40年代が私の子ども時代で、当時、普段履きに下駄を履いている人がまだ普通にいた。きものや浴衣だけでなく、洋服の普段着に下駄を履く。

家の玄関の上り框にはいつも、父の大きくて四角い朴歯の下駄があった。子どもの頃から下駄を履き慣れた世代である。それを履いて父は、幼い私をよく散歩に連れていった。私の歩みに合わせてゆっくり歩いている時の、カラン、コロンという長閑な下駄の音を朧げに覚えている。

母は下駄ではなくサンダル履きだったが、祖母はよく普段着のワンピースに下駄をつっかけていた。今ならそのままコンビニに行く感じ。


3歳頃、戸外で撮った写真がある。セーターにフラノのような襞スカートなので秋かと思うが、素足に下駄。片足だけ、人差し指と中指の間に鼻緒のつぼをひっかけている。子どもなので適当な履き方をしている。

同じく下駄を履いた妹とあちこちポクポクほっつき歩いて帰ってくると、台所にいた母の「そのまま上がっちゃダメ!」という声が飛ぶ。そして勝手口のところで、「まぁどこを歩いてきたの」などと言われながら、汚れた足(まだ舗装されてない道もあった)を固く絞った雑巾で拭いてもらって、茶の間に上がる。

夏に浴衣を着せてもらった時は、少し上等の下駄を履けるので嬉しかった。


小学校を卒業する頃は、すっかり下駄からも卒業していた。浴衣を着ることもだんだんとなくなり、下駄からますます遠ざかった。

ただ、都市圏でも70年代の終わり頃までは、ジーンズに下駄履き男子が少数ながらいたと思う。私は東京の美術予備校でそういう人を目撃した。ちょっと特殊かもしれないが、中村雅俊が下駄履きでデビューした影響力がまだ残っていたのだろう。

そして、久しぶりに帰ってきた実家では、父の下駄はいつのまにか消えてスリッパのようなサンダルに変わっていた。

地方の町の商店街などに時々いた、洋装にタビックスを履いて下駄をつっかけたおばあさんをとんと見かけなくなってから、どのくらい経つだろう。


数年前からきものを着始めて、下駄に再会した。

まず草履に慣れ、次いで下駄で歩き回るのに慣れて、下駄が楽しくなった。草履より気取りがなくて、さっぱりしているところがいい。何といっても涼しい。足の指を思い切り伸び伸びと広げることができる。足が寛いで、気持ちも寛いでくる。

夏は、浴衣以外では麻などのカジュアルなきものしか着ないので、下駄の出番が多い。


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今やサンダルより多くなってしまった。新品も貰い物も。


私はもっぱら、歩きやすい右近(二枚歯ではなく低めのポックリのような形)を愛用しているが、時々駒下駄(二枚歯)も履く。駒下駄は粋だし、カラコロといい音がするのが魅力だ。

レストランや美術館など音を立ててはいけないところには履いて行けないが、舟形で裏全面にゴムの貼ってあるのは音がほとんどしないので、足袋を装着の上で美術館にも履いて行く。ぱっと見は草履に見える(画像左上)。

塗りの下駄は美しいが、前の角の塗りが剥げやすいのが難点。爪皮を被せ、もっぱら雨下駄として使っている。


下駄ほど、のんびりした無防備な履物はない。二枚歯は砂地ではめり込むし、コンクリートの上は若干反発が強い。石畳や細かい砂利道が一番歩きやすい。

そんなものを履いている時に、もし災害に遭ったらどうするの?と思わないこともない。帰宅困難者になったら、右近はまだしも駒下駄で長距離を歩くのは、ちょっとしんどいかもしれない。

非常時用に、折り畳めて軽い携帯用のペタンコ靴とかあると便利だ。


きもの研究家の山下悦子が『きもの歳時記』の中で、下駄について書いたくだり。

 草履は音をたてないで歩くもの、下駄は音をたてて歩くものである。

  [中略]

 のどかなそぞろ歩きの下駄の音は、足首や躯の緊張を解きほぐすだけでなく、 心の屈託も追いやるようだ。かたかたと小さな足音でそれとわかる子供、心せくままの前のめりの足音。律儀さは足音ばかりでなく、歯のへり具合にもあらわれる。同じ「からん、ころん」でも、『牡丹灯籠』の下駄の音は怪談に凄みを添える。


思い出したのは『ゲゲゲの鬼太郎』だ。♪カラーンコローンカランカランコロン‥‥

そして山下悦子は、下駄は「平和の象徴」であり「集団には結びつかない特性がある」と書いている。ここで下駄の対極に置かれているのは、軍靴である。

たしかに軍靴に集団性はつきものだし、マンガなどでもその足音は「ザッザッザッ‥‥」という、行進する集団の音として表記される。のんびりした「からん、ころん」は、「ザッザッザッ‥‥」にかき消される定めである。

72年前、学徒動員で行った戦争が終わり、軍靴を脱いで、戦前と同じく下駄を愛用する日常に、二十歳の父は戻ってきた。

一緒に散歩した時の長閑な下駄の音に、時々、上機嫌な父の口笛の音が混じっていたのを思い出す。



新装版 きもの歳時記

新装版 きもの歳時記

2017-02-06

58歳の礼装デビュー、そのホラーでコメディな舞台裏

先週、名古屋市市庁舎で名古屋市芸術賞の授賞式があった。

お祝い下さった皆さま、改めてありがとうございました。

ここではその式の模様ではなく、その前に「何を着ていくか」でドタバタした話を。


美容師の親友に受賞を報告した時、「受賞式ではきもの着なさいよ」と言われた。そのつもりですとも。お出かけはきものと決めて2年。ここで着ないでどこで着る。しかしこういう場合どんなきものを着るべきか、いい歳をして実はよく知らない。

礼装に限っては「格」がどうの、TPOがどうのという細かな約束事のあるきもの。親戚の結婚式に参列するような場合は、訪問着か紋付き色無地かなと思うが、自分が壇上に上がる場合は? 


ネットで調べてみると、まず出てくるのは「夫が受賞し、妻同伴で式に出る」ケースの妻のきもの。というか、そればかり出てくる。ノーベル賞受賞式の◯◯夫人のきものとか。あとは芸能人の授賞式のきもの。世界が違い過ぎて今ひとつ参考にならない。

やっと「姉が受賞しました。彼女は訪問着で受賞式に出るのですが、妹の私は何を着たらいいですか?」というのがあった。うーん、やっぱり訪問着か。

賞にも晴れがましい場にもほぼ無縁の人生だったので、晴れ着というものを持っていない。亡き義母から譲り受けたのは紬や小紋で、訪問着はあったけれど「どうせこの先ほとんど着ないし」と、裄直しをしていなかった。今から悉皆屋に出していると、当日に間に合わないかもしれない。


それより、自分で中古市場で買ったデッドストックのきものの中に、ちょっと着てみたいのがあった。黒の付け下げ訪問着である。

付け下げとは小紋と違い、すべての柄が上向きになるよう仕立ててあるもの。それに加えて、裾模様が訪問着のように縫い目をまたいで繋がっている箇所が一部あるのを、付け下げ訪問着と言う。

‥‥‥などと書いても、きものを着ない人には「何のこと?」だと思うが、要は地味目な訪問着。格としては略礼装になり、式以外ではちょっと気取ってオシャレしたい場面で着るらしい。

きものを着始めた頃、「この黒いきもの、カッコいい。こんなのが似合うようになりたい」と衝動買いしてしまったのだ。

地紋のある黒地に、左肩と後ろ身頃の裾に小さく白抜きの松、袖と裾回りに控えめに散った銀の色紙模様の中に、金で竹と梅。おめでたい柄である。2年間タンスの肥やしになっていたが、やっと日の目を見る時が来た。


しかし‥‥と、まだ悩む。こういう場面で黒のスーツやドレスはありだが、黒いきものってどうなの。辛気くさくならないか。

受賞者の一人に小唄の方がいらして、もちろんきもので御登壇だと思うが、その人と色が被ったらどうしよう。絶対貫禄負けしてしまう。

それに、帯はどうすんの、帯!


おめでたい席の礼装には、金銀をあしらった織りの袋帯と決まっている。当然そんなものは持っていない。義母のタンスにあったかもだが、どうせなら自分で準備したい。それで、例によってネットの中古市場を漁り、またしてもしつけ付きの未使用品で、私の乏しい経済力でも購入可能な物件を見つけた。

銀ラメの地に冊子文(「読み本」模様とも。出版文化が発達した江戸時代に流行)。開かれた冊子の頁には鮮やかな牡丹の花車や鴛鴦が織り出され、バックに金色の帯と細い束ね熨斗文が弧を描いている。ド派手。でも即決した。何といっても「読み本」だ。このこだわりに気づく人はなかろうが、まあいい、究極の自己満足で。


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  床置きでコーディネートしたところ(帯揚げは薄いグレーだが、当日は白にした)


こういうケースでは、「気合いが入り過ぎて変な方向にずれてしまった人」になるのを一番避けたい。さっそくきものの先輩である美容師の親友に画像を見せると、「いいじゃん」と頼もしい言葉。

「でも黒だし、なんか強過ぎない?」「そんなことないって。こういう場はちょっと個性的なくらいのほうが。アーティストだもん」。それは「元〜」だけど。

「帯、私の歳にしては若過ぎじゃない?」「関係ないって。全然だいじょぶ。アーティストだし」。いやそれは「元〜」‥‥。

「小唄のお師匠さんと色が被ったら、壇上に二人黒のきもので並んでお葬式みたいに見えないか?」「この方、70代でしょう。その年代だと黒はまず着ない。淡くて渋いお色目だね」(実際その通りだった)。


太鼓判を押されてやっと安心し、気づけば前日の夜。一度も袖を通していなかったので、明日スムーズに着られるよう、練習のために一回着ておこうと試着してみて、大変なことに気づいた。

きものの袖丈と長襦袢の袖丈が、全く合っていない。長襦袢のほうが2センチ以上短く、振りからぴょこんと出てしまう。長めの場合は袖底に溜るだけなのでまだいいが、これだけ短いと、きものの袖の中で長襦袢の袖が自由に動いて外にはみ出してくるのだ。

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 マンガなどでかなりはみ出して描かれていることがあるが、実際にはみっともないとされる。

           

迂闊であった。このきものを買った時、袖丈が50センチでちょっと長めだな(通常は47〜49センチ)と思ったがいいや!と買ってしまったことを、今頃思い出した。

略礼装に合う長襦袢はこれ一枚しかない。今から買いにも行けない。内側を安全ピンで留めてみても、袖丈の段差が後ろから丸見えでカッコ悪い。袖底同士を留めれば、きものの袖が引っ張られてシルエットがもたつく。どうしよう。万事休す。焦ったが、ふと当たり前のことに気づいた。自分でお直しすればいいじゃないか。

昔の人は全部自分で縫ったり解いたりしたんだし、『この世界の片隅に』のすずさんだって、自己流できものをもんぺに仕立て直していた。それに比べたら、袖の丈直しくらいナンボのもんじゃ。


きものを仕立てる時、余った部分は大抵切らずに縫い込むものなので、この長襦袢の袖にも前後ろ共に5センチほどの縫い代があった。そこを解いて、2.5センチずつ出し、また縫い綴じ合わせた。

それでも、袖幅がきものと同寸のこともあって、まだ振りが1センチ近く出たので、見えないところを前後5ミリほど摘んで縫うことに。


受賞式前夜に、着て行くものを着たり脱いだりしながらチクチク縫いものなどしている人は、たぶん他にはいないと思う。きものを買った時に合わせておけば、今頃こんなにドタバタしなくて済んだのに。

でも着ると決めたんだから仕方ない。今更諦めて洋服のコーディネートを考えるのも嫌だ。だいたいそういう場に着て行くような服がない。


長さが結構ギリギリだった袋帯の装着にも、一工夫必要だった。前帯の柄とお太鼓の柄をうまく出すには、相当しっかり締めないとならない。

初めて締める袋帯。いつもの名古屋帯よりずっと長い上に、あまり締めやすいタイプの袋帯ではなかったようだ。一回巻いては帯下を掴んだ左手をしっかり固定し、右手をギュッと引く。ジャンプしないと力が入らない。というか、力を入れるので自動的にその場で体が跳ねてしまう。ギュッと締めてピョン。また巻いてギュッと締めてピョン。後ろで捻って引っ張ってピョン。

夜中に58歳の女が一人、鏡の前でキンキラの帯巻き付けてピョンピョン飛んでる図。ホラーである。いやコメディか。でも本人は真剣。


‥‥‥と、いろいろあったけれども、当日は何事もなかったような顔をして、澄まして式に臨んだのでした。



●おまけ

読者代表として出席した親友が撮ったスナップの一部。離れた客席からiPadで無理して撮ったらしいのでボケております。


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 (左)壇上から席に戻る。七宝焼の嵌め込まれた盾が重い。

 (中)記念撮影の準備中、一同脇で待機。手前から特賞受賞の作家・宗田理さん*1

    以下奨励賞で私、愛知室内オーケストラ代表のお二人、小唄の稻舟妙寿さん。

    壁の三英傑の絵がいかにも尾張名古屋。

 (右)撮影終了。やれやれ。。。

*1:30年以上前、ご子息を美大予備校で教えたことがあったりして、世間は狭い。

2017-01-20

きものとジェンダー論

去年の秋からこの1月にかけては、機会を見つけてそれまでになくよくきものを着た。きもの歴はやっと二年。

先日は亡くなった義母から譲り受けた江戸小紋を着て、久しぶりにあるギャラリーのオープニングに行った。人が多く、皆お喋りしているので、旧知の人に挨拶するまでに時間がかかった。そうしたら、「あの人、オオノさんに似てる」「オオノさん的な何かだ」「どこかのコレクターの奥さんかも」と噂していたと言われた。

きものでいると外では「まあ優雅なことで‥‥」的な視線で見られたりするが、それはきものにプチブルのイメージがあるからだ。非常勤講師であまり売れてない文筆家の私ですら、「現代美術のコレクターの奥さん」に見られる。

だが実際、私が幾らくらいで中古のきものを手に入れているかを知った人は、驚く。ついこの間も、「これ二千円ですけど」と言って、「このユニクロより安いじゃん」とびっくりされた。私もそれを見つけた時、びっくりして思わず買ってしまったのだ。

一応正絹の縮緬で目につく傷みも汚れもなかったが、産地不明で特に良いものでもないと、中古市場ではそういう値段になることがある。上は数十万まで価格幅は広い。


年明けに初めて、きもので授業をした。黒板の板書も別に問題なく、これなら仕事も着物でいいかもなと思ったが、その後はまた洋服に戻った。気が向いた時だけ着よう。

一方知人からは、「ジェンダー入門の授業をきものでしたら、学生は混乱するだろうね」と言われた。たしかにそれは、私も考えたことがある。

きものには日本、伝統、保守といったイメージが濃くあるし、女性がきものを着ていると、女ジェンダーが強調されて見えるということもある。そういうビジュアルとジェンダー論とは齟齬を起こさないのか?ということだ。


きものでジェンダー論の人に澁谷知美がいる。上野千鶴子の教え子で、『日本の童貞』などの著作で有名な社会学者。公の場所では必ずきもの、東京経済大学の授業もそうらしい。

ジェンダー論の中の(特に男子学生にとって)苦い部分、飲み下しにくい部分を、きものというビジュアルでワンクッションおく、そういう戦略なのかもしれない。きものは薬を飲み込むためのオブラートみたいなもの。

そこには「この人、こんなこと言ってるのにきもの着てる。なんか変」という混乱ではなく、「きもの着てるような人が言ってることだから、そんなにカゲキなとんがったことじゃない」みたいな納得があるのだろうか。それならむしろ混乱のほうがマシな気はする。


私はどちらかというと、納得ではなく混乱に導き、混乱の中で考えてもらうためにジェンダーの授業をしているところもあるので、きものというビジュアルも一周回って「女らしいがどこか異様」とか「怖い」「タダモノじゃない」くらいの感じにならないかと思っているが、それにはまだまだ修行が足らない。


今月は、干支にちなんで鳥をどこかに入れたコーディネートが多かった。以下のきものと帯はすべてネットの中古市場で、一万円前後〜三万円くらいで入手。未使用品もあり。


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ツルの飛ぶ姿が織り出された真綿紬に、織りの名古屋帯。クレーの絵みたいで気に入っている。


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細縞の真綿紬に、これまたクレーみたいな帯。こういう地味めな組み合わせが一番落ち着く。


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墨黒の江戸小紋に、若冲の『群鶏図』の袋帯。刺繍だったら相当高いだろうが、これはシルクスクリーン(たぶん)に部分的に彩色してあるもの。


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ほとんど黒に近い緑の地に、飴みたいな抽象的な水鳥模様の小紋。これに合う名古屋帯は探し中なので、小鳥模様の半巾帯を置いてみた。


春になったら燕柄の久留米絣を着て、夏になったら麻の着物に、枝に鳥が止まっている紗の帯を締める。全体に、京都っぽいはんなり系の柔らかモノは苦手で、しゃきっとしたクールな江戸っぽいのが好みだ。

ああきものの似合う怖い女になりたい。

2016-09-10

きものの衣替えルールに囚われたくない

今朝、こんなtwitterを見た。



そうなんですよねぇ。きものをよく着るようになってやっと一年半の私だが、何が最大のネックかって、昔ながらの衣替えのルールがこの温暖化気候に全然合わなくなっているということだ。季節の変わり目など、体感的にはルール無視したいことが多い。でもどこまで外れていいか迷う。


ちなみに従来のルールでは、10月から5月まで袷(裏地のあるもの)、6月と9月は単衣、7、8月は薄物(絽、紗、夏紬、上布、麻)に浴衣となっている。半襟や帯揚げや帯も、季節に伴ったルールがある。

なんでそんなに厳密に決まっているかというと、きものは季節感を重視するものだからと、専門家は言う。極論すれば、自分が着ていて快適かどうか以前に、人から見て「ああ春だな」とか「もう秋ですね」と感じさせることが重要らしい。

なにその行き過ぎたおもてなし精神‥‥と思うが、今のきものは昔の上流階級の趣味と約束事を引き継いでいるのでそうなるのだ。昔の庶民なら、年中木綿の着物だからそこまでのことはない。


で、実際にはGW頃から日中すごく暑かったり、残暑が9月一杯続くことはザラ。そんな時期に無理して袷や単衣を着るのはまさに苦行。

汗ばんでしまった絹のきものは、すぐにクリーニングに出さねばならない。しょっちゅう着たい人にとってはお金が掛かり過ぎるのもネック。


そう思っている人はやはりたくさんいて、ネットでさまざまなきものサイトやきもの上級者の意見を見ると、礼装ではない普段着やおしゃれ着では、そこまでルールをきっちり守る必要はないということになってはいる。袷か単衣かはその時の体感に合わせ、色や柄で季節感を意識すればいいと。

煩いおばさまがいたら、「ルールは知ってますけど暑いですからね〜」と笑って返せば良い、と言う専門家も。きものを着慣れた人の中には、年中単衣とか、麻の長襦袢は季節関係なく着用というマイルールの人もいるらしい。


私の読んだきもの本では、『最新版 きものに強くなる事典』と『石田節子直伝 きもの着こなし術』の中で、初夏なら単衣は5月上旬から、夏紬、麻、絽は6月上旬から、紗、上布は6月下旬から許容範囲で、初秋なら紗や上布は9月上旬まで、夏紬と絽は9月中旬まで、麻は9月下旬まで許容範囲としている。かなりゆるやかだ。

夏はもっぱら麻と浴衣の私だが、涼しい麻を6月から9月まで着られるのであれば、もうガンガン着たいと思う。汗を掻いても家で洗えるし。

知り合いの呉服屋さんは、平均気温が20度以下なら袷、20〜25度なら単衣、25度を超えたら薄物(夏物)でいいと言っていた。これが、私の知っている中では一番体感を尊重した現実味のある目安だ。


ただし、以上はすべてカジュアルシーンに限られるのであって、改まった席では従来ルール厳守の模様。専門家も「肌襦袢など見えないところで調節して、ルールに合わせておきましょう」と言う。

でも、何をどうやっても暑いものは暑い。だから改まった席でももう少しゆるやかにしてほしいというのは、お茶を習っているような人にとってはかなり切実な願いだと思う。

礼装でなきゃいけないような晴れがましい席とは無縁の私でも、もし姪が結婚することになり、5月や6月や9月の微妙な時期に式に出ねばならなくなったらどうしようか、もういっそその時は洋服にするかと、今から悩んでいるのだ(結婚するかどうかもわからない大学生の姪が聞いたら笑うだろう)。


きものに関しては、年輩者の方が物知りということになんとなくなっている。なので日常的なシーンでは、年輩者が「マイルールですよ」てな感じで平気な顔で楽に着ていると、若いきもの初心者は「こういうのもありなんだ」と多少安心できるんじゃないかと思う。

そういう感じで、皆が体感重視な着方になっていったら、「礼装シーンでもここまでは許容しましょう」と、きもの業界の偉い人が言い出すかもしれない。わからないけど、こういった柔軟性なしに「もっときものを着てほしい」と言っていても無理なことは確かだ。


というわけで、来週末のトークイベントは綿麻か麻のちぢみに、若冲の動物柄の半幅帯で登壇予定です。よろしくー。

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