動植物苑

2018-03-12 光と音のあいだで(2)

1月26日

台湾シェリル・チェンからメッセージが届く。開くと灰色の空に、カラスが舞っている動画が送られてきていた。「どうしたの」と聞くと、「嵐が来て去って、そんなにひどくない状態」という返事が来る。いうまでもなくこれは去年作っていた通称鳥ノイズ(鳥の声や羽の音でノイズを作る)からの連想だろう。


去年の夏ぐらいから、台湾ノイズが気になり始めた。きっかけはアジアンミーティングフェスティバルでアジアのあちこちの実験的ないし前衛的な作家を次々に知ることになり、まだまだいるはずだとネット上を彷徨っていたことだった。SNSの使い方は様々だろうが、こうした時にはもってこいで、少しずつあちこちの作家たちと知り合いになる。その情報からさらにと広げていくわけだ。

中でも気になったのが台湾ノイズだった。台湾では1990年に軍事独裁が終了し、一気に開放的な現代消費文化が流れ込む中で、アンダーグラウンドなロックの影のように過激ノイズを実験的に行っている集団がいた。ゼロ・サウンド・リベレーション・オーガニゼーションと名乗る彼らは、90年代ポストモダンをたちまち吸収して前衛的なカットアップや伝統の現代化、周縁的表現である病理表象マイノリティの苦悩と解放に工業ノイズを混ぜ合わせ、苦痛と享楽に満ちたパフォーマンスに仕立て上げた。わずか数枚のアルバムの断片を聞けば、その活動初期には雑多なコラージュが展開しており、さらにすでに1996年前後にはサイントーンを使ったミニマルな表現に到達、そこで活動を停止して、各自散開していったのだという。その苛烈で身体的な現代残酷劇の様相は大変に強烈で、おまけに調べてみるとたちまち魅了されたはずのその団体のリーダーであったリン・チー・ウェイと、僕はすでにfb上で友達になっていた。彼がどのような活動をしていたのか、全く知らないままだったのだ。

あらためてそのリンさんと連絡を取ると、様々なことを教えてくれた。特に日本の表現では飴屋さんに注目していたこと、ジョン・ゾーンポストモダンよりはインダストリアルで、かつアウトサイダーアートを意識していたこと。解散は意図的で、先端的かつ前衛的な試みは維持できないものであり、ポテンシャルを果たしたら団体としては解体することを意識的に行ったということ。だから彼らのメンバーはまだ個別に活動しており、ノイズ現代音楽メディアアート・パフォーマンスなどの領域に散って活動していたことなど。彼らの表現は、一方で西欧文化の摂取であるとともに、他方で伝統というより土俗的・文化人類学的関心からの儀礼なども意識したものであり、そしてこの双方に自覚的で批判的な立ち位置を取っていた。これらは、さらさらと流れるように教えてくれたが、だがそれを知った時の衝撃といったらなかったというべきだろう。90年代前衛の一端を担っていたと思われていた日本のアンダーグラウンドシーンのすぐ隣で、それに近似した極めて強力な表現活動が見られ、しかも驚くほど鋭く批判的である。またその一見おさえたかのように見える表現のうちに(ただ聞くと伝統楽器の下手な演奏と聞こえるかもしれないものもある)常にはらんでいる死と儀礼の雰囲気。ほとんど不意打ちに近い痛打だった。


そのあたりから、少しずつ台湾ノイズシーンに関心を持って調べ始めた。一つにはいわゆるノイズミュージックの形態もあり、そこでは即興演奏によるノイズパフォーマンスも見られる。だが調べていくうちに驚いたのは、領域が横断しているというか、領域がないということだった。たとえば詩の会。詩といえば漢詩で、いわゆる漢文なわけだが、台湾ではそれが文化の一つとして生きていて、書や詩を多くの作家が共有しており、他方で詩の会もまた積極的にボイスパフォーマンスを行う海外の作家たちを招聘している。詩が文化ないし美学の根幹に位置している、言いかえれば、そこには詩学が現在のものとして根付いていた。

さらに身体表現についてもダンスや舞踊、武術まで、身体訓練や運動を伴うものもそうした表現に組み込まれている。ダンスをする者が映像作品を作り、ケージを題材にして短いフィルム作品を制作する、ということが自然に行われていた。もちろん提示するメディアは、そうした生のパフォーマンスから映像、インターネットまで広がっており、メディアアート的な性格も持っている。というより、おそらくここには障壁がなく、すべてがなだらかなコンテンポラリーアートとして繋がっているのだ。


この形態自体が、衝撃的だった。ノイズをする者と詩を読む者、ダンスをする者と映像を作る者が協働している。それに、さらに言えばマーケットとしてもヨーロッパに開かれているようで、幾つかのギャラリーではサウンド・インスタレーションと思しき展覧会も開かれていた。というより、毛利悠子が所属しているギャラリー台湾にあって、彼女のサーカスはそこで製作されていた。日本を閉塞的とするなら、少なくとも多少以上は開放されていると言ってもいいだろう。(さらに言うなら台北ビエンナレーには「関係性の美学」の指導的評論家であったN.ブリオーが2014年にディレクターに招かれており、海外の評論家がトップに着任することも、またその人選においても先進的たろうとしている野心もうかがえる。ちなみにブリオーは昨年来日し、そのことは日本で一部の話題をさらった)


こうした出会いは、個人的にも僥倖だった。死や破壊だけでなく儀礼やそこにおける身体、自然の非人間性、コンピュータと思考、テクノロジー生化学的な関係性などこそ、ノイズの多様な表現が切り開いた中で個人的に注目したものだったし、飴屋さんをノイズということがふさわしいか分からないが、だがその表現が極めてノイジーで破壊と暴力と死と生と性を扱っていることは誰もが了解するだろう。また、個人的にそうした主題に即して作っていたトラックもコンタクトを取った彼らは評価や理解をしてくれ、わずかではあるがそうした交流も始まった。ネット上の交流であるとはいえ、こうした問題について考えることのできる相手がいるとわかったのは大変に面白い。たとえ才能があろうがなかろうが、ナノテクノロジー量子コンピュータ温暖化や気象変動、テロリズムドローンの時代における表現とは何かと考えることは、なんだかんだ言ってそれ自体が楽しいものだし、そこで美学詩学を差し入れてみれば、それは一層に興味深い。



シェリル・チェンとはそうした中で知り合った一人だった。彼女は海外で生まれニューヨーク美大を出ているというらしいが現在は台北近郊に住んでいるという。パフォーマンスでは自分の腕と植物にセンサーを貼り付け、何らかのトリガーに用いているようだ。また台南の聴説で身体訓練もしており、実験的な演奏にも造詣がある。


そうしてやり取りするようになった彼女から、唐突にメッセージが来た。しばし考えたのち、どうせならと、テオと同じようにコラボはどうかと返信してみる。返事は明快に賛成で、幾つかのトラック交換をして試していこうという話になった。と言うより、これを書いているのは3月だが、実はもうすでに一度トラックの交換は終わり、次のトラックも継続することになっている。公開はしばらく先になる予定だが、小説や身体文化を背景にしたフィールドレコーディングと電子音サンプリングに基づいた通称「イマジナリーな」プロジェクトで、次の交換は4月末を予定している。