斧屋のヲタ日記 〜ここから始めるアイドル論〜 このページをアンテナに追加

2012-02-23 労働者としてのAKB

[]『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』

AKBドキュメンタリー映画を見てきた。前作は見なかったのだが、今作は各所から良い評判を聞いていたので、見ておかなくてはと思っていた。

前提条件として、自分ハロプロ文化に10年以上浸ってきた身であり、AKBのファンではない。そしてどちらかといえばAKBに対するアレルギーを抱えてきた人間であるハロプロAKBの差異に関しては様々な議論があるが、やはり思想・主義の違いのようなもの漠然とある気はしている。また生理的意味で言えば、どうしてもイラストが嫌で読めないマンガというものがあるように、言葉より前に雰囲気として受け付けなかった、というのが自分AKBに対する印象であった。(ところで自分ハロプロ文化に浸りながらも、Berryz工房ライブに一度も行ったことがない。これもまた同様の受け付けなさ、によるものである。だいぶ緩和されてきたけれども。)

自分が乗れないけど、世間ですごいとされているものに対する態度をどうとるかは迷うものだ。ハロプロ文化の内部からAKBを見るときに、ジェラシーを含んだ視線を排することは割と難しいように思う。たとえば、(もっとハロプロの方にも有能なスタッフがいれば…)と自分は思うことがある。一方で、一昨年AKBじゃんけん大会を見に行って思ったのは、うまさであるアイドルをある人間たちの身体のみならず、現象の総体として見た時に、AKBは圧倒的にうまい。それはもう手放しで素直に感心せざるを得ない。そのうまさを今一度感じるために、映画館に足を運んだ。


さて、詳細な批評に関しては宇多丸さんの2/18 ザ・シネマハスラー「DOCUMENTARY of AKB48」が面白いので聞いていただくとして(http://www.tbsradio.jp/utamaru/2012/02/218_documentary_of_akb48.html自分は印象に残ったことをちょろっと述べたい。



モチベーションの問題

年末、週刊メルマガクリルタイにて「労働者としてのアイドル」というコラムを発表したが、本映画を見て感じたのは、やはり労働者としてのアイドル、という側面だった。

なぜアイドルになりたいか、という問題は自分もずっと関心をもってきたテーマである大島優子は「自分ステップアップの場」と位置づけていたが、歌で人を笑顔に出来るのはすごいことだと感じ、「AKBで日本を元気に出来たら…」と話す。峯岸みなみは、被災地でのライブの際にちっちゃい女の子がお花を持って自分差し出してくれたことを振り返り、「(アイドルとしての活動は)自分のためもあるけど、誰かのためになってたんだって気づきました」と話す。

これらを見て感じるのは、いまAKBのメンバーには、よい動機付けが出来ているということだ。自分の夢を叶えるためのアイドル活動が、一般の人たちに希望を与えているということ。それは労働への大きな動機付けになるだろう。多くの人間は、自分のためにだけ生きるということが、実は難しいように思う。なぜなら、自分の行動が正しいと信じるための根拠が自分の信念だけだと、多くの人間不安になるからだ。だから、他人の役に立っているということが、その活動を正当化してくれることは非常に重要だ(ほとんどの企業就活サイトには、その仕事いか社会的有用であるかがこれでもかと書かれているだろう)。AKBの活動は、メンバーにとってはもはや社会的な使命にも感じられているかもしれない。

AKBの主力メンバーがほとんど辞めないのは、いろいろな要因があるにせよ、こうした形で仕事への動機付けがうまく働いていることも一因であろうと思う。自分社会に対して大きな影響力を持っていること。それは大きなプレッシャーにもなりうるが、一方で仕事の大きな充実感をもたらすだろう。



自作自演の(?)極限状況

選抜総選挙の緊張感。順位を発表するごとに泣いていくメンバー。様々な複雑な感情が去来する中でファンに向かって挨拶するメンバー。舞台裏に戻り、仲間とあるいは一人で、感慨に浸るメンバー。

西武ドームでのライブの舞台裏の強烈な映像大島優子が言うようにそこは「戦争」だ。大規模なステージのどこから出て行くのか、次の曲は何か…、頭も体も極限状況の中、過呼吸、酸欠、疲労で次々に倒れていくメンバー、眼がうつろになるメンバー。この映像の強さを否定することは出来ない。頑張っている彼女たちを、スクリーンの前で否応なしに応援させられる気分になるものだ。

少し冷めた見方をしてみよう。宗教的な悟りを開くための苦行というものがあって、断食や不眠を連日続けたとする。そして悟りが開けたとして、それって、ただ体を極限状況に追い込んだことで、精神がおかしくなったんじゃないの?という見方があるかもしれない。あるいは自己啓発セミナーに行って、閉鎖的な環境で始めは今までの自分人格を否定されたようなことをスタッフに言われながら、最後には課題クリアしてみんなに拍手され、感動のうちに「自分は変われた」という実感を得たとする。こういうのってありなのか無しなのか。つまり、物理的な条件を整備さえすれば、感情のコントロールなんてできてしまうという唯物的な思考がそこには無いか、そしてそれを手放しに肯定できないという感覚自分にはあるのだ。たとえば、いま、涙にどれだけの価値があるだろうと思う自分がいる。テレビでもネット上でも「泣ける」ネタがあふれ、簡単に人は泣く。AKB総選挙でも、メンバーは泣くし、ファンも泣く。涙というのは随分お手軽になったな、という気もするし、いや、そうではなくて「アイドルーファン」関係はそのくらい重いのだということに共感したい自分もいる。

ぼくは上記の全ての例に否定的なわけではない。それらは「本当の」感動、悟りではないなどと言い出したいわけでもない。ただ、なんとなく疑念を抱いてから、しかしそれを否定しようも無いということを確認するのみだ。AKBで言うならば、運営もメンバーもファンも、とりあえず「win-win-win」の関係に収まっているように見えるのだから。もちろんここでメンバーの「やりがい搾取」というような議論を始めることもできる。夢に向かって頑張っているのだから、どんなにきついことでもできるだろう、夢のためなら何だってやれ、というようにいたいけなアイドルを追い込んでいると。しかし『労働讃歌』を歌う「ももいろクローバー」の姿のように、アイドルはもうそうした次元は超越している気すらする。様々な要素が再帰的に影響しあってアイドル現象が成り立つ際に、「大人→少女」の一方的な力の行使という構図だけを持ち出すことに取り立てて意味があるとは思えない。(ジュニアアイドル着エロDVDとかなら話はまた違ってくるかもしれないけど。)

それから、確認しておかなければならないのは、唯物的な思考のもとで(ファンやアイドルの)感情をコントロールすると言っても、制御不能な部分が出てくるからこそアイドル面白いのであって、最終的には何だって予測不能なのだ。過呼吸を起こす前田敦子がどう振舞うかは、もちろん誰にも予測がつかないし、それが(残酷ながらも)最高に面白いのだ。だからアイドルにおいては「何かが起こりそうな舞台を用意しておく」ことが重要と言える。そしてAKBを仕掛けている人々は、それがめっぽううまい、ということなのだと思う。

(メンバーの未熟さや「天然ボケ」は、「何かが起こりそうな舞台」の代わりになるだろうが、それに依存するとアイドル現象はうまく存続できないのではないかという気がしている。「未熟さ」に依存した場合、メンバーが成熟したらそのアイドルは終わりになる。AKB場合ベテランのメンバーは成熟していると言ってよいと思うが、それでもアイドルとして生き長らえているのは、メンバーに過度に依存せずに、「何かが起こりそうな舞台」(「システム」と言ってもいい)を運営が用意できていることが大きいのではないか。)



仕事流儀

映画を見ると、理想上司ランキング高橋みなみランクインするのも遠い話ではないと思ってしまう。西武ドーム初日の失敗を受けて、メンバーに気合入れをする高橋自分も体力的に限界にきているのに、ステージ上で前田敦子の呼吸を整える高橋。さながらNHK「プロフェッショナル 仕事流儀」を見ているかのようだ。宮澤佐江西武ドーム経験を踏まえて「いつか演出家に」という夢を語るように、現状のアイドル活動と、彼女たちの将来に断絶は感じられない。現状の動機付け成功し、将来像も結べているなら、何の文句があるだろうか。



ぼくがAKBファンだったら、もっと映画を見て傷つき悩んだだろうと思う。傷つきはしなかったが、ぼくは見ていて胸糞が悪くなった。自分が見たい映画は、胸糞が悪くなる映画なのだから、この映画はとてもよかった。それは、現状に安住せずに、反省や再考を促してくれるということなのだ

ファンはアイドルを傷つけて生きている。だけれどもアイドルの力にもなっている。あるいは、顧客サービス業に従事する労働者を傷つけて生きているが、労働者やりがい提供している。抽象化すれば、人間は傷つけ合いながら生きていくが、お互いにいいこともある。どちらかを強調しすぎてはいけないし、どちらかから目をそらしてもいけない、と思う。

2012-02-13 「ベストマジシャンズフェスティバル」を見てきた

ひさしぶりに文を書きます、斧屋です。奇術のイベントを見てきました。奇術に関しては何の知識もなく、また見方もよく分かってませんが、思うところを書きます

奇術とアイドル

プリマベーラ」というグループがある。公式サイトの紹介文は以下の通り。


プリマベーラ”は、世界展開を視野に入れた、女性だけのイリュージョングループです。

結成は2005年9月。そして、2008年2月日本青年館ホールでの単独公演『夢は叶えるもの!』を行い、5000名もの観客を動員しました。

から次へと繰り広げられる幻想的で不思議世界。スリリングでファンタジックイリュージョン、さらに歌、ダンス、お芝居の要素も取り入れて魅せていくステージは、国境、世代、性別を超えて、共有できる感動のエンターテイメントです。(http://www.primavera9.net/about.html


プリマベーラ現在の多くのアイドルと同様に、ショッピングモール等でのイベントを打ったり、曲を出したり、また衣装もミニスカートだったりする。受容のされ方がアイドル的と言ってよいだろうと思う。

アイドル乱立の現在、様々なコンセプトのアイドル存在するが、奇術とアイドルの組み合わせは直感的にとても適切であるように思われた。だからいつか生で見たいと思っていたグループだったのだが、今回プリマベーラが、「日本奇術協会」平成23年度ホープ賞に選出され、「第11回ベストマジシャンズフェスティバル」に出演することになり、都合がついたため見に行くことになった。場所は「日本橋劇場」、半蔵門線「水天宮前」駅から徒歩2分。

ベストマジシャンズフェスティバルは2日に渡って行われ、私が行ったのは2日目、2月10日金曜日の昼13:30からの回だった。平日昼から行われるマジックイベントに入る客層は推して知るべし、である。それとも、客層がそれだから平日昼に開催できるのか。いずれにせよ、客層は基本ジジババ、それから小さな子を連れた上品そうな夫婦、そしていかにも奇術師の卵といった出で立ちの若者であった。ちなみに1階席は270席ほどあるようだが、空きはかなり多く、当日券でも7列目が入手できた。

そもそもアイドルファンである自分にとって「日本橋劇場」という会場は全く馴染みがない。普段は落語や長唄三味線など伝統芸能に分類されるようなものの公演を多く行っているようだ。


さて、ここで奇術とアイドルについて思うことを述べておこう。しばしばアイドル宗教との類似が指摘される。そして、「アイドルファンはそんなものを信じていて愚かだ」とか、「騙されている」とかい言葉が使われることがある。一方ファンは、「ばかばかしいと分かっていてアイドルに没入しているのだ」と言ったりもする。ふむ。では奇術を見る人は何なのだ?奇術にはタネやシカケがあると、みんな知っていて見に行く。知っていながら、騙されにいくようなものである。そしてそれを楽しむ。もちろん純粋無垢な子供であれば、なんだか不思議魔法を使ったと思うかもしれない。けれども普通は、タネやシカケがあると知りながらも、奇術師にまんまと騙されることを観客は楽しむだろう。ここでの観客の立ち位置に興味がある。奇術師や司会の方が言っていたように、奇術を見る標準的なあり方は、「素直に」楽しむことであって、「どんなタネがあるのだろうと頭を使って見ると肩が凝って疲れてしまう」。つまり普通観客は、100%騙されてもいないし(何かタネがあることは知っている)、100%疑いの目で見ているわけでもない。客席にいる奇術師の卵は、ステージ上の奇術師の技術を盗もうと目を凝らして見るだろうが、普通の観客は、ただ目の前の不思議に感嘆するのみである。もちろんそれは魔法などではないことを知りながら。

さて、アイドルに話を戻すと、アイドル見方も、結局これと同じようなものであると言いたくなる。たとえばアイドルが「ファンの方が好き」と言ったり、曲の中でそのような意味のことを言明したときに、多くのファンは、それを信じることと、それを一定の距離を置いて捉えることを同時に、または時間をおいて行うだろう(ライブ中は熱狂したけど、後で考えてみるとあの時なにマジになってたんだろう、というように)。もちろん100%信じるファンもいるだろうし、100%冷めた目で見るファンもいるだろう。ただ多くの場合はそのバランスの中でファンは存在しているのではないかと思う。だからアイドルファンは、ある種の演劇的空間に参与していると言える。この場では、このように見てくださいね、という暗黙のルールのようなものを前提として、アイドルとファンは関係を作り、その中で感動や楽しさといった感情の揺れ動きが起こる。これは現象としては俳優の演技に感動することとなんら変わらないように思われるのだが、どうしてもアイドルに関わるものは低く見られがちである(そこは致し方ない部分もあるのだが)。

奇術もアイドルも、観客が参与する演劇と言うことが出来る(演劇というものは全て観客の参与あってのものだろうけど)。だから、奇術師がアイドル的な存在になるのは似合わしいことである。その意味で、プリマベーラは興味深い存在だ。

…前置きが長くなった。実際のイベントの様子を振り返りたい。


ベストマジシャンズフェスティバルは、主に投票による上位者である6組のマジシャンがそれぞれ20分ほどの持ち時間の中で奇術を披露していくイベントであった。初めに日本奇術協会の会長による挨拶とグランプリの表彰があり、その後それぞれのマジシャンの演目が始まった。

1組目のプリマベーラから、グランプリに輝いた最後藤山晃太郎まで、2時間超えのステージ。それぞれの演目を細かく振り返ると長くなるので、印象に残った点について記していこうと思う。

まず、総合司会の方が、ちょいちょい笑わせるようなことを言ってきた点。これは開演前から、「携帯電話の電源はお切り下さい」というようなお決まりの注意の中に、「腹時計など鳴りませぬよう…」みたいなくすぐりを入れて、嫌な予感がした。いや、これはこの客層にはとてもふさわしい感じではあって、比較的そのくすぐりは観客に対して有効に機能していた、つまりそれなりに受けていたのだが、自分にとっては綾小路きみまろ的なしゃべりをずっと聞くのはつらいものだった。2年前に東京キネマ倶楽部で見た地下アイドルイベントで司会をしていた男性を思い出す。(詳細はこちら→http://d.hatena.ne.jp/onoya/20101013

プリマベーラは脱出や入れ替わりのイリュージョンや、カードに関するマジックなどを行った。MCアイドルっぽさを感じたし、色分けされた衣装、ミニスカートは他のマジシャンと好対照だった。終演後もおっさんたちに大人気で、一緒に写真に写ったり握手するなどしていた。正直20分程度の出番だけでは、彼女たちのポテンシャルを図りようもないのだが、普通イメージするところのマジシャンというものとの差別化がはっきりできているので、面白い存在ではあると思う。また機会があれば見てみたい。

奇術の困難と可能性について

さて、その後の演目を見続ける中で感じたのは、奇術の困難についてである。いやもちろん、それぞれのマジシャンの演目はそれぞれにすばらしいもので、また時に笑いもはさみながらエンターテインメントとして優れたものだと感じた。しかし一方で奇術の難しさを様々な点で感じることになった。

まず1点目は、奇術が視覚情報に強く依存しているということだ。奇術は、何をしているかちゃんと見えなければ、不思議だと思ってもらえないのだから意味がない。よって、自ずと観客数に限度がある。大規模なイリュージョンなら別だが、手先の細かい技術で魅せるマジックであれば、今回の会場(1階席は270席程度)でも限界ではないか音楽ライブ聴覚が主であるから、万単位で客を集めることが可能だが、奇術の場合は視覚という制限があると、実際に見ていて気づいた。

2点目は、説明責任であるカードマジックなどは、少し複雑なものになると、誰でも思いつくような不正・抜け道の余地がないことを説明した上で行わなければならないし、ルールを説明した上で、マジックが行われた際に誰の目にも不思議と感じられるようにしなければならない。特に観客が参加者となって、カードやなにかを選ばせるマジック場合ルール説明等の前段階が冗長になり、マジック雰囲気が壊れそうになったりもする。

3点目は、道具についてであるマジックは完全に奇術師の手先だけで行われるようなものでない限り、いろいろな道具を使って行われる。その際、行われたマジックが、奇術師の何らかの技術によるものなのか、それとも道具にからくりがあるものなのかが分からず、どのように感心してよいか戸惑うことがあった。たとえば、「物を浮かす」というマジックがあった場合、もう今の時代勝手に浮くような道具くらい想定できてしまうわけで、不思議かどうかがよく分からないまま拍手をする、ということになる。「不思議」という感情は、ある常識があって、それを逸脱する事象がある場合に発生するもので、そもそも前提となる常識が観客に共有されていなければ起こりえないのだ。いまやほとんど誰もが持っている携帯電話は、使う人間のほとんどがその原理を知らないという意味では魔法アイテムと言ってよい。そんな道具に囲まれて生活している我々が、一体何を常識として、何を不思議がれるのか。

最後に、3点目とも関係するが、我々は、マジックが「タネもシカケもある」ということを知ってしまっている。人に刺激を与えるためのいろいろなシカケにあまりにも慣れてしまっているということだ。目の前で、どんなに目を凝らしても抜けるところなど見当たらない箱の中から人が消えても、その技に感心こそすれ、強く驚くことはない。「松旭斎すみえ」さんがマジックをしながら、「タネもシカケもありませんと言うと、今は笑われる」、「小学生に『タネもシカケもない手品なんてあるの?』と言われる…やりにくくてしょうがない」とぼやいていたが、これは半分本気かもしれない。我々はちょっとやそっとでは驚かなくなってしまったし、物事を疑うことにも慣れてしまっている。だから奇術師は、ただ奇術を披露するだけでなく、笑いを起こしたり、歌や踊りの要素を加えるなど、総合的なエンターテインメント提供しなければならない、という側面もあろう。



ところで、このイベントは「松旭斎天一没後 100周年記念公演」とも銘打たれていた。「松旭斎天一」は「日本近代奇術の父」と呼ばれている存在だそうで、日本の伝統的な奇術と西洋奇術を融合させた明治時代活躍した奇術師だ。その没後100周年記念公演ということもあってか、この公演は「伝統」を強調する演出が目立った。

グランプリを受賞した藤山晃太郎のオフィシャルサイトに本イベントのチラシ画像があるので参照してほしい(http://www.wazuma.jp/sp/20120209.html)。藤山晃太郎氏が立派な紋付袴で、さながら歌舞伎等の伝統芸能の役者といった感じである。実際、藤山氏は「手妻」「和妻」と呼ばれる伝統的な芸能の継承者だそうだ。グランプリ授賞式では、BGMには尺八かなにかの演奏が流れ、またトロフィーと共に、受賞者の名が入った「招き」という看板歌舞伎に由来するものらしいのだが)が手渡された。

演目の3番目に登場した北見マキ氏の紹介をする際には、司会の方が「わび、さび」という言葉を用いたし、北見氏は演目中に見得を切るような動作もあった。「マジック」を見に来たつもりだった自分は、それを当然のように「西洋奇術」と考えていたのだが、このような形で日本的な奇術というものが、他の伝統芸能ともつながる形で存在することに新鮮な驚きを覚えた(マジックそのものよりももっと驚いた)。

トリを務めた藤山氏の演目は、伝統的な「和妻」で、「蝶の戯れ」「万倍芸」「水芸」と呼ばれるものを演じた。これらは自分が想定していたマジックというものとはかなり違って、古典芸能と奇術が縒り合わさった不思議ものだった。たとえば「蝶の戯れ」は、初め破った半紙を扇であおぐことで、半紙を蝶と見立てもので、それ自体は奇術でもなんでもない。その後奇術へとつながっていくのだが、その融合の具合が新鮮でもあり、また見方を知らなければどう見てよいのか戸惑う部分でもあった。「水芸」も、演者の技巧が優れているのか、それとも装置からくりがすばらしいのか、一体何を基準として見るものなのか、初見の私には分からなかった。とはいえ、一方で演者の圧倒的な存在感というのもあり、自分の知らない奥深い世界が広がっているのだろうと、ただ想像するのみである。しかし今思えば、これもまたアイドルへの視線との類似を感じる。つまり、アイドルと言った時に、ある人間の身体のみを考えるのではなく、現象全体を見るということ。たとえば、「Perfume」に対して、口パクとか言ってないで、舞台装置と演者の身体を込みで、総体として見ていくこと。これと同様に、マジックというものも、舞台装置やら演者の動き、衣装、アシスタントステージ上の全てを総体として捉えるものと考えればよいのかもしれない。



振り返って全体として言えるのは、たとえば司会の調子とか、受付まわりの様子とか、あるいは終演後の雰囲気とかもそうなんだけど、どうも若者向けに売り出していこうという雰囲気を感じない。一言で言えばいろいろなところに古臭さはあった。日本奇術協会のサイトを見ても、なんだか古めかしい印象は否めない。奇術は前述のようにいろいろな困難もある一方で、万人に対して訴える力があるのだからもっとうまい売り出し方があるのではないか、という気もするのだ。

定期的にさまざまなイベントを打つプリマベーラや、ニコ動やtwitter、ブログ等を積極的に活用している藤山晃太郎氏を見ると、あるジャンルが古い古くないではなくて、その内部の人間の、外部への見せ方ひとつなのだろうと思う。藤山氏の公演、機会があったらまた見たいと思ったもん。何の関心もなかったアイドルファンだけれど。

2012-01-19 銀座放浪

平日の銀座を放浪した。

[] 艶春特別開帳・都築響一コレクション 秘蝋の宴 満珍全席(ヴァニラ画廊)

しばしば来訪しているアングラアート中心の画廊「ヴァニラ画廊」。今回の展示はある資産家が蝋人形師に作らせた男女20数体の局部(腰から大腿部にかけて)限定の蝋人形である

http://www.vanilla-gallery.com/archives/2012/20120106.html

資産家は自宅の錠前付きの部屋でこれらを大切に保管(崇拝)し、没後遺族により発見された。処理に困った遺族から蝋人形師が引き取り、それを都築響一氏が譲り受け、コレクションとしているとのこと。

展示されている局部は、男女ともバリエーションに富んでいる。黒人白人ものや、少年少女もの、あるいは様々なサイズや局部の位置…、これらを依頼者の老資産家は事細かに書面にて人形師へ説明したようだ。その執着、執念とも言える欲望(金額としてはおそらく数千万円はかかっているだろう)。そして老資産家は自室にてそれらに水を供え、崇拝すらしていたという。性と聖の結びつき。実際、並べられたものを見ると、非常に精巧に出来ており、崇拝したくなる気持ちも分かる。大玉門(おおぎょくもん)という女性の局部は、穴の内部奥深くまで細かく作られており、画廊では奥まで見られるよう、そばに懐中電灯が置かれていた。

ヴァニラ画廊が入場料を1000円も取るのは珍しいように思う(普段は大体無料である)が、平日昼にもかかわらず次々と狭い画廊に客が訪れた。このようなコレクションは他の会場での展示は断られるようで、ヴァニラ画廊ならではの展示だと思う。今後の展示予定もなさそうなので、エロスやらアウトサイダーアートやら都築響一ファンは来訪されることを強くお勧めします。今週末(土)まで。

(入場時にもらえる局部の蝋人形画像つきのお守りはどうしようかな。)

現代美術場外乱闘

現代美術場外乱闘

画廊で購入。今回の展示品の紹介もあり。

[]銀座千疋屋にて、「メロンパフェ」を食べた

初めて銀座千疋屋に行った。もっと敷居が高いかと思っていたが、入りやすいお店。メロンパフェ(1890円)を頼む。

f:id:onoya:20120118171438j:image


第1層にメロン4片とイチゴ、生クリーム。第2層にメロンアイス、生クリーム、そしてその下にメロン果実を板状に小さくカットしたもの、第3層がバニラアイス、最下層に再びメロン果実のカット、という構成。ムダがなくていいです。銀座でこのお値段なら申し分無し。

最近おいしいパフェを食べる時には目をつぶってしまう。アイドルライブでも、本当に陶酔する時には視覚を遮断してしまう(ステージを見ていられなかったり、目をつぶってしまったり)が、パフェでもそういうことが起こる。もしパフェに対する知覚を順序付けるとするなら、視覚→嗅覚→味覚・触覚、ということになる(パフェの場合、基本的に聴覚は関係ないと思ってよい。食べてたら少し音はするけど)。はじめにパフェの外見をチェックし(もちろんそれはとても美しい)、そして果実の匂いを嗅ぎ、食べ進める。より対象との距離がゼロになる方向へ進めば、より陶酔度も増すというわけだ。これは食とエロスの共通点でもある。

パフェは目をつぶってゆっくり食べる。15分から20分くらいかけて食べる。これがパフェ道である。今年もパフェ道は続く。

銀座の松屋で盆栽を見る 〜盆栽とアイドル

第680回デザインギャラリー1953企画展 「BONSAI」

http://www.matsuya.com/m_ginza/exhib_gal/details/20111228_bonsai.html

ふらりと入った松屋の盆栽展が面白かった。丁寧に丁寧に慈しみの心を持って手入れをして、しかし一方で人の望むような成長を促し、結果美しいものができる。


さて、盆栽とアイドル

どちらも生き物を相手にしている。少しずつ育てる。その育てる過程を楽しんだりもする。少し手を抜いてしまうと、すぐにダメになってしまうこともあるかもしれない。時間を経て、美しいものができる。

育てる側の欲望によって、望む方向に成長が促される場合も多かろう。枝を長い年月をかけて下の方向へ曲げていくように、アイドル彼女たちの意志と無関係に、たとえばロリの方向へ曲げられたり。しかしあまりにも急に曲げようとすると、ポキリと枝(心)が折れてしまったりもするかもしれない。

から見たら、そこまで執着することに理解がされないような対象に情熱を降り注ぐこと。そして執着するごとに、人には見えない世界が見えるかもしれない。「雨竹亭」のパンフレットにこうある。

「心静かにじっと対峙して下さい。彼等の“声”や表情が見えてきます。慈しみの心が盆栽を観賞される時の一番大切なことです。やさしく接してあげて下さい。」

アイドルはいまや接触イベで実際に声を聞くことができるようになった。一方で我々は、手の届かないアイドルライブでの一挙手一投足からアイドルの体調や気持ちなどを推し量ってもきたはずだ。時にそれは妄想揶揄される場合もあろう。しかし、それを想像力と前向きに捉える余地も、もちろんある。

盆栽に用いる水石に関して、前述のパンフレットにはこうある。

ひとつの石塊が、人の心の有り様によって森羅万象様々な姿となって眼前に映ります。(中略)豊かな見立て心を持って観賞してみて下さい。」

見立て心が、小さな盆栽を広大な宇宙に変える。何のとりえも無い凡才でもアイドルとしてキラキラ輝いて見えたりもする。…中学生団地妻見立てたって、もちろんいいのである


このくらいのこじつけで、年初としてはいいでしょうかね…。

2012-01-15

[]2011パフェ参戦記録

すっかり昨年初頭よりはまってしまったパフェ道。記憶している限りで昨年のパフェ現場を記録しておく。金額をはっきり覚えてないものも一応それっぽい金額を記しています。



2月25日 ストロベリーパフェ 1680円 資生堂フルーツパーラー(銀座)

3月1日 マスクメロンパフェ 1680円 タカフルーツパーラー(新宿)

3月20日 トロピカルパフェ 1680円 京橋千疋屋(原宿)

4月6日 キウイパフェ 700円 フクナガフルーツパーラー(四谷三丁目)

4月7日 ピーチパフェ 600円 喫茶&レストランまりも(新丸子)

4月10日 フルーツパフェ 1000円 sun fleur(都立家政)

4月13日 フルーツパルフェ 819円 果実園(目黒

4月23日 ホワイトピーチパフェ 609円 ラケル(鴨居)

4月30日 チョコレートパフェ 980円 珈琲貴族エジンバラ(新宿) 

5月7日 チョコレートパフェ 750円 名曲・珈琲新宿らんぶる(新宿)

5月11日 マンゴーヨーグルトパフェ 1680円 京橋千疋屋(原宿)

5月15日 旬果先取り桃のパフェ 1575円 タカフルーツパーラー(上大岡)

6月8日 オペラパフェ 1575円 DALLOYAU銀座本店(銀座)

6月12日 今月のパルフェ 945円 果実園(目黒

6月19日 3色メロンパフェ 1260円 西村フルーツパーラー(渋谷

6月29日 旬果のパフェ 1260円 西村フルーツパーラー(渋谷

8月3日 桃のフローズンパフェ 850円 三宅商店(倉敷)

8月3日 マンゴーパフェ 650円 ピア ジョリー(イオン松山

8月4日 トマトパフェ 980円 mimiusagi(高知)

8月11日 メープルパフェ 600円 カフェテラッツァ(箱根ガラスの森美術館)

8月13日 トロピカルパフェ 1180円 西村フルーツパーラー(渋谷

8月14日 桃パフェ 1280円 西村フルーツパーラー(渋谷

9月1日 パフェ 620円 珈琲の詩(高津

9月8日 万惣フルーツパフェ 1260円 万惣フルーツパーラー(神田

9月24日 道産ハスカップとヨーグルトのパフェ 420円 よつばホワイトコージ(新千歳空港)

9月24日 3種の白色アイスパフェ 1260円 雪印パーラー(札幌)

10月1日 信州巨峰のザ・サンデー 630円 デニーズ谷在家店(谷在家)

10月5日 キャラメルとさつまいものパフェ 567円 ジョナサンあざみ野駅前店(あざみ野)

10月12日 フルーツパフェ 750円 創作オムライスDish(センター北)

11月15日 ラ・フランスのパフェ 1100円 西村フルーツパーラー(渋谷

11月20日 メロンのパルフェ 945円 果実園(目黒

11月26日 季節のフロマージュパフェ 1260円 西村フルーツパーラー(渋谷

12月10日 パパイヤパルフェ 840円 果実園(目黒

12月20日 マンゴーパルフェ 892円 果実園(目黒

12月27日 いちごミルフィーユパフェ 714円 ラケル(新宿)


35パフェ 計35591円くらい

旅行1回

遠征1回


まだまだ行きたいお店がたくさん。アイドル道と共に、今年もパフェ道に邁進したい。

2012-01-12

2011冬コミご報告

だいぶ遅くなりましたが、冬コミ頒布したアイドルに関するコラム集「アイドル、なんか。」は会場に搬入した50部が完売いたしました。ブースにご来訪いただいた方、どうもありがとうございました。在庫はまだあるのですが、いまのところ通販の予定はございません。次の文学フリマでの出展を予定していますが、そこまで待てない!という方は、斧屋の行くアイドル現場での手渡しは可能ですので、個別に相談ください。

[]2011年アイドル現場参戦記録

いまさらですが。


1月3日 ハロ紺中野サンプラザ 

1月3日 ハロ紺中野サンプラザ

1月31日 ぱすぽ☆ 無銭イベ ベルサール秋葉原

1月31日 ももいろクローバーももクロ新春スペクタクルツアー ミライボウルがやってきた。」 ららぽーと柏の葉

2月6日 JK21 アトリエクラブ

2月19日 Girls+ 文化放送メディアプラスホール

2月19日 JK21 石丸

2月26日 オトメ☆コーポレーション「朝礼」「社内会議」「笑顔営業」3ヶ月連続CD発売記念イベント 石丸

2月27日 AKBN0 5thライブ 「私達の持ち歌がいくつかできました!スペシャルイーストステージいけぶくろ

3月5日 秋葉原Live 桜組

3月19日 Negiccoワンマンライブ 渋谷Star Lounge

4月9日 オトメ☆コーポレーション 代々木公園

4月10日 AKBN0 新星堂本社

4月10日 ももいろクローバー 中野サンプラザ

4月23日 アイドルカレッジ アリオ橋本

4月23日 ぱすぽ☆ ららぽーと横浜2回目4/23 (握手会チェキを傍観しただけ)

4月24日 ℃スマ紺夜 渋谷公会堂

4月29日 ぱすぽ☆ 秋葉原UDXホール

4月29日 吉川友映画 シネマート新宿

4月29日 Aell. 新宿タワレコイベ

4月29日 スマイレージ 東武池袋イベント

5月1日 ℃-ute 中野サンプラザ

5月3日 スパガイベ アリオ川口

5月3日 ぱすぽ☆ 池袋シアターグリーン

5月3日 腐男塾 大宮アルシェ

5月3日 品はちライブ

5月7日 吉川友映画 シネマート新宿

5月7日 モーニング娘。夜 中野サンプラザ

5月15日 ドリームモーニング娘。 よこすか芸術劇場

5月28日 東日本大震災 復興支援チャリティーライブ『WORDS OF HOPE FOR TOHOKU vol.1』supported by GIP(東京女子流ドロシーリトルハッピーDream5) Rensa

5月29日 セクシー☆オールシスターズ morph-tokyo

6月19日 AKBN0 幕張

6月19日 スパガ イトーヨーカドー木場

6月19日 私立恵比寿中学 タワレコ新宿

7月2日 恵比寿マスカッツ 日比谷野外音楽堂

7月30日 AKBN0 7thライブ 赤羽会館

8月3日 工水フェスタ S-Qty 岡山企業工業用水道事務所

8月3日 ひめキュンフルーツ缶 TSUTAYA朝生田店

8月4日 はちきんガールズ 龍馬ふるさと博(高知駅前ステージ

8月4日 AKBチームK公演 高知県立県民文化ホール

8月6日 BiS タワレコ新宿

8月7日 ハロ紺中野サンプラザ

8月7日 放課後プリンセス 新星堂本社

8月27日 TIF

8月28日 TIF

9月8日 りんご娘 日本橋タカシマヤイベント

9月10日 ℃-uteの日 横浜BLITZ

9月21日 戦国自衛隊 池袋サンシャイン劇場

9月24日 ちとせアイドルフェスVol.2 ちとせモール

10月10日 私立恵比寿中学後夜祭 Shibuya O-EAST

10月22日 Jewel Kiss 新宿BLAZE

11月13日 ひめキュン&LinQ morph-tokyo

11月23日 モベキマスイベ よみうりランド

11月23日 Fairies アリオ橋本

11月26日 アイドル横丁祭

12月4日 AKBN0 代々木公園

12月4日 ベリキュー紺 八王子オリンパスホール

12月17日 「1974」 紀伊国屋サザンホール

12月17日 スマイレージ 池袋噴水広場新曲イベ

12月17日 AKBN0 としまえん

12月27日 U.M.Uアワード2011 新宿明治安田生命ホール


計61現場チケ代等146465円)



イベント形態

有料ライブイベント 29

無料イベ 26

CD購入特典イベ 2

舞台 2

映画&ライブ




アイドル内訳

ハロプロ系 16

ハロ4・℃3・ベリキュー2・スマ2・吉川2・℃S1・ 娘。1・ドリ娘。1)

ハロ系 29

(AKBN6・ぱすぽ☆4・ももクロ2・スパガ2・えび中2・オトメ☆コーポレーション2・アイカレ1・品はちライブ1・桜組1・Fairies1・放課後プリンセス1・セクオ1・腐男塾1・恵比寿マスカッツ1・Aell.1・AKB48チームK1・BiS1)

集合的ライブ

地方系(U.M.U含む)12

(U.M.U1・JK21 2・Jewel Kiss2・ひめキュン2(LinQとの合同含む)・Negicco1・S-Qty1・はちきんガールズ1・りんご娘1・ドロシーリトルハッピー1)




場所内訳

東京45

神奈川5

埼玉2

千葉

高知2

宮城1

岡山

愛媛1

大阪1

北海道1

(遠征3回・旅行1回)



昨年はやはり地方アイドルに対する興味と、金がないので無銭イベを多くまわしたせいで、もう完全にハロヲタではなくなりました。今年もアイドルバブルがはじけないうちに地方アイドルの様子も見られればと思います。

2011-12-23

12/31 冬コミにて、アイドルに関するコラム集を頒布します。

冬コミ3日目(12月31日

場所:東京ビッグサイト

ブース番号:東R-07a

サークル名:ムスメラウンジ

f:id:onoya:20111224004146j:image

コラム集『アイドル、なんか。』(頒価300円)を頒布いたします。これは、アイドルとなにかを結びつけたコラム集でございますアイドル批評誌『アイドル領域』とは全く異なり、ゆるく読みやすい(だけどディープで変態な)文章を取り揃えております。表紙画像は公園の画像ですが、この画像意味は、コラム集内のある文章を読んでいただくと分かります。ちなみに私斧屋の文章は、このはてなダイアリーでの記事に大幅に加筆修正したものです。以下、コラム集の目次です。


アイドル、なんか。』目次

アイドルとパフェ(斧屋)

アイドル自転車(メイヤン)

アイドルと犬(のりのりの)

アイドルラブホテル(斧屋)

アイドル筋肉(がっぷ)

アイドルとやきものはいゆに)

アイドルと尿(ガリバー


30ページ弱の小冊子ですが、中身は大変濃くなっております。あるものに対する執着が生み出す変態性、よく言えば文学性みたいなものがにじみ出ている文章が集まっております特にアイドル等に関心がなくても楽しめる文章になっているかと思いますので、コミケに来られる方はぜひブースにお寄りください。立ち読み大歓迎です!

一応コラム集の告知Ustしました。こちら→http://www.ustream.tv/recorded/19319052 16分ほどの短い放送なので聞いてみてください。


なお、既刊であるアイドル批評誌『アイドル領域Vol.2』(700円)、『アイドル領域Vol.3』(800円)の在庫分も頒布いたします。内容についてはこちらを参照のこと→http://d.hatena.ne.jp/musumelounge/20110830 ブースでの頒価はアマゾンでの販売よりもお安くなっております

2011-11-30

ハロプロ楽曲大賞アイドル楽曲部門」に投票した

ハロプロ楽曲大賞、今年はもはやハロプロ楽曲リストを見てもシングル曲以外はほとんど分からない有様になっていて、むしろ「アイドル楽曲部門」の選考の方が楽しくなってしまっている。自分はもうハロヲタではない、と言うほかない。ただ、自分アイドル楽曲をはばひろく聴いているわけではない。だいぶ偏っている。それは、自分現場のファン文化に関心があって、曲そのものに強い欲望が働かないせいかもしれない。



5位 曲名:ザ・ティッシュ 〜とまらない青春〜(私立恵比寿中学

D

ポイント:0.5

ティッシュを材料に、いろんな遊びを見せてくれる。それにしても、ティッシュってのはヲタのことか、それともアイドルのことか。

以前詳細な感想を書いた → http://d.hatena.ne.jp/onoya/20110420/1303285554



4位 曲名:ハジメマシテ(LinQ

D

ポイント:1

なんというか、胸がキュンキュンするんだから仕方ないよね。11月13日、morph tokyoで行われたひめキュンとの合同ライブで観て、シンプルな振りと衣装に、なんかやられた。



3位 曲名:LoopLoopひめキュンフルーツ缶

D

ポイント:2

この曲については四国旅行の記事の中で言及した。http://d.hatena.ne.jp/onoya/20110812

なんだか心に響く曲だ。



2位 曲名:デモサヨナラ(Dorothy Little Happy

D

ポイント:3

「オレモー」で会場が一つになったあとで、しかしどうして曲終盤にあんなに胸が切なくなるのか。この曲はTIFでの強い印象がある。天空ステージで、みもりたんがホースで客席に水を巻いて観客とメンバーの距離感が縮まった後での「デモサヨナラ」。…泣きそうになる。ドロシーに強い思い入れがあるわけでもないのに、曲の力で、そして現場の力で自分の心を揺さぶってきた。



1位 曲名:鼓動の秘密東京女子流

D

ポイント:3.5

東京女子流は生で3回見た。一度は仙台で。一度はTIFで。一度はアイドル横丁祭で。どれも他のアイドルとの合同イベントであった。どうしてもワンマンで行こうと強く思わない、だけれども、パフォーマンスを見ると感心してしまう。いつもそう。女子流は完成度が高いと思う。わが道を行くというか、やりたいことをはっきりさせて、方向がぶれていないというか。結果として、他のアイドルとの差別化にはうまく成功しているように思う。「鼓動の秘密」「Limited addiction」の2曲は甲乙つけがたし。しかし少女の危うさを独特の映像美で表現した前者を推したい。

女子流はUstもさかんにやっているが、自分はこれまで見たことがない。個人的には東京女子流はただただ歌い、舞うところだけを見たい。ぼくは東京女子流のメンバーの名前を覚えていないし、覚えようとも思わない。カラフルに色分けされない衣装は、その点ではパフォーマンス中のメンバーを匿名化しているように思われるし、その方が、ぼくは彼女らに抽象化された「女子」「少女」を感じることができるのだ。

2011-11-16

[]恋しないパフェ

アイドルには、人格的なアイドルと、非人格的なアイドルがいる、と思っている。

それは全く優劣の話ではなくて、アイドルのタイプの違いだ。


10月5日、ジョナサンで「キャラメルとさつまいものパフェ」(567円)を食べた。

内容物はカラメルソース、カスタードクリーム、ソフトクリーム、コーンフレーク、クッキー、ブラウニー、カラメルさつまいも、生クリーム、キャラメルアイス、コーヒーゼリー。

このお値段で考えると、すばらしいパフェだった。

f:id:onoya:20111005174118j:image

全体的に茶色いパフェだ。色鮮やかなフルーツ系のパフェと比べ、当然華やかさには欠ける。しかしこのパフェ、非常に調和がとれている。ソフトクリームやアイスの冷たさよりも、結果的には温かみを感じるパフェであった。フルーツ系パフェでは調和を乱しがちなコーンフレークも、カラメルの苦味とはマッチする。

さつまいもを中心として、秋を見事に演出してくれた温かみ溢れるパフェ。いままでフルーツ系パフェからは感じたことのない人格性を感じた。フルーツ系パフェは基本的に果実の甘みと冷たさに恋するパフェだが、このパフェはもっと人格的に成熟した愛あるパフェだ。それは、アイドルに恋することよりも、アイドル現場の温かい雰囲気に身を委ねるようになったベテランアイドルファンの心理に近いかもしれない。



11月15日、西村フルーツパーラーで「ラ・フランスのパフェ」(1100円)を食べた。

西村フルーツパーラーのパフェは構造がほぼ一定である。第1層に果実と生クリーム、第2層にシャーベットやバニラアイス、第3層にゼリーと果実というつくりだ。余計なコーンフレークなどなく、一定調和のもとで、満足のいくパフェが食べられる。最高のパフェとは言わないが、この質のパフェがこの値段で渋谷で食べられることはすばらしい。スタンプカードがこの日全部うまったのだが、つまり1万円分パフェを食べたことになる(一度一緒に食べた友人の分も含む)。

この日は季節のパフェとして、「ラ・フランスのパフェ」を選択。これもまた見た目が派手とは言えないが、美しいパフェである

f:id:onoya:20111115150855j:image

ラ・フランスは見た目の大人しさを裏切って、普通の梨に比べ濃厚な風味が加わっている。アイドルで言えばバニラビーンズか。見た目の美しさの奥に大人の色気を含んでいる。

フルーツ系のパフェを食べた時には、胸がときめくことが多いのだが、それよりは落ち着いてパフェを食すという体験だった。