フラガール

泣いた。泣きすぎて頭が痛くなった。何かもう、わざわざ嗚咽するようなこともなくて、単にだらだらと、ひたすら涙を垂れ流し続けた。
わたしは何かを見て泣けて来ると、泣いている自分の裏っかわのほうで、「何故自分は泣いているのか?」をごちゃごちゃ考える癖がある。だから、分かりやすい理由ではあんまり泣けなくて、途中で醒めちゃうことが多い。でも、考えてるほうの裏っかわの自分が、何だか分かんなくなって首を捻るようなバランスが降りてくると、割と簡単に泣けてしまう。
その意味では、この映画はとにかく泣けた。理由なんて考えればいろいろあるけど、そういうのがどうでもよくなるくらい、ある地点以降のすべてに泣けて、つるつる涙が垂れてきて、何かこう…水道の蛇口が緩んでるみたいな。そういう感じで、たらたら涙を流し続けた。
最初に涙が垂れてきたのは、蒼井優ちゃんが演じるキミコが母親に「母ちゃんみたいになりたくない」「あたしの人生はあたしのもんだ」と啖呵を切って家を出てゆくところ。優ちゃんの振り絞るみたいな口調と、感情がぐわっとなりすぎて言葉が出てこないような感じ。自分が何度か、親と大喧嘩をして、「言っても分からないから」と言わずにいたたくさんの言葉を、しゃくりあげながら必死で吐き出したときのことを思い出して、息が苦しくなって、気付いたら涙が両目からつーっと垂れていた。
次は、キミコと親友のサナエが別れるシーン。殴られて、髪を切られたことを隠そうとして、そうした父親を庇うサナエの泣き笑いの顔が綺麗で綺麗で、「今まで生きていて一番楽しかった」とフラを練習しまくった時間を振り返るサナエを、最後の最後に抱きしめた先生の涙にもつんとなった。
でもそのあと、トラックを追いかけて走るキミコとそれに応えるサナエが、どちらもすごい、鋭角的になるくらいに力強い手の振り方をしていて、二人とも、「じゃあね」だけしか言えなくて、声を枯らして必死になって、何度も何度も、何度も「じゃあね」と繰り返し叫んでいて。今までに一時期、家族とか恋人とかより全然近しくて、通じ合っていたのに、今は傍にいない女友達たちを思い出したら、何かもう、どうしようもないくらい寂しくなってしまって、また泣いた。
そもそもこの映画は、男尊女卑というか、力がすべての炭鉱夫たちの価値観や因習の中で、エンターテイメントを目指すことの意味、みたいなところが本来のポイントなんだと思う。フラダンスは、「女だからこそできる仕事」な訳だけど、この時代のこの社会には、「女だからできること」なんて子供を生んで、育てて、毎日の食事を作ることくらいしかない。「仕事」というのは、汗水垂らして、暗い穴倉の中で腰を曲げてやることだけしか有り得ないという価値観。そこに、腰ミノをつけた半裸の女子が、花飾りを大量に揺らしながら腰を振る訳だから、まあ、なかなかアレなのは仕方ないよなーと思う。
でも、何かそれ以上にさ…将来に対するイメージを持たない大人たちばっかりがいる社会な訳で。そこで、最初は親友に誘われたからフラを始めたキミコが、自分の意思で、自分の「夢」としてフラに対して思い入れてゆく、その過程が、なんかもう、たまらなかったんだ。「女」としての価値も何も与えられてないキミコだから、「女を武器に」とかでもない、ただもうひたすらに、踊りたい、踊れる自分でいたい、という気持ちだけで走り出している感じ。
そんなキミコに対して、まず最初に夢を抱いてフラガールになろうと誘ったサナエが、どうしようもない理由でフラを捨てて磐木を離れなきゃいけなくなったとき、「これからは、キミコがスターになるのがわたしの夢だ」っていったその言葉。夢を持つことを一度覚えてしまった少女が、せめて自分自身の代わりに、親友に夢を託さずにいられない気持ち。その切なさったらない。
大体ね、女性のほうが状況翻弄されやすい訳ですよ。男性は主体的に状況を動かせるけど、女性は状況に呑まれるしかない。キミコは、そこから自由になろうとする力が強い(途中から強くなってしまった)子で、サナエは状況に呑まれることに迎合している子。先生は、自由でいたいと思っているし、自由であろうとしているけれども、その裏でめちゃくちゃ状況にとっ捕まっている人。自分が水面下でがんじがらめだからこそ余計に、キミコの夢に向けるベクトルの強さを応援してしまうんだろうと思う。
登場人物の持っている価値観は、割とフラットに、分かりやすく調整してあったと思うんだけど、うそ臭さや適当さは殆ど感じなかった。むしろ、分かりやすさが普遍性に通じて、ちゃんと色んな人の胸に届くようになっていた気がする。映画館で、結構皆泣いていたもの。テクニックなのか、感性なのか分からないけど、相当やられた。そんな感じだった。
役者は皆すごくよかった。しずちゃんと優ちゃんと三宅さんと池津さんしか認識してなかったので、最初にやったらデカい図体の男が三宅さんと一緒にキャッキャしてるのを見て、あの手足の長さはまるで豊川悦司さんみたいじゃないかー、と思っていたら本人だった。びっくりした。エロさを完全に封じ込めてて、ただちょっとだけ、先生と関わる瞬間に、ふっと「男」の顔になる感じがたまらなかった。松雪泰子さんも久々に見たけどやっぱし綺麗だなー、老けてきてる度合いがちょっといい感じで、がりがりっていうこともあって、くたびれた風情がかなりエロい雰囲気。フラを踊るシーンもよかったと思う。岸部一徳御大は、最近では「医龍」の怪演が記憶に新しすぎるため、大きな芝居をされると瞬時に野口教授を思い出してしまったりもした。ダメじゃん、自分。
サナエ役の徳永えりちゃん、最初は個性が弱いかなあと思ったし、実際、売れてない普通の若い女の子タレントの人って発散しているエネルギーみたいなのが弱いんだけども、徐々によくなっていっていて、上述の別れのシーンなんてたまらなかった。ちっちゃくてひたむきでちょっと垢抜けない感じが似合いそうなタイプ。よい役に恵まれてよい女優さんになっていってほしいもんですね。しずちゃんもよかったなあ、あの人はアレだな、ああやって見ると異形の人だ。質感とか、あまりにも周囲と違う。その浮きっぷりが自然に見えたというか、あの社会にああいう子がいたとしたら、という感じで、非常にしっくり来ていた。先生に叱られるシーンも、親の死に目に遭えずに罵られるシーンもよかった。
三宅さんは、すごく得な役というか、愛すべきおバカさんの役で最高だった。三宅さんにあんな役をやらせたらハマるに決まっている。想定範囲内というよりも、ど真ん中すぎて、何か途中で「ずりいよ!」とイラっとなったくらいだ。いや、嘘ですが。喰うために寝返るのもやむなし、と言い張っていた人が、いつの間にかパームツリーに恋をしてしまうっていう単純さ。愛するやしの木のためにする土下座は美しかったなあ。まあ、それっていうのは、やしの木に、フラガールズたちを始めとした人々の「夢」を込めてのことだったんだけどね。池津さんもいい役だった、あまり前面に出ないけど、人情に篤くてお茶目なおばさん役。メガネが似合いすぎてて、東京だったら「〜女史」って呼ばれてそうな佇まいにニヤニヤした。稽古着も見事なおばさんテイストでねえ。息子が自慢しちゃうところとか、実にたまらなかったなあ。
そしてそして、蒼井優ちゃんである。本当に素晴らしかった。田舎の、ちょっと自意識過剰な偏屈な女の子らしい芝居もよかったんだけど、何よりダンスがねえ、もう。クライマックスのショーのシーンでは、言葉とかで何をどうしたって叶う訳がない、激しく説得力のあるダンスを見せてくれていた。何かずっと、ぼんやりとダンスの練習をする彼女たちのシーンを眺めていたんだけど、トゥシューズを履いてはしゃぐシーンで何か既視感を覚えて、ラスト前、北海道からの小包を母親が届けに来たところのダンスを見て、「花とアリス 特別版 [DVD]」のあのダンスのシーンがぶわーっと脳裏に甦ってきた。そうだ、この子はバレエが踊れる人だったんだ、と思ったら、あのソロで踊るパートの振りがフラというよりバレエっぽかったのも合点が行ったというか。
でも、バレエ的にアレンジしてある振りだったことで、優ちゃんのダンスがすごくなって見えた、ってことではない。彼女の身体能力というか、ダンサーとして身に着いている素養は本当に確かなもので、彼女がね、踊っているときの腰ミノの先っぽの揺れ方のしなやかさったらないのです。鞭のようにしなって、蛇かなんかみたいになめらかに、美しく揺れていた。それは動きが流線的である証拠で、ダンスを「動き」じゃなくて「うねり」として表現できる身体を持っている証拠なんだと思う。丁度この間、「舞妓Haaaan!!!」のエキストラに参加して、映画で普通に流れている1カットの向こう側に、どれだけの反復と待ち時間が隠れているのか、ということを改めて認識したところだったので、あのダンスのソロのシーンを撮影するために、彼女は一体あの衣装で、あのメイクで何時間待ったのか、あの激しいダンスを何回踊ったのか…と考えたら、本当にその能力の高さにため息が出るような思いがしたよ。クライマックスとして申し分のない、圧倒的なシーンだった。
ダンスって、観ている人を「わー踊りたい!」という気持ちにさせたら勝ちなんじゃないかなーと常日頃思っているのだけども、この映画は、観てたらものすごく踊りたくなった。こんなに踊りたい! と思ったのは、数ヶ月前に「1014」の映像を観て、インド映画のパロディのコント(ネリーマのやつ)を観たときぶり。ああ、いいなあフラ…てか、取り敢えずまた日舞始めようかな…(ぶつぶつ。
と、ああだこうだ書いているけど、すごくよかったし、楽しんだ、という話である。キミコが練習場に寝泊りとかして、食べ物とかお風呂とか着る物とかどうしてんの…? という謎はあったりしましたけどね…いいのいいの。うん。全体が好きでした、この映画。