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October 27(Fri), 2006

[][]アンナ・ポリトコフスカヤ筆:「軍検察庁に誘拐された兵士」

彼は自分の友人殺害の唯一の目撃者ということになった。

記事について:ポリトコフスカヤの、今年9月11日の記事です。チェチェンに直接関係する記事ではありませんが、ロシアに残る徴兵制の現実が語られています。最初に将校に殺された兵士ジーマの母親の慟哭。そして、殺害を目撃し、その結果軍に幽閉されたジーマの友人オレグの母のやり場のない思い。アンナ・ポリトコフスカヤが、どんなものを取材で拾い上げようとしたかがよくわかる短い記事です。翻訳してくださった方々に感謝します。(チェチェンニュース発行人)

http://2006.novayagazeta.ru/nomer/2006/69n/n69n-s25.shtml

行方不明の息子

あの子がどこにいるかを知る権利もないのよ!

オレグがどういうことをしでかしてしまったというの?酔っぱらった将校がジーマとあの子に襲いかかった後で奇跡的に生き残ったのが悪いっていうの?

リュドミーラ・ステパノヴナ・シェメルダは泣いている。 電話の向こうで。これはシィクティヴカル市、パンチェレーエフの家からだ、ジーマ・パンテレーエフは モスクワ郊外のルホヴィツィの鉄道部隊32386で、この8月の始めに死亡した。オレグ・シメルダは、ジーマの殺害の主要な目撃者だ。

ジーマとオレグは 新兵として集合するとき、故郷のシィクティヴカルの集合所で知り合い、その後同じ部隊に配属され仲良くなった。いつも一緒にいて、励まし合い、助け合い、守ってきた。この11月に2年の兵役義務がおわるところだった。

部隊がすべてうまくいってないのは知っていました。―そう語るのは ジーマのおばさんでタマーラ・アレクサンドロヴナ・ミンガレエヴァー。「中隊長(あの子たちは「デブの将校」って手紙に書いてました)がいつもお金をゆすりとっていたことを知っていました。あの子たちが殴られないために私たちはお金を送っていました、最後はちょうどジーマの誕生日だった。ジーマは結局そのお金をもらわなかったことが後から分かりました・・・」

この夏のあいだ、中隊長のニキーフォロフは、地元の木材業者のところにジーマとオレグを何度も働きに通わせていた。朝は この賃仕事にいかせ、夜は部隊に戻る。誰がその労賃をもらっていたのか分からない(捜査では確認できていない)もっとも、子どもじゃあるまいし、想像はできるけれど・・・

殺人

8月4日もすべていつもの通り、ただ中隊長は酔っぱらっていて、部隊では 鉄道関係者の日のお祝いに入っていた。兵士たちが賃仕事から戻ると、ニキーフォロフが シェメルダとパンチェレーエフを自分の執務室に呼び、二人を殴り始めた。まずシェマルダを。その衝撃でオレグはドアを突き抜けて廊下まで突き飛ばされ−どんなに強い殴り方が分かる−そこで意識を失った。

これが命拾いさせた。カッとなった隊長はシェメルダ(オレグ)を追いかけず、バケツに水を入れて持って来て、オレグにぶっかけろと命じた。命令が実行され、兵士の意識が戻ったとき、友人のジーマはもう意識を失っていた。ジーマ・パンチェレーエフは昏睡状態で、意識が戻ることなく8月8日の明け方、ルホヴィツィの病院で亡くなった。多数の打撲による脳の浮腫と、頭蓋骨の外傷、下あごの骨折が認められた・・・。

「あたしたちは、あまりにどうでもいい庶民なの・・・」

ジーマのおばさんタマーラ・アレクサンロヴナが話をつづける。

「ジーマのお母さんは塗装の作業員だし、わたしは社会福祉関係で仕事をしている。軍の部隊でなんてひどい侮辱をうけたことか! おかあさんがどんな状態か分かったはずなのに、今もここにいるけど、口も利けないの。ターニャ(タチヤーナ・ドミートリエヴナ・パンチェレーエヴァ。ジーマの母親)の一人っ子だった。将校たちは、同情どころかわたしたちのこの悲しみにまったく冷淡、ジーマが亡くなったことの責任者だってまったく同じ。その人に会わせてもらったのは、葬儀の前の8月11日、しかも検屍結果の閲覧は許可されなかった。この事件を扱っている取調官(コロメンスコエ守備隊検察庁の取調官のV.レパン)は、ジーマは病気だった、それでああいうことになった、とほのめかしたの。病気ですって!軍隊に取ったんだから健康だったわけでしょ?殺してしまってから、つまり、病気になったってわけ?ありとあらゆる証明書を 集めたわ、診療所で外来のカルテももらってきて、どこにもなんの疾病もみつからなかった・・・ 何をしようっていうの?まさか、殺人を正当化しようってんじゃないでしょう?」

ジーマとオレグに起きたことについて、生き延びた兵士オレグの母親リュトロミーラ・ステパノヴナ・シェメルダは、ジーマの葬式に呼ばれて初めてジーマの身内からことの次第を知った。そうでなければ部隊からは誰も何も知らせてこなかった。

どうして犯人ではなく被害者を監禁するのか?

「わたしはルホヴィツィに出かけて行きました」―オレグのおかあさんが語る―「息子はどこにも居ないんです。あのとき指揮官が最初に言ったことを決して忘れません。「あんたの息子のおかげで休暇から呼び戻されたんだ」すっかりむくれていました。わたしたちにどうしろっていうんです?検察ではこう言うんです『オレグ君はわれわれがかくまっています。もう別の部隊に移しつつあります』。」

どうしてそんなことをしているんでしょう? 理解できました?

「オレグのことをニキフォロフ大尉の兄弟たちで、やはり将校連中がつけねらっているってことでした。でもこれっておかしいんです。もし将校たちがつけねらっているんだったら、その将校たちをどうして拘束しないの?そうする代わりに息子をどこだか分からないところに人質のように閉じこめておくなんて。検察で言われました「あなたは息子さんがどこにいるか知らない方がいい、彼の安全のためだ」と。でも、わたしは息子との面会を要求しました、彼が生きているのか知りたかったんです、長いこと懇願してやっと面会を許されましたが、検察官同席ということででした。二人きりで話す権利はありませんでした。

「彼は何かで告発されているんですか?逮捕されたわけじゃないんでしょ?」

「もちろん違います。彼はむしろ被害者です。それも精神的な、だって友人を殺されたんですよ。そして肉体的にも被害をうけている、それになにしろ主要な目撃者なんです」

監視のもとで行われた短時間のこの面会のときの息子は肉体的にも心理的にも悲惨なものだったとリュドミーラさんは言った。

「わたしはもうホントにぞっとしました。すっかりやつれ果てて、神経がぴりぴりしていて、憔悴している。 私に言ったのは、具合が悪いと言うこと。そして、モスクワのどこか分からないところに連れて行かれて、そこの医者が診断を下した。脳のこめかみから脳天にかけての血腫と。でもまったく薬はもらっていないって。あの子が生きているのか、どんな状態なのか分かるためにどこに電話したらいいのかわかりません」

コローメンスコエ守備隊の検察は、ニキフォロフ大尉事件についても、殺人罪に問われている将校ニキフォロフの兄弟たちの行動についても一切コメントを拒絶し、現在兵士シェメルダがどこにいるのか、何が起きているのか、彼はどういう扱いを受けているのか、誰が治療しているのか、一切語ろうとしていない、という以外何もそれ以後つけくわえることはない。

こういうすべてのことは鳥肌がたつほど恐ろしいことだ。赤い星の絵が描かれている鉄の門が守っている、入ることのできないところで、大事な目撃者を相手に何をしでかしているのだろうか?この証人はどんな自供書にサインするのだろうか?取調側は何を突き止めるというのか?

軍が、この将校を攻撃から少しでも逃れさせるための作り話をつくりだそうと懸命に知恵を絞っているということは明らかだ。「スィチョフ事件」で国防省は教訓を汲み取り、チェリャビンスクで犯した「手抜かり」を繰り返したくないのというのははっきりしている。

たしかに、ニキーフォロフ大尉はほんの少し殴っただけで、そのほかのすべての結果がおきたのはジーマ・パンチェレーエフの「遺伝的な病気」のせいだった言ってはいけないはずはなかろう?アンドレイ・スィチョフの数多くの苦しみの物語でこのような「変身」がどれだけあったことか、国防相が、軍内部で起きている罪のすべてを「程度の悪い国民」−軍の部隊に酒を飲み、けんかをするためだけにやってくる、身体も頭も弱く、教育もない兵士諸君に着せてしまうことができるように、そのためだけにこれらすべてが行われている。

動きのとれない人々

今、ジーマ・パンチェレーエフの死亡事件についてこのような作り話が作られるにはまさに都合のいい時期だ:ジーマは墓の中、家族はショック状態、検視の書類は家族に見せない、ジーマの母親、タチヤーナ・ドミトリエヴナ・パンチェレーエワはそれを取り立てられる状態ではない、つまり、好きなようにどうにでもしてくれと言う状態、そして 脳血腫のある肝心の目撃者も完全に手の内にある・・・

このような図式から、すべてが納得できる。オレグ・シェメルダをそのおかあさんから隠し、面会では二人きりで話させない、ということを説明できることは 他にあり得ない。


編集部は「母親の権利」基金に対し 取材協力に 感謝する。

 

アンナ・ポリトコフスカヤ  2006年9月11日

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