東京日記その2
幼女は、雪の日に外へ出た。
東京にしてはめずらしく降り積もって、雪ダルマくらいはできそうだった。しかし、幼女はまだあまりにも小さかったので、雪ダルマのように大きなものをこしらえるのは、とうてい無理だった。
幼女は、お盆の上に雪を固めて、ウサギをつくった。小さな掌で、冷たい雪を削ったりくっつけたりして、ようやくウサギの形ができあがった。
それから、庭の木から小粒の実を取ってきた。赤い小さな実で、それを雪のウサギの目のところにくっつけた。赤い実は、ウサギの目になった。
ウサギは、目ができると、そっと首を持ちあげて、幼女のほうを見た。幼女も、そっとウサギの頭をなでた。
幼女が庭を歩くと、ウサギも跳んでついてきた。ときどき、足についた雪を取ってあげた。そうしないと、さらに雪がくっついて、ロバの足のようになった。
幼女がよけいな雪を落としてあげると、ウサギはまたよろこんで跳ねた。
ZZZ・・・ZZZ・・・ZZZ・・・
庭の隅で、幼女はとても小さいひとを見つけた。
幼女の人形ほどの大きさで、初めは人形かとおもった。絵本で見た妖精に似ていた。
小さいひとは、幼女と眼が合うと、ひとさし指をそっと唇にあてた。幼女も、真似して、ひとさし指を唇にもっていった。
「ないしょよ」
と、小さいひとがいった。
「ないしょね」
と、幼女はうなずいた。
それから、いっしょに庭のなかを歩いて、幼女のポケットのビスケットを分けて食べた。
午後の陽射しが、庭の草を照らしていた。
幼女がよそみをしているうちに、小さいひとは見えなくなった。幼女は、呼ぼうとしたが、名前をきかなかったことに気づいた。
「ないしょね」
もう一度、幼女はつぶやくと、見えない相手に手をふった。
窓際に置かれた、液体を満たしたガラスの容器に、「アーティスト、90歳」と書かれた脳が浮かんでいる。その脳からのデータは、逐一グラフにあらわれる。いま、脳波に睡眠紡錘波が出ているのを、中年になった研究員は興味深そうに見つめている。
(この「私のニセ東京日記」の日付をみると、前回から20年後、2070年になっています。ちなみに、「睡眠紡錘波」は、脳波のグラフに、ちょうど糸巻きのような形であらわれる、睡眠中に限って出る脳波のことです。次回は「ギンザプラスワン」にもどります)