多機能型間接侵害の規定導入後の「のみ」要件

 特許法101条(間接侵害の規定)は、元々、現在の1号(物の発明)と4号(方法の発明)のみで構成されていました。これらの条項では、生産等の対象が、いわゆる専用品であることが要求されています(例えば、方法の発明について、「業として、その発明の実施に『のみ』使用する物を生産し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出をする行為」)。
 しかし、「のみ」要件の下では、侵害用途以外にも用途がある「物」は、専用品には該当せず、間接侵害の規定を適用することはできなくなってしまいます。

 「のみ」要件の弊害は、ハイエンドな製品を想定すると容易に想像できます。高機能品の売りは、エントリーモデルにはない高い機能にあり、その機能について、ユーザは高い値段を払っています。その高い機能を使用すると特許を侵害するという場合に、「問題の製品にはエントリーモデルにも付いている汎用的な機能があり、その汎用的な機能を使う用途も存在するから、「のみ」要件を満たしていない」という理屈が成り立つのでは、高機能化の進む分野では、間接侵害による責任追及は困難となってしまいます。

(* 製品のうち、侵害にあたる高い機能を実現しているパーツ又はソフトウェアを特定し、製品の販売に伴って当該パーツ又はソフトウェアも販売されていると解釈し、当該パーツ又はソフトウェアが専用品にあたると考えることもできます。米国のRicho Company, Ltd. v. Quanta Computer Inc., et al. 550 F.3d 1325 (CAFCの2008年12月23日判決)は、このような考え方に沿ったものです。
日本でも、一太郎事件の控訴審知財高判平成17年9月30日判決)は、多機能型間接侵害に関するものですが、実質的には、上記Richo事件の判決と同様の考え方を採ったものとも解されます。
一太郎事件控訴審判決では、ワープロソフトのうちヘルプ機能が問題となりました。裁判所は、ワープロソフト全体というよりもヘルプ機能に着目し、「控訴人製品をヘルプ機能を含めた形式でパソコンにインストールすると、必ず本件第1、第2発明の構成要件を充足する「控訴人製品をインストールしたパソコン」が完成するものであり、控訴人製品は、本件第1、第2発明の構成を有する物の生産にのみ用いる部分を含むものである」と判示しています。
多機能型間接侵害の非汎用性要件(「日本国内において広く一般に流通しているもの」)の解釈において、製品全体ではなく、特定の機能を実現するパーツ又はソフトウェアに着目するという方針は、条文の文言からは乖離しています。そもそも、このような解釈を採るのであれば、多機能型間接侵害の規定を導入する必要は無く、従来の「のみ」要件でも事案を処理できたはずです。もっとも、このような解釈も、妥当な結論を導くという点では、致し方ないように思います。そもそも、条文の文言が適切ではなかったのでしょう。)


「のみ」要件が求められていた時期の裁判例として、製パン器事件(大阪地判平成12年10月24日)があります。
問題となった製品は、山形パンを焼くためのタイマー機能が付されていました。この機能を使用すると、特許権を侵害します。しかし、タイマー機能を使用せずにパンを焼いたり、そもそもパンを焼くことなく生地のみ作成する場合には、特許権を侵害しません。この事案では、タイマー機能が、汎用品にはない高い機能に当たります。
このような事実関係の下、そして間接侵害には「のみ」要件が求められていたという事情の下、判決は、以下のとおり判示しています。

「ある物が、当該特許発明を実施する機能と実施しない機能の複数の機能を切り替えて使用することが可能な構造になっており、当該発明を実施しない使用方法自体が存する場合であっても、当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら、当該特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態が、当該物件の経済的、商業的又は実用的な使用形態として認められない限り、当該物件を製造、販売等することによって侵害行為(実施行為)が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはないというべきであるから、なお「その発明の実施にのみ使用する物」に当たると解するのが相当である。」

 この論理は、いささかトリッキーというべきです。なぜなら、「のみ」要件については、本来であれば、侵害用途を出発点として、それ以外に現実的な用途があるか否かを検討すべきところ、上記判決では、非侵害の用途(「当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら」)を出発点にして議論がなされているからです。もっとも、間接侵害に「のみ」要件が求められていたという背景事情の下では、許容されるべきものであったのでしょう。

 しかし、その後の法改正により、多機能型間接侵害の規定(101条2号(物の発明)及び5号(方法の発明))が導入されました。その結果、問題の製品が専用品ではなくても、①非汎用性要件、②不可欠性要件及び③主観的要件を充足すると、間接侵害が成立することとなりました。したがって、製パン器事件のような論理は不要となり、端的に101条2号又は5号の適用の可否を検討すれば済みます。

(101条5号:「特許が方法の発明についてされている場合において、
①その方法の使用に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつて
②その発明による課題の解決に不可欠なものにつき、
③その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、
業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」)

 ところが、最近の知財高判平成23年6月23日は、なぜか、101条4号(「のみ」要件のある専用品の規定)の解釈にあたって、製パン器事件の規範をそのまま引用しています。この判決については、知財管理2月号の評釈でも、疑問が呈されています。101条4号で差止及び損害賠償を命じられた被控訴人には、納得がいくとは思えません。判例時報によると、上告及び上告受理申立てがなされているとのことです。
 当事者の主張の詳細は不明ですが、裁判所がなぜ製パン器事件の規範を用いたのか、不可解です。