• きのう、帰りにわざわざ始発駅まで遠回りして折り返しの電車に乗って、座ってふう、と一息ついて、何駅か乗ったところで、隣に座っている女子がひじをがーん、とわたしのわき腹に入れてきた。思わず「痛っ」と言ったら、ひじをぐいぐい張りながら、「汚いばばあ、さわんなよ」と言われたよ…? どおいう…?
  • 彼女は黒のスーツのボトムっぽいパンツにグレーのニットを着て、ボタンの取れた黒いコートのすそを左右の座席に広げて、足の間に仕事用のかばんと製薬会社の紙袋を置いて股をがっと広げ、ひじをすごく張って、何かの問題集をがりがり解いていた。多分、薬剤関係のなんかの資格試験の勉強だったんだと思う。使ってたシャープペンにも、紙袋と同じ製薬会社の名前が入っていたから、そこの若手社員とかだったのかもしれない。すごくいらいらした雰囲気が電車に乗り込んだときから充満していて、隣に座ってきた瞬間、最初は男の人かと思ったくらいだった。動作が乱暴すぎて。
  • 白いマスクで半分隠れているものの、彼女の顔がすごくきれいだってことは分かった。その子の顔に比べたら、確かにわたしの顔は「汚い」かもしれん。でも、自分のことでいっぱいいっぱいになって、肩とひじを一杯に張って、狭い電車で怒りのオーラをぎらぎら発散してる彼女はちょっと異様だった。だって座席と座席の区切り線てあるでしょ? あれより肩ごとこっちに出てるんだよ? ガタイのいい男性とかならともかく、わたしなんかより全然華奢な子なのに、ふんぞり返りすぎて身体が斜めになって、こっちに大きくよっかかるみたいになってる状態。
  • わたしは、ちょっとおちつきなさい、とか、もうちょっとまっすぐ座ったら、とか言ったんだと思う。なんか混乱して何を言ったのかあんまり覚えてないんだけど、怒りとか喧嘩心とかじゃなくて、この人、どうしたんだろう、っていう困惑のほうが強かった。彼女はいらいらと「それ以上触ったら殴るぞ」とか「うぜえよばばあ」とか「まずおめえの足があたしの足に当たったんだよさっき」とか「ばかじゃねえの」とか言うので、宥めるみたいなことをいくつか言ったような気がする。挙句に、「あたしが殴ってその汚い顔がそれ以上汚くなっても困るんじゃないの」とアニメの悪役みたいにせせら笑ったので、本当にこの子大丈夫なのかな、と呆然とした。
  • 「顔と若さ以外の自慢が何もないの? かわいそうに、いつかあなたもばばあになるのに」とつい言ってしまって、自分でもなんで咄嗟にそんな言葉が出たのかという感じだったんだけど、多分わたしは心底呆れていて、その呆れが言葉になって出てしまったんだと思う。そう言ったときの彼女のゆがんだ顔は、1日近く経った今も脳裏から離れない。こわかった。
  • 彼女にしてみれば、最初の段階でなにかわたしがとんでもなく怒りをかき立てるようなことをしたのかもしれない。でもわたしからしたら、羊のようにおとなしく、ちんまりと座席に納まって、身体を抱くみたいに腕を交差させて(つまりひじを左右にはみ出させないように)座っていただけで、まるで身に覚えがない…という軽いホラーな状況だった。自分にすごく戦闘的な要素があることは分かってるけど、今回はそれらは全部しまったままで、最後までそうだったから、なんであんなに噛み付かれたのか、もう、ほんとに何が何だかわからない。聴いてた P.o.d. も頭をすり抜けて何が何やら。
  • なんか最近、この手の何が何だかわかんないことが多い。そんなに俺が悪いのか…? と呟いてみたりもするが(チェッカーズ)、まあきっと悪いんでしょう、あちらの基準にすれば。
  • わかんないことをする人に釣られてたらこっちも意味がわかんないことになるから、だったらわかんないままでいいと、心底そう思えるようになってしまいたいんだけど、なかなかそこまで達観できずにいる。わかって納得してすっきりしたい欲との日々の戦い。難しいことです。