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原発 恐山 未来

1 不思議な男の子

振り返ると、そこにいたのは見知らぬ男の子だ。小学校の三年生か四年生。小さな納屋を背景に、ニコニコしながら立っていた。頭には麦わら帽子をかぶって、白いランニングシャツにカーキ色の半ズボン。「夏休み」の身なり以外はありえなかった。

「ああ、これ?」僕の怪訝そうな目付きに気付いたのか、男の子は自分の姿を眺めた。「変かな。できるだけ自然な身なりを心がけたんだけど」

「古いんだ」僕は言った。「昭和っぽいというか」おまけにきれいすぎる。麦わら帽子はおろしたてのようだし、シャツには折り跡さえ残っている。少なくとも着慣れたものではない。

「難しいな」男の子の顔は作り物めいている。眉をひそめても、そこには深刻味のかけらもない。「時代考証は得意じゃないんだ。昭和だの平成だの言っても、たいして代わり映えないし。ちょっとくらいの誤差は許してよ」

話しぶりもどこか芝居めいていた。

「寒くないの?」夏に入ってこそいるが、ここは北国であって、気温はまだ高くない。それにこの痩せっぽちの男の子は、なんとも寒々しく見えるのだ。

「全然。こっちは夏だからね。季節は四つあるんだよ。夏と暑い夏、もっと暑い夏、もっともっと暑い夏!」

冗談なのはわかるにしても、どういう冗談かはわからない。たがいに馴れ馴れしい口をきいて、友達のような気にさえなるが、この子は顔見知りですらなかった。

「どこから来たの?」僕はそう尋ねるが、それには二つの意味が込められていた。

その一。この子はここの子ではない。大畑町、下北半島、青森県の子ではない。それは言葉遣いからも態度からも明らかだ。

その二。男の子が立っているのは、農具を収める小さな納屋。両手を広げて端から端に届くほどの幅しかない。あたりは一面の草っぱらで、ここに来る道といえば二つきり。皆本が立ち去った道からやってきたはずはない。むかって右手には細い道があり、それは関根橋方面に向かう舗装道へ通じているが、草にすっかりおおわれている。草ずれの音ひとつたてないで、近づくことはできないはず。どこから来たのか?

「そんな、幽霊でも見るような顔しないでよ!」

叫ぶと同時に、男の子の姿は薄らいでいく。白いシャツの背後から、日に焼けた板壁が模様となって浮かび上がり、サンダル履きの素足はむき出しの地面と一体化した。

僕があわてて飛びのくと、あはっ! 男の子ははしゃいだように笑って、姿が再び鮮明になる。シャツもきれいに漂白されるが、サンダルは地面をしっかり踏みしめていない。浮かんでいる。たぶん最初からそうだったのだ。

夏休みの宿題が終わらないんだ」男の子は不意に思い出したように言う。「だから手伝ってもらいたいんだけど」

夏休みはまだ始まったばかりだ。なにをそんなに焦っているのか。それに、手伝う道理もない。

「面倒なことじゃない。自由研究で関係者に何人か取材したいんだけど、それに付き添ってほしいんだ。保護者代わりに。僕を助けると思ってお願いだよ、ご先祖さま」

なんだって?

「ご先祖さま」もう一度言って、男の子はほほ笑む。「僕は未来から来たんだよ。研究テーマは原発さ。原子力発電所。どう、タイムリーな話題でしょ?」

    *

小津川に原発ができるという話は、同級生の様似から聞いた。教室で昼の弁当を食べ終えるころ、僕やら厚司やらの前にいきなり顔を出して、「知ってる?」と話しかけてきたのだ。むつ市の不動産屋がこぞって小津川の土地を買いあさっているという。「直接は行かないよ。あんまり人目ひきたくないし。議員だったり会社だったり、そんなとこから働きかけて話を進めてんだ。金は東京から来てる。大手ゼネコン。なるだけ早く、なるだけ安く、あのあたり一帯買い占めたいみたい」

「嘘つけ」「聞いたことねえ」僕らはすぐに決めつけた。様似の言葉を信用するぐらいなら、鰯の頭を信じたほうがましなのだ。

「聞いたんだ。この耳で」様似は、しかしひるまない。「夜中に騒がしくて目え醒ましたら、真っ赤な炎を囲んで鬼どもが酒盛りしてて、『ちょろいべ』『こんだけ金あればすぐだ』『むこうからお願いしますって頼んでくるべ』ってしゃべって笑ってた」

土木会社を営んでいる様似の父が自宅に人を招いたらしい。市会議員やら不動産業者やら会社役員やらが集まって、七輪で貝などを焼いて、焼酎を酌み交わしていたとか。

「トイレに行ったとき、通りかかったんだ。そしたら、そのうちの一人が『坊ちゃん!』って、『小津川あたりに友達いねが?』って聞いてきた。いるいる! ホンズナシとエエフリコギとホイドワラシが。お父が『まあまあ』『子どもに商売の話はやめてくださいよ』って止めたけど、あれは半分本気だな。『話がまとまったら、手間賃はずみますよ!』なんて言うし。いい人だよ。ごっつい顔に似合わずフルーツ好きで、正月にはお年玉くれて」

「だれがだれがホンズナシ(馬鹿)で、エエフリコギ(格好つけ)で、ホイドワラシ(欲張り)だよ」厚司が文句を垂れる。

「本当に原発?」僕は尋ねた。「ほかのもんでなくて?」

「あと、なに作れるって? 小津川っていっても、なんもないべ? 知らねけど」

小津川は大畑町の字小津川。市町村合併によって大畑町はむつ市に編入されたので、行政区上はむつ市だが、意識の上ではあくまでも「大畑の小津川」だ。恐山にある宇曽利湖から唯一流れ出る川が小津川で、津軽海峡に注ぐその河口一帯の土地もまた小津川の地名で知られている。

「来るなら原発しかねえってか?」厚司が不機嫌につぶやいた。「あれは本当、なんにもないとこに限って来るからな!」

しかし、にわかには信じられない。

「その話」そこへ口を挟んだのが皆本だった。僕らの話を聞いていたらしい。「ちょっと心当たりあるというか。父さんが『シスカは弘前大学か?』って聞いてきて。第一志望が弘前で、合格したらもちろん行くから、そう言った。そしたら、『家族でみんな引っ越すか』って。びっくりしたよ。そんなこと聞いたことなかったから。家は? 仕事は? 『仮の話だ』って父さんしゃべって、話はそれで終わったけど。それ、関係あるのかな?」

皆本の家は小津川にあり、僕は場所も知っていた。中に入ったことはないが。土地の売却を打診されているのだろうか。

それにしても。

「こんなときに来るか、普通?」「福島まだ終わってねえし!」

東北日本の太平洋岸を襲った大地震大津波は、東北の北の端にある下北半島にはほとんど影響を及ぼさず、直後に起こった停電が眠れぬ不安な夜を招いたものの、その後知ることになる甚大が上にも甚大な被害に比べれば、語るほどのこともない。テレビ画面の向こう側で積み上げられる未曾有の瓦礫を前に立ちすくみながらも、自分たちの無事であったことにとりあえず胸を撫で下ろしていた。とはいえ、直接の被災者でない僕らでも、原発の大事故を知ったときは身の毛のよだつ思いだった。果たして下北は大丈夫なのか?

福島の第一原子力発電所は天と地と海に大量の放射線をまき散らしながら、一向に収束する気配を見せなかった。そうこうするうちに四月に入って、北東北で発生した大規模な余震によって、東通村の原発が外部電源を喪失するという事故が起きた。非常用のディーゼル発電機でなんとか持ちこたえたものの、その発電機も外部電源の復旧と入れ替わるように動かなくなるという綱渡り状態だった。危うく福島の二の舞だ。

「あぶねえな!」「なにしてんだよ、東通はよ!」「しっかりしてけれ!」新学期が始まったばかりのクラスはその話題で持ちきりだった。

「知らねえよ」「わあ(わたし)作ったわけじゃねえし」「文句だば電力に言ってけ」東通村の出身者はクラスに五人いた。

「もう逃げるとこだった」その中で一番動揺していたのは、東通村から毎日バス通学している砂原だった。「結婚した上の姉が車で来て、『逃げべ』って言ってきたんだ。あっちでもこっちでも車さ荷物積んで逃げてるって。へたけ、親父が『ホンジナシ!』って怒ってよ。原発は大丈夫だ、なにも起こるわけねえ、逃げるなんてとんでもねえ、なに言われるかわかんねえ! それで義理の兄が青くなって、『お騒がせしてすみません』って頭下げて帰ってった。そのあと外に出てみたけど、逃げる車とか別にいなかったな。姉は大げさに言ってたみたいだ」

「結局だれも逃げなかったのか?」「大事にならなくてよかったな」「福島みたくなったら、東通、おとなしく全滅だったべ!」

「今度なにかあったら逃げる」砂原は真顔で言った。「すぐ逃げる。本当に逃げる。親父がなに言ったって聞かねえ。引きずってでも連れてくし、最悪あんなやつ置いてくし。いざとなったら自動車かっぱらって逃げる。免許なくても関係ねえ。生きるか死ぬかだ。まだ死にたくねえ!」

「逃げれるの?」厚司が疑わしげに言う。「太平洋側は無理だべど。原発、むこうにあるんだし。へたら、陸奥湾のほう、二七九号線を下るしかないが」

厚司は砂原のノートを借りて、マサカリ型の下北半島を一筆書きした。直立した柄と左を向いた大きな刃が交わるあたりを黒い丸で塗りつぶし、そこに「東通原発」と記す。そして、その北方に「砂原邸」、西北に「むつ市」、むつ市となかば重なる形で僕らの母校、田名部高校をポイントする。「原発、結構近いんじゃね? こっちの道も危ねんじゃね?」

「もうちょい」割って入ったのは真岡だった。消しゴムシャープペンシルを握って、原発の位置を補正した。厚司が記した位置よりも南だった。そして、そこから陸奥湾側に向かって一本の線を引く。「ちょうど下北半島の首が細くなるとこだよ。冷水峠でつながって、直線距離で十キロもないはず。風向き加減もあると思うけど、放射能がばんばん降り注ぐはず。場合によっては通行止めになるんじゃないかな」

「構わねえ!」砂原が叫ぶ。「息止めて目え閉じて一気に突っ走る!」

「だめでしょ。その先に六ヶ所があるっしょ」のんびりとつぶやいたのは笑川だった。下北半島の付け根、六ヶ所村には言わずと知れた核燃料サイクル基地があった。「地震が起きたら、あそこもどうにかなるんじゃね?」

「東通がダメなら、六ヶ所はもっとダメだよ」机の地図に六ヶ所村をポイントしながら、真岡が言う。「あそこは核のゴミ捨て場。空と海に毎日放射能をまき散らして、原発百年分の死の灰を貯めこんでる。史上最悪の毒物プルトニウムが年間8トン!」

真岡がこれほど原子力に関心を持っているとは知らなかった。クラスで一番真面目なたちで、社会問題にも関心を持っているので意外とはいえなかったが。

「知ってる!」「恐ろしいんだってな?」たちまちいくつもの声が上がる。「角砂糖五個分で日本全滅なんだって」「六ヶ所、爆発したら、日本おしまいだべな!」

「しない、しない!」強く否定したのは知多だ。「六ヶ所は原発じゃないから爆発はしないよ。プルトニウムが毒だとしても、皮膚は通り抜けられないし、仮に飲んだってすぐ排出される」

「吸いこんじゃったら? 傷口から入ったら?」真岡がむきになって反論する。「プルトニウムはアルファ線を放出して体を傷つけるんだよ。へたすれば何年何十年もとどまって、ガンとか白血病を起こす。それに、六ヶ所はプルトニウムの分離精製の過程で臨界を起こして、爆発する可能性も絶対にないとは言い切れない」

「大げさだって言いたいんだ」知多はあくまでも冷静だった。「不安を煽りすぎるんだよ。放射能で死んだ人は実際はほんの少ししかいないんだし。ちょっと調べればわかることだよ」

「そりゃまあ」知多の隣にいる芝が口を挟む。「事故が起こってすぐだからしょうがないってことで」

「呑気だな」「危機感足りない!」「不謹慎」と矛先が芝に向かうが、芝は「ヒステリーだな。こわいこわい」とおどけている。

知多や芝の言うこともわからないではなかった。「原子力ってすごいもんだよ。捨てるには惜しい」僕の視線に気づいたのか、知多が僕にだけ聞こえるような声でつぶやく。「失敗は成功の母。ちょっとくらいの犠牲はつきものだ。そうやって歴史は続いてきたんだ。だろ?」

ほかの連中はわからないだろうけど、君はわかるね? といった口ぶりだった。

「北だ!」砂原が唐突に叫ぶ。「北さ逃げる。大間行ってフェリー乗って海渡って函館逃げてイクラ丼食う!」

「だったら早く逃げないと。ぐずぐずしてっと、そのうち大間に原発できるよ」そう言った恵山は大間の出身だったろうか。下北半島の北の突端、大間岬にはかねてから原発が一基建設中で、それは311以来中断されていた。

「みんなで大間に向かったら大変だな」厚司がぼそりとつぶやく。「大畑から先の国道は、海と山に挟まれてドブ板くらいの幅しかねえ。片側一車線だし、すぐ渋滞だ。追突事故でもあったら、もう通行できないだろうし。地震で崖崩れ、津波が来たら、ますますダメだ。フェリーにしろ、積める台数は限られてるし、海荒れてれば運行しないし。砂原、はあ逃げねばダメだ! 今日逃げないと手遅れだ」

「無理ーっ!」

「むつだってあれが来るでしょ。廃棄物」真岡がさらに付け加える。「例の中間貯蔵施設。関根浜のそばに。五十年貯蔵だって言ってるけど、どうなるか。最終処分場は決まってないし、放射性廃棄物は増える一方だし。なし崩しで、ずるずるむつに居座っても不思議じゃないよ」

「たいへんでーす!」笑川がおどけた声をあげる。「下北、核に囲まれちゃってまーす! ゼッタイぜつめーい! ぜんめーつ!」

まったくだ。喉元には六ヶ所核サイクル基地がでんと居座り、おでこを大間原発で押さえつけられ、襟足には東通原発が貼りついている。とどめとばかりに脳幹部の奥深く、貯蔵施設が埋めこまれる。げええっ! 笑川は自分の首を自分の手で絞めて、舌を突きだした。「息できないよーっ! 苦しーっ! 死むーっ!」

「アホウ!」芝が笑川を叱りつける。「やめろよ。なにを今さらそんな。しょうがねえべ。これまでごっそり金もらってきたんだし、ちょっとくらいのリスクは覚悟しないと。放射能って言ったって、なにも特別なもんじゃねえ。対策たてれば済むことだ。花粉症とかインフルエンザみたいに。心配だったらマスクして薬飲んでガイガーカウンター持って歩けばいい。共存していくしかねえんじゃね?」

真岡なり厚司なりが口を開きかけたが、昼休み終了のチャイムが鳴って、話はそれで打ち切りになった。

福島の原発はその後も一向に収束する気配を見せず、空と海と土に放射能を撒き散らし続けて、四百キロ離れているにもかかわらず、じわじわと侵食されていくような気さえした。

「福島は下北と同じだしな」厚司が妙なことを言う。どういうことか。「最後まで江戸幕府に忠義立てした会津藩は明治政府の手で下北に一族郎党、島流しされた。つまりダメージ政府の薩摩芋長芋どもは会津の人たちをコケにすると同時に、わいど(わたしたち)もコケにしたわけだ。島流されるような罪人が暮らす場所が下北だってことだからな。だから福島に起きることは下北にも起きる。間違いねえ!」

そして夏休みが始まる直前のことだ。様似が小津川に原発ができると言いだしたのだ。様似の言葉では信憑性が乏しかったが、小津川の住人である皆本の証言は大きい。なんということだ。原子力まみれの下北半島にまたもう一つ原発ができるというのか。

「盛り返しが始まるんだろ」様似がしたり顔で言う。「見てろ。否定的な意見が出揃ったら、なにごともなかったみたいに、やっぱり原子力は必要ですねってふうになるから。まだまだ原子力は金になる。皆本のほかにはだれも土地持ってないの?」

そのとき僕は言ってしまったのだ。「少しなら持ってるな」と。周囲の視線が集中する。「死んだ父親が遺した土地でさ」うろたえながら説明する。「名義は今は母親だけど、いつかは自分のものになるのかな?」

二年前に亡くなった父の遺した土地が、小津川の流域にあるのだ。元はと言えば伯父、つまり父親の兄の所有地で、僕の母がちょっとした畑を作る土地をほしがっていたので、伯父が無償で譲ってくれた。「父さん死んでから、母さん、仕事が忙しくて、畑作る余裕なんか全然なくて、ほったかしになってるけども」

「買った!」という様似の言葉に覆いかぶさるように、「売るな!」「手放すな」「そこ守れ!」と声があがった。

「ほかの人が売っても、奥野くんだけでも売らなければ、原発は建てられない」真岡が真剣な顔で言う。「原発反対の砦にするのよ。アサコハウスみたいに!」

アサコハウス。それは大間原発の建設予定敷地内にただひとつだけ残された一般人の土地として有名だった。所有者のアサコさんは土地を奪い海を汚す原発を嫌い、たった一人でその土地を守り抜き、大間原発は結局当初の予定地から数十メートル離れた場所に建設せざるを得なくなった。それは原発建設を阻止できなかったという意味では敗北かもしれないが、譲歩を引き出したという意味では勝利にほかならない。とは言え、その勝利も、決して安全とは言えない距離で日々形を整えつつある原発から、絶えず脅かされているのが現状だ。

「オクミチハウスだ!」厚司が叫ぶ。「オクミチハウスを死守しろオクミチ!」

オクミチハウスって。「あそこは納屋があるだけだ。農具とか入れる。何年もほったらかしで、たぶんすごい汚い」

「掃除したらいいべな」笑川が言うと、そうだそうだ! みんなが飛びつく。「掃除するべ」「みんなでやるか!」「したらすぐ終わる」と盛り上がり、僕を置いてけぼりにして話が進む。いつやる? すぐにでも。夏休みに入ってから。土曜か。オーケー。行く行く。手伝う。軍手とかマスクとか各自持参で。バスの時間教えろ。朝一番に小津川に集合。おーっ! オクミチハウスの旗の下に集結せよ! 下北から原発を、悪の権化を、資本主義のラスボスを追い出すのだ! その尋常ならざる大波に僕は飲まれてしまった形だった。

母に断りを入れるのに手間取った。小津川の納屋を使っていいか尋ねると、母は不思議そうな顔をした。えーと、あそこに原発ができるって噂があって、それを阻止しようって学校で盛り上がって、とにかくきちんと掃除して、畑でなんやかんや作ったりして、絶対ここを出て行かない、土地を売らないという意思表示をしたりする感じで。「原発? そんなの聞いたことねえな」母は首を傾げる。「使っても別に構わないけど、畑なんか作ったことねえべ?」。畑を作るかどうかはまだ決まってなくて、とりあえずみんなで集まって小屋を掃除しようという話で。「ふーん」母はまったく納得していなかった。「厚司も来る。輝男も来る」僕は馴染みの名前をあげた。調子のいい厚司は昔からおばさん受けが良かったし、輝男は真面目で礼儀正しいところが高評価だった。さらに田名部からは芝が、二枚橋からは真岡が来ることを付け加えた。芝はむつ市の有名なスーパーの息子だったし、真岡は昔から才女として名を轟かしていたので、二人を利用する形だった。とにかく煙草を吸ったり酒を飲んだりするような不埒な集まりでないことを強調した。「人様に迷惑かけないんだったら別にいいべ」それが母の結論だった。「弁当作るか?」いや、いい。昼は適当になにか買って食うし。

しかし、いざ蓋を開けてみると誰も来ない。集合場所に決めていたのは小津川の国道沿いのバス停だったが、集合時間に三分遅れで到着したバスから、期待した顔は一人も降りてこない。バスが走り去ると、海鳴りがむなしく響くばかりだった。「あいつら、口先ばっかりだ!」厚司は僕の分まで怒っていた。「あれだけ行く行く言ってたくせして。むつの連中はあてにならね!」

「来ねえの?」輝男が

クールにつぶやく。輝男は高校こそ違うが、中学時代の友達で、なにかと気がきくので厚司が声をかけたのだ。僕と厚司がせいぜい手袋とゴミ袋を持ってきただけなのに、ボストンバッグに鎌やら殺虫剤やら懐中電灯やらを詰めてきた。「など、人望ゼロだな。しかたね。わどだけでやるべ」

僕は一応電話をかけた。「えっ」「掃除?」「本気だったん?」受話器の向こうの声は一様にとまどっていた。「わりいわりい! 今日都合わりいわ!」「なんだかんだ言って大畑遠くてな」「いま起きたとこだし。ちょっと行けねえ」と、あの場に居合わせただれかれが言い訳する。芝は不機嫌そうに「行くなんて言ったか?」と言ったが、これは僕の勘違いだ。原発の事故に一番おびえていた砂原は、「行けね」と消えいりそうな声で言う。「いやまあ、そったらことねえとは思うけど、万が一というか、反対してることが知れたら、なに言われるかわかんねえし。従兄弟が役場で働いてんだ。商売してる親戚もいる。迷惑はかけられね」来れたら来てくれと言うしかなかった。

「北見さんのお宅ですか?」厚司が携帯電話で話している声を聞いて仰天した。「ナオヤくんはいますか? 千歳と言いまして、高校の同級生で、あ、はい」

二年生になって不登校を続けている北見に電話をかけているのだ。「失礼しました」と頭を下げて厚司は電話を切った。「だめだ。あいつ、電話に出もしねえ!」

北見とは保育園のころからの友達だし、厚司も小学校のときに同級生だった。「万が一って思ってかけたんだけどな。枯れ木も山の賑わいって言うし、枯れ人間でもいないよりいい」

ひどいことを言う。北見は繊細なやつだから、今はちょっと引っこんでいるだけなのだ。

「かえって気楽だべ」輝男が言うのも一理あった。厚司も輝男も気心の知れたやつだし、中学校のときは三人でよくつるんだものだ。近所の子どもを連れて山に登って、防空壕を自分たちの秘密基地にした。小津川のこの納屋も新しい秘密基地と言えるかもしれない。

「女っ気なしか」厚司がぼやく。「笑川も来ないのかよ。あいつ、私服はほとんど裸だって話だぞ。残念」

女と言えば。「真岡も来ないな」最も強硬に原発に反対していたはずだ。僕の土地をアサコハウスになぞらえた張本人でもある。

「真岡はお祭騒ぎなんか嫌いだろ」厚司が指摘する。「真面目すぎんだよ、あいつは。冗談言っても笑いもしない」

「真岡?」と輝男。「瑞穂のこと? 小学校が一緒だ。連絡しようと思えばできるけど」

「いやいい」と今度は僕。真岡とはそれほど親しくなかったのだ。

バス停をあとに歩きだすと、道路の反対側から「おーい」と、皆本が手を振って駆けてきた。そうだ。皆本が来ないわけがない。皆本だけは信じてよかったのだ。

小さなリュックを背負って、手には竹箒を持っていた。知らない顔と一緒だった。「遅くなった。ごめん」はあはあ息を弾ませながら、それでもにこやかに言う。「友達誘ったの。バーちゃん。幼馴染み」バーちゃんと紹介された女の子は、「よろしく!」と愛想よく言って、指でピースを作った。初対面でいきなりフレンドリーだ。バーちゃん? 「馬場が苗字。バーちゃんって呼んでいいのはシスカちゃんだけだよ」それではなんと呼べばいいのか。「お嬢さんでよろしいですわ」。本当にフレンドリー。

「ほかの人は? 次の便?」皆本が小首を傾げる。息はまだ少し荒く、額には汗の粒が噴き出ていたが、水色のブラウスは涼しげだった。

「下北が滅びたあとにでも来るんだろ」言ってすぐに後悔した。冗談でもそんなことは言うべきではないのだ。皆本が聞き流してくれたのでホッとした。

バス停のある国道から、小津川の土手を上流に向かい、バイパスを越えて、そこから先に人家はなかった。両脇が草に縁取られ、中央にも分離帯のように草の帯が伸びる道には、ヘビが我が物顔に横たわり、カラスの群れが上空を制空していた。平地には畑があったが、耕されているのは半分もなく、残りは背丈よりも高い草がのびている。道は徐々に登りになり、草木が左右から頭を垂れてくる。「なんかとんでもない奥地に入っていくぞ」「本当にこの先?」と野郎どもはぼやいたが、小津川の女子二人は「子供の頃、探検したね」「私はワンコの散歩で来たよ」と涼しい顔だ。母が手書きしてくれた地図をなぞって、土手道から農道へ曲がり、全部で十五分も歩いたところでようやく目的地に辿り着いた。

とりあえず僕らは啞然とした。三年も放置された土地はやはり雑草で覆われて、風雪に晒された納屋もあばら屋としか言いようのない代物だ。明かり取りの窓ガラスが嵌めこまれていたが、埃がこびりつき、中が暗くてなにも見えない。「とりあえず中の物を全部出すか」輝男が腕をまくる。こういうときは本当に頼りになる。「あずましくなるようにするべ」

錆びた蝶番が耳障りな音をきしませる木戸を開き、埃、クモの巣、暗闇をかきわけて、僕らは鍬、鋤、スコップ、鉈、金槌、肥料袋、板材、ビール箱、長靴、古新聞を外にほっぽりだした。屋根は雨漏れはしておらず、壁にも目立った損傷はない。床は板張りがしてあって、汚れてはいたものの、土間でなかったのはありがたい。輝男が先頭に立ってバリバリ働き、普段は仕切り屋の厚司も素直に従っている。皆本はやや及び腰だったが、馬場さんはこういったことはまるで平気らしい。「バーさん、すげ」と厚司が感心すると、「まだそこまで親しくないよ」と馬場さんがにらみつけるが、すでにしっかり打ち解けている。僕はなにか虫が出るたびに、ひいっと言って外に飛び出し、誰もが呆れ返っていたようだ。「おめ、絶対ここ住めねえな」と輝男が言うが、なに、ここに住むわけではない。「住まねえよ。通うだけ。それに、きれいにするんだろ? なら大丈夫」と僕は言い訳する。「外の草刈っとくよ。休めるスペース作っとく」

一時間かけて小屋を空っぽにして、僕らは休憩をとった。小屋にあったビニールシートは折り畳んだ内側はきれいで、十分使用に耐えた。それと二つあったビール箱を使えば、全員が落ち着くことができた。皆本は水筒に入れてきた麦茶を振る舞って、僕らはおいしく頂いたが、一杯二杯ではとても足りない。みんな汗だくで、喉はまだ水を欲していた。十メートルむこうからせせらぎの音が聞こえたが、それで喉が癒されるわけではない。恐山の酸性湖から流れてくる小津川はペーハー3。どう濾過しても飲料には適さないし、作物の育成にも適さない。

納屋の前に山と積み上げられた農具その他をどうすべきかが問題だった。「おまえ、畑作るの?」厚司が聞いてくる。「だったら、鍬もスコップも捨てないでそのまま置いとけばいいし」それはまだわからなかった。畑を作ったことはないし、僕にはアサコハウスのアサコさんのような覚悟もない。使えそうなものを見極めて、それ以外は捨てることにした。バーさんは知り合いからリヤカーを借りてくると言う。そこの工場で廃棄物をまとめて処分してくれるから、ついでに片付けてもらえばいい。いずれにしろ一度下に降りなければいけないようだ。実際に掃除をして、いろいろ足りないものもわかった。バケツ、雑巾、洗剤とか。もう昼が近かったから、昼飯を用意する必要もあった。

「男の人がいないと。二人」とバーさんは言って、輝男と厚司を指名したが、そこに他意はなかったろう。腕力のある者が単純に二人ほしかっただけだ。ただ、一瞬、僕と皆本が二人残されるという状況に陥って、「いいのか?」という緊張感が走った。「私、なにか飲むもの用意する」と咄嗟に皆本が言って、それには誰も突っこまない。わざわざ皆本が行く必要もなかったが、それがベストの選択だ。「全員で行くか?」と輝男が笑ったが、「ヌシは残れ」と厚司が決めつける。「いいべな。今からシミュレーションだ。この土地は俺が守るっていう強い気持ちで、どっしり構えろ。やあやあ、われこそはオクミチハウスの主なりい!」

「しっしっ」僕は手を振ってみんなを送り出した。「一人でなにしてるの?」皆本がややすまなさそうに言うので、「昼寝してる」と答えた。実際ゆうべはよく眠れなかったのだ。

刈った草の上に敷いたビニールシートに、スニーカーを脱いであがろうとしたときだ。パタパタ駆ける音が聞こえて振り返ると、皆本が一人引き返してきた。「これ」と言って水筒を差し出す。「あと少しだから飲んじゃって」

「どうも」と礼をして受け取ると、「私、嬉しくって」と皆本が言う。「ここを出なくちゃいけないのかって不安だったんだけど、オクミチくんがここを守るって言って勇気づけられた。それだけ言いたくて」

皆本は僕の返事も聞かずに、再び道を駆けだした。夏空の下で、三つ編みのお下げが踊り、土の道を屋根と海の方角へ駆けていく。そして僕は思ったのだ。皆本と歩む人生もあるのだと。あるいはそんなことが可能だったりするのだと。時よ、止まってもいいんじゃないかと。

そのとき時空が裂けたのだ。