音瓶波ラヂオ

2016-05-10 一月三舟

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先月の23日に開催した「一月三舟(いちげつさんしゅう)」。

大阪から、いおかゆうみと

たけだあすか、上京。


企画タイトル「一月三舟」は

ゆうみに数ヶ月前、

「何か相応しい名前を考えて」とメールしたら

すぐに返信が来た。

一発採用。

ゆうみは、この辺の感度がとてもいい。



せっかく素晴らしいタイトルができたので

ちなんで遊びたいなと思い、提案したのが

「Moon River」に三者三様で日本語歌詞を乗せて

当日披露すること。

舟と月、会場もMoon Stompということで

我ながらバッチリな選曲。

二人も即答でOK。



当日、ご飯食べながら打ち合わせ、

会場に入って、ムーンリバーのアレンジ、構成を考える。

本番では想像以上の素敵な時間になったと

自負がある。

二人がよく頑張った。


ここでは三人のムーンリバー歌詞を紹介します。





明日晴れたらさ

あの海辺のまちへ

出かけよう

なにも持たず

ただ空を眺めていよう


風の匂いとか

波間のきらめき

なによりも

素敵だと

思うだろう

ほら今夜

月が笑ってる


(たけだあすか)





ムーンリバー

川に沿って

静やかに立つ風

音もなく

光もなく

君の気配がすべてさ

いつか

小さな舟

水面に浮かべてみたい

時の流れ

風が強くても

越えていくだろう

ムーンリバー

君と


ジョー長岡




昔の

私がいる

あの川のほとり

夢をみていた

恋をしていた

大人のように

不満げな顔で

月を眺めていた

どこにも行けずに

ひとりきり

ブレザーの内側で

愛を探す

子どものように


(いおかゆうみ)




本番は

この順に歌い、

最後は英語歌詞を三人で。

伴奏は、ジョーピアノ、あすかギター。


それぞれの個性がぎゅっと詰まったムーンリバー。

二人とも自分のライブで

アレンジして歌っているらしい。

おじさんも負けずに、歌いますとも。



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ゆうみと

あすか。

二人といると

少し格好つけてる自分がいて

まだまだやのう…と思うのです。笑



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お運びいただいたお客様、

ありがとうございました。


ジョー長岡

sugasuga 2016/05/14 21:33 ジョーさん、お久しぶり。
ジョーさんは、いおかゆうみさんと、たけだあすかさんのこと、可愛くて仕方ないのね。
そうでしょ?
ムーンリバー三者三様、聞きたかったな。

ジョージョー 2016/05/15 12:04 sugaさん
お久しぶり、お元気でしたか。

はい。
ゆうみも、あすかも、
可愛くて仕方ないです。笑

けれど、それだけじゃない。
2人とも、才気あふれる音楽家です。
僕はたっぷりと刺激をもらってます。

是非一度、
ゆうみとあすかのライブ、
体感してください。

あ、僕のライブにも
たまには!

2016-05-05

ゴミ



5月3日に朗読オブザリングという企画に出演し、

朗読時間10分前後のオリジナル作品を書き上げました。

終演後、僕の大切なお客様の一人から、

ジョーさん、是非作品をテキストにしてアップして欲しい…とお願いされた。

本来、朗読用に書き上げたものなので、どうしようか迷ったのですが、

ほぼ凍りついてる音瓶波ラヂオにアップする事を決めました。

リスナーの皆さん、よければこのテキストを音読してみませんか。

企画のシサンさんがお楽しみ抽選会で言ってたこと、

僕も以前から強く感じていたことですが、

文章を実際に声に出して読んでみる事で、

言葉に響きやリズムを与える事で、

その意味合いやニュアンスは少なからず変化します。

是非お試しあれ。












僕にとって絶対的な「ゴミ」の話をひとつ。


8歳。

小学校3年生の時の話です。

ゴミってあだ名のクラスメイトがいてね。

背が低く、痩せっぽっちなゴミ。

身なりは汚く、いつも肌着の白いランニングシャツを着ていた。

白いって言ったって、もともと白かっただけで、

黄ばみを通り越して、肌に近い茶褐色のような色をしてた。

きっと着替えなんかなくて、毎日同じシャツを着ていたからに違いない。

髪はボサボサで、靴もボロ。

穴が空き放題で、足の指が何本か常に露出していた。

靴下を履いた姿なんて一度も見たことなかった。

ゴミは鼻を垂らし、それをいつも腕でぬぐうから、

腕の辺りが鼻汁でピカピカ光ってた。

家に風呂がなかったのだろう。いつも獣みたいな匂いがした。



僕はゴミんちに何度か行ったことがあるんだが、

バラック小屋みたいなオンボロの家で、

雨が降れば、ポ〜タポタ、雨漏りするし、

風が吹けば、ゆ〜らゆら、壁や天井が音を立てて揺れた。

ごみんちの前には、大量の粗大ゴミが山のように積まれていた。

ゴミの父親廃品回収の仕事をしていて、

いつのまにか家の前にゴミの山ができた。

ゴミは更にゴミを呼び、街中の人粗大ゴミを勝手に置き始め、

瞬く間にゴミんちの前には、ゴミの大山ができた。

ここまで聞いてる人は、もうわかったと思うが、

ゴミのあだ名の由来は、家の前のゴミの山にある。

ゴミの父親は、毎晩酒を飲んで酔っ払っては、

ゴミにこんなことをわめいてたと言う。

「いいか、近所の奴らは全員、この山をゴミの山と呼んでるらしい。

ゴミの山? そりゃ違うぞ。

これはな、宝の山だ。誰がなんと言おうと、宝の山だ!わかるかー!」



ゴミは、父親が言う言葉を信じた。

実際、ごみんちの前のゴミの山は、

こう言うと誤解を与えるかもしれんが、思いきって言うと、

なんだか格好いいんだ。



無造作に積まれた大きな電化製品や家具、壊れた機械の部品などは、

まるで何かの秘密基地か、要塞のような佇まいだった。

「父ちゃんの言ってることはさ、本当さ。

街の奴らが何言ってたって、気になんかしないやい。」

これはゴミの口癖。


そんな矢先、ゴミの父親は家に帰ってこなくなった。ゴミの母親は、

「あの馬鹿、もう二度と帰って来やしないよ!」

とゴミに言ったらしいが、ゴミにはその意味が、まだよくわからなかった。



ゴミというあだ名について、担任の先生や親たちは、

「そんな酷い、醜いあだ名で呼ぶのはやめなさい」

と、いつも言ってた。

「まあそうかもなー」

とは思っていたが、あまりピンときてなかった。

ひどいとか醜いは、先生や親たちが、

勝手にそう考えているからだろう、と思ってた。

少なくとも僕にとってゴミは、

あの秘密基地の風景、要塞そのものなんだ。

秘密基地に住むゴミは、

僕らの知らない、何か特別な任務を担っているのかもしれない。

あの汚い格好にも、鼻汁にも、

何か特別な理由があるかもしれない。そう考えたりしてた。

憧れ、とは少し違う、

ゴミを近いような遠いような、うまく言えない距離感で眺めていた。











夏休みに入ってすぐの真夜中、

僕とゴミが暮らす街に大きな地震が起きた。


そりゃあ大きく揺れて、

しかも何度か連続して起きたもんだから、

近所のほとんどの家が崩れ、寝ていた人達は家の下敷きになり、

沢山の人が亡くなった。

クラスメートの何人かも亡くなった。


僕んちの家は大きく傾いたが、崩れることはなかった。

道路や田畑の地面には巨大な亀裂が走り、

電柱は倒れ、街中が瓦礫だらけとなり、

生き残った人達が小学校に避難してきた。

国や県からの援助は来てはいたが、

細々と最低限、生き延びる為だけの援助。

電気、ガス、水道が止まり、食事もままならない。

トイレは排泄物で溢れ、臭いを周囲に撒き散らした。

風呂にももちろん入れない。

余震は長く続き、避難所の人達は疲弊していった。




僕らのような子供たちは、こんな状況でも、

次第に子供同士で集まるようになり、時間を共有した。

避難所の体育館の裏の小さな空き地でドッチボール。

その最中に、誰かが言った。

「なぁ、ゴミんちはどうなったかな。あいつ生きてるかな。」


言ったとほぼ同時に、全員がドッチボールをやめて、

ゴミんちの方向に走り出していた。

西の空が夕焼けで真っっ赤に燃えあがる中、

5〜6人の子供達が、瓦礫だらけの街を、ひたすら走った。

まるでつむじ風のように、すごいスピードで。



ゴミんちの前に着いた時は息も絶え絶えで、

肩で息をしていた奴もいる。

ゴミんちのゴミの山は!ん?以前より少し低くなった気がする。

山の裏にあるゴミんちは、、、、変わらぬ佇まい、

いや少し変わったかもしれないが、

汚いバラック小屋みたいなボロ屋は、そのままそこにあった。


「ゴミ、生きてるんか。ゴミ!」

僕が声をかける。




しばらくして、気だるそうに出てきたのは、ゴミ。

いつもの汚い格好で、グー。。。鼻を鳴らした。

ピカピカした腕はそのままに。




僕らは日が落ちかけた夕闇の中、

瓦礫の街のど真ん中で、ドッチボールをした。

ドッチボールの最中に気がついたんだが、

長い避難生活のせいで、

ゴミも僕らもあまり変わらぬ小汚さだった。

匂いもなんだか似ていた。

違うのはピカピカした腕くらいなもんで、

ゴミの腕の年季が入った光具合は、誰にも似ていなかった。

夕闇の中でその腕はいつもよりキラキラと輝いていた。

僕はそのキラキラめがけて、思いきりボールを投げた。

思いっきり!











時は流れ、

僕らは大人になり、

街は地震の被害から立ち直って、ずいぶん時間が経つ。

僕はとっくの昔に生まれた街を離れ、異国の都会で暮らしている。

ゴミひとつ落ちていない街で、小綺麗な服を着て、

時折、靴にブラシをかけたりして。

ゴミとも、その頃の友達とも、もう長い間会っていない。

思い出せない記憶の欠片は、僕の中に年々、

ミルフィーユのように積み重なっていく。





けどね。時々。

本当に時々。思い出すんだ、あの頃のこと、ゴミのこと。

懐かしいとか、戻りたいとか、そんなんじゃない。



あの頃、僕の手の届くところに、確かにあった、

明け透けな、剥き出しの人のぬくもり。


善悪の価値や、柔な感情など、入る隙もなかった、

生々しい人の匂い。


他人からどう思われるとか、

女子から嫌われるとか、

内緒の話をしたとかしないとか、

どうでもよかったあの頃。



ボールを思いきり投げ、

ぶつけ合い、

ザラザラした手触りで、

穴だらけの靴で、

瓦礫の世界を駆け回っていた僕ら。

そしてゴミ。



高層ビルのベランダに立ち、

整然と並ぶ摩天楼を見下ろしながら、

僕は今思ったことを、そのまま声に出してみた。


「おい、ゴミ。生きてるんか、なぁ、ゴミ、 ゴミ!」







作、朗読  ジョー長岡







★memo


作品の狙い。

絶対的な概念ではない、

あくまでも相対的な概念である「ゴミ」という言葉に、

絶対的な意味と、ポジティブな響きを与えたい。

母親から解放され、女性の支配を受ける前の、

ちょうど8歳頃の男の子の貴重な時期、

地震で荒れ果てた瓦礫世界を使って。


朗読は、悲しいトーンにせずに、ハツラツ、淡々と読み聞かせること。

枕の最後には、「僕にとって絶対的な ゴミ の話をひとつ」を必ず入れること。









当日、お客様にお配りしたパンフの中に、

今回の企画に臨むにあたり、

7名の出演者の意気込みが短い言葉で紹介されています。

僕はこんなことを書きました。





友人の絵本作家が以前、こんなことを言ってた。

「絵本は声に出して読まれることを待ってる」と。

沢山の絵本作品に影響を受けて、歌を作り始めた僕にとって、

朗読と歌唱は限りなく同じ行為なのだ。

今回の縛りの中で、聞いていただく皆様に、

いかに「音楽」を感じてもらうか。

今回の僕の最大のテーマです。





この場を借りて、

企画に誘ってくれたシサン嬢、

茶友であり、リスペクトする絵本作家きたがわめぐみ、

テキスト化を勧めてくれた、岩見夏子に

感謝を捧げます。

ありがとうございました!

愛してます。




ジョー長岡

2015-08-25

白い毛


この夏から働き始めた新しい製本屋には

老若男女いろんな人が働いてる。

誤解を恐れずに

ひとくくりにこの言葉を使うが

所謂「知的障害」と思われる症状を背負いながら

働いている人達を、数名見かける。


工程が複雑な作業、

細かな判断が瞬時に必要な作業ができなかったり、

喋る時に吃りがちだったり

集中するのが苦手だったり。


そういう彼らと

同じ工程でチームとなって一緒に仕事をしていて

作業が滞ったり困ったりしたことは

ほとんどない。

おそらく

仕事の段取りをする人たちの

細かな心遣いで

適材適所、きちんと役割が割り振られているからだろう。


逆に、

慣れていない僕が困らせることは結構ある。

けど、彼らは嫌な顔ひとつせず

協力しながら仕事を進めてくれる。




その日は、ある女性と二人で

同じ工程で作業していた。

その女性は、一見すると

自分の中に引き篭もってるような印象で

初め、僕とのコミュニケーションを避けているような気がした。

だからあえて、僕から言葉を投げかけることはしなかった。

けど、そういうのはたいてい

こちらの勝手な思い込み

僕らは少しずつ、馴染んでいった。

彼女は、喋る速度が極端に遅くて

けれど手作業は迅速、小慣れた感じで

僕にも仕事のコツを少しずつ教えてくれた。

そんな風にしながら時間が流れた。



ある時、その女性が僕の方をはっきり見ながら

とてもゆっくりと、こう言ったんだ。

長岡さんは、猫と暮らしてるの?」

僕は驚いて、彼女をまっすぐに見て

「なぜそう思ったの?」

と逆に聞いた。

彼女は僕の肩口を指差して

「白い毛がついてるから」

と答えたのだ。



そう、それは確かにまあまの白い毛だった。

僕がその日着ていたTシャツは

長いこと着ていなかったTシャツを

引き出しの奥からわざわざ引っ張り出した

黒い無地のやつ。

まあまの毛が付いていても不思議のないTシャツ。

けどね、

本当によく見ないと

その毛に気づくことなどほぼ不可能と言い切れるくらい

小さな短い毛だった。

彼女は、それを猫の毛だと言い切ったのだ。



想像して欲しいのだが、

製本の作業場は

常時機械がけたたましい音を立てている場合がほとんどで

仕事は流れ作業、騒々しく慌ただしい環境の中で

自分の仕事に没頭するので精一杯。

誰かの服に付いてる小さな猫の毛を発見するなんて

いくら猫好きだって無理、という話なのです。


こうした障害を負った人が

ある特定の分野で優れた感覚の持ち主であることは

よく言われる話だし

実際にそういう方に会ったことがあるけど、

僕は彼女の観察眼に心底驚いた。

そして気がつけば、

彼女が醸し出す不思議なオーラを感じていた。

いつどんな時も、

周囲の環境に影響されることなく

自分の感性や感覚にコンスタントに集中できる、

強い、不思議なオーラ。

そして、優しいオーラ。




「そう、僕は猫と暮らしているよ」

と答えてすぐに

「猫と暮らしていた」

と言い換えた。



彼女に、まあまと2ヶ月前にお別れしたことを、

手短に話した。

すると彼女はしばらく黙ってた。

黙った後で、自分が幼い時から猫が好きで

沢山の猫と暮らし、死に別れてきたことを

ゆっくりと話してくれた。

どの話も不思議な臨場感があって

生々しくて

彼女がどれくらい猫を愛していたかが

手に取るように理解できた気がした。


死別を繰り返してるのに

いや、繰り返しているからこそ

彼女は愛猫との思い出を

まるで大好きな映画みたいに

記憶しているのかもしれない。

いやそれもまた彼女の独特な才能なのかもしれないと

思ったりした。




「名前はなんて言うの」

「まあま」

そしたら彼女は驚いた表情で

「お母さんなの!」

と言った。

お母さんって言い方がとても面白くて

僕は声をあげて笑った。

彼女も笑った。


笑いながら

体の中からズドーンと音がして

熱い塊がむくむくと湧いてくるのがわかった。

その塊は体の下の方から

上方へ向かっていき

目から溢れそうになった。

必死で堪えた。


長岡さん、お母さんが死んだのね、可哀想

彼女はそう言いながら

もう僕の方を見ようとはしなかった。

僕が取り乱しているのを察知したから

そうしたのかもしれない。

僕との話で

彼女の中の悲しみを

思い出させてしまったのかもしれない。

とにかく

僕と彼女の会話はそこでピタッと終わった。


二人とも

正気を保つ為に

何かを忘れる為に

目の前の仕事に没頭してた。

少なくとも僕は

終業のベルが鳴るまでそうした。



いつのまにか

まあまの白い毛は

どこかへ飛んで行ってしまっていた。



今年の夏が終わろうとしている。

暑かった夏、

まあまが旅立った夏が終わろうとしている。


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【ジョー長岡ライブ情報】

8月30日 日曜日

新高円寺STAXFRED

http://staxfred.com

18時半開場/19時開演

2000円(+1ドリンクオーダー)

出演

スエヒロカズヒロ

あべたかしGOLD&キラキラみさこ

ジョー長岡

nobo



9月23日 祝日

「ノラとジョー」

高円寺 BAR IMPRONTA

http://bar-impronta.com

18時開場/19時開演

1500円(+1ドリンクオーダー)

出演

ノラオンナ

ジョー長岡



ライブ会場でお逢いしましょう。

2015-07-27

いきさつ

先々月だったか。

STAXFREDの客席で

壁に貼られた、かつてのフライヤーなんかを

何気なく眺めていたら

こんなのを見つけた。


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2009年の7月だから

ちょうど6年前の夏。

神輿に乗ることを頑なに拒んでいた本人を

僕と中村久景とで説得し

ようやく実現にこぎつけた阪本正義の独演会。

もちろんライブは大成功で終わり

僕と阪本の関係がさらに深くなった出来事。


このフライヤー

僕の短い言葉が載っていた。


「阪本さんの歌には

研ぎ澄まされた言葉と

美しいメロディと

阪本さんの50年の人生が詰まってる。

つま弾くように奏でるギターの

音と音の隙間に

僕は僕の人生をいつも重ねてしまう。

懐が深くて

あたたかくて

お洒落で

一緒に演奏してたって

僕の身体はいつも潤んでしまう。」



あれから6年の歳月が過ぎ

様々な場所で一緒に演奏し

もう嫌になるくらい,

想いや盃を交わしてきたけど(笑)。


阪本正義の歌への僕の想いは

ほとんど何も変わっていない、

そう思った。


そういえば今年で

阪本さんと出会って10年になる。


きっと僕らの音の重なりにも

樹木の年輪のような何かが

刻まれ始めたか。

いやいや、まだまだこれからだと

あの人やこの人の顔が浮かぶ。(笑)


阪本正義との2マン「八月のピクニック」。

日曜日の夜に

高円寺MOONSTOMPに小舟を浮かべて

のんびりとやります。

是非聞きに来てください。

予約不要、ふらっとお越しくださいね。


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♪♪


8月9日、日曜日は

今年2回目の都電ライブ。

その名も「東京どですかでん」。

14時早稲田発、三ノ輪橋行き。

今回は音璃とUをゲストに迎えて

音のなる電車、走ります。

25名限定、乗車券1000円。

美女二人を迎えて、

ますます歌もギターも走りに走る、ジョー長岡


二人とも麗しいだけじゃなくて

大好きなミュージシャンなの。

きっと素敵な演奏会になります。

東京どですかでん」は、完全予約制。

こちらで受け付けています。↓

namazu00@i.softbank.jp(ジョー長岡



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音璃

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U



♪♪♪



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とある「いきさつ」があって

女性から直筆の手紙をいただいた。

女性はまだ幼くて

無垢な存在ではあるが

その筆圧や文字の大きさ、文章は

力強く感じられ、

とても愛しく思った。


僕は手紙の持つ気配、

封筒や便せんや文字から漂う

その人独特の佇まいを愛してます。


手紙を

いつどんな時も

さらっと書き、

さっと切手を貼って

送る人になりたい。





♪♪♪



まあまが旅立って一月になります。

日々の暮らし、先々の予定に追われて

ゆっくり悲しんでる暇がないくらいです。


それでも毎朝、

線香をあげて

お水をやって

仕事の帰りに

花を少し買って骨壷の前に飾るのは

日課となった。


そうやって存在がなくなったことを

自分の身体に認識させているのに

瞬間的に、

亡くなったことを忘れている時がある。


例えば、

風呂に入ると必ず風呂場にやってくるから

扉を少し開けておくのは、決まり事。

風呂に浸かり、しばらくして

ん?今日は来ないのかなって

毎日同じように思い、

ああそうか、となってしまう。



閉店間際のスーパーに行って

急ぎ足でペット用品のコーナーへ。

いつもの缶詰を5〜6個カゴに投げ入れる。

レジを終えて

帰宅して初めて

ああ、やってしまった…は二度経験。



掃除機をかけると

必ず遊びにくるから

掃除しながら待っている。

しばらくしても来ないから

ん?って感じ、毎度のこと。



畳の部屋で

冷房をかけて

ごろんと横になると

冷たい風が当たるところに

同じようにごろんとお腹を上にして横になるまあま。


そうやって川の字になって(一本足らないが)

うたた寝するのが好きだった。

まあまとの時間で一番好きやった。


いつも手を伸ばせば

そこに毛むくじゃらの生き物がいて

優しい眼差しをこちらに向けてくれた。

僕の手のひらに猫球を重ねて

このまま時間が止まったとしても

なんの悔いもない、と思ってた。


何もいない場所に手を伸ばし

冷たい風を受けながら

まあまの残像をつかまえている。

まだその残像は僕の中ではっきりとしていて

消えそうにない。

死んでなお生きているというのは

こういうことかもしれないなと

思ったりしています。



死を想うことは

決して後ろ向きではなく

僕の小さな暮らしの中で

ごく当たり前の日常になりつつある。


宗教のことはよくわからないけど

僕にとっての宗教

自分なりに構築しているような感覚。


誰に何を言われようと

自分で見つけたい、確かめたい、

命のこと、

今生きているということ。



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ライブの会場でお会いしましょう。


ジョー長岡

2015-07-09

鈴木わみの会

7月20日、海の日

シンガーソングライターの鈴木わみが

少し変わった音楽会を開催します。

題して、「鈴木わみの会」。


わみとは、

数年前にライブハウス、STAXFREDで共演して以来、

不思議な縁を感じている。

今では彼女の旦那とも仲良くさせていただき

家も近いから

時折、近所の美味しいパン屋の焼きたてを持参して

自転車を走らせる。

家ではコーヒーや酒を飲みながら

なんでもない話をする(大事な話も少し)。

居心地がいいので、ついつい長居してしまう。

いつもそんな感じだ。


6月の終わりに

鈴木邸にお邪魔して

「鈴木わみの会」について話を聞いてきた。

もちろん、美味しいパンを持ってね。



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撮影 中西裕



鈴木わみ × ジョー長岡 対談


鈴木わみ(以下 W)

ジョー長岡(以下 J)



J  結婚して2年目になるのかな。


W  はい。入籍が2年前の3月で、結婚パーティーが5月。


J  その後、めでたくお腹に子供が宿った。昨年の7月に僕の企画を最後に、わみは産休に入って、12月に無事産まれたんだね、想一郎。


W  そうです。


J  この「鈴木わみの会」を企画したきっかけを教えてもらえる?


W  まず最初に。子供が生まれるまで活動してきたライブハウスなどで、ブッキングのオファーがきても、二つ返事で出られなくなった、っていうのがあります。ということは、歌いたくなった時に自分で場所を作らなきゃいけないと、まず思ったんですね。それが一番最初です、自分が気兼ねなく歌える場所が欲しいと。

 

J  なるほど。


W  同じように子供を抱えながら、仕事なり音楽活動なりしてる人からしたら、私がやろうとしてることって、まだ早過ぎると言われると思うんです。


J  そうなの? 想一郎は6ヶ月。


W  うん。普通は産休、育休といえば、もう少し長い期間やと思うし、0歳保育や1歳保育に反対する人って結構多い。でも私は、子供の成長を見ながらできることってのがひとつ欲しかったんですね、家の中以外で。私の一番やりたいことは歌を唄うということだから、今の自分にできる歌の会が頭に浮かんだ。


J  うん。


W  私ね、所謂ママさんイベントとか、親子イベント、ふれあいイベントとか、そういうのが醸し出す雰囲気とは、少し違うことをやってみたいなぁと思ったんです。自分だったら一体、どういうものができるのか、やれるのか、試してみたいってのが本音です。自分勝手な欲求だと自覚はあるんですが。


J  うんうん。


W  今回本当は、開演を15時くらいに予定していたんだけど、会場の都合で18時になった。そうしたら、知り合いから、うちのこは19時半に寝るから行かれない、って結構な数の人から言われたし、わみちゃんそのイベントどうやってやるの?って何人にも言われたんですよ。


J  その人たちの生活のサイクルとか、もっと言えば常識から外れてるってことだよね。


W  そう。けどそれも企画して決めてみないと実際にはわからなかったことだから。まずその時点で、なるほどなと思った。



J  会場のアンリファーブルの存在は大きかったのかな。


W  かなり大きいですね。アンリファーブルありきの企画です。


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アンリファーブル(座高円寺2F)

http://www.cafe-fabre.net




J  アンリファーブルは2年前の結婚パーティーの場所でもあったわけだけど、あの時、こんなふうに話が展開していくとは思いもしなかったね。


W  面白い。


J  さっき、ママさんイベントとか親子イベントの雰囲気への違和感を口にしていたけど、もう少し具体的な言葉にできるかな。この会を、どんな会にしたいかってことでもいいんだけど。


W  親子イベントって、お母さんお父さん子供が一緒になって楽しめます的な感じなんです。だいたいが教育〜って感じなんです。それよりも、大人寄りってことかなぁ。


J  親子がいても、子供のいない大人がいても、同じように楽しめる雰囲気ってことかな。


W  うん、そうです。


J  それって、今のわみの人間関係を現してるんだろうね。子供がいる人、子供がいない人がいて、一緒に時間を共有できるような空間を作りたかった。


W  うん、そう。どっちかに針が振れてしまうことが嫌だったんです。「鈴木わみの会」がそういう場所になったらいいなとは思ってるけど、どんな会になるかは、実際やってみないとわからない。


J  それは当然だし、やりながらどんどん変わってくるんだろうね。続けていきたいと思ってるの?


W  そうですね、できれば年1回くらいで。それを続けていきながら、同時に子供の成長も同じ場所で記録できるような気がする。自分たちの記録という意味では、2年前のパーティーから既に始まってるわけだけど。笑


J  アンリファーブル、いい場所だよね。


W  ほんまに大好き。


J  何がいいんだろうね、あの場所。


W  開放感…かな。


J  そうだね。天井が高い、長い時間居ても疲れない。


W  居心地がいい。。賑やかでもうるさくない。


J  それは言い得て妙


W  なんかね、私うるさいのが苦手になってきてるんです。


J  わかる。俺もそうだなぁ、年を重ねると共に。




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J  話変わるけど、活動をお休みしてる間、時々ピアノは弾いてた?


W  弾いてました。歌も唄ってました。


J  早くライブに戻りたいと、思ってたのかな?


W  それが、そうでもなかったんです。妊娠中は、もっと禁断症状みたいなのがあるかなと思ってたんですが、意外となかった。人前で歌うってことより、音楽のことを、静かに考えるのが楽しかった。


J  何を考えてたの?


W  静かに歌うこと、とか。それとね、お腹の中にいた頃は、ひとりで練習してきた感じと明らかに違ったんですよ。


J  歌いながら、いつも感じていたんだね、誰かを。


W  そう、この人を(傍にいた想一郎を見る)。笑


J  そうか。はじめは自分の欲求で小さく静かに歌っていたら、その歌を聞いてる存在が自分の中にいたって感じなのね。


W  そうです。歌い出すと動くしね。面白かったですよ、反応が。ぐにょ〜って動いてたのが、歌の途中で急にポンと蹴ってきたり。


J  どういう感じで聞こえてるんだろうね、お腹の中で。


W  水の中にいるから、プールの中で音を聞く感じらしいです。


J  あぁ、水の中。


W  ただ聴覚が発達してないから、もっともっと小さな音だと思う。水中だし、波動に近い、というか。


J  たぶんきっと、波動だけじゃなくて、お母さんが唄ってる時の、熱とか、心地とか、そのまま伝わってるのかもしれないね。


W  そうだと思います、単純に聴覚だけじゃなくて。いやまあね、実際はどうかわかんないですけど。笑



(この辺りで想一郎がしきりに何か喋ってる、何かを言いたそうにしてる 笑)



J  この会は海の日に開催するんだけど、産休前の最後のライブも海の日。僕にとって、わみと海の日というのは、関係がある気がしてる。


W  海の日に直接関係があるわけじゃないけど、私の高校時代の親友の命日が7月11日。彼女は海沿いの病院に入院してました。あくまでも私の中で海は、とても静かな場所。所謂ビーチではないんです。


J  ビーチじゃない。もう少し具体的に言えるかな。


W  青い空、青い海って感じ、一切ないです。いつも夜に行ってたから、常にグレープ色っていうか。故郷、和歌山の海のイメージ。近くの娯楽施設の観覧車の灯りが、ちらちらと紫色の海に映ってたり。あとは彼女の病室の窓から見える海。砂浜じゃない、少し離れたところから、眺めてる海。


J  ひとりで行く場所なのかな、海は。


W  ひとりですね。


J  僕はわみの曲の中で、「片緒波」が一番好きです。とても素敵な海の歌。


W  きた。笑 ありがとうございます。


J  あの曲のイメージが強いから、わみと海の日に何かを感じてしまう。









J  今回はゲストに、絵本作家の、きたがわめぐみさんを呼んでます。




きたがわめぐみ『カモナマイハウス』

http://meg.chu.jp/menu.html




W  私、めぐさんに教わりたいことが山ほどあるんです。めぐさんが表現しているもの。たとえば、読み聞かせしている時の、声色とか。

 

J  一緒。読み聞かせの技、盗みたい。笑 めぐみちゃんとわみの組み合わせ、とてもいい気がする。


W  オファーしたら、びっくりするくらいのスピードで快諾していただいたので、嬉しかった。



J  たくさんの人に、そして、いろんな人達に来て欲しいね。老若男女、いろんな人達。これは、僕が企画に携わる上で、とても大事なこと。


W  子供がいる人は、子供がいる人同士で、どうしてもかたまってしまう。子供がいない人は、子供がいる人からなんとなく離れていってしまう。わたし、それが嫌なんです。ライブができるような空間で、誰がいても違和感がないような場所を作ってみたい。


J  僕も作ってみたい、そんな場所。今日は話せてよかった。いろいろ確認できました。ありがとう。


W  こちらこそありがとう。よろしくお願いします。


(2015.6.20 鈴木邸にて)





f:id:onbinpa:20150709171610j:image:w640

作画 秋元紀子





※追記

わみと想一郎の素敵な写真を撮影していただいた

中西裕人さんの展覧会情報はこちら

http://cweb.canon.jp/gallery/archive/nakanishi-stavros/index.html