おけぐわの日記

2ch系さいたまフラッシュサイト「おけぐわの微笑」管理人の OKGWA の日記です。かつては毎日更新を心がけていましたが、今は不定期更新です。

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[2005-01-11]

[] ソーシャルネットワークはWWWの破綻を招くのか  ソーシャルネットワークはWWWの破綻を招くのか - おけぐわの日記 を含むブックマーク

もなQぽぉたるのもなみさんによる無断リンクの権利と義務という記事を読みました。

無断リンクについての私の立場はかつて無断リンク論で書いたとおりなのですが、結局は以下の3点に集約されます。

  • 法的には無断リンクは全く問題がない
  • 技術的な解決策以外に無断リンクを防ぐ方法はない
  • 仮にそれを補うための約束事を取り決めたとしても基本的にはあるコミュニティのローカルルールにしかならずコミュニティの外の人との衝突を産むだけであろう

以上のことから、私は有効な解決策を提示することが出来ませんでした。

その点、今回の記事で提示されているもなみさんの無断リンクされない権利*無断リンクする権利を放棄する*限り認める、というアイディアは「されない権利」と「する権利」の衝突をうまく解決する方法として妙案です。

仮にこのアイディアが完全に実現された場合、WWWにソーシャルネットワークは存在しないに等しくなります。すなわち、もなみさんの主張はソーシャルネットワークの存在自体の否定といって構わないかと思います。

こういう主張は一見過激に見えます。果たして、WWWにおけるソーシャルネットワークの存在を否定して構わないのでしょうか。

なお、私が考えるソーシャルネットワークの意義は以下の3点です。

  • 自分が発信する情報の自由なアクセス制御
  • WWWのサンドボックス(練習場)
  • WWWの情報のS/N比の向上

一つめは「中の人」にとっての利便性です。HTTPという便利な仕組みを使って「見せたい人だけに情報を公開できる」ことは重要です。また、無断リンクされたくない人にとって、これを技術的に解決する方法として現時点で考え得る限りベストの方法と言えます。

二つめは「中の人」と「外の人」の両方にとって意義があります。「ブログとか試してみたいけど、いきなり全世界に情報発信するほどの度胸はないし、いわゆる『作法』も分からない」という人にとっては、ちょっと試してみる場としてソーシャルネットワークはうってつけです。また、「外の人」にとっても、いきなり初心者に迷惑かけられる危険が減ります(まあ、サンドボックスとしてのソーシャルネットワークは、いわゆる「ぱど厨」の問題とかの新たな問題を生むこともあるんですけど)。

三つ目は「外の人」にとっての意義です。Error 404 (Not Found)!!1なんてものが存在することからも分かるように、ほとんどの人にとってブログはノイズにしかならないことが多いようです(GooglePageRankの仕組みの問題でもありますが)。どうせ内輪の話しか書いてないようなコンテンツにはアクセス不可能になってるほうがすっきりします。

これらはいずれも、ソーシャルネットワークをWWWから見えなくすることによって生まれる意義です。したがって、WWWにおけるソーシャルネットワークの存在を否定しても、ソーシャルネットワークの意義は特に損なわれないということになりそうです。

しかしながら、WWWにおけるコンテンツはすべてURLで示されることを考えると、ソーシャルネットワークとWWWを完全に切り離すことは不可能です。リンクにするか否かに関わらず、URLが記述されればその時点でWWWにおけるコンテンツへのアクセス手段が示されるのですから。

これはソーシャルネットワークに関わらずどんな媒体でも同じことです。

こう考えると、もなみさんが理想とする真に対等なコミュニケーションツール(2004年12月26日 でもとらばと略すのはどうかとー)としてのWWWなんてのは実はまやかしなのではないか、という気がしてきます。

WWWなんてのは実は一方的に情報を搾取されるだけの仕組みでしかないのでは……?

もちろん、もなみさんは「そうなってはいけない」ということを終始主張なさっているわけで、それが故の(少々挑発的な)ソーシャルネットワークの否定なのでしょう。

ただ、私はソーシャルネットワークについては割と楽観的です。

上記の、私が考えるところのソーシャルネットワークの意義は、別に「中」から「外」へのリンクが存在したところで損なわれません。少々うっとおしいというだけのことです。それよりも、内輪でしか通じないような(私にとっては意味のない)コンテンツがWWWから減る利点のほうが断然大きいです。

また、仮に本当に意味のあるようなコンテンツがソーシャルネットワークで公開されていたとしても、その作者は竹熊健太郎氏のように周囲だけに読ませるのがもったいない(12/15/2004 まだ勝手がわかりませんが)という気分になるのが普通でしょう。逆に、書いてる人がそう思わないようなコンテンツは読めるようになっててもしょうがない気がします。

そんなわけでmixiを代表とするソーシャルネットワークの台頭はむしろ歓迎すべき事態であると思います。

まー、どっちにしてもmixiなんてどうせネズミ講ですからいずれ破綻しますしねー。

──と、これはmixiに入れない人間のひがみですが(なお、mixiが破綻したら後継としてniyiというネーミングを提案します。mxの次はnyで決まりでしょう)。

[2004-05-30] 結局「2回休み」になっちゃいました

[] 例えは持ち出さない方がよい  例えは持ち出さない方がよい - おけぐわの日記 を含むブックマーク

ずっと無断リンクについて──というよりはもなQのもなみさんの意見についていろいろとコメントしたのですが、「じゃあどうすればいいのか」という話になるとほとんどお手上げです。

何か決まり事を作ったとしても、基本的にはあるコミュニティ(いわゆる「テキストサイト界」とか)のローカルルールにしかならず、結局はコミュニティの外の人との衝突を生むだけです。

そこでこの問題は、そのときに結局どのように折り合いをつけるべきか、という話になると思います。

何か議論するときにやらない方がいいことはいろいろあると思いますが、特に無断リンクの是非について議論するときに気をつけたいことを箇条書きにしてみました。

法的な議論に持ち込まない
今のところ法的には無断リンクすること自体は白ですから、例えば「著作権が云々」とか言って無断リンクは違法だとするような主張は受け入れられません。逆に、法的に白だから無断リンクして構わないと主張するのも不毛です。法的な問題だけで終わりにしてしまうと、そこから先の議論が出来ません。
W3C (特に LinkMyths)を根拠にしない
違う意見を持つ相手を説得するには論理的である必要があります。LinkMyths には、根拠薄弱で非論理的な主張が多く見受けられますから、これを根拠にして意見を異にする相手を納得させることは不可能でしょう。
Web 特有の概念を現実にあるもので例えない
ウェブサイトは家で、トップページは玄関みたいなものだから、玄関以外のところから家に入ろうとするディープリンクは失礼です」とかいう例え話をすると、その例えが妥当かどうかの議論になってしまって話がそれてしまいます。

3つ目は特に重要だと思います。自分の意見を補強するために「例え」を持ち出すと、議論の相手はほとんどの場合「その例えはおかしい」と指摘してきます。その例えを認めてしまえば、そこから導かれる結論も認めざるを得ないからです。

しかし、Web 特有の概念を現実にある何かに例えることは不可能です(そのせいで、それぞれ問題の認識の仕方が違ってしまって議論になるわけですが)。

ただ、例えを持ち出すことは「自分が Web をどのように使っているか」の表明にはなると思います。それでも、その例えは自分の立場の表明以上の何かにはならず、それをもって相手を納得させることはほとんど不可能です。

私は、以上の 3点くらいならば誰でも納得できるのではないかと思います。その上で、この 3点にお互いが気をつければ多少は実のある議論が出来るのではないでしょうか。

[2004-05-27] やっぱり難しいもんです

[] LinkMyths を持ち出してもしょうがない  LinkMyths を持ち出してもしょうがない - おけぐわの日記 を含むブックマーク

(表題の 特集-5 をクリックすると無断リンク論についてまとめて読めます)

今日は LinkMyths についての私の意見を述べます。

私自身は、主に以下の 3つの理由で LinkMyths は現在ほとんど効力がないと考えます。

  • 「リンクを張る前に他のサイトに確認しなければならない理由はない」という主張に、その根拠が全く示されていない。
  • 書かれた年代から Web の利用者層も規模も大きく変わり、Tim Berners-Lee 氏が想定しなかったであろう問題が生じている。
  • そもそも Tim Berners-Lee 氏本人がこの文書は「個人的意見」であると表明している。

したがって、LinkMyths を根拠にする「リンクフリー」の主張もナンセンスだと思います。

ただ、LinkMyths に基づいて無断リンク禁止論者を攻撃している人も、別に LinkMyths を積極的に支持しているわけではないでしょう。しかし上記の 3点を指摘されて、それでも考えを曲げない人は、Tim 氏の信者かこの文書を自分の都合の良いように利用しているだけですから、何を言っても無断リンクするでしょうし、それを防ぐ術はありません。

話を戻しますが、LinkMyths に論理的な説得力はほとんどありません。しかし、一応大多数の人が支持しているので、それだけの理由でこの文書は効力を発揮しています。

ところが、Web に参加している多くの人は、「LinkMyths を書いた人は『Web の創始者』だから、その考えは絶対だと見なされている」という感じの認識しかなく、それが正しいかとか、自分が支持するかどうかについては特に考えていないのではないかと思われるのです。

別にそのことは全く構わないと思います。普通に生活している限りそんなことはどうでもいいことです。Web で何か決まり事があった場合、それに一応耳を傾けておいて「そういうもんらしい」という認識だけもっていればそれで事足りるわけですから。

そんなわけで、「少数の信者を狙い撃ちした過激な論調」ではなく、「多数の一般の人に語りかける穏やかな論調」で、LinkMyths にはほとんど効力がないことを語ることが必要なのではと思うのです。

そういう意味で、もなみさんの論調はあまりに過激だったのではないでしょうか。もなみさんの主張がどうであれ、その論調によって「絶対的リンクフリー」だけでなく「原則的リンクフリー」まで否定されてしまうと感じたのは私だけではないはずです。

もなみさんは、現実的ではない絶対的リンクフリー主義な人たちが減って、第三のリンク論が誕生できるだけの下地がととのった状況*に持っていきたかったとおっしゃっています。

しかし、極端な方向とは言え、国内での無断リンクについての議論は一応収束していて、一応のコンセンサスが得られていたですから、既に次のフェーズに移行する下地は整っていたと思うのです。決して、無断リンク容認派の主張は LinkMyths だけに支えられていたわけではありません。

必要以上に過激な論調は「第一のリンク論(無断リンク禁止)」の時代に逆行させるだけではないでしょうか。もなみさんの文章は、その意図はともかくとして、過激な「無断リンク禁止論者」に不当に利用される危険が非常に高い文章だと思いました。

以上のように考えたことが、私がもなみさんの解釈に異論を唱えた理由です。

――さて、昨日はあと一回(つまり今日)で終わりみたいなことを書いたんですが、問題解決に向けてどうすればいいかが抜けている気がするので、それについての私の考えを書いて本当に最後にします。が、明日は一回お休みにさせて頂きます。ごめんなさい。

[2004-05-26] ちょっと早起きして更新

[] そこまで Tim 氏は DQN なのかな  そこまで Tim 氏は DQN なのかな - おけぐわの日記 を含むブックマーク

今日はもなみさんのLinks and Law: Mythsを絶対とするなら、≪中略≫条件つきで個人情報晒しを認めなければならない*という主張について。

もなみさんはその根拠としてLinks and Law: Myths(以下 LinkMyths)の次の一節を引用しています。

I may be more valuable to you as a person if I refer you to other people by name, phone number or URL. This doesn't mean I owe those people something.

Links and Law: Myths

この部分、もなみさんの訳だとこうです。

私が貴方に他人の名前や電話番号、URLを教えたら、有益かも知れません。私はそのことで相手に何があろうと責任を問われるいわれはありません

本質

このコメント、Tim 氏がもし本気で言ってるのだとしたら、けっこう DQN な意見ですよね。ちなみに、先日も参照させて頂いたししゃものエースさんの訳ではこうです。

もし私があなたに他の人々の名前や電話番号やURLを教えてやったならば、あなたにとって私は便利な人と言えるかもしれない。しかし、だからと言って、私はそれらの人に対して責任を負うわけではない

『リンクと神話』について

大意は同じですが、こちらの訳の方がちょっと丁寧なので、以下ししゃものエースさんの訳を元に話を進めていきます。

この一節は次の「神話」(迷信)に対する反論として提示されています。

神話: 他の文書にリンクを張る事であなたの文書はより価値が高まる。だから(リンクを張られた側は)あなたに何らかの代価を要求する権利が存在する

『リンクと神話』について

ししゃものエースさんによると、この部分の原文は主語が省略されている様に見える*ので誤解される余地のある文章*ということなんですが、一応この訳が正しいと見なしますと(むしろそうでないと意味が通じないわけですが)、これに対する反論として「個人情報を教えたところで責任はない」というコメントはあまりに唐突すぎるように思うんですね。

私にはどうも、This doesn't mean I owe those people something.*の訳に問題があるように思えます。英語に元々自信がない上に、もなみさんのメール友達に英語ネイティブな方がいらっしゃるようですので、さらに自信がなくなっちゃったんですけど、敢えてこの文の拙訳を晒しますと以下のようになります。

これは、私がそれらの人に何か貸りを作ったということではない(代価を払う必要はない)。

私はこっちのほうが意味が通じる気がするんですよね。「迷惑かかろうが知ったこっちゃねーよ」というよりは「代価を要求されるいわれはねーよ」のほうが、何らかの代価を要求する権利が存在する*という「神話」への反論としては意味があると思うのです。そしたら、これは個人情報さらしによって生じる責任とは別の話ですよね。

繰り返しますけど、私はこの訳に自信がありません。もし「owe … something は『…に対して責任を負う』という意味の他に訳しようがない」ということを誰かが教えてくださったら、逆にすっきりするんですけど。

でも、どっちにも訳せるのだったら、やっぱりこの一節を根拠にして Tim 氏がとんでもないことを言っていると主張するのは NG な気がします。ま、程度の問題なんですが。

いずれにしろ、ししゃものエースさんが指摘しているように、言いたいことはわからなくもないが、あまり適切な比喩ではない*というのがほんとのところではないでしょうか。

それと、蛇足かも知れませんがもう一つ。仮に「責任を負う」としか訳せない場合。この一節はリンクの例えですから Tim 氏が言いたいのは「私が他のページにリンクしたからといって、リンク先に対する責任を負うわけではない」ということになりますよね。そうすると、これの直前のコメントのもなみさんの解釈リンクした結果によって生じる問題に対する責任を取らなければならない*とは正反対のことを言ってることになってしまい、いずれかの解釈が間違っている(あるいは Tim 氏は支離滅裂)ということになってしまいます。

──さて、今まで私はもなみさんの LinkMyths の解釈に対して別の解釈を提示してきたのですが、ぶっちゃけると私自身は LinkMyths についての議論はあまり意味ないと思っています。

じゃあなんでわざわざコメントしたのかとか、私自身の立場はどうなのかについて次に書いて、私の無断リンク論を終わりにしたいと思います。

monamimonami 2004/05/27 09:15 実を言うと、その訳で合ってると思いますよー。こちら参照http://www.tokyo-nazo.net/~tester/bbs/test/read.cgi?bbs=monami&key=077985926&st=89&to=90&nofirst=true

monamimonami 2004/05/27 09:26 上のURLは訳の後ろにちょこっと書いた注釈の説明だったりしますー。その辺もタイトルが「本質」になっている理由だったり。そこにも書いたケド、普通「負い目」という借りを作ると思うんですよー。或いは他人から個人情報を借りたことで価値が上がったわけでしょ。

okgwaokgwa 2004/05/28 02:44 コメントありがとうございます。上記URLの掲示板を読んでいなかったのは失礼しました。87番の書き込みまでは読んでいたのですが。

okgwaokgwa 2004/05/28 02:56 まあ、負い目を感じるのが普通だと思いますけど、Tim 氏は「名前と電話番号くらい電話帳見れば載ってるし」みたいな気軽な気持ちで書いたんじゃないかなーなんて思ったりもします

[2004-05-24] 更新前倒ししてばかりですみません

[] 技術的なアクセス制限についてなんて触れてない  技術的なアクセス制限についてなんて触れてない - おけぐわの日記 を含むブックマーク

今日は予告通りにLinks and Law: Myths(以下 LinkMyths)についてです。

原文の英語をそのまま読むのはちょっときついので、今日はししゃものエースさんによる訳文を参照ながら書きます。この文書は LinkMyths に対し論理が飛躍あるいは自己撞着している箇所もある*という具合に批判的なのですが、訳文は中立的です。むしろ Tim 氏の言いたいことをなるべく汲み取ろうとしている点で好意的とも言えます。

なお、ししゃものエースさんは上記のような理由(この文書は非論理的)から、

『リンクは原則として自由である』と言う事を主張する人間は、この文書を参照すべきではないし、する必要はない。

『リンクと神話』について

としています。その件について私もほぼ同意見です。で、実はもなみさんも結局はLinks and Law: Mythsは破綻している*ということを言いたいわけですから、あまり議論する意味がないように思えます。ただ、あまりにも解釈の違いがもなみさんと私とで著しいのでコメントしていきたいと思います。

もなみさんは、LinkMyths に書かれていることに従うならデリられないようにアクセス制限することも許さないって主張しなければならない*と書いていまして、その根拠として Tim 氏が

TicketmasterがSeattle SidewalkというWebPageへのアクセスを制限しようとした事に対してキチガイだ(crazy)とまで言ってますし、別の事例としてネット上の新聞社の記事に検索サイトがリンクすることを禁じた裁判について糾弾してる

アクセス制限

ということを挙げています。

まず、この引用元なんですが、Hall of Flame* という題名がついているんですね。ししゃものエースさんはここを訳しあぐねていて、とりあえず議論の殿堂*と訳していますが、いわゆる「煽り」を flame message と呼ぶことから、「煽りの場」という風に意訳した方が良さそうです。なお、ニューズ・グループに alt.flame.hall-of-flame っていう言いたい放題のグループがあるらしい(Ref. Netiquette by Virginia Shea - alt.flame.hall-of-flame)ので、この解釈はほぼ間違いないでしょう。

つまりこの部分は、あんまりまともな議論の根拠にできない LinkMyths という文書の中でも、特にあてにならない部分というわけなんですが、それを言ってしまっては詮無いので、一応まともに受け止めてみることにします。

まず、Ticketmasterが云々の部分ですが、この事件がどういうものだったか分からないと何とも言えないなと思って調べました。そしたら、Web ってのはすばらしいですね、その件に触れていてしかも日本語のドキュメントがちゃんとありました。

http://internet.impress.co.jp/usa/199707/199707_7.pdf

これによると、チケットマスターに訴えられたサイドウォークというのは、マイクロソフトが開設したシティガイドサイトだったそうです。で、

チケットマスターはほかの大手シティーガイドサイトと文書による契約を行っており、マイクロソフトとも交渉を進めていた。しかし交渉が決裂したにもかかわらずマイクロソフトがリンクを張り続けているため、「チケットマスターの商標を無断で利用している」などの理由で訴えた。

米国発インターネット 最新ニュース

ということなんですが、この部分からは、例えばチケットマスター側が Referer を見てマイクロソフトからのアクセスをはじくとかの措置を施したかどうかまでは読みとれません。どっちかというと「無断リンクするな!」とクレームつけただけみたいに読めます。

で、この件について確かに Tim 氏は気が触れているとしか思えない*」と述べているのですが、一応これには続きがあって、

なぜなら、シアトルサイドウォークがチケットマスターのサイトに客を、つまり利益を運んでくれているのに、わざわざそれを拒絶する事になるからである

『リンクと神話』について

としているんですね。

で、問題になるのは Tim 氏がデリられないようにアクセス制限することも許さないとまで言っているか、です。上記文脈では、「(本人に利益があるのに制限しようとするのは)気違い沙汰だ」と言ってるわけで、デリられるとかの明らかな不利益を防ぐためのアクセス制限についてまで否定しているとは言えないと思います。

で、もう一つの件についても同様です。

一種のサーチエンジンの運営会社に対し、デンマークの新聞のオンライン記事のページにリンクする事を禁止する判決を下した

『リンクと神話』について

こっちはデンマークの事件だとのことで、この話の詳細について書かれた文書を見つけられませんでした。なので、具体的なリンクによる影響のうち何が違法だと判断されたのか分かりません。

追記:[2004/05/25]
もなみさんのコメントのとおりにしたら、ありました。 ディープリンク禁止命令の影響どこまで?
うーん。なんで気づかなかったのかなー。

Tim 氏はこの事件についてもしこのような判決が受け入れられたら、Webの機能は完全にマヒしてしまうだろう*とコメントしているのですが、結局 Tim 氏が具体的にどんなアクセス制限についてご立腹なのかも分かりません。

追記:[2004/05/25]
上の追記の記事から、ディープリンク禁止にご立腹ということが分かります。

もちろん、Tim 氏が「あらゆるアクセス制限は許されない」という考えのもとに上記のような意見を述べている可能性はゼロではありません。あるいはもうちょっと限定した話で、「法によりリンクが制限されるのは許されない」という考えなのかも知れません。一応、文書のタイトルが「リンクと法律:神話」ですし、この文書の中では技術的なアクセス制限については触れられていませんから、こっちの解釈のほうが妥当な気がします。

いずれにせよどっちの解釈が正しいかという話になったら、少なくとも LinkMyths だけを読む限りではどっちとも言えないというのが結論になってしまうのではないでしょうか。

実は私は、もなみさんのもうひとつの指摘(条件つきで個人情報晒しを認めなければならない)の方が重要だと思っています。が、今日は長くなってしまったので明日か明後日に(明日はちょっと忙しくて更新できないかも知れません。なるべく時間を作るつもりですがダメだったらごめんなさい)。

monamimonami 2004/05/25 09:24 Hall of FlameはHall of Fameのパロディでしょうね。で、flameは煽りというよりはかっとなるトカ罵倒するというような感情的な行為を表す言葉ですー。だから、怒りへの入り口程度に訳すべきかとー。

monamimonami 2004/05/25 09:48 デンマークの記事は、あの事件を記事にしなかったネットニュースは無かったと思いますし、現在でも普通に「デンマーク リンク禁止」でぐぐればimpressでもzdnetでも記事は見つかりますよー。

okgwaokgwa 2004/05/25 09:55 Hall of Flame は、まあ意訳と言うことで……。
デンマークの記事についてはご指摘の通りでした。お恥ずかしい。逆に書いたときになんで見つからなかったのか不思議です。

monamimonami 2004/05/25 10:00 これは記事の直リン禁止という判例ですー。つまり特定のサイトからのリンク禁止と直リン禁止に対する非難ですねー。ただアクセス制限禁止に関しては、We cannot regard anyone as having the ”right not to be referred to” without completely pulling the rug out from under free speech. を引用すべきだったカモと反省してますー。

okgwaokgwa 2004/05/27 08:06 ご丁寧にどもです。なるほど。「参照されない権」行使のためのアクセス制限については、そっちの方が説得力ありますね。でも鯖落ち防止のためのアクセス制限については何とも言えない気がします