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2006年01月18日

[]FOX

研究の合間を見てFOXtoolkitで遊ぶ.まだその正体はつかめていないが,時間的制約からはしかたがないだろう.Win32APIを叩くのには疲れるし,いまさらMFCを覚えるのも億劫な自分にはちょうどよいのかも知れない.ただし作成されるインターフェイスWindows標準の物と比べるとかなり泥臭い印象.これも慣れか.

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ああ,私は,真人間になることにも,オタクになりきることにも,両方失敗してしまいました.出来ることなら,やり直したい.あのまだ感性の固まりきっていないあの頃から.中学生のあの頃/まだ現実に自分の生きる場があると信じて疑わなかったあの頃.もしあの頃の自分に会うことができるのならば,全力で,中学生の私を張り倒すだろうに.莫迦野郎と,怒鳴りつけるだろうに.そしてあの小さな本棚にそっとエヴァンゲリオンとかのDVDを全巻置いて帰るだろうに.でもそれは叶わぬ夢なのでしょう.私は,オタクとして生きるには自意識が強過ぎたのです.同級生がアニメにハマっているのを,心の隅では気にしながら,表では莫迦にしていたのです.しかし言い訳がましい事ですが,之だけは謂わせてほしい.まさか,まさか,こんなにもオタクが社会に認知されるとは,あの頃誰一人として想像できなかったのです.全てのオタクは宮崎勤末裔でした.少なくともあの片田舎では.私の人生の原初にある,恐怖.それは,井の頭公園バラバラ殺人事件,女子高生コンクリート詰め殺人事件.そして,宮崎勤の事件です.同年代の子供が次々と殺されていく様を毎日報道するワイドショーが,本当に恐ろしかった.みのもんたの午後は○○思いっきりテレビの『あなたの知らない世界』の20倍は怖かったのです...だから,だから,私はオタクに

というところまで書いて飽きた.そして今日,宮崎勤の死刑が確定した.上に書いたとおり,私には彼の犯罪が切実に恐ろしかった記憶があり,今やっと,90年代が一段落ついたような心地がしている.私は所謂"14歳"だった人間のうちの一人だが,Aの出所には何の感慨も沸かなかった事を考えると,幼いころの刷り込みはやはり大きいのだろう.しかし,90年代,長かったなぁ.

#実際には彼の事件は89年













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