神様の島

壱岐には大小あわせて1500もの神社がある。他と違って神楽舞も音楽も、神職ばかりで奏される、きわめて神聖視された神楽も伝わり、古い信仰の形が残る。
神道の発祥の地とされる月読神社。


京都の月読神社は487年ここから分霊したもので、壱岐の月読神社は、神道の発祥の地といわれる。にしても小さな小さな神社。けれど空気が清らかで、神道とはいったい何だろうと考えさせられる。

今年は、伊勢神宮の御遷座の年。500億かけて大がかりな遷座を行っているが、元は、元々はこんな小さなお宮がスタートだったのではないだろうか。



この神紋、ネブラディスクに似ているなあ。



島の1つ1つに鳥居があり、



こんな小さな岩礁の島にも、可愛い鳥居。



水がわき出ていたところに祠。



ここにもあそこにも石の祠。


祠の集合体が神社のようだ。



島で一番大きい神社は、住吉神社だったのだが、境内のこの池には、干ばつのときこの池をさらえて鏡を取り出すと、雨が降るという伝説が伝えられていて、


はたして、明治の初め、あまりの干ばつに池をさらうと、神鏡が17面でてきたそうだ。雨は降ったんだろうか。


なんかモンチーにそっくりな狛犬


夥しい石猿が供えられた神社



沖縄の風景に似ている。海傍で風が強くて最近も屋根ごとふっとばされたそうだ。聖母宮。妊娠した神功皇后を聖母(しょうも)と呼んだのは何故なんだろう。



これは本物の貝だそうだ。地元のじっちゃんが誇らしげに話してくれた。



小さなエビス様がいっぱい。航海の安全と大漁を願って漁師さん達がお供えしたのだろう。


秋の豊穣の時を迎えて、いたるところにこんなしめ縄が張られている。


壱岐は、海も山も谷にも小さな神様だらけ、祈りと願いが満ちている。

魏志倭人伝に伝わる、一支国の王都といわれる原の辻遺跡。紀元前2〜世紀から紀元3〜4世紀にかけて形成された大規模な多重環濠集落。



一番高い、南の丘に祭祀のための建物。



おそらくこの場所で鹿の骨を焼き、太占をしていたのだと思われる。


壱岐の太占はよく当たると言われ一種の技術職として大和朝廷に多数召し抱えられた。
太占は現代はもう壱岐の地には残ってないだろうが、海の幸はそのまま。
ああ、感動のウニ丼。