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原発 恐山 未来

3 がらくたショー

「がっかり?」ドノミチの言葉には気遣いが見えた。

僕はうなずく。「そりゃ、自分がなにか偉い人間になるとか自惚れてたわけじゃないけど、なんか煮え切らないっていうか、成り行きまかせで生きてるっていうか。とにかく情けない。四年後ああなるのかって」

「同情の余地はあると思うよ。もともとここに住んでたわけじゃないし、お百姓さんでもなんでもない。モチベーションがないんだよ。断固守り抜くっていう。なのにまわりからなんやかや言われて、身動きできなくなった」

それにしても。「こんなにもろいなんて。原発に身も心も売っちゃうつもりだろうか。大畑が、下北がどうなってもいいのか。最低だ」

「ご先祖さんの頑張り次第じゃないかな」口元には笑みを浮かべているが、その眼差しは真剣だった。「あの大学生のご先祖さんは、今ここにいるご先祖さんがいろんな経験を四年間積み重ねた結果だよ。ああなるのがイヤだったら、ああならないようにすればいいんじゃないの?」

「そうすれば未来を変えられるのか? あんな腑抜けな未来にはならないと?」

ドノミチはこくりとうなずく。「そうさ。未来はいつだって変えられる。だってまだ来てないんだもの。ホントだよ」

僕はドノミチの顔を見る。この薄暗がりの中で表情はわからないが、ドノミチの魂胆はわかったように思う。

「それが本当の目的なのか。取材なんてただの口実だ。君は未来を変えるために来たんだ! 君が今いる時代を変えたいんだな? どうして? 君はどんな時代から来たんだ?」

「種明かしはまだ待ってくれる? あとのお楽しみってことで。とりあえず動いてほしいんだ。未来のご先祖さんと会ってほしい。それで事がどう転ぶか見たいんだよ。次行っていい?」

    *

暗闇が一気に増して、時間を移動したことがわかった。右手に見えていた窓も消え、どこになにがあるかもわからない。電気機器の小さなランプがところどころで灯っているだけだ。「高校生か」見えない正面から声がした。「懐かしいな。あのときはまだ希望があったよ」

「むこうからはこっちが見えてんの」ドノミチが耳打ちしてきた。「ご先祖さんがリアルで立っている場所は薄暗だけど、エクトストリーム上で明度が自動調整されて、この時代に投影されてんだ」

「こんにちは」僕は姿の見えない相手におずおずと挨拶する。「暗いですね。夜ですか。電気はつけないんですか?」

ドゴン! いきなり強烈な打撃が鼓膜を見舞った。打撃がさらに三度四度と続いて、それが投石であることが知れた。壁に石がぶつかっているのだ。おらーっ! オクミチーッ! 出てこいーっ! 死ねーっ! と怒号が混じり、その声自体が狂気と化して襲いかかってくるみたいだった。暗闇に目が慣れてきた。目の前には男が一人座っている。右手の窓は板で釘付けされていて、カーテンが片側に寄せられていた。

「なんですか?」僕は声を潜めて尋ねるが、この状況では普通に話しても外には漏れないだろう。「だれです、あの人たち」

「だれだか」未来の僕は言う。声の調子からは三十を越しているようだ。最初の一撃のときこそビクついていたが、その後は落ち着いて微動だにしない。「平気だ。すぐ終わる。二時間も三時間も続くわけじゃない。通りすがりのガキんちょがふざけてるだけだ。話の種に石でも一つ投げていくかってノリだ」

確かに投石はじきに終わったが、「ガキんちょ」はまだ立ち去らない。短い草をかきわけてじりじり近寄ってくるのがわかる。「いるが?」「隠れてんじゃね?」「はあいい。帰るべ」「拳銃持ってるって話聞いたけど」「ゲッ」

未来の僕はどうするのだろう。本当に拳銃をぶっぱなすのか。息を詰めて見守っていると、続けざまの連打ののち、ひゃーっ! 逃げろっ! という悲鳴とともに、足音が入り乱れながら遠ざかった。今の声の感じでは、せいぜいが中学生くらいか。壁を蹴飛ばして逃げ出したのだ。

不意に光がまたたいて、にぎやかな笑い声が炸裂する。天井の蛍光灯が灯って、テレビのスイッチが入ったのだ。「戻った」未来の僕は目の前に座っている。着古したスウェットの上下に、無精髭。「よっ。改めて、こんにちは。こんばんは、か。もう夜の八時だからな。一杯やらせてもらってるよ。訂正。百杯やらせてもらってる」

そう言って、コップを掲げるが、中の液体は透明だ。焼酎だろう。下北ではごく一般的な甲類の焼酎。テーブルにはチヂミのようなものが載った皿もある。僕がまじまじと見つめていることに気づいたのだろう。「年は三十代の、まあ半ば。君の二倍も生きちまったよ」

ヨウ素は屁の匂いですよ! だからもう、満員電車なんかでオナラしちゃったら大騒ぎで!」テレビから流れてくるのは、どこかで聞いたことのあるくだりだ。「近づくな汚染者! 子供の敵! 変態! って言われて、もう袋だたきですよ!」プツン。テレビが消えた。

「つまらね」リモコンを投げ出して、三十代の僕が言う。「今売り出し中のお笑い芸人でね。青いチェレンコフ。そういう芸名。知らないだろ? 知ってるわけないな」

「これ、放射能に匂いをつけるという話」僕は尋ねる。「本当なんですか?」

「まさか。そんなことできるわけない。こいつは原子力をネタに寒いギャグを飛ばす芸風で、ギャグを言い放った直後に『チェレンコフ!』と叫んで、腕で顔をかばいながら床に倒れるんだ。臨界に達したギャグを浴びて被曝死するという、そういうシメ。本当に寒い。客もろくに笑ってないし。笑い声は編集で足してんだ」

ドノミチの顔を見ると、かすかにこくりとうなずいた。大学生僕の発言にあった、放射線に匂いをつけることに成功したという話はこれで否定されたわけだ。三十代の僕はそのギャグをおもしろがってもいない。

とすると、これは先に僕らが訪れた未来の延長線上にある未来ではない。未来は改変されたのだ。小津川に原発はできなかった。そうだ、オクミチハウスは立派に残っているのだから!

いや。「立派に」と言うには語弊があるか。何重にも板が打ち付けられた窓。汚れた壁。散乱した床。あまり麗しい状況ではない。

「さっきのは停電だったんですか?」僕は差し障りのないところから尋ねた。

「無計画停電」三十代僕はぶっきらぼうに答える。「いつ起こるかわからない。なんの予告もなしにいきなり来る。洗濯機をまわしているとき、トーストを焼いているとき、ドリルで歯がガリガリ削られているときに、いきなり落ちる。一日に五回も六回も落っこちて、五分で復旧することもあれば、三時間四時間続くこともある」

無計画停電。その言葉はまだ記憶に新しい。「知ってます。東電の計画停電を揶揄した言葉ですよね。実際には電気が足りていたのに、原発の必要性を知らしめるためにわざと行なった、下劣な三文芝居だという話ですけど」

「311のときにアクティブ運転した無計画停電を今じゃ本格的に稼動しているわけさ。クレームをつけたって、返ってくる言葉は決まってる。『なにせ、あなたがたが原発を突っぱねたもので、下北には電力が足りないんですよ』『北海道あたりから融通しようにも、この生産力が低い土地にそんな無駄骨折るわけにはいきませんよ』」

それはひどい。嫌がらせにもほどがある。「報道はされていないんですか?」

「こんな僻地を誰が気にする? 下北は日本のシベリアだ。超特急もなければ新幹線も来ない。八戸を発った新幹線は、下北の入口である野辺地には停まらないで、青森駅へまっしぐら。北へ帰る人の群は今はだいぶおしゃべりになった。核を受け入れる代わりに青森県が引いてもらった新幹線が、しかし、肝心の下北にはアクセスしないで、時速三百キロで素通りと来た。新幹線は年々速度を上げて、今でははるか音速を超えて、軽やかに下北を置き去りにする。俺たちがいくら叫んだって届かねえ。新幹線があれだけ無駄に高速を追求するのは、俺たちのありあまる呪詛を聞きたくないがためなんだ。聞く耳持ちたくないってわけだ。九州の新幹線が開通したときの輝かしいテレビCMをおぼえてる。線路沿いにおびただしい人が詰めかけて、笑顔で新幹線に手を振ってたが、それに比べてアホモリ県のなんとお寒いことよ。ぶるぶる! マイナス二七三度! 北海道のほうがまだましだ。あっちは原発を二基で打ち止めにして、早期の廃炉を目指している。いっそ北海道と合体するか? 下北半島を根っこのとこで切り離して、どっかん! 体当たりしてやる。まさかりの刃先を北海道の顎の下に打ちこむんだ」

やけに饒舌になってきた。酔っ払っているのか? テーブルの脇にある焼酎の一升瓶は半分がたなくなっている。

「北海道に受け入れてもらえなかったら、いっそ漂流してやれ。それがいいな! 故郷であり冒険である、完璧なまさかり半島の誕生。ひょっこりひょうたん島ならぬ、まっこりまさかり島なんてどうだ? うはははははは!」

どうだ、と言われても。「まさかり」はわかるとしても、「まっこり」はなんだ。韓国のお酒か? 焼酎から鞍替えですか。

「いや、『まっこり』よりか、『まったり』か? あくせくしないでのんびり過ごそうという意志を込めて。まったりまさかり島。いいぞ! いけてる!」

「すると電力会社はいまだに力を持ってるんですね?」僕は暗い気持ちで尋ねる。独占企業である電力会社が力を握っている限り、下北に未来はないように思えた。

「やつらがどんなにしぶといのか、おまえはこれっぽっちもわかってねえんだ!」三十代僕はいきなり怒りだす。「あのとき、やつらは確かに死に体だった。やつらには一分の分もなかった。嘘つきの恥知らずの高慢ちき、人を人とも思わない、日本一の無責任組織、やらせ、隠蔽恫喝賄賂クレージーだよ全員集合! わかっちゃいるけどやめられないってか。ダメだこりゃ! つまりどうしようもない連中であり、どうしようもない組織であることが、どうしようもないほど完全に暴露されちゃったからな。いや実際、やつらは死んだのさ。死んでなお、この国にしがみついた。やつらはゾンビとなったんだ。生ける屍となって、この世にしつこく執着した。ゾンビ! ソンビ! だらんちゅーごすとーりじょろじゃーらじょーろっ!」

三十代僕は唐突に攻撃的なメロディーで歌いだしたが、それはなにかの曲なのだろう。

「フクシマはどうなりました?」僕は話題を変えた。聞きたかったことだ。

「原発は囲い込みに成功したぞ。事態は無事に収束した。公式のアナウンスではな。ただ、周辺地域では健康障害が多発してる。頭痛、疲労感、免疫力低下。各種癌と白血病罹患率有意に増加し、新生児には脳萎縮やら心臓疾患やら奇形やらが見られる。子供の甲状腺障害は一段落ついたが、今はさらに上の年齢層がやられてる。病人のいない家庭は存在しないし、自殺者も絶賛急増中。なのに、国は避難区域を解除して、住民の帰還を促している。ホンジナシどもが! 当時の責任者はみんな引退するか死んでるか海外に逃亡して、現在の担当者は俺の責任じゃないよってお澄まし顔だ。ひどいよ。一言で言えばね。千言で言えば、ひどいひどいひどいひどいひどいひどいひどい!」

「ねえっ!」ドノミチが明るく口をはさむ。「今日はもうお開きにしない? もうおねんねしたほうがいい。明日また来るから。町を案内してもらいたいんだ。あのしつこい原発を突っぱねた誇りある町を僕らに見せて」

了解、というように三十代僕が片手を振ると、景色が変わった。濃い霧の漂う中に、オクミチハウスが建っている。つい十分前に見たものとの違いに愕然とする。壁はいたるところがボコボコに凹み、さかんにツギハギがあてられている。窓はこちら側も板で覆われて、もう窓の役目は果たしていない。焼け焦げた箇所がいくつも見えるのは、だれかが放火でも企んだのだろうか。そして左手にあったはずの畑は荒れ果て、草がぼうぼうだ。かわいそうなオクミチハウス! 「あっちのご先祖さんは先に行かせたよ」ドノミチが隣で告げる。「僕らはいちいち付き合う必要ないからね。むこうで合流しよう」

そして、僕らは大畑の町を見下ろす坂の上に立った。すぐ目の前には小学校とその校庭。道を挟んで市役所の支所と消防署交番、公民館、図書館が並び、広がる住宅、商店、大畑川を経て、むこうには津軽海峡が開けている。ただ、今は濃霧に覆われて、全景は鮮明ではない。

「オーハタッ!」ドノミチが妙に興奮している。「名前の由来はアイヌ語オハッタㇻ。深い淵って意味なんだ。江戸時代にいわゆる蝦夷地交易で栄えた北の要港。ここを中継地に常時百も千もの船が行き来して、一時は甲板から甲板へ飛び移って北海道に渡れたくらいだ。むこうの山や海で働くためにたくさんの人が出掛けてった。アイヌの人たちの最先端のファッションを持ち帰っては、クールだぜ! チェケラッ! って粋がってたんだ。かつてはイカ釣りが盛んだった。水揚げ量は日本一じゃなかったけど、世界一うまいイカ刺しはここで食べることができたんだ。でしょ?」

「だいたい合ってる」三十代僕が同意する。すぐ隣に立っていた。フード付きの灰色のジャンパーを着て、大きめのリュックを背負っている。「よく予習してるな。見込みあるぞ。大畑の子になるか? 大畑のイカは最高だぞ。釣ったばかりのやつを糸のように細く切って、生姜醤油でシャキシャキ食う。ほかんとこのイカなんぞ食えたもんじゃないからな。ありゃ、プラスチックと同じだ」

行こう、という合図で僕らは坂道を下り始めたが、ドノミチは「歩く必要ないからね」と僕にささやく。「ご先祖さんの視点カメラとご先祖さんの投影映像を同期させてこっちで動かすから、黙って座って見てればいい」。カメラが勝手に移動してくれるらしい。僕は自分の時空間ではボロ小屋のビール箱に座って、この時空間では町を徒歩速度で進むのだ。「えっと、やっぱり立ってくれる? 座ったままだと不気味だし」

わかった。僕の周囲で動く景色はスムーズで、自転車にでも乗っているような感触だった。ドノミチが立った姿勢のまま前進しているのを見て吹き出すと、「ご先祖さんだってそうなんだからね」とドノミチは怒ったように言う。僕が歩く真似をすると、「変なの」とけなすが、顔を背けて笑うのをこらえている。かわいいところがあるじゃないか。

それは僕のリアルな時空間で、つい二・三時間前にあとにしたばかりの馴染み深い景色のはずだったが、見るものすべてが荒廃していた。アスファルトはひび割れ、草が繁茂し、電柱は傾き、電線が垂れ下がっている。右手に居並ぶ民家の窓は割れ、ドアは外され、室内は暗く、ひと気はまるで感じられない。左に建つ三階の小学校も、割れていない窓ガラスはなく、机と椅子の散乱する中、水彩画だの習字だのの切れ端が散らばる廃墟だった。「ここはもう使われていない。危険だからな」三十代僕がぼそりと言う。「大畑の人口は激減した。かつては一万を超えてたが、今はせいぜい数百人か。小学生も全校生徒ひっくるめてようやく一クラス作れるくらいで、授業は兎沢の中学校でやっている。高校生も同じだ。就学生がいる家庭はだいたいそっちに引っ越してて、ここらじゃ子供はまず見ない」

表の県道に出ると、そこはかつての大畑町役場、むつ市と合併してからはむつ市役所大畑支所のガラス張りの建物が見える。県道を南に進むと、消防署、駐在所が次々と現れるが、当然のように人っ子一人見えないし、使われている形跡もない。なにか決め事でもあるかのように軒並みガラスがたたき割られ、草木に浸食されている。

「バイパスができたのが大きかった」三十代僕は足早に歩きながら解説を加える。「バイパスは元は言えば大間の原発建設のために国道をジャンプする形で作られたんだが、問題は新しくできたバイパスだ。マガシマ311の件を受けて、あのどん詰まりの大間にも避難路が必要だってことにようやく気づいたんだな。下北の中心を貫いて、山中にスーパーバイパスが作られて、その際、当然のように大畑は素通りになった。フルMOX燃料を用いて華々しく稼働する大間原発は、莫大な交付金を招き寄せ、大間の町には立派な公共施設、広々とした片道四車線道路、華々しい使い捨て文化をもたらした。最新のハリウッド映画はすぐに上映され、コンサートホールには国民的アイドル集団もやってくる。その一大躍進に乗じて市に昇格すると同時に、名前も『大間』から『大鮪』に変えた。マグロで全国に名を馳せた町ならでは粋な選択だ。と言っても、名物のマグロ漁自体はすっかり廃れてしまったけどな。原発から垂れ流される大量の温排水で海の温度は上昇し、マグロはさっぱり寄り付かなくなったし、同じく公然と垂れ流される放射能の影響で、大間マグロのブランドは地に落ちた。だが、今さらマグロがなんだってんだ。大鮪市は下北で一番繁栄し、今やおむつ市に取ってかわろうとしている。その大鮪市とおむつ市の狭間で、わが大畑は濃霧の中に今にも消え去らんとしているわけだ」

信号のない十字路を右に曲がると、そこにはさらに悲惨な光景が広がっていた。道路をいっぱいに埋め尽くす瓦礫とガラクタ。そして左右には、傾き砕け焼け焦げた家屋が延々と連なっている。まともに人が住める家などありそうにない。倒れた電柱と絡み合った電線、ひっくり返った自動車、おびただしい廃材、その間を血管のようにのたうつ草木の中を歩きながら、今なお記憶に生々しいあのことを思わずにはいられなかった。「まるで津波が来たみたいですね」もちろん規模は比較にならないほど小さいにしても。

「人の津波が来たんだよ」三十代僕が答える。「おむつ市は大畑町の廃町を宣言した。大畑に金のなる木は一本も生えてなく、こんなところに公金を使うだけ無駄だという判断だった。上水道は堰き止められ、電話線は断ち切られた。電力会社様のご厚意で電気だけは使えたが、これは無計画停電を楽しむためだということがのちにわかった。市役所支所、消防署、駐在所、銀行、郵便局が尻に帆をかけて逃げて、バスの定期便も廃止された。物品の流通もなくなって、電池もカップラーメンも手に入らなくなった。おまわりがいなくなったのを最初のうちは喜んだよ。あいつは俺の顔を見るたびに、まるで生まれて初めて会ったかのように職質してきたもんだ。『ちょっとお名前を拝見』『どちらにお住まいで?』『ご職業は?』『ここにはどういうご用件で?』。いなくなってせいせいしたかと思いきや、やってきたのはゴロツキどもだ。毎日のように爆音を轟かせながら、バイクと車を連ねてやって来た。ナンバーを見ると同じ青森だけじゃない。遠くは横浜、木更津、神戸のナンバーがあって、なぜか全国各地からわざわざ駆けつけてきたらしい。やつらは鉄パイプ、バット、チェーン、ハンマーを振りまわし、目につくものを壊してまわった。だれかにお墨付きをもらったみたいに、のびのびと壊しまくった。だが、壊すことが三度のメシよりも好きってわけじゃなくて、金目の物を物色しては持ち去った。TV、時計、カメラ、指輪、着物、バイク、ブルマ。人を襲うことは熱心じゃなかったが、邪魔する者には容赦なかった。頭をカチ割り、脚をへし折り、鼻をつぶし、耳をちぎった。なにも取るものがなくなると、ガソリンを撒いて火を放ち、ケタケタ笑いながら立ち去った。俺たちはもう必死だったさ。昔の火消しみたいに家をたたき壊して延焼を防いだ」

まるで映画かマンガの話だ。「ちょっと信じられないですが。あの、助けといったものは?」

「報道は皆無だった。地元の阿呆森放送も吐嘔日報も記者一人送ってこない。ネットはブロックされて、被害状況をつぶやくことも動画をアップすることもできなかった。俺たちに味方は皆無だった。かつては原発を阻止するために全国各地から有志が集まったものだが、建設中止が正式に決定すると、あいつらはバンザイ三唱して、波が引くように去っていった。年賀状出しても返事も来ない。厚司は最後まで抵抗したよ。両手に鎌を構えて果敢に立ち向かったが、鎌と鎌の間をバイクで轢かれた。輝男はどこへ消えたやら。家族がいるから俺は逃げるって言って、三輪車漕いで田名部へ向かって、それきりだ。無事な交通手段がもう、三輪車しかなかったんだよな。女子供老人は山に逃れて、戦時の防空壕でじっと息を潜めてた。ゴロツキどもは思い出したようにやってきては乱暴狼藉を働いたもんだが、最近ようやく落ち着いてきたところだ。昨夜みたいな投石は、だから、ほんのお遊びだ」

三十代僕の言葉はまるで夢の中の言葉のように、僕の耳を素通りするばかりだった。幾万語の言葉よりも、今僕の前に広がっているガラクタこそが、なによりも雄弁に町の現状を物語っている。

「片付けようとはしたんだぞ」弁解するように三十代僕が言う。「ちょっとずつでも、何年かかっても、きれいにしようとはした。けど、それがまた良からぬ連中を招き寄せることになるかと思ってやめた。なにも奪うものがないと思わせておいたほうがいい」

左手に、僕の父親が眠っている墓地が見えてきた。倒れている墓石もあるが、全部ではない。

「墓場は割と無事だった」三十代僕が続ける。「ここにはなにもないからな。ちなみに母さんは町にいない。函館の伯父さんちに行っている。こんなところに置くわけにはいかないからな。むこうで畑を作って、子供を世話してる。うん、まあ、母さんのことは心配しなくていい。それがせめてもの救いだな」

三十代僕は「用事を済ませたい」と言う。一時間から二時間、町なかを歩きまわって人に会うが、見ている分にはあまりおもしろくないはずだ、と。「オーケー」とドノミチは返事する。「それじゃ、僕らは早送り再生させてもらうよ」

その後、僕とドノミチは三十代僕にくっついて、すっかり変わり果てた故郷の町を歩いた。商店街のシャッターは軒並み引きちぎられ、壊れていない街灯もなかった。やせ細った犬が徘徊し、カラスが所在なげに飛んでいる。物陰から時折、人の姿がのぞくことはあるが、すぐに引っ込む。遠くでバイクの音が聞こえると、三十代僕はしばらく物陰に身を潜めていた。比較的損傷の少ない路地や、一見廃屋に見えて実はしっかり人の住んでいる家屋を、三十代僕は訪ね歩いた。控えめにドアをたたき、自分の名をささやくが、すぐにはなんの反応もない。三分も五分もたってからようやく、ドアが薄く開いたり、ガラスのない窓に人の姿が現れたりした。「よう」「なに?」「持ってきた?」「今日はなにあんの?」。中年女、老人、幼児と三十代僕は、野菜、乾物、なにかの料理が詰まったパック、電池、サンダル、胃薬を交換し合う。三十代僕のリュックにはあらゆるものが詰まっていて、しかもその中身は絶えず入れ替わった。ある家でスルメイカと交換して得た乾燥そばは次の家ですぐにまた別の品物と交換されたが、ある家でキュウリと交換して得たオルゴールはリュックに入ったきり二度と出てこない。「とりあえず品物を回してるんだ」三十代僕が言う。「こっちで余っているものを、ほしがっている人のところに持っていく。畑を細々と作っている人はいるし、漁に出かける人もいる。平日は青森で働いて、週末だけ帰ってくる人はいろいろ買ってきてくれる。軽トラでこっそり行商に来てくれる人がいるし、田名部に住んでる白縫やら恵山がときどき支援に来てくれる。傘や靴を修繕できる人がいるし、大工仕事してくれる人もいる。いろいろ融通し合って、なんとかしのいでいる。結構やりくりできるもんだよ」

「これ、隙間産業ってやつ?」ドノミチが感心したように言う。

「助け合いじゃないかな」僕は未来少年をたしなめる。「別にこれで儲けようとしてるわけじゃないし」

「助け合い!」ドノミチはさらに感銘を受けたようだ。「すごいな。まるで原始時代だ。原始時代は共産制で、みんなでなにもかも分け合ってたんでしょ? すばらしい。これぞ先祖の知恵って感じだ」

「この子は本気で言ってんの?」三十代僕がこっそり尋ねてきたので、「微妙ですね」と僕は答えた。「素直に驚いているように見えたり、逆に小馬鹿にしているように見えたり。今ひとつ手の内が見えないんですよ」

助けてーっ! と、ある路地を曲がったところで、甲高い悲鳴が響いた。三十代僕は咄嗟に壊れた自動車の陰に身を隠す。やめて! なにするの! 助けてえ! 若い女性の声だった。「誰だろう?」とつぶやくが、三十代僕は動きだす気配もない。「真昼間から外をほっつき歩いて、無用心な。もう金目の物なんかないんだぞ。泥棒なんか来やしない。来るとしたら別の目的があるやつだ。ろくでもない目的が。さっきのバイクで来たんだな、たぶん」

「助けないの?」僕は言った。「あの人、その、乱暴されてるんじゃ?」

「犯されたんだったら泣けばいい」三十代僕は歌うように言う。実際なにかの歌なのか。

「助け合いって言ったそばからこれだよ」ドノミチが首をふりながら言う。「暴力にはかなわないってこと?」

「むこうに何人いるかわからないし、武器を持っているかもしれないだろが。こっちは一人だ。へたすりゃ殺されちまう。そんな目で見るな。俺を責めるな。おまえらにそんな資格はないぞ。ここにいるわけじゃないんだから。部外者、傍観者、見物人は黙ってろ」

また悲鳴。意外と近い。前よりも切迫している。泣き声に近い。

「ででも!」僕は焦る。「助けを求めているじゃないか! 女の人だよ。ほっとくの? そんなの許されない。尊敬できないよ!」

「なにを生意気言ってやがる!」三十代僕が急に怒りだす。「元はおまえのせいじゃないか! こうなったのは全部おまえのせいだ」

僕のせい?

あああああっ! だれかああっ! 再び悲鳴があがると同時に、三十代僕は飛び出した。道端で木の棒を拾うと、開放された窓やドアから二つ三つの家屋をのぞいて、角を曲がったところにあるガレージに飛びこんだ。もうやめてっ! そこが現場だった。ガレージの奥のソファにその女性は足を投げ出して座って、ビール缶を片手に悲鳴をあげていたのだ。「いらっしゃい! お一人様、ご来店っ!」

三歩四歩踏み込んだ三十代僕の背後にはすでに二人が立っていた。若い男たちだ。「ツラ貸せ」「こっち来い」

一人は鉄パイプを持ち、一人はごついペンチを持っている。三十代僕は顎をつかまれ、懐中電灯で顔を照らされた。古ぼけたカラー写真がほっぺに押しつけられる。それはなんと、僕の写真だ! そう、それは去年の修学旅行、京都で自由行動のときに、様似が撮った写真ではないか。地元の女子高生が「どこから来たの?」と声をかけてきたとき、砂原が「東京だべど」と言って、みんなで爆笑した、そのときだ。笑っている僕。「こいつじゃねえのか? 似てるぞ? そっくりだ? そうだろ? 間違いない」

「惜しい。これはキタミくん」三十代僕の顔をのぞきこんでいるのは笑川だった。「オクミチはもっとおどおどした、女の腐ったようなやつだよ。女の悲鳴聞いて駆けつけてくるような人じゃない」

「おめが先にしゃべったんだろ。オクミチとお友達だって吹いてたろ。呼べばすぐに飛んでくるって」「こいつはオクミチのいるとこ知らねえの?」

「さあ」三十代僕は苦しそうに言う。シャツの襟で首を絞められているらしい。「しばらく付き合いがなくて。付き合いの悪いやつなんだ」

「まだやんの?」と笑川。「だったら場所変えべ。港の方に行ってみべし。ビールが切れるまでだば付き合うから。そいつはほっとけ」

「ホントにオクミチじゃねえの?」モヒカン頭のほうが三十代僕を下からねめつける。「よそからデモ隊連れてきて、原発だけは許さねえって檄飛ばして、さんざん引っ掻きまわしてあとは知らんぷりの、あのエエフリコギじゃねえの?」

「だからオクミチは本当に女が腐って発酵して、ネトネトグチャグチャになったやつだってば。こいつは引きこもりの北見だよ。高校のときは引きこもってたくせして、人がいなくなった途端に気持ち大きくなって歩きまわってんだべ。早くあっち行け、北見は」

「リュック置いてけ」

三十代僕は素直にリュックを渡すと、尻を蹴飛ばされてガレージを追いだされた。

「命拾いした」濃霧の道を再び歩きだして、三十代僕がつぶやく。「笑川がなんとかごまかしてくれた。笑川、三十過ぎても声だけは若いな。若い男とつるんじゃって、まあ、楽しくやってんだろうな」

「命を狙われてるんですか?」僕は恐る恐る尋ねる。

「町がこうなったのは俺のせいだってことになってるからな。俺が頑として土地を売らなかったせいで、小津川の原発は頓挫した。それがすべての元凶だってことになってる。だから、最大戦犯たる俺に対してはなにをやっても許される。そう思っている連中がいるんだよ」

なんということだ。つまり僕がオクミチハウスを守り続けたことが、このすべての原因というわけか。

「おはよう」「こんにちは」「ハロー」「ジャンボー」「グーテンターク」「ズドラストビーチェ」大畑川にかかる橋の歩道を、三十代僕はつぶやきながら渡りはじめる。この橋のたもとには「あいさつ道路」と立て札があり、この橋で出くわした者は快く挨拶し合いましょうという触れ込みだった。実際に挨拶し合う光景など、ついぞ見たことがなかったが。「テレビで愛島いいが大畑に来たことがあったけど、おぼえてるか」唐突に尋ねてくる。それはテレビのバラエティ番組によく出ていた有名な女性タレントだった。芸能界を引退し、しばらくたって自宅マンションで一人、病死していたことが話題になった。「そのとき渡ったのがこの橋だよな。いや、ただそれだけなんだが、ちょっと思い出した。あの派手な顔とこの景色が相当の違和感で、だからおぼえてたんだろうな。バカだな。死ぬなんて」。三十代僕は今度は「さよなら」「バイバイ」「再見」「チャオ」とお別れの挨拶をつぶやきながら、橋を渡り終えた。

何軒かの家に立ち寄って、三十代僕は再びリュックを手にし、物々交換を始めていた。「良かった」ホッとしたようにつぶやく。「カステラがほしかったんだ。さっきカステラ取られたときはどうしようかと思った。少ないけど手に入れた。もう大丈夫」

立ち止まったのは、見覚えのない平屋建ての一軒家だ。ドアを軽くノックして、返事は聞こえなかったが、そのままドアを開けて中に入り、間を置いてから戻ってきた。

「いい知らせが一つと、悪い知らせが一つ」三十代僕は人差し指を目の前に立てる。「どっちから先に聞きたい?」

「悪い知らせ」僕は即答した。ハッピーエンドのほうが好きなのだ。悪い話は先に済ませておきたい。

三十代僕はドアを大きく開けて、僕とドノミチを家に導いた。中の引き戸を開けると、一つ奥の部屋には布団が敷かれ、女性が一人寝ているのがわかった。頬は痩せこけ、顔色も悪い。枕元にはカステラの小さな包みが何個かあって、それを見下ろす形で写真立てがあった。二歳三歳ぐらいの男の子が、日差しの中で笑っている。

「もう先が長くないと言われた」三十代僕は女性のそばにゆっくりしゃがみこむ。「金があればまだ手のつくしようはあったが、どこにそんな金がある? むつ病院では診療も入院も拒否されて、支援者の個人病院で診てもらった。仙台の病院につてがあると言われたけど、ここを離れたくないって拒否された。病院で死ぬのもイヤだってんで、戻ってきたんだ。バーちゃんが看護してくれてるが、今はほかをまわってる。バーちゃんはよくしてくれる。本当の友達だ」

皆本だ。僕は心底驚いた。この死の床に伏せている女性はほかならぬ皆本敷香なのだ! 三つ編みを揺らしながら駆けていった皆本。オクミチハウスにいる僕に重いペットボトルを運んできた皆本。その皆本が今、死につつある。

「次は良い知らせ。パンパカパーン! わが最愛の妻を紹介します。敷香」三十代僕は眠っている皆本に腕を伸ばす。「俺には過ぎた嫁だった。ひとつもいい目を見せてやれなかった。俺なんかと一緒になったばかりに苦労のかけ通しだった。失職している期間が長かったから、いつもやりくりに苦労してた。嫌がらせはしょっちゅうだったし、品物を売ってくれない店もあった」写真立てを僕らに見せる。「息子だ。かわいいだろ? 今は函館の伯父さんの家だ。母さんが世話してくれてる。三歳の誕生日を迎えたばかりだ。ママはどこ? いつ来るの? と尋ねて、いつも母さんを困らせているとか」

三歳。この年では僕に似ているとも皆本に似ているとも知れなかった。「名前はコノミチ。此世、此頃、此の上ない、の『此』に『道』だ」

「コノミチ」つぶやいてドノミチを見ると、うっすら微笑を返してよこす。そうだ、この中では一番ドノミチに似ている。

「人は死ぬ」三十代僕は唐突に言う。「病気に罹って、事故に遭って、寿命で死ぬ。原子力が居座った土地で癌や白血病の罹患率が上昇し、新生児に先天性の障害が多発するのは、もう否定し得ない事実だが、たとえ放射線の影響がなくても、人は癌を患うんだ。だったら、せめて最後の時をもっと心安らかに過ごしてもらいたかった。最先端の医療、十分な看護、清潔なベッド、満足な食事」

「土地を売らなかったことを後悔してるんですか?」信じられない。「小津川に原発ができてもよかったと?」

「そうだ」三十代僕は即答する。「俺は今ではもう原発でも原爆でもなんでも受け入れる。原発で死んだ者は交通事故の死亡者よりもはるかに少ないという、あの的外れな屁理屈だって受け入れる。ユーゴの民族浄化では二十万人が死んだ。ルワンダの虐殺では五十万百万人が死んだ。スーダンのダルフールじゃ二百万人が死んだ。原発の被害者なんぞ、それに比べたら微々たるものだ。大騒ぎするのが恥ずかしいくらいだ。カンボジアの、ボスニアの、アフガンの人たちに申し訳ないよ。目の前で最愛の人が息絶えようとしているときに、環境保護だの、民主主義だの、そんなのがなんの役に立つってんだ」

この未来の僕はなにを言っているのか。

「それが終わりの始まりだとしても、生きながら迎える地獄にほかならないとしても、明るい夜、きれいな街角、ありあまるごちそうが囲まれたほうがどんなに良かったか。敷香にもっといい思いをさせてやりたかった。そのほうが今の悲惨な境遇よりどれだけましか知れない」

違う違うぞ! 僕は叫びたかったが、叫べなかった。

「なあ、結局あれからたいした事故は起きちゃいないぞ。マガシマの原発はとりあえずこれ以上悪化することはない。最初のうちこそ慎重だった各地の原発も、徐々に再稼働を始めて、ちょっとしたお漏らしこそあるものの、住民が避難するほどの事態にはいたっていない。311規模の地震が起こらなかったことが幸いといえば幸いだったが、耐震基準の大幅な見直しが行われ、第三者機関による監視システムが強化されて、もう二度とマガシマのようなことにはならないだろうと言われてる。あれは本当に例外中の例外だったという評価だ」

三十代僕に手招きされて、僕とドノミチは寝床に近寄る。皆本の寝顔は苦しそうで、見るのもつらい。と、その目が不意に開いた。その目は三十代僕を見ていない。僕を見ている。まっすぐ見ている。見えるのか? 十数年の時空を超えて。現実と仮想の壁を超えて。僕にどうしてもらいたいんだ? 「皆本」

「他人行儀な。シスカでいい。呼べ。これはおまえのシスカだ。受け入れろ」

「シスカ」つぶやいて僕は理解した。敷香を受け入れるということは、生きることも死ぬこともともに受け入れるということなのだ。

「おまえだけが頼りなんだ!」三十代僕が訴えてくる。「敷香を、此道を、俺たちの家族を救ってくれ! この惨めな未来を変えてくれ! それができるのはおまえだけなんだ」

狂おしい目つきで迫ってきたので、僕は思わず後ずさる。かかとがなにかにぶつかって、尻から落ちた。部屋がばったり身を伏せたかと思うと、あたりは暗い小屋だった。尻の下はビール箱。

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