See The Sky About To Rain

2009-09-24

昨日の日記の通りバナナを貰った訳で、腐らすのも勿体無いし折角貰ったのだから

食べなきゃならんのだが、どうもなかなか手が伸びない。

そりゃあ何か果物全般の皮を剥くとかそういうのが面倒臭いというのもあるが、

そういうのとはまた違った拒否感というのが存在したような気がしたのもまた確かだった。


それでさっき、ようやくなんかの覚悟をして一本たいらげ、皮だけになったバナナを見て、そこで気付いた。

バナナの皮って、なんかこう、そういうクリーチャーみたい。

そう、急にその、果肉の無くなった無気力なバナナの皮が、例えば夜中なんかに自律して這い出し、

部屋をペタペタと歩き回り、眠る僕の顔などをのそのそと歩き回る様を想像したら、

急に全身に寒気が走り、思わず持っていたバナナの皮をゴミ箱の奥深くに封印したほどだった。

まさかこの歳になってバナナの皮に恐怖するなんて。瞬間的にはGより恐かったぞ……。

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2009-09-23 那珂川ブレイクダウン状態

たかがビール二杯ともつ鍋、あと少量のフィッシュアンドチップスで、僕の胃などは崩壊した。

昨日の夜。かつての先輩方と色々終わって帰る道中、僕の胸は何度もこみ上げた。

適当なリズムで断続的に迫り来る何らかのこみ上げが僕を突き上げ、内臓器官が酷く痛んだ。

その高まりは一線を越えそうになり、僕は二度も那珂川の橋の上で川に相対した。

なのに、なのに!何も出なかった。ぶっちゃげ吐きたかったのに、何も出やがらなかった!

その後も突き上げの連鎖で散々苦しみながら、何とか家まで帰った。

先輩たちが三人も家に上がり込んで、マジで薄汚い僕の部屋で寝た。

本当に良く眠れるなと思いながら、神にも縋りたいくらい苦しかった僕も寝た。


もう一つつけ加えるならば、あの先輩たちはオタ話とドグラマグラなどを境界なく話す。

僕も元々所属していた「古き良き」窮衆大学文芸部の面々はそういうことが出来る、良い人達だった。

それは最近、この日をあわせて二度会った時も全く変わらず、僕は「とりあえず本買おう。ちゃんと読もう。

あとやっぱドグラマグラはいつか買わなきゃなあ。ああ、あの自称文芸部員の彼もここにいれば。」

など思ったというのは、今これを書いている時点での後付けではありますが、まあ本当の噓じゃあるまい。

とにかく、以上が昨日のこと。



今日。二日酔いには襲われずに済んだが、でも薄ら気分悪い。

先輩たちが帰る。バナナやお菓子を置いて帰ってくれた。生のバナナなんて久しぶりに見た。

人と会った後はなんともし難くなるため、やはり意識ぐらぐらの中で活動を開始する。

お菓子などをご飯とし、風呂などに入り、ちょっと買い物のついでにブックオフに寄る。

すると、何かセールなどをやっており、本は100円引き。うきゃーっと思い、うろつく。

残念ながら『ドグラ・マグラ』は100円コーナーには無かった。が、300円の100円引きで買えたのでいいや。

あ、上巻しか無かったので上巻しか買ってないです。そのうち読みます。読まなくては……!

驚くのは、ふと見た岩波のコーナーに、『ツァラトゥストラ〜』が上下揃っていたこと。

そして今日は何故か100円引き。あひゅひゅほーっと思い、他の人に取られぬようすぐに手に取る。


結局この三冊を買って、その後マガジンを立ち読みしようとしたら合併号で今週は休刊で、

しょんぼりコンビニを出つつ、スーパーで食べ物などを買って、スーパーを出て、

空を仰ぎ見て、ああ今日は青空と雲の割合が何か素敵な具合で、鳥の群れも飛んでるし奇麗だなあ、

などと思いながら、家に帰った。グダグダした後、『ツァラトゥストラ〜』を読み始めた。

きっと数日後僕と会った人は、酷くにわかなニーチェかぶれになって、

「それでねそれでね!超人ってのはね、一種の雷であってね!」などと調子に乗って語りだすような、

そんな僕を見せられて大概辟易するのだろうなどと思いつつ、同時に晩ご飯いつ食べようと思いつつ、

こんな文章を書いているという訳であります。やっぱり頭がうっすら痛い。失敬!

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2009-09-21 糖分摂ってもグチ書くな

昨日は人に会った。ブログ移転しない方が良かったですよ票が二票も入った。どうすればいいんだ!

ちょっと昨日は恥ずかしいまでに投げやりに振る舞ってしまって、なんだか申し訳無かったなあと。

実際もうこれからどうやって生きていこうか、まるでまっさらで嫌になるけれど。

長期的目標だけじゃあ人間は生きていけない。しかし明日のことを考えるのは面倒臭い。あれれれ。


人と会った後の反動みたいなのが最近は本当に大きくて、具体的に言うと激しい虚脱感。

虚脱感自体はそれこそ辿れば小学生位から人と会うたびに感じて来たけれど、最近はずっと大きい。

具体例を出すと睡眠時間が無駄に増える。昼でも惰眠を貪りて気怠さと謎の頭痛を得る。

気晴らしにどこかへ出かけようかと思っても、どこへ?お金使うの?何をすべく?となりてポシャる。


買い物に行きて見る整然とした街行く人々の様子が何故かもう耐え難くて、ゆえに景色ばかりを見る。

カラスが鳴きネコが横切り犬は貴婦人によって連れ回されている。動物も大変なんだなと。

街の路を楽しむポイントは大通りから適当な路地へ入り込むこと。

高層ビルと低層の古き建物とのギャップとビルに囲まれて少し寂しい感じがなんともしみじみする。


ああ。寝て暮らしたいのはやまやまだけれど、何故だか寝てばかりいると頭が酷く痛むから出来ない。

本を読むこともあるがそれもどうしてか積極的になれずペースも遅くてひゅるりらら。

今僕が積極的に幾らかやることが出来るのは、パソコンの前に座って色々見たり書いたりすることばかり。

もしこれが何の価値も無かったら、何の価値も生み出すことが出来なかったらと思うとギギギ。


こういうのたうち回りが、しばらく後から見て「ああ、こんなことがあったからこそ今のオレがあるんだ」

という風に思えたなら、どんなに素晴らしいだろう。どんなに理想的だろう。

大抵は「ああ、あの頃オレはクズだったなあ。もっと真面目に生きるべきだったなあ」なんて思うか。

幸いなのは、幾つかの大きな後悔を除けばあまり自分の過去を気にしない自分の性分。面倒臭いしね。


そう。今日は生産的なことは何にも書けないけれど、明日こそは、とぼんやり願う。

思想はぼんやりして、確信は無いかあっても酷く自信が無くて反証ばかりで、なかなか明確に書けない。

僕がお菓子やコーヒー牛乳から得る糖分と同量程度の自信があれば、少しはマシになるのだろうか。

安心はそんなには要らないけれど、自信は欲しい。買いたい。でも高かったらいいや。眠たいし。


明日も、明日こそ頑張ろう。明日もまた人と会う。

上手くしゃべることが出来ますように。卑屈と虚栄心に取り憑かれませんように。

こんな日記書かずに済みますように。潰れてしまいませんように。

最近、人から褒められるのが異常に怖い。全くもって意味が分からない。

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2009-09-19 移転しました

今更ですが、はてなブログニコニコ動画を貼れないことが発覚したので、

(追記:ワイはアホや!めっちゃ貼れるし!恥ずかしいわあ!何で移転したんか分からんくなってもうた!)

それでちょっとそれは都合が悪いので、思い切って移転しました。

色々な関係で過去の文章(このはてなブログ分)は見難くなってしまってますが、

どうかご勘弁を。別にただのクソ日記なんだからどうだっていいだろそんなこと。

移転先はこちらseesaaって初めて使うけどいいとこかなあ。

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2009-09-18 落ち葉は踏みたいけど銀杏はちょっと……

「絶望のどん底」って嫌な表現だよなあ。なんでそれが底って言えるのって。

それ以上沈んでいる奴もいるんじゃないの、まあ君が底だって思うなら別にいいけど(笑)って感じ。

何に限らず、限界を勝手に規定しちゃうのは不味いよね。それなりに世界は広いんだし。


博多駅に、正確には交通センタービルに用事があって(お好み焼きではない)行ったら、

ちょうどロックインのところで、ひとりの女性が取り押さえられていた。

その女の上に別の女が乗っかり抑え、横で男がサポート、そして警備員が二人くらいで調書づくり。

取り押さえられた女が何か喚いている。その女の頭の先には何故かカツラが落ちている。

その異様な事態を見て思わずエスカレーターを移動する足を止める買い物客たち。まあしょうがねえ。

察するに、万引きでもしたんだろうか。いやあしかし、事件の香り、そしてドラマの香りがしますね。


そんなこんなで用事を済ませ、地下から階段登って出ようと思ったら、

今度はその階段でひとりの女の子?多分女の子が塞ぎ込んだ感じで座ってた。

あらやだまたドラマの香り。もちろん声をかける勇気も必要も無かったが。

この街はよく分からん絶望で溢れているなと何となくその場は思った。

そして帰りに自転車を走らせて、この街は銀杏の香りで溢れているなと気付いた。くせえ!

「世界はさりげない絶望で溢れている」みたいなことを雑誌のCDレビューで木下理樹が書いてて、

「うわっ!」とか思ったが、でも心の底から否定は出来ないよなあ、と。

こういうのを幾らか中二とか言ってネタにはしても、本当に笑うようには、オラなりたくねえんだ。

感情の捨象。合理性の徹底。少なくとも今のおいどんにはとても辛すぎるでゴワス。

たとえ晩ご飯が毎食カップラーメンになっても、そこんところはどうにかしたい、


なんて言って、どうせ現実突きつけられたら適当なところで折れてしまうのだろうけど。

何だかんだでぼかあ裕福ですから。言いたいことがあったらまず家賃自力で払えってんだばーか。

親の金で千代に住んで都市高速ステキ御笠川ステキだなんて、調子乗ってんじゃねえよって。

とりあえず、家賃自分で捻出しながら大学に通ってる人はとても凄いと思う。

更に学費まで捻出していたりしたらもう、何それ、ってレベル。

「自分で家賃」かあ……。ううむ……。

T.TT.T 2009/09/19 02:10 どうでもいいけど前長崎行った時に中華街に「喫茶どん底」ってあったよな。

okazaki5okazaki5 2009/09/19 02:22 凄いよね……。マスターの経歴に何か深い事情があるのかもしれん。傲慢さを感じないからこれはアリ。
ああ、ちょっとロマンとドラマの香りがするね。長崎ってのがまたちょっといいよね。

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2009-09-17 世界はおいどんのものでゴワス 曙光(笑)

散歩をする。散歩をするが、散歩に理由は要らない。ただ何となく散歩するのだ。

しかし理由は要らなくてもきっかけが無ければなかなか家から出ない。

なのでいつも買い物と一緒に済ませる。

そのために、僕はいつも買い溜めをしない。買い溜めしたら買い物に行くチャンスが減ってしまう。

まあ先々のことを考えて買い物をするのも面倒臭いしね。


散歩ってもまあいつも家の周辺で済ませてしまうけれど、はっきり言って、僕の家の周りは最高である。

なんか適度に両岸をコンクリで固められた御笠川とか言う川が流れ、その真上には都市高速と3号線。

ベイサイドプレイスまでの道のりは実は元遊郭街だったり、あと胡散臭い専門学校があったり。

大博通りは人が一杯いるので寂しくないし、救いが欲しけりゃ寺社仏閣やら、幸福実現党の事務所もある。

ちょっと頑張れば中州天神だし、中州周辺の渡辺通・春吉・住吉なんかのイルな雰囲気も堪らない。

何気に僕の散歩圏はそのまま博多の街をぐーるぐるなのである。マジリア充勝ち組。千代最高!

特に暗くなり始めてからの、橋の街灯、高速道路の光、大通りの連続する光、埠頭の光。黒い川、海、空。

ちなみに今日は何故か昼間に3台も救急車の音が近くで鳴った。きっと夜中も鳴るでしょう。お気の毒に。


ベイサイドプレイスを散歩してると犬と散歩しているおばちゃんなどがいて、それで思いついた。

筋肉少女帯の曲の歌詞で「犬を飼っています ヨロヨロの犬です 名前は「憂鬱」で 死だけを見つめ」

という歌詞がある。

だとしたら、部屋で行き詰まって苦しくなって出掛ける散歩ってのは、まさに犬の散歩のようなものか!

憂鬱という犬を散歩させながら、埠頭を、または中途半端な下町を、または大通りを行く。

実際この犬はアホだから、散歩したらちょっとばかり気が紛れるんですよね。

「その犬がアホなのは飼い主に似たんだよ」だって?うん、そうかもしれないね。

ともかく散歩はいいぞ。こうやって日記のネタも思いつくし。



小説を書く。小説を書くが、どうにも自信が無い。というのは、圧倒的に知識が足りなくて歯痒いのだ。

書くと分かるが、小説を角煮は本当に幅広い知識が必要となる。

服や自動車、街の構造や具体的な様子、職種・業界の常識、食べ物や酒、科学理論に文化理論、あと性。

どうも僕はこれら全てにおいて知識が不足していて、だから書くのが覚束ない。

やっぱりちゃんとした物書きの人なんかは、そういうことについて逐一ちゃんと本を読むとか

当事者と話を聞くとかして、入念に知識を仕入れるのだろう。駆け回るのだろう。

僕がやってるのは、分からんことがあったらネットで調べて書くという付け焼き刃の連発。

便利になったと言えば聞こえがいいが、その分いちいち知識も調べも浅く、身に付いていない感じ。

これで自分の書いている物に自信を持てるかと言えば、ねえ。ソースはウィキ!だなんて、ねえ?

しかも分からんところは妄想で書く。

どうせ殆どのことは分からないから、妄想でしか描き用の無い部分は多ければ多い程いい。

よって、舞台設定が突飛なものになってしまう。地に足がついた話にならないのである。

しかも今度は沢山の分からないを同量の妄想で補わなければならなくて、それが凄くしんどい。

ひたすら頭の中に動画が浮かぶのを待つ。浮かんだら浮かんだで、それをどうにかして文章にする。


言ってみれば、僕が人並みに頑張ることが出来るのはこの妄想の部分だけなんだよなあ。

何に関しても知識も認識も圧倒的に不足している。でもそれを補う努力は面倒臭いの。ゆとりだから!

何事も勉強オレ!勉強オレではあるのですが本当に……。

よく考えたらオレ、音楽も本も周りに自分より圧倒的に詳しい人がいるから、そっちもあんまりだし。

こんなこと考えて腐らずに、一生懸命好奇心振り回して貪欲に物事を吸収していくのが理想ですが。

それにしても面倒臭いし辛い!もっと頑張れよと自分を責め殺したい!しかしどう頑張ればいいの!?

そんなことを延々考えて疑似頭痛を抱えながらも、なんとか小説の真似事を続ける、そんな日々。


でも自分の空想世界が広がっていくのは凄く、こう、楽しいってのじゃなく、あれ、気持ちいいですよ。

あと書く時に「これはこういう意図があるんだニヤリ」とか、

もしくは書いたものを見返して「ああ、ここには実はこんな意味があったのかニヤリ」とか、

もうここまで来ると凄いスケールのオナニーです。世界創造オナニー創造主オナニーですよ!

そして僕の創造主オナニーによって生まれる神の子(笑)下ネタ失礼。多分笑うところですここ。

気持ち良くないはずが無い!キリスト教の方々には本当にすいません。でもほぼイキかけました(笑)

自分の世界観をしっかり持っている人とか、小説に限らずばんばん創作活動すればいいのに。

そしてそういうのを交換すれば、より深い理解みたいなのも出来るんじゃないっすかねえ。ぷーん。

(小説の、音楽や映画よりも凄いと思うところは、全部一人で出来るところなんです!

 自己表現としてはやはり小説が一番手っ取り早く思えている今日この頃。コーヒー牛乳は美味しい!

 ぶっちゃけ宅録よりも手っ取り早いとか最近は思えてしまって仕方ないような悲しいような。

 絵や音楽や映画などと違って、文芸はワードさえあれば出来るしね。パソコン一台で全て完結する。

 ああ、言いたいことを言おうとすればする程、なんか分かり辛い文章にしかならなくなるジレンマ!)



しかしこうやって考えたり書いたりしていると思うけれど、

相手無しでひとりでこうやってるだけなら、本当にただの引きこもりだなあ。

たとえそれが散歩や旅行であっても、ひとりの中で完結しちまっているようじゃあ、

引きこもりと何も変わらんのかもしれませんなあ……。

秋の夜に、コーヒー牛乳、ちびちびと。思い届ける ひとを求めて。

ポップとは、対話そのものじゃあ御座いませんか?違うか……。そうかな……?

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2009-09-16 マスミルクコーヒー・ポップ

僕にとって牛乳とコーヒーは永遠の恋人のようなもんであって、境目の無い感じなのである。

時々恋について「二人の身体とかそういうの通り越して一つになれたらいいのに」って言いますよね。

人間は液体じゃないから難しいかもしれない。あっ、ターミネーターならどう?シュワ×なんか他の。

それともどっちかがどっちかを喰うか?レクター×美味そうで恋しい誰か、みたいな?

もう面倒臭いや!シュワ×レクターでいいじゃん!レクター×シュワでもいいけど。

っていうか別にこんなことどうでもいいけど。


冗談はともかく、こういう融合というか溶解というか、そういう願望ってのもまた恋の大きなアレですよね。

「溶ける」とか「液状」とか「合体」とかそういうイメージが変に性的で淫らな雰囲気を醸すけど、

多分本当のああいう願望ってのはもっと純粋な、そういう肉欲的なものを超越したもんだと多分思う。

完全な共感というか、全ての共有というか、喜びも痛みも苦悩も全部一緒にみたいな。ロマンチックね。

そんなことできるわけがない。恋が抱える重大な絶望のひとつ。だからこそ求めるのかもしれんが。

とりあえずお互い適当に手首切って、流れた血を混ぜてみたら、少しは二人の溜飲も下がるかしら。

でもそういう恋ってのもまた現実的じゃないよな。っていうかこれもどうでもいいけど。


散々横道にずれ込んでしまったけれど、結局何が言いたいかっていうと、冒頭な訳ですよ。

今まで述べた理由からして、牛乳とコーヒーの恋愛的融合は美しく、そして美味しいという話ですよ。

ミルキーな甘みとビターな苦み(なんかアホな感じだな)の融合ってのも、なんか恋っぽくていいっすね。

そう、まさにコーヒー牛乳こそ恋そのものと、少なくとも美しい恋の縮図であると言えなくもないはず。

じゃあそれを啜るオレはさしずめ純愛をダシに金を貪る連中のようなもんか?蛇足ですけど。


でも、異性間にせよ同性間にせよ、そういうある意味基地外じみた恋の美しさってあると思うし。

そういうのに憧れないかって言うとやっぱりそうでもないし。

ある種の同性間の恋愛ってのは、もう本当に身体が邪魔で邪魔で仕方が無いんだろうなあ。切ない。

でもカマキリのオスとメスみたいなのはちょっとなあ。ホンマモンの肉食系女子(笑)

やっぱり愛って肉体的なもんでもあるしなあ。種の保存的なとことか、根源的な欲望とか。

ややこしいもんです。真に心と心だけが溶け合う世界って無いもんですかね。ちょっとだけ見たい。



という訳で、先程牛乳もコーヒーも尽きたのでスーパーに買い物に行った訳だ。

ここでまさかの知人×2との遭遇!日付越えてからの偶然の遭遇ってひどくびっくりするよね!

しかもその知人の片方が「あの」僕たちのポップリーダー!奇跡かと思った。

少なくとも、何で彼(多分箱崎が生活圏)がこんなところに、しかもこんな時間に、と驚いた。

彼等が信号待ちをしているところで遭遇。しばらく談笑の間、信号は赤と青を何度も切り替えていた。

ただの談笑なので結論などは出ず。最近の僕はどうも談笑を軽視しがちでいかん。

議論ばっかりしていても仕方が無いのだ。そもそも議論出来る程のものをぼかあ持ってないし。

何より面倒臭いし。どうもいかんな……。

あとでもなんだかんだでそれなりに価値ある議論っぽいものもしたいし。面倒臭いとか言っちゃダメなのに。

あああ、これでも一応最近はかなり出来る限りポップに行こうとしているこのブログ

果たしてそのようになっているのだろうか。Is this POP?ア〜ハ〜ン?ポウッ!

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2009-09-15 左手で描いた歪なハートマークの方が奇麗に見える?

しまったゴミを捨て忘れた!いつも日記を書く時間(二時前くらい)になると思い出す。


どうも僕は頭の中だけで論理を回すのが上手く出来ない人間な気がしていけない。

こうやって日記を書いている時よりも人と話す時の方が必死に考えている気がする。

まあでもこうやって書き出すのもまた、頭の中以上に論理が回ってくれる気がしているのだけど。

つまり、自分がどういうことを考え、言いたいのか、しゃべるか書くかしないと分からない。

面倒臭いことだが、でもちょっとは分かりそうなだけマシなのか?

イメージとしては、頭の中では骨組みを不十分に作れる程度。

完全に骨を構築し、そして十分に肉付けするには頭の中の思考だけでは足りん。

理論構築が完全に頭の中だけで完結出来る人って凄いと思う。

頭の中どうなっているんだろう。OSはWin?Mac?容量は?メモリは?愛は?


時々ハートマークを見ると、何故だか嫌な気持ちというか不純な気持ちというか、そういうのになる。

でも、そういう気持ちが全く起こらない程に純粋に可愛らしいだけのハートマークには惹かれる。

こういうのを純愛と言うのだろうか?

どうも僕は、純愛などというものは創作物中にしか存在しないものだと信じていて、

なんか純愛を嫌うと同時に純愛を恐れてもいたような気がした。

今日たまたまネットで、大阪のある汚い商店街にある恋愛成就のハートを見て、ああなんかいいなあ。

何だろうな。憎むべき純愛は、金儲けのためにでっち上げられる純愛だけでいいのかもしれない。

適当にその辺の紙にハートマークを書く。駄目だ。皮肉っぽい気持ちやらが浮かんでしまう。

あの薄汚い商店街のハートが汚れ無き純愛ハートだなんて思えないけど、でもなんか惹かれた。

何だろうな。清潔感溢れるハートマークよりも、適度にボロでキュートな方が純に見える気がするのは。

あれかな、純粋そうなものが腹黒く見えて、適度に汚れてた方がいい意味で底が見えて良い、みたいな。


こんな夜中、頭の中でハートマークの上下を反転させただけで、

なんか不純というか申し訳無いというかギルティーというか、そんな気持ちになるのは何故?

神経過敏かしら?やっぱり純情な子供の気持ちというものを本能的に肯定しているのだろうか?

いやしかし子供の純愛と、色々知識がついた後に考える純愛とはまた違うと思うのだ。


ここまで書いて思いついたのが、老人の恋愛。これ、もう肉体的関係とかじゃないだろ(多分?)。

ちょっと上品に洒落た服を着たおばあちゃんが喫茶店で、ストローの袋で作るハートマーク。

それを見て、そしておばあちゃんの顔を見つめて、なんとなく微笑むおじいちゃん。

僕が思いつける限りの純愛は、奇麗なハートマークは、これくらいしか思いつかんかった。

何だろうな。変に悔しい。勉強しよう!人生勉強だオレ!

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2009-09-14 貴様はそれを全て持っている!

背伸びをする。腕などを上に向け伸ばす。

身体がだるいから行うのだけれど、いくらやってもすっきりしない。

適当な音楽を掛けて部屋で踊ってるのかフラフラしてるのかよく分からない動きをする。

特に夜だと窓が鏡代わりになるので、滑稽な動きやら妙な開放感やら何やらで浸るナルシズム病的に。

何をやったって結局このだるいのは取れないけど、多分それでいいんだろうとか思ってしまっている。

寝てもだるい起きてもだるい飯を食っても本を読んでもネットしてても散歩してもだるいもんはだるい。

喜びやら悲しみやら怒りやら、そういう緑のような、嵐のような感情を取り除いた、荒野。僕のアリゾナ

憂鬱と倦怠こそが、この延々と続いていく荒野の主であって、ある種の裸の人生ってやつ。

盗んだ車と聞き齧った知恵で、この荒野を延々と旅するような。「心のオアシス」とか言うしね。

そう考えれば、こういう嫌な感じだってロードムービーみたいで格好いいじゃないの。

というか、そうでもしないとこういう感覚を肯定出来ないよなあ。

部屋で本当にグダを巻いているだけの状況を、そうやって肯定する、あまり良いことではないなあ。

一番いいのは、こういった感覚をどうにかして美しくて観る価値のあるものにすること。

でもそれ、真剣に考えようとするとマジでだるいなあ。


書くことが特に無かったから、こんな具合になってしまった。

いいっすよねえ?だってここはわたしの日記帳ブログ。ここは社会じゃないからねえ。

もっとも、社会においてもこういうことをぶつぶつと呟き続けながら生きていきたいもんだが。

買い物に行って来ます。真夜中の買い物って本当に素敵。緊張とクールダウンの奇麗な調和

ヨラテンゴを流して!自転車を漕げよ!貴様はそれを全て持っている!持っている!

荒野に夜の風を入れろ!適度に湿り気があるような気がして、なんかいいぜ!

今から買い物に行って来ます。夜中2時前。


夜ってさ、輪郭が薄くならない?景色にしても、情感にしても、音楽にしても。

昼間もぼんやりして生きていれば、まあ、昼間もそうかもしれませんが。

osaosa 2009/09/16 01:36 そんなときこそ白昼夢を観よう。デイドリームだ。ぼんやりだ。
どう見てもただの現実逃避なのに、妙に詩的でかっこいい不思議。

okazaki5okazaki5 2009/09/17 01:29 逃避っていうのは、ちゃんとノルマがあって、それがきつい時に一時的に逃げ出すもんだと思うんです。
ノルマを無視して逃避している人がさらにデイドリームとか言ってると、本当に放蕩になっちゃうんです。
まあ僕の生活なんて半分以上は白昼夢みたいなもんですし。

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2009-09-13 ゴキブリ・ティアドロップ

今日は歌って来たのだけれど、そんなことはどうでもいい(黒歴史(笑))。

今日ここの日記で書きたいことを、先程思いついた。

それは、歌いにいくために家を出る直前にトイレに行った際、出て来たゴキブリの話だ。

僕はそれを察知した瞬間、超反応で足を伸ばして踏みつけた。

感触はあんまりなかったが、足を上げたらちゃんと潰れて動かなくなってた。なんかあっけなかった。

トイレットペーパーで包んでトイレに捨てて、その後小便をして流したのだけれど、

流す水をケチったためゴキブリは流れず、むしろ水に浮かんでいた。

それに気付かず家を出て、色々あって日付を越えて帰って一番にトイレに行った。彼と再会した。

僕が外でへらへらわらわらとしていたその間ずっと、この死んだゴキブリはトイレの水に浮いていた。

そのことをちょっと真剣に考えると、とても辛い気持ちになった。

なので、眠気を我慢しながらこれを書くのだ。駄文置き場行きな内容な気もするが。


「やあみんな!オレはゴキブリ。名前はまだ無い。オレの話、聞いてくれるか〜い?

 福岡市博多区千代2丁目のあるマンションに侵入した。汚くて陰気で嫌な部屋だ。

 何気ない正午過ぎ、その汚い部屋の汚いトイレを何気なく歩いていると、突然扉が開いた。

 おい見ろよ。アホでズボラでクズな宿主だぜ。今日もサイズの合ってないTシャツなんか着てるぜ。

 っておい、いきなりオレに気付きやがった!何だよ今日は調子いいのかよ……ってうわああああああ!」


こうしてオレは潰れた。あの弱虫で無知で引きこもりの宿主とは思えないスピードによって潰された。

あのバカ宿主が、遂に色々面倒臭くなって、足で直接ゴキブリを潰すという話は聞いていた。

しかし、仲間達が言うには、あいつは動体視力がうんこだから、一発目はかなり回避し易いと聞いた。

一発避けることが出来れば、あとは複雑に高速でチョコチョコ動いて煙に巻くだけだと言われた。

……おい、話が違うじゃあないか!もしかして奴等、噓を流してオレをバカ宿主に殺させたんだろうか。

そう思うとオレはそれまでのオレの暮らし全てがとても虚しく思われて、酷く辛い気持ちになった。


しかしもうどうしようもない。無駄に生存能力が強いせいで、オレは潰されても意識が残っていた。

あの腐れ宿主でも俺たちを直接触るのは嫌らしく、潰れたオレをトイレットペーパーで包んで捨てた。

だが、あのバカはケチでもあったので、流す水の量が少なくて、結果オレは流されなかった。

流されたら後は色々あって死ぬだけだ。水流で死ぬ。アップダウンで死ぬ。溺れ死ぬ。とにかく死ぬ。

しかしあのバカのせいでオレは死ねなかった。潰れてどうしようもないのに死ねなかった。

オレはトイレの汚水に浮かびながら、トイレの天井をずっと見続けるしか出来なかったのだ。

トイレの天井は良く分からない。重力とかいうもののお陰で埃が溜まらないから、床よりは奇麗そうだ。

ただ、ずっと見たからといって何が面白い訳でもなく、しかし身体は潰れてしまってどうしようもない。


オレは辛いばかりの状態になって、ああ、早くこの意識が飛んでくれればと思った。

だが、オレはゴキブリ独自の情報網によってあのアホ宿主が今日はどこかに出かけることを知っていた。

しかもそれは、とても時間の掛かりそうであることも知っていた。

普段なら、あのキチガイ宿主がいない間は部屋で自由が出来るのでむしろオレたちにとっては喜ばしい。

しかしこの時ばかりは、オレはもう部屋に戻れないし、そもそも動けないのだ。

ゆっくりと死を待つだけ。なのにゴキブリ体質のせいで死ねない。オレはこういう苦しみは知らなかった。


もしもこの自意識を真っ白にしてどこか無我の湖にでも浮かべることが出来たら、どれほど楽だろう。

しかしこういう何も出来ない状況においては、意識だけが無意味に前面に押し出され、薄れる気配が無い。

悲しいことに潰れたオレの自意識は潰れる前以上に妙にはっきりとすらしていたのだ。

無駄に研ぎすまされたオレの自意識はオレの身体を全く動かせず、天井を見ることしか出来ない。

一生懸命考えるのを止めようとするが、本当にそういう状況になるには長い時間が必要らしい。

つまるところ、オレはこの非常に苦しくも空虚で行き場の無い気持ちを抱え続けねばならなかった。


オレが天井を見始めて何時間経っただろうか。ふと気がつくと、トイレの淵にオレの仲間が立っていた。

奴等、こっちを見ながらクスクスと笑っていた。潰れたオレを見てクスクス笑っていた。

「あら可哀想ね。でも足の遅い、鈍いゴキブリが淘汰されていくのも真理よね。クスクスクス。」

そういった具合で、始めは二、三匹の仲間がオレを見ては笑い、次第に仲間を呼び始めた。

水に浮かんで何も出来ないオレは皆の笑い者になった。憤りが溢れたが行き場がどこにも無かった。

奴等全部くそったれだ!他ゴキブリの不幸を笑うなんて!でもゴキブリなんてその程度とも思った。

結局オレの憤りは遂にその矛先を間抜けな自分以外に向けることが出来ず、オレを削るだけで終わった。


しかし、奴等がオレをバカにして笑っているのを見て、考えて、憤ることは反面いい暇つぶしにもなった。

笑われることは好ましく無いが、そういうことを考えることが出来る分、ずっと天井を眺めるよりはマシ。

少なくとも、オレが奴等を呪っている間は、オレの心は虚無とは言えそうに無かった。

オレは、奴等がひとしきり笑って飽きて、みんな帰って行って、その後しばらくしてそのことに気付いた。

オレは奴等が帰って来てまたオレを笑って怒らせてくれることを望んだ。しかし奴等は帰って来なかった。

オレはまた天井を見続けることになって、あの絶望と虚無に心を浸すしか無かった。


トイレにて思う。 幾時代かありまして 茶色い戦争がありました ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん


オレの自意識は疲れて傷ついてだるくて吐き気がしそうで、なのに何も出来ずどこにも行けなかった。

だから、果てしなく長く続いた無意味な時間の終わりを吐く血宿主が告げたとき、オレは喜んだ。

トイレのドアが開いたとき、オレはその音が天国の祝福のベルなんだと思った。

宿主はペニスを出して用を足そうとするが、オレの存在に気付いて、オレを眺めた。

奴はまず驚き、考え、何を考えたかは知らんが、何故か顔をしかめた。それは嫌悪ではなかった。

しかししばらく後、それを振り切ってペニスを便器に向け、排泄を行った。

その行為によって水面が揺れ、オレもその流れに身を任せた。オレは穴の周りを移動した。

そしてカス宿主はペニスをズボンにしまい、トイレの潜水レバーに手をかけた。


オレが見るに、やはりこの時もゴミ宿主のレバーを引く手には、ケチの精神が染み付きまくっていた。

実際流れて来た水の量も多くは無かった。だから、何故オレがこれで流されたのか不思議ではある。

もしかしたら、奴の小便に流された後の位置が問題だったのかもしれない。

だがともかく、それによってオレは遂に流され、水面に浮かぶ空虚の永続から解放された。

流されていくオレを見て、ケムシ野郎宿主は変に驚いた顔をして、そして切ない振りをした。

オレは知っている。奴はアホのくせに自分が大切だから時々ああやって繊細な振りをするのだ。

奴は取るに足りない自己満足を繊細さだと信じているのだ。そんなだから奴はいつまでもクズなのだ。


だがともかく、そんなクズがオレを流しておいて寂しそうな顔をする。

オレを踏み殺しておいて、オレに苦しみを押し付けておいて寂しそうな顔をする。

オレは奴が滑稽に見えたし、それにオレに同情するなんて見上げた偽善者だと思った。

奴に限らず人間なんて大抵この星のゴミクズだろうが、奴の勘違いを見るのは面白かった。

オレは最期に奴をめいいっぱい非難して、軽蔑して、嘲笑して、オレの自意識の終わりを感謝して、

そして流され、配管を辿っていくうち、やがて死んだ。

こういう話。アドリブの割にはよく出来たな。

正直こういう自意識のぐるぐるもリインカネーションの輪なら、それからは解き放たれたいかなあ。

そうでもない気もしないでもないなあ。非常に面倒臭いのである。

でもちょっとこれ筒井康隆っぽくないですか!?オーケンも入ってるし。

どうですか!?そう思いませんか!?そう思ってくれよおおおおお!畜生!もっと上手になりたい。

あらゆる繊細さは自己満足で測れる(笑)ゴキブリ可哀想(笑)うくく。うくく。うくく。うくく。うくく。

ニシンニシン 2009/09/14 10:06 筒井康隆っぽくはないですよ。
「潰れた自意識が潰れる以前のものよりはっきりとしてきた」ってとこが良かったです。まさにそうですよね。

okazaki5okazaki5 2009/09/15 00:43 一行目、うーん、一日経って読み返したが、確かにそうかもしれん……。眠かったからなあ……。
二行目、入院したことはある?オレは幸いにして一度も無いけど、こんな具合なんかね?
まあ入院とも訳が違うとは思うけど。植物人間?それも違うか?ともかく、そうなんでしょね。褒めてくれてありがと。

ニシンニシン 2009/09/15 09:43 筒井康隆が書くのは個人の懊悩ではなくて、社会全体の矛盾とか人間全体の滑稽さとか、そういうものだと思います。そういう意味で筒井康隆っぽくはないです。

動けないと自意識はっきりしそうですね。同時に、元気でもいろいろと失敗したり侮辱された場合にも自意識はっきりしそうですね。

okazaki5okazaki5 2009/09/16 01:22 なるほど。
後半については、つまりスムーズに行ってる時ってのはやっぱりそこまで自意識が過剰にはならないのかな。
やっぱりこの辺にリア充だの何だのの原因の根本があるんだろうねっていう、月並なことしか分からん。

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