Hatena::ブログ(Diary)

オンデザイン@いまどきの仕事

2010-04-24

一年点検(ムシェット夏の家)

f:id:ondesign_blog01:20080717175949j:image

ムシェット夏の家に一年点検に行ってきました。




建て主である行定さん(ムシェット代表)が仕事の

ピーク続きで、なかなか時間がとれず、一年点検と言いつつ

竣工後二年に近づいての開催となりました。


f:id:ondesign_blog01:20100412125455j:image

現場監督の小玉さん(橋本建設)も久々の再会で、

検査に対して意欲満々です。


f:id:ondesign_blog01:20100413051620j:image

早速、各箇所の点検です。

壁や床のヒビや隙間、サッシュや扉の動き、設備機器の不具合

など、場所場所で、ヒアリングしながら建物を一周します。


f:id:ondesign_blog01:20100413054342j:image

建て主の行定さんも、くまなく見て廻っています。

(それを一つ一つ書き留める小玉さん)


f:id:ondesign_blog01:20100413063314j:image

住みながら、建物を管理頂いているお母さんにも

ご意見を頂きました。(かなり住み心地が良いとのこと。

高齢にも関わらず、違和感なく馴染んでおられます)


f:id:ondesign_blog01:20100413065442j:image

検査の途中、中庭から見下ろす杉林が、最近伐採されることに

なったという話がでました。景色が変わりそうです。


f:id:ondesign_blog01:20100413050117j:image

各所で点検項目を写真におさめ、記録していきます。


f:id:ondesign_blog01:20100412132116j:image

最後に、橋本建設のお二人と検査内容を確認して終了です。


ここで、なんと重大発言が、現場監督であった小玉さんが

今月一杯で定年退職されるとのこと!!


現場で熱くやりあった日々が、とても懐かしく思えました。

小玉さんお疲れ様でした。そして有り難うございます。



f:id:ondesign_blog01:20080717180009j:image

夜景。

2010-04-10

メディア情報

f:id:ondesign_blog01:20100410184321j:image

「ムシェット夏の家」の掲載誌をご紹介します。




f:id:ondesign_blog01:20090923130343j:image

ランドスケープデザイン No,64 2008年12月号

http://www.marumo-p.co.jp/landscapedesign/landscapedesign_detail/tabid/76/pdid/gen000000000000201/Default.aspx


「【特集】生活と庭」で取り上げていただいています。

リビングから庭を通して南阿蘇の壮大な景色を臨んだ写真が表紙になっています!


f:id:ondesign_blog01:20100410181139j:image

モダンリビング No.183 2009年3月号

http://www.hfm.co.jp/product/modernliving/magazine/183


「渾身の住宅 2 時間の奥行き」にて取り上げていただいております。

建築をはじめ刻々と変化する都市の姿を

撮り続けてきた写真家 藤塚光政氏に撮影していただいた

渾身の写真に注目です。


f:id:ondesign_blog01:20100410181546j:image

婦人画報 2009年4月号

http://www.hfm.co.jp/product/fujingaho/magazine/0904


『今、「豪邸」ではなく、「良邸」に住みたい』の特集トップページに

掲載していただいております。


f:id:ondesign_blog01:20100410181819j:image

Discover Japan vol.4 2009年春号

http://www.sideriver.com/ec/products/detail.php?product_id=1762


ムシェット代表 行定勲氏(映画監督)にとっての「東京⇄熊本」二拠点居住を

様々な角度から紹介しております。

2010-03-24

ONDESIGN PRINT 対談

f:id:ondesign_blog01:20100323153211j:image


ムシェット代表の行定勲氏(映画監督)と西田が

設計におけるプロセスコミュニケーションについて話しました。

(※注 4700字相当のロングインタビューです。

「ムシェット夏の家」の作品対談は、住宅特集4月号に掲載されてますので、

そちらもあわせてご覧下さい。)



N 

私たちオンデザインはクライアントとプロジェクトを進める際、その過程をどうデザインするかを考え、模型やプレゼンテーションブック、現場のやりとりなど、様々なコミュニケーション手法を探っています。そうしていく中にも、相互理解できるところと不透明なところが常にあり、今回はその隔たりについてどう感じていたかを、プロジェクト期間を通しての体験や、映画監督というご自身の職業的立場から伺いたいと思います。

私の主観で言うと、映画監督というのは「ずるい」と思ってるんです。何故かというと、絵コンテなどに表れるように、自分の中で理想形が確立しているんだけど、それを初めに言ってしまうと面白くないから言わない。むしろ自分の理想を引き出してもらうことのできる才能を持った人と出会うことが重要だと考えています。カメラマンと出会う。シナリオライターと出会う。俳優と出会う。美術監督と出会う。一緒に仕事するかを検討するうえで、彼らが今までやってきたことが重要な基準であることは間違いないんだけど、その成果だけ参照しても何の意味もない。で、どうするかというと、彼らに対し、どうとでも捉えられるような映画の筋書きを伝えるんです。それをどう捉えられるかが映画のスタッフの優劣の問われるところで、その反応が好きなんです。建築の話に直すと、はじめて会った建築家に、何人住まいですか?何LDKですか?とか聞かれると、すごい冷めちゃう感覚です。枠で捉えて考えているのが見える。自分たちの枠に引き込んでクライアントを「だます」という行為に感じられてしまう。そんなときは、簡単にだまされたくないぞと身構えてしまう。

何にせよ才能のある人間には「答え」を言わないというのが一つの流儀だと思います。その方が後々に選択していく面白さがある。自分が思いもつかなかったことがシナリオに含まれていくから、修正していったり、いいところだけ使ったりできる。これが「ずるい」っていうことです。今回は建築家と施主という関係でしたが、お互いの理念を小出しにしていくのが一番面白いし、裏切られたとしてもそれでいいと思えることが大事だと思う。そうして生まれていったものは、自分の中に新たな発見ができる。自分が本当に求めていたものが明確になっていくんです。

建築家にとっても、最初に理想を提示されたうえでそれに則って作っていくことは楽をすることなんですよ。「裏切ること」を目標にしていかないと、多数の人々が関わって行うクリエイトっていうものは成立しなくなる。絵画や写真などは個人で行うクリエイトですが、建築はそうじゃなくて、思い通りに行かないところが絶対に出てくる。そこが映画と同じだと感じました。今回の計画は3年くらいかけてやっているものなんだけど、その長い期間の中で西田さんという人をどう巻き込んでいくか。一番いいものを目指すうえでそれをとにかく考えていました。

映画にしても、儲からないプロジェクトだったけど、なんかやってよかったよね、と思えることが重要なわけで、それを目標にしているんですよね。偶然の積み重ねで進んでいったことだから、初めから予想できたかっていったら全くそうではないんだけど、でも出来上がったものは必然だって思える。こういったやり方をやりにくいとは思わないですね。

「裏切ること」に関連し、お聞きしたいと思います。いろいろな段階のプロセスを経て、建物が完成し、使い始めてみて、設計中や竣工時に感じていたものとのギャップというか、感覚のズレというものはありますか。

裏を返せば「発見」があるということですね。映画監督って、往々にして完成した後の作品は観ないものなんですよ。それでしばらくするとテレビでその映画が放送され、それを偶然に目にするとき、当時の思い出とか記憶を辿りつつ観る。そうするとそこで新たな発見がある。「あーこいつ意外といい演技してたな」とか。撮ってるときあれだけ吟味して観てたものなのにね。今回の建物でも、西田さんがどこまで意図してたのか、偶然なのか必然なのか分からないけど、同じようなことはありますね。「あっ、こんな所この角度で、こんなにきれいな星空が見えたんだ。こんな意図があったのか」って。でも大切なのはこの新しい星空を手に入れたという発見で、その瞬間に、ああ、これでよかったんだなって充足感が訪れる。片や、部屋にある設備とか使いにくいな、でもこれも味だなと思うところもある。結局良い所も悪い所も、後から発見していることのほうが多くて、この庭だからこの犬を飼おうって後から決めたし。事の決まる順序が逆になることが、結構好きです。映画でも逆になることがあって、観客の感想を聞いて発見したり、評論家がこう観たって言って、いやーそんな風に思ってなかったけど、そうとも言えるなって思って、また発見したりする。

人間というものはどれだけ手塩にかけて作ったものでも、建てた家でも「なんだ、こんなものか」っていつか感じてしまう。ただそこに自分だけじゃなくて他人の思考が介入してくるだけで、後から発見されることが格段に増えて、「あっ、そんな意図があったんですね」「いや、それは初めから考えていたんですよ」ってなった時に、ああ、してやられたなって思うわけ。作っている間ずっと近くで眺めていられるものではないから、全部把握することは不可能です。だから私は、ある程度のところで作っている人たちに任せる。さっきも言ったけどそれが礼儀なんですよ。

注文を言わないでも、言えないでもないし、勿論ああしてくれこうしてくれって言えるんだけど、判断してくれって言われたら判断はする。その中でできるだけお任せする。出来上がった後にあれこれ考えること自体がいいと思う。それは映画と同じ。なんであの時こうしちゃったんだろうって、後から考えてみてもそれには理由がなくて、冷静になってみると、当時助手が言ってたことの方が正しかったかなーなんて思ったり(笑)。作ったものが完璧であればあるほど嫌になっていくんです。家づくりも一緒ですよ、予め受け答えの決められたインタビューのように作るのはどうかと思う。何かもっとないのかなと。

映画制作の意欲・思考との重ね合わせはとても新鮮でした。その辺りについてもう少しお聞きします。3年のプロセスを経て、今また瀬の本のプロジェクトにも関わっていただいていますが、行定さんは、建築の分野にコミットしていくご自身のモチベーションについてどうお考えでしょうか。

Y

単純に建築は面白いなって思うところがあります。まず映画に比べて制作の自由度が高い。なぜかというと映画は大衆を相手にしているから。建築、特に住宅の場合はクライアント一人を納得させられればよいからより自由ですね。まあ自分の要望に頑なな施主ではなく「面白いですね。ぜひ予算内であればお願いします」って言える人という条件はあるけど。

映画も同じように「このくらいの予算でお願いします」というように思われがちだけど、実際はそうではなくて、大衆を相手にしているから、制作の内容に制限が出てくる。この内容難しすぎるね、分かる人少ないよって。建築だとお爺さんのために、あそこにもここにも手摺りつけてくれってなる感じ。バリアフリー、バリアフリーって。

でもお爺さんは上に行けなくてもいい。行きたければ家族の誰かが手を貸せばいいじゃないって、私は思うんですよ。みんなが上で楽しそうにしていて、お爺さんは下の部屋で孤独に過ごしている。それを見た孫が下りていって「おじいちゃんと一緒にいる」って言ったときにはじめて愛情を感じる。それでいいじゃない。さらに言えばその場面を見た他の人々も下りてきて、みんなでおじいちゃんを上に担いでいって。その肩越しにおじいちゃん泣いちゃったりして(笑)。それがドラマなんですよ。

だからみんながみんながってなっていくのはよくない。今の日本映画みたいになっちゃう。誰もが楽しめる映画、みんなで楽しめる映画って??。『世界の中心で、愛をさけぶ』だって当初はみんなが楽しめる企画じゃなかった。これ当たりますかねぇなんて言ってたのに、みんなが観はじめたらみんなが楽しめる映画になっちゃうっていう…。建築のほうが自由でいいですね。ただ自由だからこそ建築では容赦しないぞ、と今回家を建ててみて思いました。具体的にはどうするかというと、何でも言う、と(笑)。瀬の本プロジェクトについていえば、初めは森を上手く使っていこうっていう話でブレストしてて、そこに参加させてもらったときに、この場所でいくつかの映画のイメージを思いついて、それを好き勝手に話させてもらったんだけど、それも含めていろんなことがまとまっていって一つのかたちになっていくのは、映画制作のプロセスと何も変わらないなと思いました。ただここを作ろうと言ってる人が数人だから映画よりは幾分か楽なんですよ。自分の考えが実現する確率が高いですね。

映画のほうがもっと大変です。すごい泣ける映画だけど、表ではコメディーですっていって本当は勝負してみたい。でもやっぱり最初に泣ける所を見せないと観客は集まらない、それが映画ですね。それに比べて建築はまだまだ可能性にあふれていると私は思いますよ。だけど建築家はカタチや自身の枠やスタイルに固執している人が多いように見える。せっかくいろんな可能性があるはずなのに作家性に埋没していっちゃもったいない。

建築は、利用する人からすれば、映画のセットと同じようにある部分を覗いて見たり、あるいは寄って体験したりするわけじゃないですか。そう考えると建築はもっと空間芸術より時間芸術的になるべきなんじゃないかな。だって俯瞰的に自分の家を眺めて、おお、あそこいいなぁなんていう人は、そうそういないでしょう(笑)。

まさに言い得て妙です(笑)。貴重な比較論をありがとうございます。

いや、明日になったらまた違うこと言ってるかもしれないけどね(笑)。一つのことからどんどん派生していくからね。できたら建築もそうあってほしいですね。ただ形あるものだからどうしても限界はあるだろうとは思いますが。

形や構造を与えようと試みると、ついつい視野が退いていってしまい、作品全体の話が作家のモノローグに陥りがちです。そこに共感は生まれないですね。そこをどうデザインコミュニケーションするかだと思います。

模型ではこう見えてるけど、実際はやっぱり違うじゃないですか。その違いはやはり「発見」ということだと思う。どうしても私はコンセプト的なものは打算に見えてしまいます。建築家がそれを用いるのも打算だと思う。そういう設計で話題に上がっても人気が無くなれば誰も見向きもしなくなりますよ。俳優とかと一緒だよね。あの頃あいつ人気あったよなーって。もう誰も相手にしてくれない。建築もいずれそうなってしまう可能性もある。そんなことを考えたりもしますね。

全てを共有物化できないからこそ楽しめる「裏切ること」「発見」は、計画段階でも使用段階でも、建物により親密さを与えるきっかけになりえますね。どんなプロジェクトでも、その苗床を継続的に蓄えられていければと思います。

本日は大変多くのお話をいただきありがとうございました。



行定 勲  映画監督

1968年熊本県生まれ。映画『OPEN HOUSE』で初監督。次作『ひまわり』は、第5回釜山国際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞。『GO』(第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞・最優秀主演男優賞・最優秀助演男優賞・最優秀助演女優賞)の成功で一躍脚光を浴び、『世界の中心で、愛をさけぶ』、『北の零年』、『春の雪』などの監督作品で不動のヒットメーカーとなる。近作『パレード』で第60回ベルリン国際映画祭パノラマ部門国際批評家連盟賞受賞。

2010-01-15

ムシェット夏の家

f:id:ondesign_blog01:20100203152706j:image

term of works 2/2006〜9/2008

principal use residence+studio

     映画監督の脚本スタジオ兼、夏の住処


f:id:ondesign_blog01:20100203133738j:image

ATELIER

COURTYARD/WATER/MOUNTAIN/FOREST


f:id:ondesign_blog01:20100203133737j:image

GUEST ROOM

WATER/FOREST/BANTAM


f:id:ondesign_blog01:20100203133734j:image

SALON DINING ROOM

COURTYARD/GARDEN PLANT


f:id:ondesign_blog01:20100203133733j:image

EXTERIOR CORRIDOR

MOUNTAIN/FOREST/GARDEN PLANT



A house without a center.

When entering the room your surrounding suddenly lightens up and it becomes the center of the stage.

Layering mountains, surrounding forests and buildings turn out to be the background with depth and the more you walk,

the more continuously the stages with background appears.

In this house, where you are is the center of the stage.


中心がない家。部屋に入るとまわりがぱっと色づいて、ここが舞台の中心となる。

すると視界もぱっと開けて、まるで舞台を彩る装置のようにまわりの景色も色づく。

山々、近景の森、そして建物の姿が重なりながら奥行きのある背景を作り出す。

そして、歩けば歩くほど、背景とともに舞台が幾重にも連続的に現れていく。

この家では、自分の居場所が舞台の中心になる。




f:id:ondesign_blog01:20100203135449j:image

f:id:ondesign_blog01:20100203135448j:image


The hilly area of south Aso has been completely changed by the residential land development.

Our plan of the landscape design is to unite the building and the garden by relocating the soil,

which comes from the developed land and fixing the land into a terrace to go along with natural slope.


南阿蘇の丘陵地が宅地造成で変質した。

この造成地に盛られた土を中庭に上げ、元々の自然の傾斜に沿うような段々状の地形に修景し、

建物と庭が一体となったランドスケープデザインを構想している。


f:id:ondesign_blog01:20100203152709j:image


The whole roof is hanging over by S style cantilever from the RC wall,

which stops the soil to get into the courtyard. The landscape,

which goes down in layer towards the north side and the roof creates shadow,

which creates a place to stay.

The wild trees planted in the open space lets the sunlight stream through the leaves to the landscape.

Considering the effect of time passage and that time will pass before the building is made,

equipments are made by reproduced antique and mud is rubbed on the outside white wall.


全体に掛かる屋根は、S造のキャンチレバーで中庭の土留を兼ねたRC壁から浮かせている。

屋根と北側に向かって段々状に下る地形が陰影をつくり、その影の部分を居所とする。

外の余白には、近隣の山に自生する木々を植え、木漏れ陽を地形に落とす。

時間代謝による効果(経年変化した空間が、使用者に面影を感じさせる)を考慮し、

竣工以前から時間が経過するよう、再生した古物で設備を製作したり、

外壁の白壁に泥を塗りこすった状態を仕上げとしている。


f:id:ondesign_blog01:20080717175730j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717180003j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175937j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175900j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175841j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175805j:image

f:id:ondesign_blog01:20100203152710j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175858j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175933j:image

f:id:ondesign_blog01:20100203152707j:image

f:id:ondesign_blog01:20100203152711j:image

f:id:ondesign_blog01:20100203152708j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175941j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175911j:image

f:id:ondesign_blog01:20080717175957j:image





DATA

project: mouchette scenario production

location: kumamoto

floor: 2F

term of works: 2/2006〜9/2008

structure: RC+S

building area: 226.67m2

total floor area: 215.5m2