天然アルカリイオン水『温泉水99』の社長日記                           ・・・水と食料と環境あれこれ・・・

2018-04-17 田原坂に行ってきました

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今年のNHKは「西郷どん」です。毎年恒例の、地元と人たちと日帰りのバス旅行。今年は西南戦争の激戦地、田原坂でした。毎年結構評判がよく、今年は総員81名、我々夫婦は1号車で41名、殆ど否全てがご老人で、無論我々もその一員ですが、毎年大体同じようなメンバーですので、結構顔見知りの方が多くなり、他国者の我々夫婦にとって楽しみにしていたのです。それにしても41名の中で男は3名。もっと男も外へ出よう!

 西南戦争は、薩摩軍、官軍双方とも、6000名以上の尊い命が失われたそうです。自分たちが幕府を倒したのに、明治維新になってみれば、それまで上位にいた武士が、職は失うわ、廃刀令で威信も保てないわで、新政府に対する不満には十分理解できる。

 西郷さんもこの狭間で大きく悩んだのでしょう。

 磯田道史氏著「素顔の西郷隆盛」でいう。

今から150年前、西郷という強烈な個性を持ってしなければ、新しい日本は生まれませんでした。西郷が現在の日本国家のもとを作ったのであり、新国家を作るために、徹底した破壊を断行しました。

西南戦争は、近代化へ向かって、どうしても避けられない過程だったのでしょうか。

つつじが満開で美しく咲いていました。

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2018-02-26 立派な人が一か所に集中するのはなぜだろうか

 オリンピックを楽しませてもらったが、特に印象に残ったのは、日本選手のチームワークだ。

一番良い例はパシュートだ。1人ひとりの力量では劣るものの、3人のメダリストを揃えたオランダに完勝したのはお見事というほかない。その反面、韓国の一人置いてけぼりにはびっくりした。日本では年に300日も選手同士が寝食をともにしたが、韓国の方は一緒にはほどんど練習もしていないという。どこの国でもメダルを取りたいというのは一緒のはずだが、これだけの違いがあるのはどういうことからだろうか。韓国に限らず世界中がよく言えば個人主義で、日本だけが例外なのかもしれない。そんな日本が、グローバル化の時代に、どのように付き合っていけばいいのかと思わせられるシーンだった。

 チームプレーといえば、女子カーリングが印象的だった。明るくて仲が良くて、時に泣いたり、時に笑ったりとプレーを楽しんでいた。仕事でもあんな風にならなければ本当の仕事はできないのではないだろうか。

 それにしても、LS北見のメンバー5人の全部が全部北海道北見市の出身で、そのうち4人は常呂町だと聞いて、またまたビックリ!!

 明治維新偉人たちが、鹿児島の出身で、それも極々狭い加治屋町に集中しているのを思い出した。

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 人が或る思いにとりつかれてその気になれば、誰でも相当なことができるということかもしれない。

 ただその一方、「あきらめるな。必ず達成される」ということもよく聞くが、私はこれまでずっと、「あきらめが肝心。一人の成功者の陰でどれだけの人が挫折したか」と思ってきた。

人生、複雑で一概には言えないが、どちらがいいのかわからない。

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2018-01-30 地震も火山もまったくわからないのでは?

1/24の日経新聞によれば「白根山の23日の噴火気象庁や火山学者にとって想定外の場所で起きた」とある。

なにしろ本白根山の最後の噴火は約3000年前ものことというから、予知できないのは無理からぬこととはいえ、この「想定外」という言葉に、腑に落ちないものを感じる。

というのも、「想定外」というのは、何となく「ほとんど90%以上も分かっているが、今度のは余りにも稀なレアケースなので想定外だった」という風にとれる。

もともと、地震にしても火山にしても何にも分かっていないのではないか。御嶽山噴火にしても、先般の東日本大津波にしても、あれほど大きなものでも、ぜんぜん予知できていないのだから、「想定外」などと格好つけて言うのではなく、「全く判りません」と謙虚に言ってくれたほうが、無用な混乱を起こさないような気がするのだ。

というのも、思い出すのは口の永良部島の全島避難のことだ。一発目の大噴火があり次の噴火について、大学の先生が「ゼロではない」という。しかし「ゼロではない」といわれれば、行政責任者は次に来てもいいように、つまり必ず来るかのように想定して過大な準備を強いる。「ゼロではない」がいつの間にか「100%」に変質してしまい、全島避難を島民に強制した。しかし実際はその後2年間全く噴火がなかったのだ。まったく判らないのだから、全島避難などという強制ではなく自己責任で島民一人ひとりに任せたら、無人島となったあんな無残さを見なくて済んだのではないかと思う。

 

もう一度当時を振り返ってみよう。新岳から噴火し、噴煙が火口から約10,000メートルの高さまで達したのは2015年5月29日9時59分のことだった。そして全島避難緒命令が下された。「ゼロではない」が「100%」に変質した瞬間である。それまで、地震予知専門家で誰も警鐘を鳴らした人もなく、余りに突然のことだったので、全島民が身支度を整え、 同島本村港より屋久島町営フェリー太陽にて避難先である屋久島に向け全島民避難したのは15時40分だった。つまり6時間近くも経っていた。しかもその間に、向江浜地区で犬の散歩をしていた男性が一人やけどをしただけだったのである。

 噴火をそれ程恐れるなら人口は137人( 世帯数82戸)しかいないのだから港に中古の船を一漕待機させておけばそれで済むのではないか。それこそ今度こそは、せいぜい2時間もあれば全員集合できるよう準備万端整えておけば、前のことを考え併せれば人に被害が及ぶとは考えにくいのだ。こんなバカなことを繰り返していたら、この島も無人島となり、どんな国の人間が住み着くとも限らないことになるかもしれない。

 

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2018-01-18 アルカリ性の焼酎を新発売します

我社でアルカリ性焼酎を売り出すことになりました。お酒は殆ど全て酸性ですが、この焼酎は極めて稀なアルカリ性です。そのためマイルドな味わいとのど越しのよさを訴えてゆきたいと思っております。

実は、本日の日経新聞に以下のような書き出しで紹介されました。

 

鹿児島大学ミネラルウォーター製造販売のエスオーシー(SOC,同県垂水市)、焼酎メーカーの新平酒蔵(同県大崎町)はSOCが扱う天然アルカリ温泉水を用いた本格芋焼酎の開発を始めた。共同研究契約を結んでおり、今春以降の販売を予定する。多くの既存のアルコール飲料のように酸性ではなく、焼酎が苦手な人にも売り込める新たな特産品つくりを産学連携で目指す。

 「当初からの夢を事業として形にしたい」。SOCの草間茂行社長は意気込む。

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2018-01-15 他国の人とは考え方が違う

明けましておめでとうございます。先週、東京に行った折、「お前は最近ぜんぜんブログを更新していない」と、「おめでとう」ではなく「おめだま」を食らいました。一生懸命書きますので、本年もよろしくお願いいたします。


さて、本年も年初からそうぞうしい限りですが、例の慰安婦問題で、またまた韓国がテーブルをひっくり返してしまいました。お隣の国でさえも、これほど考え方が違うのです。事実、昨年は、ヨーロッパにしてもアメリカにしても、移民が大問題となっております。 

他国の人とはどうしても考え方が一緒ということにはならない。野球でもサッカーでも、外国人を入れれば強くなるように、移民を入れた方が、国は強くなりGDPは増えるのは、確かでしょう。しかし、それで国民一人ひとりが幸福になるかと言えば、むしろ逆であるからこそ、アメリカヨーロッパで大きな問題になっているのではないでしょうか。

たしかに、チームは強くなり国は栄えるかも知れませんが、様々なトラブル、問題が生じて、欧米の国民は最早、我慢が出来ない所まで来ているのでしょう。

人手不足で外国人を入れなければどうにもならない」という論もあるが、お年寄りとか、定職についていない若い人が結構いる。できるだけこういう人たちに働いてもらった方が、色々な面でいいように思う。

難民はともかくとして、移民は入れずに、多少力が弱くなっても、貧乏になっても、平安を求める、というのが結局のところいいのかもしれません。

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2017-12-29 今の相撲界に思う

今年の年末は相撲界の話題で沸騰した。煎じ詰めれば、相撲は神事かスポーツかということではないだろうか。

スポーツであるとすれば、例えばプロ野球ホームランが一番多かった人が文句なしにホームラン王で、品格も人格もない。ところが、相撲界では、一番強くても品格を求められるから話がこじれる。なかなか一番強い人が人格者とはならないのだ。

実は、12月8日のミーティングで私は、信長秀吉家康の比較論でこんな話をした。、

「(略)大久保彦左衛門の件にしても、家康を口汚くののしっていても、しかも結構公言していたにもかかわらず、家康は何の沙汰も下さなかったということでも、家康の心の一端を知ることができる。もし、信長秀吉であれば、問答無用、一発で殺されていただろう。徳川家がまだ弱小の頃、家康をとことん悩ませた一向一揆に参加した者は言うに及ばず、その首謀者であった本田正信さえもが許されその後老中にまでなった。また信長長男信康を讒言(ざんげん)した酒井忠次を重用(ちょうよう)するなど、3傑の中でも抜きんでて秀でていると思っている。

 しかし、冒頭にも示したように、世の中の人の評判は、この3傑のなかで最低である。世の中の人の判断といえばそんなもんなのだろう。思うに、世間様というのは、その人の信条、哲学、倫理観、考え方などはどうでもよく、その人の業績こそが、唯一なのである。なるほど、業績という点では、信長秀吉の方がきらびやかである。結果、業績(地位や学歴も)こそが評価されて、今で言えば、大企業の社長とか、高級官僚、大金持ちが偉いのである。

 今角界で賑(にぎ)わせている問題をみればよく判る。一番強い横綱が偉いのであって、民衆が白鵬白鵬となびくものだから、理事会までそれに引っ張られてしまい、白鵬が「貴乃花の巡業部長の下では行きたくない」といえばそうなってしまう。番付(つまり勝敗)だけの世界なのに、強いだけを評価されて横綱になった途端、急に品格などと付け加えられたら、様々な矛盾が噴き出るのは当たり前だ。どんなに強くても、礼節を失していたり、きれいな立ち合いができなければ、ダメなのか、それとも強くさえあればいいのか、今の世の中の判断基準が問われているのである。

 政治の世界でも、不祥事を起こした数々の政治家が力があるからと、みそぎを受けたとして復帰する様をみていると、しみじみ、「この世の中は力」で、どんな勝ち方でも「この世の中は勝てば官軍」なのだと思わせられる。だれでも無論私も、人のことは表面(業績、会社で言えば売上げ)しか判らないのだから仕方がないことともいえるが・・・。かくして国会議員とか社長とかいっても誰も尊敬しなくなった。」

 今の相撲は西欧的なスポーツであり、相撲協会や危機管理委員会は西欧流である。私の意見と言えば、、日本的な神事として、これまでの長い伝統を守ってもらいたい。強いだけでは横綱にはなれない、と。しかしこれは至難のわざである。そういうやり方だと、実際問題として誰を横綱に選ぶか、極めてむつかしい。

今年一年ありがとうございました。では皆様、よいお年をお迎えください。

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2017-10-25 大陸から難民が押し寄せてきたら!?

「もし中国が政情不安となれば、大量の難民が押し寄せる可能性がある」という。

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アラブの春アラブの冬へと転じ、その結果、シリア難民危機が発生した。「アラブの春」に巻き込まれた四か国の人口は約1億2200万人(エジプト8200万人、チュニジア1089万人、リビア620万人、シリア2285万人)で、中国の10分の1にも満たない。この四か国では11年の「アラブの春」以降にISISイスラム国)が登場し、シリアは今なお戦火のさなかにある。他の三国も革命前の生活水準回復せず、高失業率は昔のままで、職を持たない大量の青壮年人口が社会不安の要因となっている。シリアなどイスラム系諸国の難民がどっと押し寄せたヨーロッパ大陸は混乱のなかで「安全」を失った。

 

2016年末における中国の人口(香港マカオを含めず)は13億8300万人である。「アラブの春」の経験を前にすれば、中国という世界一の人口大国に深刻な社会的混乱をもたらすような革命が発生すれば、隣国の日本は大変なことになる。オハマ大統領が「弱い中国は強い中国よりもなおいっそう脅威である」と語った真意はそこにある。それは「アラブの春」が長い「アラブの冬」に転じてしまった痛切な教訓に基づいているのだ。

中国は改革・開放政策を開始してほぼ40年、生態環境の犠牲と労働者の生命・福利厚生を代償にして経済成長を遂げ、中国人にしっかり飯を食わせることだけは果たしてきた。しかし今後、中国が、十分に食料を与えられなくなったり、若者に職を持たせられなくなった場合、内戦までは考えられない。というのも、軍や警察という暴力装置を完全に掌握しているし、報道管制はますます強固に待っているので、内戦や反乱が起こり、国が破壊するというのは考えにくい。しかし、我慢の限界を越えた民衆の暴動、その結果の棄民、難民は十分ありうる。この事実の経験に基づくなら、「中国問題」経の思考には新たな視角が必要である。国際社会中央政府がいつ崩壊するのだろうかと空想に思いを馳せるよりも、この崩壊寸前の国にどう対処すべきかを真剣に考えたほうがよいだろう。

以上が、上記著書「中国」の要約である。

ところで先日、NHK「英雄たちの選択」では、壬申の乱(672年)の少し前、朝鮮半島では、新羅・唐の連合軍に敗れた百済の人たちが、何千人も難民となって日本にやってきた。その一人が滋賀県日野町に鬼室神社に鬼室集斯という人物が祭られているという。今から1300年以上も前に、日本海を超えて来たというのは驚きだ。今では容易に渡って来るだろう。

昨日、中国共産党の党大会が閉幕し、ますます習1強の度合いを強めており、強国をめざすと表明しており、余りいいことではないが、一方では、国内が締まって内乱が起きにくく、難民が押し寄せる可能性が少ないともいえる。

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2017-08-25 補助金が余りにも簡単に詐取されている

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森友学園が9200万円もの巨額のお金を詐取したという。

詐取する側が悪いのは言うまでもないが、易々と騙し取られる側に、もっと怒りを感ずる。もともと、この補助金というのが問題だ。出す方も貰う方も、双方ともに、問題があり過ぎる。以前提案したことがあるが、貰う方は徹底的にプラスだけだ。「その分少しは痛い」という面をもってもらってこそ、バランスがとれる。

何でもそうだが、圧倒的にプラスだけというものは、この世にはないという風にしたほうがいい。例えば、補助金をもらう側の経営者には、給与を公開させる。出す方は、天下り先にはしないとか、発注を禁ずるとか、プラスもあればマイナスもあるというようにしなければならない、と思います。

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2017-07-27 補助金詐取について思う

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籠池夫妻が逮捕されるようだ。容疑は、補助金を不正に受け取ったということですが、私は前々から、この補助金行政に大きな疑問を持ってきた。

この籠池夫妻を例にとると、2億円にも達する巨額のお金を、いくつもの案件で、しかも数十回にも及び不正に受け取っていたようだ。勿論、夫妻が逮捕されるのは当然とも言えようが、問題は、そんな巨額のお金を数十回にも及びだまし取られた側に、大きな問題がある。

世に騙される例は多々ある。例えばオレオレ詐欺にしても、騙された人は相当な痛みを伴う。しかし、この詐欺事件の場合、誰がその責を負うのだろうか。

先般、文科省が多数の大学や学校に補助金を与え、その見返りに、出向、天下りを繰り返していたいたことが、明るみになった。補助金を詐取された場合、相当な責を負う仕組みにならなければ、今後もこうしたずさんなことが繰り返されるに違いない。

また、受け取る側は受け取る側で、それ相応の痛みがなければ、全くの「もらい得」になる。少なくとも、その代表者くらいは、全収入をディスクローズするようにすれば、安易な補助金要請は減るのではないだろうか。

だいたい!2億円もの大金を利益で出そうとすれば、売上げを100億円も増やさなければならない大変な大事(おおごと)のことなのだ。それを、易々と騙し取る、騙し取られる、こんなことがあってはならないと痛切に思う。

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2017-07-10 明治期、日本初の軍艦建造に思う

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垂水の道の駅に、垂水で日本初の軍艦を作ったという記念碑を作ると聞き、多少の寄付をした。上の読売新聞の写真は、垂水道の駅に建てた模型である。今後もこの程度の、身の程に応じた寄付はして行きたい。一つの義務でもあると思っている。

 ところで寄付といえば、先日ゴルフの帰り道、友人より興味深いお話を聞いた。

大阪中之島公会堂を作った岩本栄之助北浜の風雲児と呼ばれた相場師で、母親から「大阪には鴻池や大林組があるのに何でお前が・・・」と諭(さと)されたが、建設費として当時巨額の100万円を寄付した。しかしその後仕手戦に敗れ自殺したそうである。

 

 この話を聞いて、私は当初「調子に乗って散財や寄付をするのは気を付けなければならない」と感じたが、よくよく考えると、これは少し世の中が間違っているのではないだろうか。

 というのも、100万円もの巨額を市に寄付した行為は極めて立派な行為だ。その後、その人が倒産の憂き目に遭(あ)うようなことがあれば、せめて半額でも返してあげるようなシステムになっていれば、もしそれで、岩本さんが立ち直れたら、彼はその後どれだけ市に貢献をしたか判らない。また、市民が、その様を見れば、私も私も、といろいろな事業に寄付してくれるに違いないのだ。

 今のシステムでは、折角の立派な行いに極めて冷たい処遇となっているから、私が当初「調子に乗って散財や寄付をするのは気を付けなければならない」と感じたように、寄付はなかなか集まらないのだ。政治というものの果たす役割は途方もなく大きい。

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2017-06-07 リスクを理性的に判断する

熊本地震(くまもとじしん)は、気象庁震度階級では最も大きい震度7を観測する地震2016年4月14日夜および4月16日未明に発生したほか、最大震度が6強の地震が2回、6弱の地震が3回発生している。日本国内震度7の観測事例としては、4例目(九州地方では初)および5例目に当たり、一連の地震活動において、現在の気象庁震度階級が制定されてから初めて震度7が2回観測された。また、一連の地震回数(M3.5以上)は内陸型地震では1995年以降で最多となっている。

 つまり、これ程強い地震に見舞われたのは、日本の有史以来初めてのことだった。ここで注目したいのは、そのような強烈な地震の中心地の益城町にあっても、下記資料にもあるように2000年以降に建てられた建物のうち55.4%は無被害だったという事実である。

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桜島噴火に対して、大学の先生が「ゼロではない」という。当たり前だ。ゼロではないのは誰もが分かっている。しかし「ゼロではない」といわれれば、行政は責任を負いたくないかどうかは知らないが、次に来てもいいように、つまり必ず来ると想定して過大な準備を強いる。「ゼロではない」がいつの間にか「100%」に変質してしまう。

 口の永良部島にしても、一回限りの噴火だった。「ゼロではない」から、行政は全島避難を島民に強制した。その後2年間全く噴火がなかったのに踏まえて、島民をようやく帰島させたが、いかんせん長すぎた。島は見る影もなく荒れ果てており、回復は最早不可能に近いという。本当にここまでの犠牲を払わなければならなかったのか。

 もう一度当時を振り返ってみよう。新岳から噴火し、噴煙が火口から約10,000メートルの高さまで達したのは2015年5月29日9時59分のことだった。そして全島避難緒命令が下された。「ゼロではない」が「100%」に変質した瞬間である。それまで、地震予知専門家で誰も警鐘を鳴らした人もなく、余りに突然のことだったので、全島民が身支度を整え、 同島本村港より屋久島町営フェリー太陽にて避難先である屋久島に向け全島民避難したのは15時40分だった。つまり6時間近くも経っていた。しかもその間に、向江浜地区で犬の散歩をしていた男性が一人やけどをしただけだったのである。

 噴火をそれ程恐れるなら人口は137人( 世帯数82戸)しかいないのだから港に中古の船を一漕待機させておけばそれで済むのではないか。それこそ今度は、せいぜい2時間もあれば全員集合できるようし、前のことを考え併せれば人に被害が及ぶとは考えにくい。こんなバカなことを繰り返していたら、この島も無人島となり、どんな国の人間が住み着くとも限らないのだ。

 

 確かに地震も、火山も、テロも怖い。問題はそれに遭遇する確率である。これこそ理性である。それに引き換え、もっともっとリスクのある自動車運転やお風呂に入ることは平気である。

 自然災害ばかりでなく、我々が生きて行く中で、様々な危険に出逢う。その濃厚を冷静に理性的に見つめ、リーズナブルに対処することがなにより大切ではないだろうか。

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2017-04-25 ひよっこの高校の画像が私の母校の松本深志高校

NHKひよっこ」の主人公がいよいよ高校を卒業して東京へ旅立つことになりました。

実は、先週東京で、毎年春秋恒例の高校の同窓会があったのです。私もできるだけ出席してきたのですが、今回は欠席しました。出席した同級生から「ひよっこに出ているのは我々の母校だということだった」と連絡があったのです。

私も前々から、似たような学校だとは思っておりましたが、まさか本当!?とは思わなかったのですが、学校が相当古いからという理由で選ばれたようです。

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少し古いですが、この写真は2006年の時に撮ったものです。あの頃はみなさんお元気でした。

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2017-04-24 今の若者は辛抱が足りない

フランス大統領選が大変注目されます。

アメリカでもイギリスでもそうでしたが、フランスの若者が政府を恨み投票する風景を見るにつけ、つくづく今の若者は辛抱我慢が足りないと思います。

今朝のNHK連ドラ「ひよっこ」を思い出しました。出稼ぎに行ったお父さんが行方不明になり仕送りが途絶えたために、主人公が高校卒業と同時に東京へ働きに行き、お父さんに替わって仕送りをしようと、誰を恨むでもなく明るく母親に告げるシーンに感動的でした。

しかし思えば、高卒ならまだいい方で、「おしん」は小学校も上がれずに、口減らし奉公に行きました。7歳や8歳では一人前の仕事もなく、できるといえば子守くらいしかなかったのでしょう。仕送りをする稼ぎなどあるはずもなく、ただ口減らしのために故郷を出たのです。そのおしんもまだいい方だというのです。先日逝去されました同じ山形出身の渡辺昇一さんは「おしんはまだいい方で、当時の山形では平均的だった」と、おっしゃっていました。「本当かいや!?」とも思ったのですが、確かに小作人ではあったが家は自分のものだったようだし、きっとそうなんでしょう。それほど、当時の日本は貧しかったが、みんな一生懸命生きて今日の日本を作りました。

ここからそれ程遠くはない所に五木村があります。私の知人が五木の出身で、中学校卒ながら大きな会社の専務さんになられました。「五木は朝10時に日が昇り2時には日が陰る。そんな貧乏なところだからみんな中学校を出れば集団就職で故郷を出た」と。いつも素晴らしいお話をされるので、一度わが社に講演に来ていただきました。

その五木の子守唄でも、

“おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ヤおらんど、 盆が早よ来りヤ 早よもどる”とありますが、

『私は、盆までの約束で、子守に来ているけど、盆になれば家に戻れる。早く盆が来てくれればもっと早く帰れる』とうたった歌です。しかしこれもはかない夢で、盆になっても帰郷できずそのままずっと奉公を続けたというのが現実ではなかったでしょうか。7〜8歳の年端もない小さな体では、赤ちゃんは途方もなく重く骨身にこたえたことでしょう。それよりもっと辛かったのが家族と離れていたことだったのです。

こういう辛抱を考えれば、今の若者は相当なことを我慢できると思うのです。辛いときは「おしん」のことを思い、五木の子守唄をうたって、是非乗り越えてほしいと・・・・。

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2017-04-17 ようやく満開です

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東京の方はもう2週間も前に満開になったそうですが、写真の技術がつたなく良く分かりづらいですが、こちらもようやく満開となりました。つつじと伴に今盛りです。

川向こうに見える青い屋根とその周りが、当社の本社と工場です。写真ではそれ程に見えませんが、川幅は約100Mもあります。

こちらへお越しの節は、是非お寄りください。

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2017-04-11 吉野桜はまだ4分咲き!?

ようやくこちら鹿児島も3〜4分咲きというところです。東京などに比べれば随分遅い開花だったのですが、先日TVで解説しておりました。

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ここ垂水は、既に吉野桜の南限に近く、やっとやっと咲いてくれているというのが実情で、このまま地球温暖化が進めば、桜が咲かなくなることも考えられるというのです。そうなれば悲劇です。どうりで、ここでは、山の頂上から咲き始めるはずです。以前から不思議な現象だと思っておりました。

温暖化弊害が叫ばれて久しいですが、余り世の中、変わらない方がいいですね。

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2017-03-24 補助金の不正

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読売新聞によれば、文科省からの違法な天下りが60件にもなるという。大体、お役人が法を破るというのは一体どういうことなのだろう。大学が文科省から補助金をいただくというのが、根っこにあるからだろう。補助金をもらうには、心証を良くしなければならないから、いらないという人でも、受け入れざるを得ないという構造になっている。

こんどの学校法人森友学園」にしても、実に安易に補助金を与えている。出す側は、自分の金ではないし将来自分の身のためになるかもしれない。もらう側は、できるだけ多くもらった方が得だという‘のほうず’の構造が問題なのだ。

そこで提案である。補助金をもらう側は、役員全員の給与をディスクローズするということにする補助金をもらうなら、余り法外な給与を受け取れないということになるなら、結構自己抑制が効いてくるのではないだろうか。

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2017-01-14 「海賊とよばれた男」に感動した

当時、石油のメジャー7社は、日本を彼らの支配下に置こうとしていた。日本の元売各社もそれに従っていたが、出光のみは自主独立路線で行こうとしていた。それ故様々な妨害、いやがらせにあった。ことあるごとに村八分にされていた。当時、イランは、石油の国有化宣言をし、イギリスとは、戦争寸前で、イギリスを恐れた世界各国とメジャーは、経済封鎖をしていた。その包囲網を突き破って、日本の一会社がイランから輸入しようと、社員二人が旅立ち、給油の為にイランの地方空港に立ち寄った。 

客のほとんどがイラン人だった。多くが民族衣装を着ていて、背広姿の者は数えるほどしかいなかった。窓から眺める景色は茶色い山と砂漠ばかりで、緑はまったくと言っていいほどない。パキスタンからアフガニスタンイランへと続く土地は、まさしく荒涼たる土地だった。

やがて二人を乗せた飛行機は給油のためにイランのザへダン空港に着陸した。二人はいったん飛行機から降りた。空港は砂漠の真ん中にあり、周囲に建物はひとつもなかった。ターミナルビルの代わりにテント張りの建物があるだけだった。その中に木製のベンチが二つ置かれていた。これが世界最大の石油埋蔵量を誇る国の空港かと思うと、正明は胸を衝かれる思いだった。イギリスは五十年にわたって、この国の財産をほしいままに吸い尽くし、何も与えなかったのだ。イラン国民のイギリスに対する激しい憎悪の理由がわかる気がした

イギリス軍に撃沈される恐れを潜り抜け、ついにペルシャ湾に入った。

北上する日章丸から見て、右岸イラン左岸イラクだった。両岸ともナツメヤシの木が一面に生い茂り、その間に現地住民の土作りの粗末な家が見えた。その向こうには茶色の砂漠が見える。シャット・アル・アラブ河を航行するタンカーは久しぶりだったせいか、両岸の住民たちが日章丸を珍しそうに眺めた。乗組員たちが手を振ると、何人かは手を振って応えた。そののどかな光景に、新田もつい緊張が緩んだ。

 右舷はるか前方に何本もの細長い角のようなものが見えてきた。アバダン製油所の煙突だった。

 さらに進むと、銀色に輝くタンクが見えてきた。新田はそれを見て思わず唸った。タンクの数は無数とも言えるほどの数だった。これほど巨大な製油所はアメリカでも見たことがない。岸一面、まさしく見渡すがぎり、地平線のかなたまで製油所の施設が立ち並んでいる。世界一の製油所というのは嘘ではなかった。

しかしそれ以上に新田を驚かせたものがあった。それは港を取り囲んでいた何万人という群衆だった。国岡商店がイランの石油を購入する計画イラン国民にも極秘事項であったが、日の丸をはためかせた巨大タンカーがシャット・アル・アラブ河を遡上するにしたがって、噂が僚原の火のように広がり、日章丸がアバダンに着いたころには、すでに熱狂的な市民が港に押し寄せていたのだ。手を振りながら懸命に走っている子供たちの姿も見える。

長い経済封鎖によって困窮に喘いで完イランの民衆にとって、はるか極東の国からあらわれた巨大タンカーは救世主のように見えたのかもしれない。イラン人たちの?げる歓呼の声は新田の胸を熱くした。ふと隣を見ると、二等航海士の大塚が声も出さずに泣いていた。



そして遂に、石油を満タンに積み込んだ日章丸が、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて川崎埠頭に帰ってきた。

「諸君、ありがとう!」と銭道は言った。「君たちの奮闘に、国岡銭造、心から礼を申し上げる」。銭道はそう言って深々と頭を下げた。

「今、東京地裁で日章丸の石油の仮処分をめぐって裁判がおこなわれているが、わがほうが断然優勢である。この裁判は必ず勝つ!」 乗組員の間に歓声が起こった。

「諸君らは今、ひとつの歴史を作りあげた。国際石油カルテルの壁に矢を打ち込み、日本人の誇りと強さを世界に示した。そして、イランと日本の橋渡しを為し、日本の石油業界の未来に火を灯した」。繊道は言いながら、もはや溢れる涙を止めることができなかった。

「諸君らの偉業は、日章丸の名前とともに、この後、何十年経とうと、けっして忘れられることはないであろう」。乗組員たちも全員泣いていた鋳造の横に立っていた新田も、正明も武知も泣いていた。正明は思った。辛かった日々は、すべて、この日の喜びのためにあったのだ。

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2017-01-10 念頭に当たり、近隣諸国との関係を考える

あけましておめでとうございます

年末年始にかけて海賊とよばれた男」(百田尚樹)を読みましたが非常に面白かった。

戦前戦後、欧米のビッグスリーが世界の石油を牛耳っていた。この支配に反抗し立ち向かった出光佐三氏の一代記である。氏の偉大さに改めて敬服したが、下巻のP14にこのようなくだりがあった


アメリカはいったい日本をどうしたいのだ」

鋳造(佐三氏のこと)は店主室に武知を呼んで、「ストライク報告」について訊ねた。

「最初、GHQには日本の工業力をつぶして、農業国にしてしまおうという意図があったようです」

「日本をかつての東南アジアのように、自分たちの商品を売るための市場にするつもりでいるのだな」

鋳造は今さらながら傲慢な欧米人に対する怒りがこみあげてきた。

 白人たちに植民地にされたフィリピンベトナムインドネシアもマレーも悲惨だった。彼らはいっさいの工業力を与えられず、ただ資源を搾取され、そしてその奪われた資源で作られた製品を買わされるという二重の搾取をされていた。白人たちはそうやって百年も彼らを支配し、ネジひとつ作ることのできない国にしてきたのだ。

 鍼造がそれを言うと、武知は「そのとおりです」と言った。

アメリカは日本が朝鮮半島満州を侵略したと糾弾しますが、日本は朝鮮においても満州においても台湾においても、おびただしい資本を投入して、さまざまな施設を作り、法を整備しました。ダムを作り、発電所を作り、学校を作りました。おそらく朝鮮満州台湾も、この投資を基にこれから大いに発展するでしょう」


今お隣の韓国慰安婦問題が蒸し返され、ある市民は「日本は韓国植民地にしたのを全く反省していない」と怒っていた。私は、昔の日本陸軍がそのまま続くよりは、まだアメリカに敗戦した方がましと思っているが、当時の欧米列強植民地政策とは全く違っているということを知ってもらいたいと強く思う。日本統治が比較的長かった台湾韓国中国が、この小説の指摘の如く非常に早く復興を成し遂げたのは、欧米の植民地政策とは一線を画すものだった。

この際もう一言付け加えたいが、日本は戦後世界に類のないような平和憲法を守ってきたが、相手国の、尖閣竹島北方領土などの決して平和的とは言えない態度を憂えている。

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2016-12-29 真実を知るのはむつかしい

今年もいよいよ押し迫ってまいりました。色々お世話になりありがとうございました。

さて、年末に当たってではありますが、我々が実際に体験する割合と言えば、マスコミや本で知る経験の何十分の一でしょう。従ってマスコミや本に我々は刷り込まれているともいえるわけです。

熊本地震を例に考えてみよう。今年震度7大地震が2度までも熊本を襲った。ほとんどの人は一生涯に一度も震度7という激震を経験することはないだろう。それが続けて2日も襲ってきたのだ。

先日、用事のついでに熊本地震の中心部益城町へ行ってみた。本当の中心地までは、道路規制で入れなかったが、奇妙なことに、建物がバラバラになって見るも無残な建物があるかと思えば、すぐ隣が何でもなかったように立っている家もあるのだ。不思議に思って調べてみたら、震度7 が連日襲った益城町でも。2000年以降に建った家の55.4%は無被害だったというのだ。

我々は、毎日毎日、バラバラに崩壊した建物や塀をTVで見続けてきたので、あたかも全滅に近い印象を持っているが、思えばTVは、最も極端な悲惨な画面だけを選び出して、放映し続けるのである。無傷で建物を移しても災害報道にはならないのである。見ている我々は、それによって、判断を誤ってはならないのだ。

何が真実か、見る目を養うことが肝要だ。

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2016-12-14 集団わいせつ事件の東大生。本当に頭がいいの?

 東京地裁では5カ月前に起きた東大生による集団わいせつ事件の残る最後の1人の判決が出た、とTVが報じていた。つい先日は千葉大医学部生、慶応早稲田と有名大学生が次々と事件を起こしている。これを報じるTVの「頭のいい学生たちが・・・・」という表現が気になった

 果たして、この連中は本当に頭がいいのだろうか。単に勉強ができただけではないのか。これに関連して、渡辺昇一さんの昔読んだ本を思い出した。

勝ちぐせ」人生を生きろ! 一流人に学ぶ自分の壁攻略方

          渡辺昇一著 三笠書房 2001年刊

 学校で教えることというのは、計りやすい知力を教えるのである。心理学の分析によると、人間は理論的には百二十ぐらいの因子を持つらしいが、このうちの七十いくつかは計ることができないという。せいぜい四十いくつかが計れるだけだというのである。学校において教えるのは、この四十いくつかの計れる部分のものだけだということだ。

 例えば、数学について考えるとよくわかる。数学の力というのは、良いか悪いかは試験をすればすぐにわかる。点数として計ることができるのだ。これに対して、ゴッホに限らず、絵の評価となると、人それぞれまちまちで、何がうまくて、何がへたなのかさえわからない。ゴッホを最初からうまいと言った人はいないのだ。このように、計れないものを教えようというのは土台無理があるのである。

 要は、「人間にとって一番重要なことは学校では教えられない」ということだ。このことは心しておいた方がいいと思う。

 例えば、実際問題として本当に知りたいのは、どうやったらお金を儲けることができるのかとか、若い人ならば、どうすれば異性の気持ちをつかまえられるのかといったことだろう。今の御時勢なら、さしずめ株価の動きはどうなるのかとか、来年は一ドル何円になるのかといったことだろう。

 学校で教えられるようなことだけ、つまり、答えがわかって点数として計算しやすいものだけを出題するのである。

 点数で計算できない人生の知恵は学校では教えられないし、また教えてはくれない。ならば自分で学ぶより他に方法はないのである。知識はあくまでも知識なのであって、それ以外の何物でもない。だから、これに左右されると、いつまでも生の人生に触れることができなくなる。だから、ある意味では、知を捨て街に出よう、というのは正しい選択だと思うのである。

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