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January 31(Sat), 2009

[]イフ・カンプーー奴らの帝国

 このテキストは子どもたちには見せないでほしい。これは、ノーヴァヤ・ガゼータの記者、スターシア・バブーロワと弁護士スタニスラフ・マルケーロフの殺害に対する、ファシストたちの反応だ。

 ロシアにはファシズムが存在している。

 これはもう地下活動などではなく、彼らはもう隠れようとするのをやめ、堂々とあちこちの都市の街頭に出てきている。それぞれのシンボルがあり、機関誌があり、特務機関とつながり、戦闘部隊、政党のロビー活動家たち、政府権力のなかにも代表を送り込んでいる。

 彼らの餌食となった人々のリストは数百人にのぼる。バブーロワ記者とマルケーロフ弁護士の殺害について、ノーヴァヤのブログも含めて、インターネットに残されたこのファシストたちのコメントをここに公開する。

 なぜそうするのかというと、すでに戦いが始まっていることをみなさんに理解してほしいからだ。

〈「ノーヴァヤ」のブログより〉

ーーおれなんか、シャンパンをすこしばかりやったぜ! こたえらんねえ! 反ファシズムのやつらが泣き崩れてんだろうな!(イジョフスク市下院議員のワシーリー・クリュコフが書いたものー編集部注)

ーー殺された二人は醜悪だっただけ、どちらがより醜悪かわからないくらいだが。

ーー二人少なくなったってわけだ、卑劣漢のマルケーロフと、それにあの女の子。あの世で「チムール少年団」(チムール・カチャラヴアといという人を、ネオナチが2005年に殺しているので、この犠牲者チムールをからかっている)にいれてもらえるかな、そうでないとお互い追いかけ回すんでへたばってるだろうからな。

ーーだれが奴らにぶち込んだにせよ、あの二人は正当な報いをうけたんだ。

ーーアンチ・ファシズムの連中はみなやられればいい、とっくにそうすべきだったんだ、ばんざい!

ーー(事件の翌日、殺害現場にシャンパンと書き付けを持ってきた者の書き込み)「おかあさんが言ってた、ひげのおじさんたちと仲良くしちゃだめよ!」こういう連中をあっという間に片づけてくれる人たちがでてきた、しかし、ロシア人の誰かがすでに自分の創作にしてネットにのせてしまった。

ーーロシア正教の信徒として、私はこの殺人を正当化できない。しかし、クヴァチコフ大佐がチュバイスをつぶすことを犯罪と思わないと同じく、ここでもその原理を使えると思う。

これに対するコメント

ーーこれで地獄にも弁護士がいるわけだ!

ーージャーナリストもだ!

ーーふたりのロシア嫌いの連中が地獄に行った。(自由民主党の元議員秘書、エヴゲニー・ヴァリャエフ 編集部注)

これに対するコメント

ーー地獄で焼かれるがいい。

ーー奴らはロシア民族を攻撃していた、犬畜生には畜生らしい死を、だ。

ーーこの弁護士はチェチェンの畜生どもを守ったりして5年も生きながらえていたんだ。ずっと前から墓地でこいつを探していた、棺がケツからつきでていた、地獄のフライパンでとっくに焼かれていていいんだ。めでたし。

〈他のサイトでは・・・〉

ーー毎日せめて10人ずつぐらいロシア嫌いが殺されるといい、ロシア時代がまもなくやってくるぞ。

ーーあれをやってくれたひとに深く敬意を表したい。

ーー地獄で悪魔たちが奴らにブダーノフ同志のブーツを嘗めさせてやるだろう。

〈サッカーの右翼系ファンクラブでは・・・〉

ーー記者の女も病院でくたばった。

ーー世界にはやっぱりいい人がいるんだな。

ーー奴と一緒にバブーロワとかいうノーヴァヤの契約記者も撃たれたらしい。教訓、ユダヤのやつらの出版社で働いて、モスクワの都心を怪しげな男たちとふふらふらするなってこと。

ーーアナスタシアはマルケーロフと言い争った後、バッグからピストルをとりだし、弁護士を撃った。パンを買いに出た通りがかりの目出し帽の男が銃をとりあげようとしたが、かっかとしている女記者は、この通行人をおどし、追いやって自分を撃ったんだ。

ーー今年はさい先がいいぞ! 政治犯は少しずつあまり遠くないところから出てくるし、民族の違いによる暴行はほぼ毎日だ!そのうえ、昨日はまさにあのむかつく連中、ああ、うきうきするぜ! あの人間離れした連中を殺した人にもっと栄光と力を!

ーーこのアマこそ奴のインタビューを取って「ネオナチスト」についての新しい記事を書いた奴だ・・・ちょうどいい潮時だった・・・

ーーなんていいニュースだ!神の存在を信じたくなるぜ。

ーーすばらしいニュースだ! イエスに栄光あれ!

ーー売国奴は片端から殺せ!裏切り者め。

〈ロシアの外務省のコメント〉

「これは悲劇的な事件で、まったく遺憾だ。捜査機関が捜査中を進めている」

「最終データによれば アナスタシア・バブーロワはマルケーロフが襲われたときに偶然巻き込まれた犠牲者だ」

「このジャーナリストの死とかかわる悲劇的な事件が、政治目的に使われロシアの名誉を傷つけることに利用され始めている。ロシア連邦に報道の自由がなく、ジャーナリストが弾圧されているという、出来合いのコンセプトにあわせて」と外務省では説明した。(イタル・タス通信)

 これらは、アナスターシアのブログを停止したあとのコメントだ。そこはもっとひどい書き込みであふれていて、まさに地獄だった。

アレクサンドル・ヤコヴレフ

http://www.novayagazeta.ru/data/2009/007/00.html

January 25(Sun), 2009

[]ナースチャ・バブーロワのこと

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(ノーヴァヤ・ガゼータ1/23) 1月19日、モスクワ市立第一病院。外科救命第24部。夜7時。二人の捜査官が入り口で見張っていて、頑としてだれも通そうとしない。そのうちの一人がうっかり漏らしたところによると、見張りがつくようになったのは、今日になってだという。

 受付のそばには若者たちが群がっている。ナースチャ(ナスターシャ・バブーロワの愛称)の友人たちだ。彼らもまったく通してもらえない。警備員たちが何も知らされていないうちは通れたので、そのとき一人の女友達が入った。そして手術をしたことを知り、去っていった。

 若者たちも去っていく。

 病院の「案内係」は何も案内してくれない。それにもうじき8時という遅い時間だ。 窓口の女性はいろいろこちらの言うことは聞いてくれたが、何もお役に立てないという。「明日11時すぎに電話しなさい。今夜は彼女のことはなにも分からない。こちらの情報は一日一度しか更新されません」答えるのもうんざりです。電話が切れた。

 明日の午後1時から2時まで救命部で医師たちと面談できる。

 警備員たちの抵抗にもかかわらず、救命の窓口に入り込めた。看護師たちはこちらの立場になってくれて、編集部の電話番号を走り書きしたメモ帳の切れ端を受け取ってくれた。念のために。何かもうひとりの看護士に話している。もっと近寄る。「もちろん、これは受け取るけれど、身内の人たちに渡せるかどうか、分かりませんわ。まだ誰も来ていないし」という。

「でも、編集部では彼女の状態について何も知らないんです」

「祈るしかありませんね。ずっと重態が続いてます。手術は終わりました」

 仲間はお互いに、今夜はなんとつらい日なんだと語りあう。テレビを見ればマルケーロフについてのニュースばかり。

 編集部に連絡する。「ずっと重態だそうです」その10分後に、SMSの連絡が編集部から入った。「彼女は死んだ」

 なぜか電話をかけなおす・・・いまさら何の意味もないのに、詳しいことを訊こうとする・・・

 一時間後、やっとネットにつながり、彼女の写真を見つける。まず、なによりも彼女がどんなふうだったかを見なければならなかった。写真を見て、そうだーーもちろん私たちはモスクワ大学のジャーナリスト学部でおなじ学年なんですもの、それは夜学で、わたしはラジオ、彼女は新聞。一年生のときからずっとそうだった。

 彼女は目立った。とてもやせていて、なぜかいつもはちまきをしていて、やたらにしゃきっとしていた。すこし、プライドが高すぎる感じがしていた。と言っても、一度も話を交わしたことはない。なにかで偶然声を掛けたことはあるけれど。その時は彼女の名前だって知らなかった。

 最近、学科で彼女を見なかった(私もそこにあまり行っていないかったし)。「ノーヴァヤ」でもすれ違いだった。たった一度、彼女が会社から地下鉄に、わたしは地下鉄から会社にむかうところだったことがある。

 今、私たち5年生は冬季試験期で一番忙しい。私たちは二部なので、昼の連中をバカにしている。ヤーセン・ニコラエヴィチは、私たち夜間学生を誰よりも大事にしてくれている。私たちは図太くて、スノッブで、シニカルだ。試験をさぼってみたり、試験をさぼる教師への苦情を学部に訴えてみたりする。それに、卒業までにまだあと一年以上もある。

 2009年の1月19日。あの日は定期試験だった。

ーーどうしてノーヴァヤ・ガゼータが好きなんですか? そこで仕事をするつもり? と準教授に質問された時には、私は事件のことを、何が起きたかをもう知っていて、編集部からは病院に急行するよう指示されていた。わたしには何も言えなかったが、準教授は活躍を祈ってくれた。

 夜遅く、私はふと気づいた。彼女は私たちの学年で最初に消えてしまった人なのだということに。

ヴェーラ・チェリシチェワ

http://www.novayagazeta.ru/data/2009/004/37.html

[]アナスターシア・バブーロワによる、スタニスラフ・マルケーロフへのインタビュー

「人間は国家に対して守られるべきだ」

 このインタビューは、バブーロワがスタニスラフ・マルケーロフから1月5日にとったもの。そのテーマは下院のスキャンダラスな決定にあった。スパイ事件、テロ事件、大衆騒乱を起こすなどという、陪審裁判になるべき事件を裁判所が扱う権限を奪うというものだった。しかし、他のテーマにも話は広がった。

 これはナースチャ(アナスターシア)が用意した最後のインタビューだ。そしてノーヴァヤ・ガゼータがスタニスラフにした最後のインタビューでもある。

Q:下院が重要事件の審理には陪審裁判(суд присяжных)を廃止したことをどうお考えですか?

A:反逆行為、スパイ事件、テロ、大衆暴動などの犯罪の陪審制度を裁判所の管轄から除外したことは、有効なファクターとしての陪審裁判制度を廃止したことを意味します。陪審裁判制度に対する非難がもっとも多かったいわゆる強盗、ギャング行為のたぐいには陪審裁判を残すことになることに注目してほしい。

 ヨーロッパで、反逆罪を陪審裁判から除外したのはスペインと北アイルランドだけです。アイルランドの隣の北アイルランド(英国領)では、戒厳令がしかれロンドンの直轄が宣言されました。スペインの例で言うと、バスクのテロの関連で、事実上の戒厳令がしかれています。

 ロシアでこの法律を作成した者たちは、戒厳令がどんなものかの説明はしていません。ロシア連邦の刑事訴訟制度を根本から変えてしまう法制度の根本的変更の添付書を読めばわかるが・・・・

 この添付書類のボリュームがどんなものか想像できますか? たった、一ページで、たった一つのパラグラフ!それでおしまい、しかも何一つ根拠らしいことは書いてない。通常、法律の変更ならどんなに小さなことでもその注解が4−8ページにわたってついているのに、ここではわずか一ページ、たった一つのパラグラフです。

 下院でこの法案をまんまと通してしまった議員たちの説明から判断するに、この法案はsui generisの原則によって、つまり、特定の件に関して施行されたものなんです。

 特定の件ーーつまり証拠において法執行機関が疑われるような事件の審理の準備だ。つまり陪審裁判の関与なしにこれらの事件の判決を最初から裁判所が決めてしまうことが目的です。と言うのも、我が国の法執行機関は、そして今では立法機関も陪審裁判の判決がこれらの機関の利害と合わないことを恐れているわけです。

 法体制がsui generis の原則で変わるようになるなら、つまり、法の実践が特定の件について変わるとなれば、我が国の法体制がそのものが廃止されると同じことだ。つまり、我が国では法律はなく、法保護機関がアレンジする法の適用だけがあることになります。

 これは行政罰が本質的には刑事犯罪のレベルまで拡大されることにも関連する。つまり、そうした行政罰は市民のための保護などとは関わらなくなるということです(訳者 拘束された者の保護のこと?)。すでに今でも事件の実質的な本質の説明なしに行政的違法行為調書が裁判所によって突貫工事の勢いで(стахановском порядке)確定されているのが実状です。

 裁判官たちは事件を説明(разъяснение)している暇がない。これがたとえば数ヶ月の拘留であればこの体制に陥った者は実質上防御されません。人が刑務所に数ヶ月拘留されるとはどういうことか考えてみてほしい。

 これは人生をぶちこわされたも同然。失業、稼ぎ手を失った家族、社会的なつながりの喪失。これはとても深刻な処罰で、本質的には刑事罰と同じようなものです。我が国ではそういうことを行政的違法行為に対して適用使用というのです。犯罪ではなく違法行為というだけで。ほんのわずかの誤りに対してもそんなふうに裁こうというのは、どこまで我が国では国民を信頼していないのだろうか?

Q:騒乱を起こすということについての項目は、反対派の取り締まりの新たな可能性を開くことになるのでは?

A:国事犯罪は、たいてい何らかの形で異端的な考え方に関わっているものです。そうした考え方が、時として違法であったり、犯罪がらみであったりすることはある。

 テロリストがその思想に発して犯罪を起こすなら、もちろん彼は犯罪者であるけれど、同時に異端者でもある。かれが使うことにした手段が、社会ではまったく受け入れがたい闘争方法だったというだけのことだ。

 しかしこれが社会的な裁判に掛けられれば、陪審員の名において、異端の考え方を取り締まろうとしているのか、あるいは方法方を取り締まるのかをを判断するわけです。当然、後者の場合は、容疑者の機嫌をうかがうことなく、それ相当の罰が下される。しかし、社会的な陪審裁判が行われないなら、事実上、国家の勝手な判断で決まってしまう。

Q:新しい手順が想定しているような、職業裁判官三人からなる部会になると、客観的な判決を下せるようになるのでしょうか? 陪審裁判と比べてどうでしょうか?

A:裁判官というのは国家官僚なので、必ず権力構造に組み込まれています。司法の独立といくら言葉で言っても、統計をみてほしい。どれだけの裁判官たちが失職しているか? そういう裁判官は実は多いのです。それではやめさせられた裁判官のうち市民からの不満によるものがどれだけあるだろうか? ほとんどゼロだ。

 つまり、裁判官たちは裁判所の上下支配にがんじがらめになっているということです(訳者:上からの命令でやめさせられている者がほとんどということ)。司法上下関係は政権の上下関係に組み込まれているので、裁判官が三人いようが、一人だろうが、ある種の事件を扱う場合には、法的な動機ではなく、いわゆる国家の利害、あるいは役所の利害を考えて判断することになる。

Q:ブダーノフ元大佐の仮釈放について。この決定はチェチェン市民の抗議行動をひきおこすでしょうか?

A:北コーカサスの状況は社会的要因も、心理的な要因によるものもある。これはロシア全体の状況とはかなり異なっている。チェチェンではこのような決定にかならずしも直ちに反応がでるわけではないです。社会的な不満が爆発して、そのあとすべてが忘れられてしまうような反応は。コーカサスの反応はもっと長期的だと思いますね。もっとあとで、発生するーーそして、北コーカサスでは誰も何も忘れることはない。

 仮に犯人が、たとえばチェチェンの野戦司令官や、分離主義やイスラムの掟にもとづいて行動している本物のギャングどもだったら、誰も仮釈放などしません。

 ここで問題にしているのは同じレベルの犯罪、つまり ほとんど同時に起きた、ある個人に対するいくつもの凶悪犯罪のことだ(訳者:たぶん強姦、殺人のこと)。ブダーノフ大佐の所業については世論に対するより否定的な影響だってありうる。

 というのも、チェチェンの分離主義者や過激派のイスラム教徒たちは、その犯罪をロシア連邦のスローガンのもとに行ったのではなく、その権力に反抗して行っていたわけです。ところがブダーノフの場合、まさにロシアの政権、ロシアの強権機関を代表していますから、当然、彼の行為はロシアの政権の権威失墜を招きます。そして、今、司法がその信用失墜を受け継いでいる。同じ国の同じ武力紛争における同様の犯罪の判断に客観性を期待することはできない、ということを示してしまったのだから。

Q:一連の動きは、どのような結果をもたらすのでしょうか?

A:これによって北コーカサスの人々が、ロシアの司法は機能していないと確信することになる。ロシアの司法は政治的な指図によって働き、政治的機能をはたし、客観性や普遍性の原則を破っていると。

Q:具体的にはどういう事態になるのでしょうか?

A:社会の不満が爆発するか、あるいは長期の隠された恨みとなり、かなり不愉快な結果になることは避けられないと思います。

アナスタシヤ・バブーロワ

http://www.novayagazeta.ru/data/2009/005/18.html

January 24(Sat), 2009

[]「私たちは怖れていない」 ノーヴァヤ・ガゼータ紙のコラムより

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 殺人犯は、ノーヴァヤ・ガゼータのジャーナリスト、アナスターシア・バブーロワと、弁護士のスタニスラフ・マルケーロフの頭を後ろから撃った。彼が何かを怖れる理由はない。政治的な暗殺事件が裁判にかけられたことなどないからだ。

 スタニスラフ・マルケーロフは、とても例外的な弁護士だった。

 彼が弁護したのは、見通しの暗い、危険な事件ばかりだった。モスクワで、彼はチェチェンでの不法な処刑や虐待の犠牲者たちの利益のためにいつも働いていた。それに、ロシアのファシストグループに攻撃されるような案件にも関わった。

 国家によって屈辱を加えられたり、殺害されたりするような事件を弁護するのが、スタニスラフという人だった。私たちノーヴァヤ・ガゼータの友人であり、顧問弁護士でもあった。彼はアンナ・ポリトコフスカヤの記事の執筆にまつわる訴訟事件でも、代理人になっていた。2000年に殺された私たちの編集者、イゴール・ドミニコフの家族の代理人を務めたのも彼で、犯人と背後の黒幕を見つけ出して裁判を開始するように、国に要求を出しつづけていたが、犯人はまだ自由の身だ。

 私たちの新聞で働きたがっていたアナスターシア・バブーロワは、2008年の10月に仲間になったばかりだった。とくにロシアのネオナチグループの関わる犯罪についての記事を書こうとしていた。彼女がその職にあった時間は、あまりにも短い。

 言ってみれば、スタニスラフとアナスターシアは、この国のほとんどの人々に受け入れられないくらい、立派な人たちだった。ロシアを支配する者たちが、「この国の中で殺害してよし」の判決文を発行してしまうくらいに。

 この事件で犠牲になったのは、現在の体制に適合しようとしなかった二人だ。34歳の弁護士マルケーロフは、チェチェン人をロシア軍から守ろうとすると同時に、その兵士たちを腐りきった司令官たちから守ろうとした。政府がバックアップするネオナチに言うべきことを言い、刑務所に送られそうなアンチファシズムの活動家を弁護した。マルケーロフが守ろうとしたのは、ジャーナリストや人権活動家だけでなく、彼が権利のために働くことそのものだった。結果として、安全な柵の中のエリートになった仲間たちからは、のけ者にされても。

 25歳のナースチャ・バブーローワも同じように、アンチファシスト運動や異論派に属するロマンチックな抵抗者で、アナーキストだった。

 彼女はそこでは、水を得た魚のようだった。わざわざそういう人生を選んだのだ。権力や、ふつうの人ーートラブルに巻き込まれないようにし、目立たないようにこの時代を生き延びようとする人々の目には、ナースチャの選択も、好き好んでのけ者に身を落とすことでしかなかった。だから私たちの国では、彼女のように、暗殺の恐怖と闘いながらも死んでいったのは、わずか一部の人々ではある。スタニスラフとナースチャが撃たれた場所の目の前のビルで働いていた人々は、銃声が聞こえたときに、すぐに何が起こったかを理解した。だが恐ろしくて、外には出ようとしなかった。そのかわり、ガラス越しにじっと遺体を見ていたのだった。

 マルケーロフの殺人の動機は、ブダーノフ事件をはじめ、彼の関わった案件のどこにでも見つけられる。チェチェンの少女エリザ・クンガーエワを殺してなお刑務所から早期釈放されたブダーノフ元大佐に対して、彼は新しい事件を立件しようとしていた(前の裁判はエリザの殺害に対して10年の懲役を課したが、釈放されてしまったので、今度は殺害直前の強姦についての裁判を始めようとしたらしい:訳注)。過去に法廷に提出されていた証拠の中に、強姦についての資料があったので、勝算はあった。

 アンナ・ポリトコフスカヤを脅迫していたカンティーミンスク地区の民警官ラピンの上司たちが、今回の暗殺の背後にいる可能性もある。ラピンは、チェチェンの少年ゼリムハン・ムルダーロフを誘拐・虐待した咎で11年の刑を言い渡されていて、マルケーロフはその遺族の代理人も務めていた。ラピンの上にいた者たちもまた、こうした誘拐に関わっていた。数年前に逮捕状も発行されているが、彼らの居場所は誰も知らない。

 マルケロフを殺害する指示は、チェチェンから来たのかもしれない。彼と怖いもの知らずの仲間は、ラムザン・カディロフの村であるツェントロイに作られてチェチェン人たちの拷問や処刑に使われていた秘密収容所に関する立件にも関わっていたから。

 ポリトコフスカヤの暗殺以降、マルケロフは北コーカサスの事件に以前より深く関わることになったので、私たちはーーこの新聞の記者や、弁護士、人権活動家が、次に犠牲になることを予期せざるを得ない。アンナが殺された後、多くの人々が政権に対して、見解を明らかにし、明確な行動を取るように求めた。しかし実際に聞いたことは、よい答えだったとは言いがたい。その上19日に、私たちの損失のリストには、マルケーロフとバブーロワが加わってしまった。それも驚くには当たらない。

 スタニスラフとナースチャが友人だった時間は長くない。何といってもナースャはたった25歳だったのだ! でも二人は善と悪の区別がついていた。その概念が意味を獲得するのは、人間が何かをしたときだけだ。

 殺人者たちが怖れを抱くことはない。決して処罰をされないと知っているから。しかし一方で、私たちも怖れることはしない。なぜなら、人は人を守ることができ、少なくとも怖れを鎮めることができるからだ。恐怖はいま、この最悪の時を黙って逃れようとしている人々の目を問題から遠ざけているが、待つだけでは、この時代の終わりは決して来ない。

エレーナ・ミラシーナ/ノーヴァヤ・ガゼータ 2009年1月21日

http://en.novayagazeta.ru/data/2009/05/00.html