これが更年期障害(ただし低度の)というものか、なんとなく気が晴れぬ日が続いております。こういう時は、先に待っている楽しいことを考えるに限る。今日は、某社の打ち合わせがうなぎ屋であるから、店でうなぎを食べるなんて、久しぶりだななどと考える。気の置けぬ仲間と、プロジェクターとスクリーンを使って、大画面でいろんな映像を見ながら飲み食いする集まり「ネギ・シアター」もある。そうして、馬の鼻面にニンジンをぶら下げるみたいにして、前に進んでいくのだ。
昨日は「サン毎」(半分のページになったが、労力はさほど変わらない)5本の短い書評(2本が400字で行分けして書く)をこなし、その少し長めの2本を『プレイガイドジャーナルへの道』と、『須賀敦子の手紙』にする。後者は、イタリアで夫に死なれ、日本に帰国してきた須賀が、ひょんなことからアメリカ人男性と日本人女性で画家、と知り合い、彼らがアメリカへ行ってからも、20年以上も手紙、ハガキの往信があったのだが、その手紙、ハガキを文字起こしするのではなく、写真に撮り、宛名書きも含め、再現した本である。最期の方の住所は国立医療センターになっているのは、須賀がガンで闘病していたから。おもしろいのは、ブルーの万年筆による筆跡と、書き損じもそのままであるため、須賀の息づかいまで聞こえてきそう。あと、エア・メール用便箋、各種絵葉書、それに相手が画家だったこともあり、お菓子の包装紙にそのまま文字を書いた(印刷してある方の面)のがある。外国に住む日本人にとって、懐かしく、うれしかっただろうと思う。使う切手も浮世絵や相撲の図なんてのを用い、これも同様の理由であろう。
陣野俊史『テロルの伝説 桐山襲烈伝』を何とか、読み進めないと。