天然アルカリイオン水『温泉水99』の社長日記                           ・・・水と食料と環境あれこれ・・・

2017-04-25 ひよっこの高校の画像が私の母校の松本深志高校

NHKひよっこ」の主人公がいよいよ高校を卒業して東京へ旅立つことになりました。

実は、先週東京で、毎年春秋恒例の高校の同窓会があったのです。私もできるだけ出席してきたのですが、今回は欠席しました。出席した同級生から「ひよっこに出ているのは我々の母校だということだった」と連絡があったのです。

私も前々から、似たような学校だとは思っておりましたが、まさか本当!?とは思わなかったのですが、学校が相当古いからという理由で選ばれたようです。

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少し古いですが、この写真は2006年の時に撮ったものです。あの頃はみなさんお元気でした。

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2017-04-24 今の若者は辛抱が足りない

フランス大統領選が大変注目されます。

アメリカでもイギリスでもそうでしたが、フランスの若者が政府を恨み投票する風景を見るにつけ、つくづく今の若者は辛抱我慢が足りないと思います。

今朝のNHK連ドラ「ひよっこ」を思い出しました。出稼ぎに行ったお父さんが行方不明になり仕送りが途絶えたために、主人公が高校卒業と同時に東京へ働きに行き、お父さんに替わって仕送りをしようと、誰を恨むでもなく明るく母親に告げるシーンに感動的でした。

しかし思えば、高卒ならまだいい方で、「おしん」は小学校も上がれずに、口減らし奉公に行きました。7歳や8歳では一人前の仕事もなく、できるといえば子守くらいしかなかったのでしょう。仕送りをする稼ぎなどあるはずもなく、ただ口減らしのために故郷を出たのです。そのおしんもまだいい方だというのです。先日逝去されました同じ山形出身の渡辺昇一さんは「おしんはまだいい方で、当時の山形では平均的だった」と、おっしゃっていました。「本当かいや!?」とも思ったのですが、確かに小作人ではあったが家は自分のものだったようだし、きっとそうなんでしょう。それほど、当時の日本は貧しかったが、みんな一生懸命生きて今日の日本を作りました。

ここからそれ程遠くはない所に五木村があります。私の知人が五木の出身で、中学校卒ながら大きな会社の専務さんになられました。「五木は朝10時に日が昇り2時には日が陰る。そんな貧乏なところだからみんな中学校を出れば集団就職で故郷を出た」と。いつも素晴らしいお話をされるので、一度わが社に講演に来ていただきました。

その五木の子守唄でも、

“おどま盆ぎり盆ぎり 盆から先ヤおらんど、 盆が早よ来りヤ 早よもどる”とありますが、

『私は、盆までの約束で、子守に来ているけど、盆になれば家に戻れる。早く盆が来てくれればもっと早く帰れる』とうたった歌です。しかしこれもはかない夢で、盆になっても帰郷できずそのままずっと奉公を続けたというのが現実ではなかったでしょうか。7〜8歳の年端もない小さな体では、赤ちゃんは途方もなく重く骨身にこたえたことでしょう。それよりもっと辛かったのが家族と離れていたことだったのです。

こういう辛抱を考えれば、今の若者は相当なことを我慢できると思うのです。辛いときは「おしん」のことを思い、五木の子守唄をうたって、是非乗り越えてほしいと・・・・。

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2017-04-17 ようやく満開です

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東京の方はもう2週間も前に満開になったそうですが、写真の技術がつたなく良く分かりづらいですが、こちらもようやく満開となりました。つつじと伴に今盛りです。

川向こうに見える青い屋根とその周りが、当社の本社と工場です。写真ではそれ程に見えませんが、川幅は約100Mもあります。

こちらへお越しの節は、是非お寄りください。

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2017-04-11 吉野桜はまだ4分咲き!?

ようやくこちら鹿児島も3〜4分咲きというところです。東京などに比べれば随分遅い開花だったのですが、先日TVで解説しておりました。

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ここ垂水は、既に吉野桜の南限に近く、やっとやっと咲いてくれているというのが実情で、このまま地球温暖化が進めば、桜が咲かなくなることも考えられるというのです。そうなれば悲劇です。どうりで、ここでは、山の頂上から咲き始めるはずです。以前から不思議な現象だと思っておりました。

温暖化弊害が叫ばれて久しいですが、余り世の中、変わらない方がいいですね。

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2017-03-24 補助金の不正

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読売新聞によれば、文科省からの違法な天下りが60件にもなるという。大体、お役人が法を破るというのは一体どういうことなのだろう。大学が文科省から補助金をいただくというのが、根っこにあるからだろう。補助金をもらうには、心証を良くしなければならないから、いらないという人でも、受け入れざるを得ないという構造になっている。

こんどの学校法人森友学園」にしても、実に安易に補助金を与えている。出す側は、自分の金ではないし将来自分の身のためになるかもしれない。もらう側は、できるだけ多くもらった方が得だという‘のほうず’の構造が問題なのだ。

そこで提案である。補助金をもらう側は、役員全員の給与をディスクローズするということにする補助金をもらうなら、余り法外な給与を受け取れないということになるなら、結構自己抑制が効いてくるのではないだろうか。

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2017-01-14 「海賊とよばれた男」に感動した

当時、石油のメジャー7社は、日本を彼らの支配下に置こうとしていた。日本の元売各社もそれに従っていたが、出光のみは自主独立路線で行こうとしていた。それ故様々な妨害、いやがらせにあった。ことあるごとに村八分にされていた。当時、イランは、石油の国有化宣言をし、イギリスとは、戦争寸前で、イギリスを恐れた世界各国とメジャーは、経済封鎖をしていた。その包囲網を突き破って、日本の一会社がイランから輸入しようと、社員二人が旅立ち、給油の為にイランの地方空港に立ち寄った。 

客のほとんどがイラン人だった。多くが民族衣装を着ていて、背広姿の者は数えるほどしかいなかった。窓から眺める景色は茶色い山と砂漠ばかりで、緑はまったくと言っていいほどない。パキスタンからアフガニスタンイランへと続く土地は、まさしく荒涼たる土地だった。

やがて二人を乗せた飛行機は給油のためにイランのザへダン空港に着陸した。二人はいったん飛行機から降りた。空港は砂漠の真ん中にあり、周囲に建物はひとつもなかった。ターミナルビルの代わりにテント張りの建物があるだけだった。その中に木製のベンチが二つ置かれていた。これが世界最大の石油埋蔵量を誇る国の空港かと思うと、正明は胸を衝かれる思いだった。イギリスは五十年にわたって、この国の財産をほしいままに吸い尽くし、何も与えなかったのだ。イラン国民のイギリスに対する激しい憎悪の理由がわかる気がした

イギリス軍に撃沈される恐れを潜り抜け、ついにペルシャ湾に入った。

北上する日章丸から見て、右岸イラン左岸イラクだった。両岸ともナツメヤシの木が一面に生い茂り、その間に現地住民の土作りの粗末な家が見えた。その向こうには茶色の砂漠が見える。シャット・アル・アラブ河を航行するタンカーは久しぶりだったせいか、両岸の住民たちが日章丸を珍しそうに眺めた。乗組員たちが手を振ると、何人かは手を振って応えた。そののどかな光景に、新田もつい緊張が緩んだ。

 右舷はるか前方に何本もの細長い角のようなものが見えてきた。アバダン製油所の煙突だった。

 さらに進むと、銀色に輝くタンクが見えてきた。新田はそれを見て思わず唸った。タンクの数は無数とも言えるほどの数だった。これほど巨大な製油所はアメリカでも見たことがない。岸一面、まさしく見渡すがぎり、地平線のかなたまで製油所の施設が立ち並んでいる。世界一の製油所というのは嘘ではなかった。

しかしそれ以上に新田を驚かせたものがあった。それは港を取り囲んでいた何万人という群衆だった。国岡商店がイランの石油を購入する計画イラン国民にも極秘事項であったが、日の丸をはためかせた巨大タンカーがシャット・アル・アラブ河を遡上するにしたがって、噂が僚原の火のように広がり、日章丸がアバダンに着いたころには、すでに熱狂的な市民が港に押し寄せていたのだ。手を振りながら懸命に走っている子供たちの姿も見える。

長い経済封鎖によって困窮に喘いで完イランの民衆にとって、はるか極東の国からあらわれた巨大タンカーは救世主のように見えたのかもしれない。イラン人たちの?げる歓呼の声は新田の胸を熱くした。ふと隣を見ると、二等航海士の大塚が声も出さずに泣いていた。



そして遂に、石油を満タンに積み込んだ日章丸が、あらゆる艱難辛苦を乗り越えて川崎埠頭に帰ってきた。

「諸君、ありがとう!」と銭道は言った。「君たちの奮闘に、国岡銭造、心から礼を申し上げる」。銭道はそう言って深々と頭を下げた。

「今、東京地裁で日章丸の石油の仮処分をめぐって裁判がおこなわれているが、わがほうが断然優勢である。この裁判は必ず勝つ!」 乗組員の間に歓声が起こった。

「諸君らは今、ひとつの歴史を作りあげた。国際石油カルテルの壁に矢を打ち込み、日本人の誇りと強さを世界に示した。そして、イランと日本の橋渡しを為し、日本の石油業界の未来に火を灯した」。繊道は言いながら、もはや溢れる涙を止めることができなかった。

「諸君らの偉業は、日章丸の名前とともに、この後、何十年経とうと、けっして忘れられることはないであろう」。乗組員たちも全員泣いていた鋳造の横に立っていた新田も、正明も武知も泣いていた。正明は思った。辛かった日々は、すべて、この日の喜びのためにあったのだ。

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2017-01-10 念頭に当たり、近隣諸国との関係を考える

あけましておめでとうございます

年末年始にかけて海賊とよばれた男」(百田尚樹)を読みましたが非常に面白かった。

戦前戦後、欧米のビッグスリーが世界の石油を牛耳っていた。この支配に反抗し立ち向かった出光佐三氏の一代記である。氏の偉大さに改めて敬服したが、下巻のP14にこのようなくだりがあった


アメリカはいったい日本をどうしたいのだ」

鋳造(佐三氏のこと)は店主室に武知を呼んで、「ストライク報告」について訊ねた。

「最初、GHQには日本の工業力をつぶして、農業国にしてしまおうという意図があったようです」

「日本をかつての東南アジアのように、自分たちの商品を売るための市場にするつもりでいるのだな」

鋳造は今さらながら傲慢な欧米人に対する怒りがこみあげてきた。

 白人たちに植民地にされたフィリピンベトナムインドネシアもマレーも悲惨だった。彼らはいっさいの工業力を与えられず、ただ資源を搾取され、そしてその奪われた資源で作られた製品を買わされるという二重の搾取をされていた。白人たちはそうやって百年も彼らを支配し、ネジひとつ作ることのできない国にしてきたのだ。

 鍼造がそれを言うと、武知は「そのとおりです」と言った。

アメリカは日本が朝鮮半島満州を侵略したと糾弾しますが、日本は朝鮮においても満州においても台湾においても、おびただしい資本を投入して、さまざまな施設を作り、法を整備しました。ダムを作り、発電所を作り、学校を作りました。おそらく朝鮮満州台湾も、この投資を基にこれから大いに発展するでしょう」


今お隣の韓国慰安婦問題が蒸し返され、ある市民は「日本は韓国植民地にしたのを全く反省していない」と怒っていた。私は、昔の日本陸軍がそのまま続くよりは、まだアメリカに敗戦した方がましと思っているが、当時の欧米列強植民地政策とは全く違っているということを知ってもらいたいと強く思う。日本統治が比較的長かった台湾韓国中国が、この小説の指摘の如く非常に早く復興を成し遂げたのは、欧米の植民地政策とは一線を画すものだった。

この際もう一言付け加えたいが、日本は戦後世界に類のないような平和憲法を守ってきたが、相手国の、尖閣竹島北方領土などの決して平和的とは言えない態度を憂えている。

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2016-12-29 真実を知るのはむつかしい

今年もいよいよ押し迫ってまいりました。色々お世話になりありがとうございました。

さて、年末に当たってではありますが、我々が実際に体験する割合と言えば、マスコミや本で知る経験の何十分の一でしょう。従ってマスコミや本に我々は刷り込まれているともいえるわけです。

熊本地震を例に考えてみよう。今年震度7大地震が2度までも熊本を襲った。ほとんどの人は一生涯に一度も震度7という激震を経験することはないだろう。それが続けて2日も襲ってきたのだ。

先日、用事のついでに熊本地震の中心部益城町へ行ってみた。本当の中心地までは、道路規制で入れなかったが、奇妙なことに、建物がバラバラになって見るも無残な建物があるかと思えば、すぐ隣が何でもなかったように立っている家もあるのだ。不思議に思って調べてみたら、震度7 が連日襲った益城町でも。2000年以降に建った家の55.4%は無被害だったというのだ。

我々は、毎日毎日、バラバラに崩壊した建物や塀をTVで見続けてきたので、あたかも全滅に近い印象を持っているが、思えばTVは、最も極端な悲惨な画面だけを選び出して、放映し続けるのである。無傷で建物を移しても災害報道にはならないのである。見ている我々は、それによって、判断を誤ってはならないのだ。

何が真実か、見る目を養うことが肝要だ。

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2016-12-14 集団わいせつ事件の東大生。本当に頭がいいの?

 東京地裁では5カ月前に起きた東大生による集団わいせつ事件の残る最後の1人の判決が出た、とTVが報じていた。つい先日は千葉大医学部生、慶応早稲田と有名大学生が次々と事件を起こしている。これを報じるTVの「頭のいい学生たちが・・・・」という表現が気になった

 果たして、この連中は本当に頭がいいのだろうか。単に勉強ができただけではないのか。これに関連して、渡辺昇一さんの昔読んだ本を思い出した。

勝ちぐせ」人生を生きろ! 一流人に学ぶ自分の壁攻略方

          渡辺昇一著 三笠書房 2001年刊

 学校で教えることというのは、計りやすい知力を教えるのである。心理学の分析によると、人間は理論的には百二十ぐらいの因子を持つらしいが、このうちの七十いくつかは計ることができないという。せいぜい四十いくつかが計れるだけだというのである。学校において教えるのは、この四十いくつかの計れる部分のものだけだということだ。

 例えば、数学について考えるとよくわかる。数学の力というのは、良いか悪いかは試験をすればすぐにわかる。点数として計ることができるのだ。これに対して、ゴッホに限らず、絵の評価となると、人それぞれまちまちで、何がうまくて、何がへたなのかさえわからない。ゴッホを最初からうまいと言った人はいないのだ。このように、計れないものを教えようというのは土台無理があるのである。

 要は、「人間にとって一番重要なことは学校では教えられない」ということだ。このことは心しておいた方がいいと思う。

 例えば、実際問題として本当に知りたいのは、どうやったらお金を儲けることができるのかとか、若い人ならば、どうすれば異性の気持ちをつかまえられるのかといったことだろう。今の御時勢なら、さしずめ株価の動きはどうなるのかとか、来年は一ドル何円になるのかといったことだろう。

 学校で教えられるようなことだけ、つまり、答えがわかって点数として計算しやすいものだけを出題するのである。

 点数で計算できない人生の知恵は学校では教えられないし、また教えてはくれない。ならば自分で学ぶより他に方法はないのである。知識はあくまでも知識なのであって、それ以外の何物でもない。だから、これに左右されると、いつまでも生の人生に触れることができなくなる。だから、ある意味では、知を捨て街に出よう、というのは正しい選択だと思うのである。

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2016-12-09 定年退職制の疑問(その3)

そもそも、会社と社員関係は、どちらが偉いということはない。53や4で辞めてもらうというのは、人がいくらでも採れた時代の会社側のおごりで、雇ってやっているという意識の表れだ。

もとより会社と社員はお互いにフィフティフィフティの関係である。どちらかが借りを作るのでもなければ貸しをつくるのでもない。対等である。役割が違うだけのはずだ。現役時代は、生活費を得るという点で収入は大切だ。そのため、時として辛いことややりたくないこと意にそぐわないこともやらなければならないこともあるだろう、また社員は常に切磋琢磨して少しでも直接的に会社に貢献することでそれに見合った対価を得るべきだと思う。

しかし、定年という仕事の面で一定の域、年齢を超えた時、会社と定年者はいかにあるべきかは、大切な命題である。定年を迎えた途端に、力が落ちたわけでもないのに給与が半分になるというのは理不尽だ。定年を期に仕事の内容・責任の度合・労働時間社会保障制度の変化に合わせて、段階的にある程度の水準にまで下げていくとしても、世間一般はあきらかに下げすぎだ。

定年過ぎたら、人生の大部分を注ぎ込んできた仕事からは幾分解放された方がいい。過去の経験や知識伝承する立場になったならば、ある面社会または会社への恩返しという念と自分の仕事に誇りを持ち、それを継承していく人たちを育成することに楽しみを感じながら、根(こん)を詰めない程度に、お金には代えがたい仕事を末永く楽しんでほしいと思う。

また、それを受け継ぐ人は、先輩方の今まで培(つちか)ってきた技能や知識または人脈を今の会社に同じように継続的に発揮してもらえるように、常に尊敬の念を持って接し、先輩の経験を伝承させてもらうというリスペクトの念を決して忘れないようにしたい。いずれは同じような時が来る時の自分の姿に置きかえて、いつまでもこの精神を大事にして次の世代に繋げて行くようであればいいなと思う。

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2016-12-06 定年退職制の疑問(その2)

昨今の日本企業は、55歳とか60歳になると組織のお荷物として一律高齢者扱して、一片の情もなく整理してしまう。

 大切なリソース経営資源である人、物、金)であるにもかかわらず、その大切な人材を、それまで積み上げてきた個々の経験や知識裏付けられる能力という面をあまりにも軽視し過ぎているのではないだろうか。重要なリソースとしての人材をこのように無駄遣いや使い捨てみたいなことばかり続けていると、人口減が加速する中で日本の国力(経済力)はどんどん下がる一方だ。

 1989年にバブルがはじけた後は30年近くもデフレが続き日本経済は停滞し続けている。そんな中、どうしても企業が生き残るには、もはや人件費コストを圧縮せざるを得なかったという現実があったのも否めない事実もあるが、この現象は、今の日本経済の負のスパイラル象徴するそのものとなっており、それが、今の景気低迷の大きな原因である。

 能力があろうがなかろうが味噌もくそも一緒くたにして一律一定の年齢になれば、例外なくまた有無を言わさず役職を取り上げて、明日からいきなり給料も半分以下、身分は新入社員やアルバイトと同等、それが嫌なら雇用継続はしないというような欧米型の極端な人事が横行するようになってしまった。老後の不安定さを考えれば、今日の消費を控えるほかないのである。

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2016-12-05 定年退職制の疑問

いつの日だったか、TVの「なんでも鑑定団」で出場した名誉教授は「給与はおろか研究費も一銭もなく、大学へ行くのに交通費も出ない」という。そこで、昔買った東海道五十三次の三枚の版画を売って研究費に充てたいと出品されたということだった。こんな冷遇にあいながらも、生涯の仕事として自腹を切ってでも研究する、こんな人が結構いるんだナと感心した反面、こういう立派な人に対して大学の経営者は何と思っているのだろうかと疑問に思った。 


「大学教授といえば格好よくみえるが案外薄給で、教授を辞めればやめたでもう全くの冷遇。よく○○大学名誉教授という肩書を目にするが、無事に円満に定年になると名誉教授という称号をもらえるらしいが、使えるのは肩書だけで特別な人を除けば研究費も出ない」と、かって大学の職員だった高校の後輩が言っていたのを思い出す。

これっていくらなんでもおかしくないかと、前々から思っていた。というのも、大学は研究が命だ。定年後でも、もしその人がいい研究成果を上げれば必ずその大学の名も上がるにもかかわらず、定年になったら即研究能力がゼロになるわけでもないだろうに、途端(とたん)に研究費ゼロというのは余りにも定年者を軽視しすぎているようにみえる。

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2016-08-23 金メダルを取った国と取れなかった国。どちらが幸福?

リオのオリンピックが昨日終わった。日本は41個のメダルに沸き立ったが、その何倍ものアメリカは、もっと喜びに包まれたかと言えば、そうとも言えないような気がした。

というのも、昔の日本はなかなかメダルが取れず、1928年(S3年)のアムステルダム織田幹雄三段跳び1936年(S11年)のベルリン前畑秀子平泳ぎで、それぞれ金を取ったが、この時の日本中の湧き上がり方は一方ならず、当時の日本人で、織田・前畑を知らなかったのは一人もいなかったのではないか。ラジオ中継でアナが興奮のあまり「前畑ガンバレ!」「前畑ガンバレ!」と絶叫したのは、その後20年経っても30年経っても語り継がれた程だ。

1つしか取れなかった国と100ケ取った国と、どちらが喜んだのだろうかと、フト思った。1つしか取れなかった国は、昔の日本のように、100倍喜んだのではないか。

人間の幸福というのは一概に言えないのかもしれない。

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2016-07-25 台湾の蔡英文さん、頑張れ

 異形の大国中国に翻弄される小国台湾。その台湾の先頭に立ち、健気にも凛々しく立ち向かわんとする蔡総統の姿に賞賛と声援を送りたいと思って参りました。

折しも、私の高校時代からの友人が「蔡英文台湾」を上梓されました。

蔡さんと台湾のご理解の一助になれば幸いです。

ご一読賜りますようお願い申し上げます。

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南日本新聞の記事によれば、台湾の「最も好きな国」は、日本が56%で第1位、2位が中国で6%、3位がアメリカで5%だったそうです。嬉しいですね。

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2016-06-21 ライフの清水会長は立派だ

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ライフの清水会長の意見が読売新聞に載っていた。

・格差が生じてきたことが問題だ

 ・低所得層が増えたのは60〜65歳の定年退職のせいだ

 ・高齢者が働けるようにすれば、社会保障も埋められる

 ・企業でも、成長だけを追い求めて崩壊した例は多い。ダ   

イエーやヤオハンがそうで、東芝の会計問題や三菱自動 

車の燃費偽装問題も、無理に成長を目指した結果だ。

将におっしゃる通りで、成長成長と駆り立てられた会社の将来性は非常に危うくなるばかりか、ムチを打たれ続けそこに働く社員は、どれだけ苦しい思いを虐(しいた)げられているか判らない。 

その挙句の果てに、会社は倒産とか、40歳以上はリストラというのでは、浮かぶ瀬がない。

 舛添前都知事ではないが、口と腹が、全く別という人もいるので、清水会長さんが、本当にこのような考え方かどうか軽々には判断できないが、少なくとも、おっしゃっていることは、誠に正しいし、齢(よわい)90にして尚かくしゃくとしており、年商4000億を超えるスーパーの創業者として今も軍団を引き連れている、というのは重い事実だ。

 

余談だが、北海道のスーパー、アークスの横山会長にしても、このライフの清水会長にしても、功成り名を遂げた人は人相がいい。

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2016-06-16 新社屋が完成しました

皆様のお陰様をもちまして新しい本社事務所に今週13日に引っ越しました。この間何かと気ぜわしくブログも長い休暇になってしまいました。

本社を新築した時が倒産のときとも聞きますので、気を引き締めて地道にコツコツ励んで参りたいと思っております。今後とも宜しくお引き立てのほどお願い申し上げます。

お陰様で、生産の方が大変忙しく、手を離せられない人には申し訳なかったですが、都合のつく人だけ集まってもらい記念撮影しました。

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2016-04-25 熊本地震に思う(その2)

 地震や火山の予知は、もし「わからない」としたら、全島避難というような強制は、余りにも住民に過酷を強いることになる。かと言って、住民の自己責任に任せるから、行政は何もしなくていい、ということでは無論ない。

 例えば前日例にあげた口永良部島噴火。大爆発があったのは、昨年5月29日9:59のことだった。何分にも突然のことで、避難準備が整わず、全員フェリーで脱出したのは、15:40だったという。6時間近くもかかったが、1人の犠牲者も出なかったという。

 そこで提案である。島に残るのは当然リスクもある。このリスクをできるだけ減じてあげるのが、行政の役割だろう。

 もし今後、噴火があった場合、残留か避難かは自己責任で決めてもらう。一方、行政は、廃船寸前の船を用意し港に常時待機させておき、「一旦ことあらば、必ず2時間以内に港に集合して欲しい。2時間後に出向して100M先の沖合に出て、救助船を待ちます」とすれば、犠牲者の出るのを防げるばかりか、何よりも、全島避難などという苛烈なことがさけられる。

 安易に「全員避難」というのではなく、若干のリスクはあっても、一工夫を是非して欲しいと思うのです。

 

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2016-04-21 熊本地震について思う。

熊本、大分で起こった大地震は、今でも余震が次々と発生し、住民の不安は極度に達している。地震学者を始め誰もが予想だにしなかった、地震の起き方やそれに続く大きな余震の連続で、結局、みなさん「前例がない」「わからない」という。

 

 そもそも御嶽や口の永良部島の火山の例や東日本大震災地震の例を見るまでもなく、誰も「わからない」のだ。それにもかかわらず「どんなものでしょうか」という問に対して、火山学者や地震学者は「ゼロではない!」という。高名な偉いといわれる先生ほど、威厳に満ちた口調でおっしゃる。実はこれがくせものなのだ。「ゼロではない」と言われれば、誰もが責任を取りたくないから、無難の方、無難の方へとなびいて行き、遂には「全員退去」となる。

 以前、ある県議からお聞きしたが、口の永良部から屋久島避難している人たちに慰問に行ったおり、涙ながらに「島に帰してくれ」と訴えられたという。半年以上も、家や田畑や家畜を放棄するというのは、想像を超える。それが、半年も経過して、殆ど何も起こらなかった。そして昨年末には帰島となった。

そもそも、その時「ゼロではない」と言うのではなく「わかりません」と言ってくれれば、「全島避難」などという極端なことにはならなかったのではないか、としみじみ思う。

 それにつけて思い出したが、もう10年も前だったろうか、TVの「たかじんのそこまで言って委員会」で、地震予知が可能かどうか聞かれた、東大地震学者ロバート・ゲラー教授>は、「わかりません」と、おっしゃった。「何と頼りのないことか」と強烈なもどかしさを感じたことを覚えている。しかし、その後の幾多の噴火地震の報に接するにつけ、ゲラー教授の率直さ、誠実さに、頭が下がる思いだ。

 何でも、国から予算が100億円も出ているという。それ故「わかりません」と言えないというのでは、違う形の“二次災害を引き出してしまうことにはならないだろうか。100億円!それはそれで結構でドンドン研究していただきたいが、予知を問われたら是非「わかりません」と言っていただきたいとしみじみ思う次第です。

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2016-02-15 シャープ再建。40歳以上も雇用を継続すべし

今、シャープは浮沈の瀬に立っている。ほんの少しではありますが株を持っている者として気になるところです。

これまで産業革新機構主導で再建を目指すと見られてきた。そうなれば「シャープ解体」で、株は無一文になる。ところが先日、台湾メーカーの鴻海(ホンハイ)精密工業の猛烈な巻き返しにあいホンハイの買収案を受け入れる方向に傾きつつあるようだ。これを受けて、株は無一文どころか上がり出している。

しかし、私はホンハイ会長の「40歳以下の雇用は約束する」という言明に大きな疑問を抱いた。

そもそも、日本という企業においては、初任給から勤続年数に応じて少しずつ昇給する。だから、上場企業でいえば、40代は20代の2〜3倍くらいになる。つまり「従業員の能力は毎年少しずつ成長していく」という楽観論というか性善説給与体系を組んでいる。

ところが、ホンハイの会長は、40歳以上は必要な人材とみていないというわけです。もし会長の目が高く、実際にシャープの40歳は成長しておらず市場的に価値がないとすれば、もうシャープの生き残る価値はないといっていい。そして極めて遺憾ながら、こういう見方は、日本企業全般にもみられる。ここ数10年、多くの大企業早期退職の募集がされてきたが、そのほとんどすべてにおいて「40歳とか45歳以上」というような年齢条件がついている。それまで十分な教育をしてこなかったのだろうか。もしそうであれば、日本に明日はないといってもいい。従業員は年々進歩成長するという、日本のこれまでの慣習を信じないということなのでしょう。私は、この考え方に異論があります。

以下は今週の議事録からです。


以前私が、毎週のミーティングの議事録に次のように書いていたのを覚えている方もいらっしゃると思います。

資本主義経済の仕組みでは、毎年何%かUPしなければやってゆけない。

安倍新内閣の「新3本の矢」は、GDPを毎年3%UPさせて600兆円達成が最大の課題である。これがなければ財政再建ができないからだ。

なぜか判りやすく説明すると、たとえば1例をあげれば、20歳の新入社員が45歳の中堅社員となれば、給与を例えば2倍にしなくてはならない。何故なら、20歳の時は、独り者で6畳1間で貧乏暮らしで良かったものが、45歳になれば、子供もできる、自宅を持ちたい、時には甥や姪に小遣いもやらなければならないと、何かと物入りになる。この生活を保障するには、企業の社長は毎年3%ずつUPさせて2倍となるようにしなければならない。逆に言えば3%UPさせなければ社員の生活が成り立たないから、そんな社長は無能ということになる。

と。

シャープを立て直せれば、40歳はどうなっても構わないというのでしょうか。ホンハイの会長は、この資本主義の仕組みを否定していないか。そもそも、産業革新機構シャープを解体するが経営陣もやめろという。これに対し、ホンハイ会長の「40歳以上はやめてもらうが経営者は残す」という。経営陣のほとんどは40歳以上のはずだ。これではまるで理論も何もあったものではない。

もとより、私は台湾は大好きです。ホンハイの会長さんは一日で決断し翌日はシャープ本社に乗り込んだそうです。さすがです!それに引き換え、シャープ陣の決断のなさは情けない。「1ケ月間待ってくれ」だそうである。こんな経営陣は早々に退去して、ホンハイでも産業革新機構

でもいい。社員全員で立ち直らせて下さい。

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2016-02-05 マイナス金利、幕末に逆戻り!?

余程のこと、日本は傷んでいるのではないか。それかあらぬか、日銀の黒田総裁が、金融政策で初めて「マイナス金利」の導入という、未踏の領域に足を踏み入れた。これは大変なことだ。これに従って銀行は預金金利を引き下げ始め、例えばソニー銀行普通預金金利を0.001%に下げたという。1億円を1年間預けても、税引き後800円の利子にしかならないという。

前にも取り上げたが、ジョン万次郎が、幕末アメリカへ渡ったとき、アメリカバンク金利3%だったのに対し、日本の両替商は、逆に2.5%の手数料を取ったという。今日的にいえば、マイナス金利だったのである。当時の欧米と日本との差は下の写真の程に格段の差があった。これは、プラス金利が正常でマイナス金利は異常事態ということを証明している。

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先週「武士の家計簿」という映画があった。家は、180石取りの今で言う財務担当で、結構身分が高く、(取締の一歩手前の部長といったところか)原作本によると直之とその父と二人で年収1700万程あったそうです。それでも多くの衣類家財道具や弁当箱まで売り払って、借金を返そうということになった。当時武家は収入の大体2倍の借金があったそうで、武家の面目を保つべく親類との交際費で消えていく。藩自体も莫大な借金を抱え込んでおり、NHK朝ドラの「あさがきた」では、主人公の嫁ぎ先の両替商は、幕末に4500億もの貸付金があって、それがほとんで返済してもらえず、たくさんの両替商倒産したという。つまり、265年間の幕末時代はニッチサッチモ行かなくなっていた。

 265年間続いた武士を中心とする幕藩体制が、迫りくる外国に対処できなくなった時、「日本を外国から守るためには、武士も町民もない。身分を超えて一つ にまとまる必要がある。幕府や藩の役人ではなく在野の草莽たちこそが、これからの時代を変える」と危機感を抱いた高杉晋作は、クーデターの兵を長府の功山寺であげた。しかし、俗論派のうしろには強大な幕府の征長軍が控えて いるため、高杉に賛同して戦おうという者はほとんどおらず、従ったのはわずか80人足らず。相手は勿論武士だけの2000人、およそ勝ち目のない戦いだったが、奇跡を呼んだ。奇兵隊農民たちが加勢したのだ。決起軍は8000人という大きな勢力となって幕府軍を圧倒した。

 これほどに、265年間のゼロサム社会は傷んでいるようになってしまったということだ。改めて、成長がなければどうにもならない、と思う。今の日本もこの20数年間、GDPがほとんど上がっていない。このため、中国には抜かれるは、財政は借金漬けでどうにもならなくなっている。そして遂にマイナス金利という江戸時代両替商に逆戻りしてしまったかのようだ。

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