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2016-02-03

犬の帯

急性気管支炎をこじらせつつ仕事に追われ怒濤のように過ぎていった一月が終わって、気づいたら57歳になっていた。

特別の感慨もないが、例年になく大変だった一ヶ月を乗り切った祝いに、自分に帯をプレゼントした。犬の図柄に一目惚れ。

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57歳にもなってこんな帯を?と思う人はいようが、気にしない。三月くらいになったら、亡き義母から譲り受けた白大島やリサイクルで買った藍の大島に合わせる予定。

ブルテリアの耳がチラッと赤いので、帯締めは朱にしようかな。帯揚げは同じ水色系で馴染ませようか、いっそ白にしようか。などと考えている時が楽しい。


飼い犬を溺愛している犬バカなので、犬の半幅帯も一本持っている。元絵は中村芳中か狩野永良あたりと思うがどうなんだろう(誰か知っている人教えて下さい)。

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これを締めていると、「犬の帯って珍しいですね」とたまに言われる。

たしかに数としては、猫柄の帯のほうがずっと多い。でも大抵は変に可愛くデザインされた猫で、今ひとつピンとこない。これじゃあないんだよね……という「ダサピンク現象」を、現代の猫モチーフものにも時折感じる。

一方、浮世絵を復刻した猫柄や、写実的な猫の帯は面白いと思う。しかし猫ものに関しては例の超リアルな猫刺繍のシャツで”決着”をつけた関係上、もう手を出さないことにしている。それで、犬。


プライベートの数少ない楽しみが、飼い犬と着物に集中している私。犬はもちろん一方的に可愛がる対象であり、着物は自分で自分を可愛がるための道具だ。

歳をとったおばさんの性欲は、「可愛がりたい!何かを!自分を!」という切実な欲求として現れる(ことがある)。「何か」と「自分」が理想的なかたちで合体したのが、私の場合は犬の帯。‥‥‥わかりやすい。


そんなわけで、犬柄の帯はネットでも一応チェックしているが、元々数が少ない上に、いいなと思うものは滅多にない。

黒繻子の地に、首にリボンを結んだ狆が毬と戯れているような手の込んだ刺繍の帯は、同じアンティークの着物とコーディネートすると映えるが若い人にしか似合わないし、現代の帯だとヨークシャテリアやポメラニアントイプードルなど小型の室内犬をモチーフにしたのは見かけても、普通の日本犬は滅多にない。

私の好きなのは日本犬、特に柴犬。でなければ、ポインターやグレイハウンドやシベリアンハスキーなどの賢そうで精悍な感じの大型犬。そういう図柄が地味目に織り出された帯、渋くてカッコいいんじゃないかと思うのですよ。


なぜ猫柄が多くて犬柄は少ないのかを調べていたら、二通りの意見を見た。

一つは、江戸時代、流行した狂犬病のせいで、犬柄は吉祥ではなく縁起の悪いものだったので避けられたという説。

もう一つは、猫はほぼ形が決まっていて毛色に違いがあるだけが、犬は和洋含めて外見が多様なので、デザインとして使いにくいという説(私のように、キャイキャイした小型犬は厭だのなんだの言う人間が出てくる)。


あとは、猫と女性のイメージは親和性が高いが、犬はそうではないということだろう。猫はしなやかで何といっても造形的に美しい。猫モチーフを帯や半襟の柄や帯留めに使えば、かわいらしくてミステリアスな雰囲気作りに一役買う。

犬はミステリアスではない。猫に比べると素朴で単純明快でフレンドリー。着物でいったら紬のイメージ。でもそこが好きだ。

着物はどんな柄ゆきでも素材でも、決してナヨナヨとしているのではなく(ナヨナヨは着る人の仕草で出るだけ)、基本的にこの上なくきっぱりした衣服なのだと、ちょくちょく着るようになって実感した。日本犬モチーフとの相性も良さそうに思える。着物普及に努めている業界の人は、浴衣あたりで展開して頂きたいものです。

2015-09-27

元祖・黒髪白シャツ男

漫画家の東村アキコがネットに発表している『ヒモザイル』が話題になっている。アシスタントへのセクハラ、パワハラとの批判も出ているが、ここで書きたいのはそういうことの是非ではなく、第二回で登場する「これが大人の女が好む「抜け感男子」だ!!!」という「図解」について。

ラフなボサボサ黒髪だが不潔感はなく、普通の洗いざらしの白いシャツの腕をまくってて、ベージュのチノパンにサンダルかコンバース履いてるという「抜け感」のあるファッションだ。

これな‥‥。すごくわかるわ。50代半ばの私でも。オシャレ過ぎず、さわやか過ぎず、無難過ぎずの絶妙なライン。普通〜痩せ形でないとちょっと厳しいかもしれないが。


無造作黒髪・無造作白シャツ男の元祖は、おそらく豊川悦司だと思う。

1995年のTBSドラマ『愛していると言ってくれ』の中で、豊川悦司が演じた聴覚障害者の絵描きの青年が、いつも無造作な黒髪(当時だから少し長め)に、白いシャツを無造作にはおって登場していた。パンツはチノパンではなく黒やグレーのどうってことないイージーパンツで、足下はたしかサンダルというかビーサンみたいな履物だったような(記憶曖昧)。

一歩間違うと浮浪者にも見えそうな、きめ細かく演出された無造作、無頓着である。「抜け感」はもちろん、セクシーで尚かつ妙に”母性”を刺激する恰好だった(まあ豊川悦司だから)。


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https://www.showtime.jp/tv/tbs_od/drama/aishiteiru/


このドラマは、DREAMS COME TRUEの歌った主題歌『LOVE LOVE LOVE』の大ヒットもあって、手話を習う人が急に増えるくらい影響力があったが、半分以上は女性視聴者が無造作白シャツの豊川悦司を鑑賞するためのドラマだった。あまりに人気が出て、美術系予備校美大の学生などで、服装だけ俄・トヨエツをやっている男子もチラホラいたものだ。

「大人の女が好む」と東村アキコが断言するこのトヨエツスタイル(と勝手に命名)、最近ではアニメ『おおかみこどもの雨と雪』の「おおかみおとこ」に受け継がれているんじゃないか? と思って画像を確認してみたら、白シャツじゃなくて白Tシャツだった。でも全体の雰囲気は非常に、あのドラマの豊川悦司っぽい。


ここまで書いてきて私は、35年ほど前に見たある写真を思い出した。東京で大学に通っていた1980年頃、『シティロード』だったかもっとマイナーなタウン誌だったか忘れたが、街角男子スナップみたいな特集の、渋谷や新宿や原宿の路上で撮られた若い男性の、白黒の小さい写真がズラッと並んでいる中にあった一枚。

記憶で描いてみる。


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写真の下のキャプションには、「この後家殺し!」とあった。

他の人に比べると全然カッコ良くも何ともない、むしろうらぶれた感じの20代前半の男子。「抜け感」というより、言っては悪いが「間抜け感」が漂っていた。でも「後家殺し」のフェロモンは、なんとなくだが20歳の私にもわかった。今思えばあれは、トヨエツスタイルを先取りしていたのだ。

長年、あのタウン誌の写真の男性が何故記憶にしつこく残っているのか気になっていたが、これでやっとわかった。


『ヒモザイル』の中のアシスタントの人のリアクションにも出ていたが、男性の白のシャツと言うと、Yシャツをイメージするのはまあ普通だ。Yシャツは普通、スーツ、ネクタイとセットで着る。だから、スーツの上着とネクタイを取って、白のYシャツとズボンだけになっている男は、少し無防備に見える。だが「それが却ってイイ。バシッと決めたスーツ姿とは別の、隙のある感じに惹かれる」という女性は、結構いるんじゃないかと思う。フェロモンは隙から生まれるものだから。

『ヒモザイル』の「これが大人の女が好む「抜け感男子」だ!!!」のスタイルに実際、人気があるとしたら、スーツとネクタイを取った少し無防備な男の隙と色気、みたいなものを無意識のうちに利用しているからじゃないかと思った。

2015-07-14

「日本」で「おもてなし」で目立つ万人向きの制服は‥‥

ダサ過ぎ? 東京五輪「おもてなし制服」、ネットで酷評


私も一見して「これは‥‥なんだかな」と思ってしまい、こんなブコメをつけた。

ohnosakiko この帽子にベストはどっちか言うとスイスのイメージ。それを払拭するための過剰な日の丸。気合い入り過ぎ/いっそ都内の芸大、美大生から公募して決めた方が洗練されたものが出てきそうだが、選ぶ側がアレだとアレか


元々のデザインは帽子のつばが広かったのに対し、チロリアンハットみたいに改変されているのも、違和感を覚える原因かもしれない。

一方で外国人のウケは悪くないようで、ブックマークコメントの中にも「目立たないといけないからこれでいい」的な意見もあった。


「そもそもオリンピックなんてやってる場合か」という考えもあるがそれはひとまず措いといて、もし自分が美大のデザイン科で教えていたら、あの制服について「どこがよくて、どこがダメか。その理由は何か。もっと適切なデザインがあるとしたら、どんなものが考えられるか」という授業をしてみたいが、あいにくそんな立場にはないので、自分で考えてみた。


この制服の、外国人観光客向け条件は、

・人ごみでも目立つこと

・日本のイメージ

・「おもてなし」のイメージ

である。

一方、それを着るボランティアの人々にとって重要なことは、

・着心地が良くて活動的

・夏の強い日差しや気温、突然の小雨などに対応

・年齢や体型を問わず、誰にでもそれなりに着こなせる

である。


これらをすべてクリアする制服とは‥‥‥。

クロッキー帖にいろいろ落書きしてみた。いやこれ、難しいわ。デザイナーじゃないので当たり前だが、思ったよりずっと難しかった。


ない頭で考えた結果がコレ。若い男女で描くと「着ている人のせいでマシに見える」と言われそうなので、日本人的プロポーションのおばさんとおじさんをモデルに。

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(ボトムは私服なので色薄めにしてあります)

開襟シャツ、Tシャツは男女兼用なので、どちらかに統一でもいい(男性の帽子は女性でもOKだが、女性のキャスケットは男性には抵抗があるかもしれない)。青はもっと水色に近いほうが爽やかかも。

各条件については以下のように考えた。


◯外国人向け条件

・人ごみでも目立つこと‥‥服の配色に目立つポイントを集中させる。前からも後ろからも、赤白水玉+(青が定番の)インフォメーション・カラーの組み合わせが目に入るようにする。

・日本のイメージ‥‥わかりやすい日の丸(安易だが他に思いつかず)と国際的アーティスト草間彌生を連想させる水玉モチーフの掛け合わせ(できれば草間彌生にプリント部分のデザインを依頼)。浴衣の柄ゆきも少し意識した。

・「おもてなし」のイメージ‥‥服にはいらない。「おもてなし」はボランティアのフレンドリーな笑顔と親切な対応によって表現すれば良い。

◯ボランティアにとっての条件

・着心地が良くて活動的‥‥Tシャツか開衿シャツがベスト。襟が詰まっていたり袖口が絞ってあるものは、風通しが悪い。

・夏の強い日差しや気温、突然の小雨などに対応‥‥ほぼ戸外にいるため帽子の機能をちゃんと考える。

・年齢や体型を問わず、誰にでもそれなりに着こなせる‥‥色合いは派手でも形のデザインはシンプルで控えめにすると、中高年でも案外似合う。


しかしこういう服装の人、結構普通にいそうではある。ド派手なアロハのおじさんとか、賑やかなデザインのTシャツ着たおばさんとか。ダサいかダサくないかと言ったら、まあちょっとダサいかしら。それより、インフォメーションとしては平凡でインパクトに欠ける、カジュアル過ぎて「きちんと」感がないという意見が出そう。‥‥‥となると、あの案でいいことになるのか。


思いつきでやってみたが、私程度のデザイン力では太刀打ちできない物件だったことが実際に描いてわかった。芸大や美大のデザイン科の学生や大学院生の中からなら、「おお」というのが出ると思うんだけどな。


●追記

【インタビュー】「私なりにベストを尽くした」デザイナー藤江珠希が語る東京都観光ボランティアのユニフォーム

「街を歩く人と間違えられるような服ではなく、ポロシャツでありながらわかりやすくて、なおかつ正装感を出したいという都の強い要望がありました。(以下略

開衿シャツもTシャツもハナからダメとな。ポロシャツというラフなアイテムで「正装感」を出せという無理難題。「もうプリントにしちゃえ」となったのもなんとなくわかる。

2015-07-09

「童貞を殺す服」雑感

この数年、仕事先の地方の芸術大学でよく見かけるファッション。美術学部でも音楽学部でも見られる。

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(微妙にデッサン狂ってる。左の人が多い印象)

パステルカラーでパフスリーブのシフォンみたいなブラウス、薄くてヒラヒラしたミニスカート、長めフレアスカート、レースのソックス‥‥。少し前のロリータやメイド服の流れから?というかアイドルやアニメの影響?‥‥と思っていたが、こういうのが「童貞を殺す服」なのか?


「童貞を殺す服」のブランドを集めてみた - あめ姫は友達が少ない


大学内では、上の記事に掲載されているのほどコスプレ感のある人はほとんどいないが、そういう雰囲気をうすーく漂わせた甘いレトロな感じのファッションの女子はかなり多い。三人に一人くらいはいそう。


大学生の姪は、MILKが好きだと言っていた。彼女の場合、パンキッシュなスタイルから回り回ってガーリーに来たという感じ。

去年久しぶりに会った時、小公女のような服を着ていた。ミモレ丈のグリーンのベルベットのワンピースで、ヨークの部分は白く、スタンドカラーにフリルがあしらわれている。うちの母は「まあ可愛い! サキコ(私のこと)がちっちゃい時に着てた服みたいねー。色白だからとっても似合うわ。よくそんなの見つけてきたわねー」とベタ褒めしていた。「童貞を殺す服」だとも知らず。

でもまあこの呼称はあくまで「童貞」目線(という設定)であって、着ている人がそれを内面化しているかどうかはわからない。*1


90年代の終わり頃までは若い人のファッションを眺めるのが面白かったが、全体的に大人しくなったように感じるこの十数年。天才デザイナーの創造した世界中に影響を及ぼすようなモードがなくなり、ストリートから生まれる勢いのあるスタイルも途絶えてきて、人気のあるアニメ方面のファッションが前面に出てきたのだろうか。ファッションが過去の流行のリニューアルや再編集で循環し出して久しいが、「童貞を殺す服」の時間の止まった感はちょっと異色。



個人的な話。

童貞‥‥もとい、あの手のロリ服は、私(1959年生まれ)の子どもの頃のよそゆきだった。60年代前半、5歳頃。

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特別のお出かけの時だけ、こういうおめかしをした。当時の幼女の「正装」である。頭にはでっかい”おリボン”。

いささか古くさい恰好で、洗練されたものが好きな母は洋裁を習い、もっとシンプルな服を縫ってくれるようになった。60年代と言えばツイッギーの時代。ミニマルなAラインのワンピースが大流行していた。

(参照:レトロがトレンドの今だから知りたい60’ファッションの事- NAVER まとめ

ニューモードな子ども服の載っている本を見て、母の作ったワンピース。60年代後半、10歳頃。

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水色のギンガムチェックの身頃にスカート部分が紺色のサッカー地。ポケットに白い大きなボタン。妹とお揃いでとても気に入っていた。


私服でスカートをよく履いていたのは小学生まで。それ以降は、だいたいパンツスタイルになった。中学時代はベルボトムのジーンズにTシャツかカッターシャツ。高校、大学は美術系なので、一日の大半が作業服みたいな恰好だった。下は70年代後半〜80年代初め、10代後半から20代にかけて。

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トレーナーとジーンズ、足下はバッシュ。あちこちに絵の具や石膏がついている。外出時は、絵の具や石膏がついてないきれいなトレーナーとジーンズに着替える。夏はTシャツ、冬は上にGジャンか革ジャン。

男の子っぽいスタイルが好きだったため、一番モテたい時期を全然モテないファッションで過ごしてしまった。モテファッションだったニュートラ、ハマトラには縁がなかったし、したいとは思わなかったので仕方がない。

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(口を描くのを忘れた)

20代半ば頃。高校時代と変わりばえしない。以降、DCブランド系(ギャルソンとかニコルとか)のシャツやジャケットなどを頑張って買ったり、アライアのボディコンワンピを真似して作ってみたり、髪を伸ばしてみたり、ややフェミニンなブラウスを着てみたりしたが、自分の好きな基本ラインはおんなじだった。

50代半ばの今も、(時々きものを着る以外は)だいたい似たような恰好をしている。ただし年齢上、シルエットはゆったりめで各部の露出は控えている。

*1:メルヘンな雰囲気ではピンクハウスと近いが、あれは花柄を見せる田園調のオフのドレスで、こっちはビクトリア朝テイストの制服っぽいオンのドレスという感じがする。コルセットなどボンデージファッションとも通じてる。

2013-04-25

『CLASSY.』5月号で大々的に復活していたバブルスタイル

『CLASSY.』は「シャツの襟を立てるカースト上位文化」に属する雑誌である。私にとっては世代はもちろん、文化的にも接点のないファッション誌。数年前にたまたま光文社から一冊本を出したことがあったが、そこのJJ系列女性雑誌とはほぼ無縁。

が、たまには異文化に接してみようかな、ボケ防止に‥‥と、喫茶店で5月号を手に取った。


まず、「里子」という見出しが目についた。「里子を作る12の色」「里子シンプル」「里子になれる服 第三弾」‥‥。里子(さとご)とファッションといったい何の関係が? とよくよく見たら、それは小泉里子という『CLASSY.』の専属モデルの名前であった。

当然、表紙も小泉里子。5月号では、白いシャツに白いショートパンツという、普通の人が着ていたら「体操着のコスプレですか?」というような難易度高めの組み合わせを爽やかに着こなしている(参照:http://www.kobunsha.com/shelf/magazine/current?seriesid=102002)。

この人が読者のロールモデルとなっているために、名前が見出しにも登場していたと。昔の『Cancam』の「エビちゃん」と同じだ。里子ってちょっと地味な字面から「さとご」しか浮かばなんだわおばさんは。


カジュアルなファッションが主流の昨今、『CLASSY.』もコンサバワンピの紹介ページは少なく、シャツやニットとパンツの組み合わせの写真が多い。とは言え、やはりブランド志向で男受けも女受けもカレシのママ受けもばっちりの上品無難なカッコばっかよね〜と思いながらページをめくっていって、私はあることに気付いた。

腰に巻きものをしている写真がちょくちょくある。シャツやニットやGジャンを、モデルが腰に巻いて袖を前で結んでいる。こういうのって、いつからありになったんだっけ?


私の記憶では、上物を腰に巻くスタイルが流行ったのは80年代の中頃から後半だ。ほぼバブル期と重なっている。私もよくやっておりました。だが流行は廃れカッコ悪いものになって、誰も腰に何か巻いたりしない時代が続いていたはず。少なくともこの20年近くは。

いやちょっと待て。腰にチェックのネルシャツなどをラフに巻き付けてる若者を、わりと普通に見るようになってしばらく経つなぁ、そう言えば。かつての森ガールファッションにも「重ね着」の一つとしてあったような気がする。

流行とは関係なく、腰巻きは地味に定着していたのか。こっちがぼんやりしているうちにオシャレとして復活していたのか。


とすると。あの時代に流行った、肩にセーターを掛けて前で袖を結ぶスタイルも、もしかして復活していたりして‥‥。

いやいやいや。あんな恰好は今時、お笑い芸人の小石田純一と松岡修造くらいしかしていない。”松岡修造ですら”していないと言うべきかもだが、いくら何でもアレはない。


と思っていたら、していたのであった。『CLASSY.』のモデルが。カジュアルなファッションに薄手のニットなどを肩に掛け、袖を胸の前にダランと垂らしている。昔のように左右の袖を結んでいる写真もあるではないか。い つ の ま に 。

この数年、ストールやショールなどの首周りの巻きものが流行っていたのでその流れと言えないこともないが、上物肩掛けとはあまりに意表を衝く展開。肩パッドが(一部で)復活していた時以上の衝撃だ。

ユニークだったのは、カーディガン。カーディガンを袖を通さずに羽織るという着方に、もう一捻りしてある。「第一ボタンのみをとめて、アシメトリーにカーデを羽織れば、こなれ度が3割増しに!」。

写真を見ると、昔の子どもがスーパーマンなどを真似て風呂敷を首のところで結んだのが遊んでいるうちにずれちゃった‥‥みたいに見える。セーター肩掛けがいつのまにかそういう感じにずれている人、昔もいました(私です)。こんな見方をするのは『CLASSY.』読者世代よりずっと上の、40代後半以上の世代だけですか。


気になったので、腰巻きスタイルと肩掛けスタイルの写真が何枚あるか、5月号の全ページをチェックしてみた。腰巻きはちょうど20枚、肩掛けは10枚もあった。爽やかさを強調すればするほど、ほのかに漂ってくるあの頃の匂い。もうこれはあれだ、アベノミクスの陰謀だ。

カップル写真に出てくる男性モデルも肩掛けしていないかとヒヤヒヤしながら探したが、小石田純一を連想させてしまうからかさすがにそれはなかった。だが女性ファッションにおいては、着崩しスタイルとして堂々とプッシュされていた。ということは、同じ光文社の『JJ』でも『VERY』でも『HERS』でもそういうのが出てくる、のみならず赤文字系ファッション雑誌界全体でOKになっている可能性がある。

20代からアラフィフまでの女子カースト上昇志向クラスで、知らないうちに復活していたバブル時代のカジュアルスタイルの代表格、腰巻き・肩掛けファッション。誰が予想できただろうか。流行は巡るとは言え。


achachum-muchachaの猫バッグを持ったりサルエルパンツ穿いたり「いい歳こいて」と言われそうな私だが、腰巻きと肩掛けはできない。年齢を度外視したとしてもできない。‥‥‥今更できるものですか。