物を捨てるのが得意になっていく

一人暮らしを始めてそろそろ2年経つので、引っ越しを考えたり考えなかったり。
そんなこともあって、ゴールデンウィークの空いた時間に部屋の整理をしようかと考えたのでした。
いらない本を片づけたりして、最終的に棚を一つ捨てよう、という感じでスタート。

一人暮らしを始めるときにも本を捨てたのだけれど、その時にはあまり捨てることを考えずに、とにかく詰め込んで持ってきた。当時、捨てるかどうか悩む暇がなかったのだ。
本を売るようなタイミングは何回かあったけれど、なんか抵抗があって結局本当にどうでもいい本くらいしか手をつけなかった。

そんな感じだったのに、今回はばっさり売る本を決めてしまった。原因の一つは、社会人になってからの仕事関係の本がわりにあったせいで、「1年目にやるべき〜」とかそういう系の本はあっさり諦められた。当時は煮詰まって買ってみたけど、読み返すことはないだろう……

最初に仕事関係を捨てた勢いで漫画とかも売った。*1

社会人になって「必要か不必要か」みたいな考え方ばかりしているから、こういう時にばっさり捨てられるようになったのかも。「執着はあるけど、でも実際つまらないし読まなくてもいいよね」と、なんだかあっさり決断くだしていて、それはそれで成長だけど、少し怖いな、とも思ったのでした。

*1:売ったと言っているけどまだ実際には売ってなくて、売る用ゾーンに積んであるだけ

春が来ました

友人が教師になるというので、今頃はもしかして体育館とかで挨拶とかしちゃってるのか? と思って、その光景を想像しただけで彼のことを尊敬できる、と思った。あの視線にさらされる感はとても怖い。
けど、よくよく考えたら学生はまだ春休みなのか、と思い返して、尊敬するのは保留にしておいた。

去年の今ごろは異動になったばかりで戦々恐々としていたし、一昨年の今頃は社会人になったばかりで戦々恐々としていた。そうして今年はなんてこともない普通の日のように四月一日が始まってしまって、「なるほど社会人には春休みがないから、四月っていうだけでは気持ちが入れ替わらない」なんてことを思った。
学校ならそれこそ学年が変わる時期だし、一年ごとに違いを感じられてよいのかもしれない。なんか今年は普通の休日が終わったら新しい期、みたいな感覚になってしまった。


それでも世間的にはいろいろ変わっていて、自分の仕事は世間的な会社名の変更とかが多少仕事に関わってくる時もあって、今週はオラオラ、と潰していったりしてた。

うちの会社の中でも組織改編があって、四月一日には人事の連絡が大量に上がっていた。
そのなかに知った名前がいくつかあって、よく見ると自分の前の部署が人員削減になって社員はついに誰もいなくなってしまったみたいだった。
OJTのTさんからは異動の連絡が来ていて、返信してちょっと話をした。なんでもプロジェクトが終わって、それ以降のプロジェクトがなく、人減らしが必要だったらしい。前の課長は昇格してたし、中国に行った人の名前も久しぶりに見たりした。

もしなにかあって元の部署に戻ったとしても、人もいないし、場所も違うし、全然違った感じになっているのだろうな、と思った。一年くらいで本当にいろいろが変わるな、と思うけど、世間的にこれくらいのスピードで続いていくのだろうか。だとしたら、いつか取り残されるんじゃないかと心配だ。


そんなTさんなのだけど、もともと会う用事がいくつかあって、今週は会社の何人かで野球を見に行くし、モツ鍋を食べに行ったりもする予定。
Tさんには恩がある、と勝手に思っていて、けどそんなに好きではないな、とも思っていた。けどなんだかんだこまめに連絡し続けていると、縁は切れないしなんだかつながるなぁ、と思う。

そんなわけでまだなんとか働けている。

考えたってむーだー

今までの人生で何回も突入した「自分の中ひきこもり期」をまた脱出できたみたい。
そういう時期が終わるたびに思うのは、自分はやってみないと理解できない人なのだよね。理論とか説明とか聞いても、いまいち実感として取り入れられなくて、失敗したりなんだりして骨身に染み込ませないと出来ない、というか。

「自分の中引きこもり期」の特徴としては、情報を取り入れなくなることとか、視野を極端に狭くすることとかで、布団の中にくるまってぐるぐる悩み続けるっていう感じになる。それはそれで自分の中で原点回帰したりするのはいいんだけど、どこまで行っても結論はでないし、だんだんめちゃくちゃな極端だったり、意味が無いくらい普通になって終わっちゃう。
特に今回は仕事があるから中途半端な状態が長く続くような感じ。学生の頃は一日中布団に籠もるみたいな感じだったけれども。

その上で思ったのは、自分の場合はいろんな事をやったり、読んだり、書いたり、もっといろんなことやって、いろんなこと思って、っていうのをちゃんとやっていかないと、結論がぐるぐる回転し始めて不毛になるってこと。
たいてい自分の中のひきこもりから脱出すると、周りが良い物ばかりに見えるのだけど、いつもそういう視点で周りを見ていたな、と思ったりする。

仕事でも似たような事を思うことがあって、今の仕事になってからもうすぐ一年くらい経つのだけど、ちょうど新しい人が来たので自分が教えることになっているんだよね。最初はまったくわからなかったけれども、やってみてやってみて、咀嚼した上でなんとか今ものにできていて、やっぱりやった分は身につくのだなぁ、と思ったりなどしてる。

寝れなかったある日の思い出

なんだか胸の辺りがざわざわと落ち着かないので、眠れないでいる。
布団でゴロゴロ転がるのも飽きてきて、携帯で時間潰しを探すような有り様なのだ。明かりを消した中で、携帯を見ているのは疲れるのだけど、落ち着かないのは仕方ない。


そんなわけで、自分のブログを見返してみたりしていた。
けどあんまり良くないね。あんまり面白く、思わないし、文章がおかしくねっていうのがあるし。

そうだ、ブログ書くか、と暇にあかせてやってみたけど、携帯電話で打つのは疲れる。
これくらいが限界だけど、パソコンだといまどのくらいなんだら。

こんどこれ見て確かめようか。

積み重ねるなら

中村一義の「おまじない」を聞いてると、普段からもっと頑張らねばな! って気分になります。
好きなものが習慣になったりすることとか、何かを心に決めたことで生活が変わるみたいな、まぁ具体的にするとちょっと野暮ったいかもだけど。
でもそういうのをやろうとして挫折してっていうのをしているから、怖くもあるんだけど。
やらなきゃできない、っていうのは当たり前だと思うけど……。「今までやろうとしてできないから、これからもできない」みたいに感じるのか。
ま、この辺りは自分で頑張るしかないし……


別に毎日でなくてもいいとはおもうんだけど、自分自身のことをを振り返る習慣がないっていうのは怖いよね。
一人暮らし初めた時期あたりに失敗が連続したり、「前やったでしょ?」みたいなことが頻発したりして、「あれ? なんか最近ただ毎日通り過ぎてるぞ?」って思った。
というか、まぁ一人暮らしで忙しかったし、と言い訳していたんだけど、結構落ち着いてきてもそんな感じだったので、なんでだろうなー、って思って振り返って、
「ぼんやり考えていること整理してる時間をとってないな」
という結論に。


実家の頃は割とよく散歩をしたり、まぁ普段からお風呂でぐだっとしていたのだけど、一人暮らし始めてからは散歩はしないし、シャワーだけっていうのも増えていたので。その時は特にシャワーだけっていうのが多かった時期でした。
自分なんかは普段から考えが適当なので、振り返る習慣がないと「あれ? 自分何か考えてんだ?」っていう風になるのだな、と学びました。
たまに「あ、なんか頭が落ち着かない」みたいになって、そういうときはだいたいそういう状態になっているっぽい。

うん、学んでないね。
というわけで、こんな風に日記を書いておこうと思ったのでした。


最近は入浴剤入れて風呂に入るのが好きなんだけど、下手に安物を買ってしまったので、高いのも試したいなーと思っても、入浴剤が全然減らなくて困る。
200円だかでこれだけ回数使えるってなんかすげぇ。

触れることもないし、話すこともない。

他の人のブログはいつも面白く読んでいるのだけど、自分のにはあんまりそういうことを感じないし、そもそもそんなに書く内容もないよな、と思う。
確かにあんまりプライベートのことを書きたくないって思っているところがあって、誰かと一緒に遊びに行ったとか、そういうので書いてないことは多いんだ。ただ日常的なところで、そんな書くことなんであるんだろ、って思って比べてでた結論は、「会話量が違うな」ってとこだった。


1日を過ごす場所は自宅か職場の二択なのだけど、まず家じゃ一人なので、口を開くのなんてテンションが上がって歌でも歌っているときくらい。
で、職場なのだけど、前のところも今のところもそんなにしゃべる雰囲気ではなくて、*1必然的に話さず。
お昼ごはんくらいだけど、二人だしなぁ、と思わなくない。今日のお昼は、「そっちの仕事どうなんですか」みたいな話をして……、まずい、ほんとこれくらいしかしていないかもしれない。


そういえば今日は、というより今週は、偉い人と今の場所に長くいる人の二人が休暇に入っている。それで、月末締めの作業大丈夫かな、って、違う場所の同期に電話してみたりした。
最終的には「調整しているらしいし。……だめだったらさ、知らなかったです、ってことで」ってことになった。オチが弱い。


まずいことに、これ以上書く気力もないので、そんなに面白いことなんて、日常的には起きないんじゃないかな、ということで終わる。

*1:電話応対とかをしているので、口を開かないということはないのだけど

1月と4月のどちらが始まりにふさわしいのか

ふと新しい職場に移ってからの月日を数えてみたら予想以上に経っていてびっくりした。
4月ピッタリに異動したので、高校生だったら入学して夏休みがそろそろ終わるってくらいですよ。
異動してから生活習慣やらなにやらがものすごく変わって、軽く転職したようなもんだ、と少しお得な気分もあったりする。


今は慣れてきて、これからどうなるんだろ、と逆に不安になってくるというような時期。
実際仕事はかなり安定してきて、照会でとちることもほとんどない。仕事はないけど。


ただこれが、1月始まりで考えると結構な波乱万丈な気もしてくる。
一番きつかったのが2月頃で、まぁその頃のこと自体はいいのだけど、その時はひと月の大半を過ごしていた人と、もう連絡していない、なんていう状況なわけで。


なんだかふとそれがない、ということが気になったり、いた頃にあったことが昔なのか最近なのかわからなくなる。
この現象はなんとなくだけど「かげぼうし」に似ているような。あんな風に、短い間でも濃く焼き付いているような気がする。

生活の濃さ、という風に比較してみると、今はそんなでもない。これに慣れ続けたら、そのうちまた濃い生活がほしくなるのかもしれないが、まだその兆候はでる気配を見せない。