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October 23(Mon), 2006

[][][]ロシアで国際NGOの80%が活動停止に!

ひどいニュースです。NGO規制法によって、ロシアで活動している国際NGOの80%が活動停止処分を受けることになりました。ロシアでは、今年の4月に発効したNGO規制法によって、国内で活動するすべてのNGOに対して政府当局への再登録が義務づけられました。ところが、というか、例のごとく、再登録の条件が非常に厳しいため、当局が設定した10月18日の期限までに再登録が認められたNGOは、たった95団体。400近くの国際NGOが、「事務所に入って電気代を払う以外は何もできない」状態になっています。今回活動停止を食らったNGOは、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、アムネスティ・インターナショナル、デンマーク難民評議会など。これって、チェチェンの人権状況を監視するNGOばっかりじゃないですか・・・?


NGO規制法は、2006年4月17日に発効したロシアの国内法で、ロシア国内で活動するすべてのNGOに対して政府当局への再登録(具体的には以下の三項目)を義務づけています。

(1) 全事務所の所在地の登録

(2) 海外からの資金援助/資金用途についての詳細な報告

(3) 活動実績および今後の活動予定についての詳細な報告

一方で、当局は「政治的活動」に関わるNGOを閉鎖する権限を持つとされているのですが、この「政治的活動」が何を意味するのかということについては、NGO規制法に明確な定義はありません。NGOの再登録には、設立者(団体によってはすでに故人)のパスポートナンバーといった、なぜそれが必要なのかということさえよくわからないような書類を、それこそ山のように提出しなければならないわけですが、当局がNGOからの登録申請を受け付けていたのは、なぜか毎週水曜日だけでした。

どう考えても、政府にとって都合の悪いNGOを消すための法律なのですが、さらに露骨なことに、当局はNGOに対して再登録を要請する通知をまったく送ってこなかったそうです。「登録申請書には必要な書類は七つしかないと書かれていましたが、弁護士に相談すると、他にも必要な書類がたくさんあることがわかりました」(グルナラ/メドゥサン・デュ・モンド*1 モスクワ・スタッフ)。当局は、煩雑な登録手続きに苦情を寄せるNGOに対して、「気が進まないなら書類を出さずに活動をやめればよい」とまで豪語しています。

今回再登録を認められた数少ないNGOのひとつに、ワシントンに本部を置くヘリテージ財団*2がありますが、なんと「提出した書類は200ページにも及んだ」そうです・・・。ロシア政府がNGOに対する再登録期限を10月18日に設定したのは、わずか2ヶ月前の8月18日でした。財政やスタッフが慢性的に不足している多くのNGOは、当局の要求する書類さえ揃えられないまま、活動停止処分を受ける日を迎えることになりました。(邦枝律)

http://rferl.org/featuresarticle/2006/10/d51898dd-8fb8-464d-9535-78150bad455c.html

http://eng.kavkaz.memo.ru/newstext/engnews/id/1087680.html

http://www.reliefweb.int/rw/RWB.NSF/db900SID/KHII-6UR8UW?OpenDocument&rc=4&emid=ACOS-635PN7

http://rferl.org/featuresarticle/2006/08/d67b3511-28e5-45e7-813b-0f0829a0418e.html

[]言論の自由を奪われたジャーナリスト、アンナ ポリトコフスカヤ

1995年からチェチェンでの支援活動を行っているメドゥサン・デュ・モンド(世界の医療団)のメンバーによる追悼文です。世界の医療団の日本語サイトはこちらをご覧ください。

http://www.medecinsdumonde.org/japan/


 ロシア人ジャーナリスト、隔週刊行誌「ノーバヤ ガゼータ」の記者、そしてチェチェン紛争に関する本の著者でもあったアンナ ポリトコフスカヤさんが2006年10月7日モスクワで何者かに殺害されました。彼女はチェチェンや北コーカサスに関する本を発行したことを理由に数年前から脅迫を受けていました。殺害の直接の引き金は、チェチェンにおける拷問について言及した彼女の記事だとされています。アンナ ポリトフスカヤは、≪チェチェン問題≫を閉ざされた扉の中で独自の路線で処理しようとするプーチン政権の内部を、使命感を持って恐れることなく世界に知らせようと試みたかけがえのない存在でした。

 世界の医療団は、アンナのため、そしてアンナを通して、忘れ去られていく様々な危機に敢然と向き合い、時には命の危険を冒して不正と闘うジャーナリストたちに深い敬意を表したいと思います。怒り、失望、悲しみ、憤り、無力感、私たちの心の中に渦巻くこのような感情をどう表現したらよいのか、このような暴力行為、横暴な権力、そして責任逃れを前に無力感が漂う中、彼女の死の重みをどう訴えればよいのか、膨大な数の死者や行方不明者、破壊された家々、残虐行為の隠蔽、包帯を巻いただけの生々しい傷口、巨大な倉庫と化したグロズニーの壁画や漆喰、チェチェン紛争がもたらしたこれ等の嫌悪感一色の光景をどう説明したら良いのだろうか?

 言葉は武器になり得ることを多くの人が知っています。言葉は死刑を宣告し、実際に殺害することも出来ます。このことは10月7日、白昼のモスクワで証明されました。買い物を終えたひとりの女性が大きな買い物袋を抱えて自分のアパートに戻って来ました。エレベーターを降りたところで殺人者が彼女を待ち受けていました。銃弾が彼女の胸に一発、もう一発が頭に命中しました。生から一瞬にして向かえた死。職業はジャーナリスト。既に死体となった彼女が発見されてから数分後、彼女のニュースが世界を駆け巡り、アンナ ポリトコフスカヤは過去形で語られる人となりました。

 彼女は勇敢なジャーナリストでした。意外性があり、ある意味で人騒がせな存在でもありました。2000年以降彼女は、真実を求めるジャーナリストや一般市民に対し10年に及ぶ紛争で2度目の壊滅的打撃に見舞われたチェチェンに通じる道を開きました。それは整備されたハイウェイではなくむしろ舗装のない道と言えるかもしれません。彼女は、真実を求めそれを復元し、更に紛争を長引かせようとする権力の壁を打ち破るために、危険を冒し生命までも犠牲にしました。人間はその弱さと強さの全てを用いれば、仕掛け爆弾の装置、自称敵と名乗る相手なら徹底的に押し潰してしまう権力という名の圧縮ローラ、チェチェンで目にするこのような非道で残虐なものに対する抵抗が可能なことを証明しました。 アンナは反テロリズムの名の下に、ロシア軍のチェチェンにおける犯罪のみならず、チェチェン戦闘員による犯罪をも容赦なく告発しました。

 彼女の死という現実を前に、我々は何をすべきだろうか? 自分たち自身の運命に涙を流すのは止めよう。それよりむしろアンナ ポリトコフスカヤの家族や親しい友人、同僚のことを考えてみよう。そして彼女のように、真実を語り、表面に出し、真理に光を当てる人々に支援と連帯の手を差し伸べようではありませんか。彼女の殺人者とその黒幕たち、彼女の口を封じることによって利益を得る人々が枕を高くして眠る社会を許し放任すべきではありません。今や沈黙の人に代わって、正義のために闘わねばなりません。非人道的行為に反対しなければなりません。アンナに死をもたらした殺人者が厳罰を免れることのないよう、彼女の死を決して忘れず、私たちの心の奥底に噴き出す怒りを、真実をもっと知りたいという熱望と行動に変えて行かねばなりません。

文責:ブルーエン イザムバール

(INALCO東洋文化研究院のロシア専門研究員、世界の医療団 チェチェン ミッション メンバー)

[]誰がアンナ・ポリトコフスカヤを殺したか?

アンドレイ・バビーツキ

2006年10月10日 ラジオ・リバティ

http://www.svobodanews.ru/Article/2006/10/10/20061010000059833.html

アンナ・ポリトコフスカヤの悲劇的な死についてインターネット上で繰り広げられている議論を読むと、人間の醜悪性はもはや限りなく根深くなっていることが、まざまざと感じられます。

 熱狂的な「愛国主義者」などではないごく普通の何千人もの人々が、良心の呵責を感じずに人の不幸を喜ぶ言葉を投げつける様相は、かつてこの国で「人民の敵」が抹消されていくことをソヴィエト市民が純粋に歓喜し、ヴィシンスキーに倣い「犬に対する犬死」の言葉を繰り返していた時代と、いまの時代はさほど隔たりがないことを顕著に示しています。

 もしかするとこれは単に、憎悪が国民の義務として評価される国へと状況が舞い戻っただけなのかもしれません。

 私がアーニャ(訳注:アンナ・ポリトコフスカヤの愛称)に会ったのは二週間ほど前の海外フォーラムで、深刻なテーマで話し合ったほか、ただおしゃべりをしたりおかしな冗談で笑い合ったりしていました。彼女が非業の死を迎えるかもしれないという予測は、他の人から見ても非常に馬鹿げている考えのように思われたでしょう。あり余るほどのリスクや危険が彼女の命を脅かしていたにもかかわらず、そして彼女に対して当時の同国人(彼らこそが今日、彼女に手をかけた殺人者を賞賛しているのです)がどのような態度をとっていたのか、彼女自身よくわかっていてかすかに冷笑していたにもかかわらず・・・。

 彼女は、その活動やチェチェン政権も含めた様々な権力との関係など、多岐にわたる問題を山のように抱えていました。しかし彼女が(たとえその有益性には限りがあったとしても)話さなければならないと考えていたことを遂行していく意志に、これらの問題が影響することはありませんでした。

 彼女と同類の人々、すなわちそれぞれが真実を抱きそれを発言する権利を有している人々は、確固たる姿勢を保ち続けているという印象が強くありました。憎悪や罵言、呪詛の嵐は、このような人々に災いをもたらすことなく、またそれぞれの信条を何ら揺るがすことなく、そのそばを通り過ぎていきます。憎しみをもった人々の行為から生じ得る多くの危険は、しかし彼ら自身が恐れているが故に、真実を貫く人々を避けていくのです。

 一方で今日のロシアでは、異なる考えを持った人に対する見せしめ的な制裁は実施されていません。時々何故だか分からないのですが、権力はこのような対策を講じることを控えています。

 従って、公開処刑という形をとるような強制的な死に、アーニャの命は相応しくないと思われていたのです。

 しかしインターネットフォーラムの中で、良心と分別を喚起する一部の声が時折遮ることはあっても、大半の一般市民から上げられる歓喜の歓声を耳にした今、私は自分が間違っていたことに気づきました。そこではこの二日間で夥しい血の河が流れました。それもアーニャの血だけではありません。そこでは具体的な人々に対して新たな判決が行われ、余興を続けたいという執拗な願いの声が響いているのです。

 自分の真実を持ち続けていただけの人間、そのような女性に下された臆病な殺人について民衆が狂喜する国では、死に該当する根拠は数多く存在していたのです。

 誰が殺したのか?答えはきわめて簡単です。あなた方も殺したのです。他人の死を願うあなたたちの意思や希望を、そのうちの誰か一人が体現したのです。この「誰か一人」が、みなさんの抱く憎しみの道具となったのです。この次もあなたたちは他の標的を見つけ、その周りでみなさんの感情が凝縮されていくことでしょう。名前を持たない「誰か一人」(どこから、誰によって送られてくるのか重要ではありません)は、みなさんによって養成され、任命地点に移されることで、殺人の武器という役割を演じる者として再来するのです。そしてあなたたちはみな、自分を幸せだとまた感じることができるのです。

 けれども、みなさんが抱く憎しみは自分のものだという望みで自分を慰めないで下さい。これは、憎悪を育て上げて様々な方向へ送り出すことができる人々の所有物なのです。彼ら、すなわち強大な力と権力を有する人々にとって、あなた方というのは、愛することは強制されてもできないのに、憎むことはいとも簡単に覚えさせられるように浅はかで、虚偽や暴力には従順に従う群れなのです。(翻訳 K.I.)

*1:フランスに本部を置く人道医療支援NGO

*2:1973年に設立された保守系シンクタンク