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眠れない夜に考えること

2018-09-10

信じる者でも救われない!

〜神様って人間にとってどうにも出来ない不都合な存在です。


原因があるから結果があるは間違いで、原因がなくても結果があるが正解。

東日本大震災やその他の災害を見ても明らか。

幼い頃、蟻の穴に水を流し込んだり、意味も無く蟻をふんずけたりしたことがあると思うが、その人間と蟻の関係が、神(自然)と人間の関係に似ている。そこには、「愛」はない、何の感情もない。ましてや蟻と人間の関係には、生あるものとの共通点からある程度の感情が生まれるが、神(自然)と人間の関係は、ただの異物との認識しかないので、より残酷な行為が行われる。

もともと信仰は、自然の災害を畏怖し、その災害の壮絶さから人知を超えた者のなせる業、それを擬人化し「神」を作りその存在を畏敬し、“雨乞い”等の儀礼を経て懇願となり尊厳へと変わったもの。

だから、「神」に対し救いを求めるのはナンセンス。ましてや人間個人欲望の実現をお願いするなど見当違いもいいところ。

神にお願いした願いが叶わないと“信心がまだ足りない”などとする似非宗教は、壺や・印鑑を売りつける下劣な「神ビジネス」やテロを起こすようなサイコパスカルト集団と思ってよい。

本来、神にお願いする事は、静かにしていてもらうこと。それを祈るのみ。

但し、残念ながらその願いが叶う事は絶対に無い…。

2018-07-25

生と死

「生と死」は相反するものであると同時に一対である。

生物である以上、必ず両方経験する。

もちろん人間も例外でないが、生きている間に“死”を意識しているという点では特殊なのだと思う。

そのため、生きている間、常に“死”への恐怖を持ち続ける。

でもだからといって「生」に固執して“死”を忌み嫌うのは如何なものかと思う。

人は古来から、「不老不死」を願うが、「不老」が叶わない「不死」にどれほどの魅力を感じるのだろうか?

経年劣化は、地球の掟!

生きとし生けるもの「生→死」の片道切符持参は自明の理!

常に“死”への恐怖を抱いている人間だって今まで何人この片道切符を使用したことか…。そして一度たりともなんら問題は起きていない!

生きている時点では、“死”は未知のもの、しかも「死ぬほどの痛み」とか「死ぬ気でガンバレ!」と「生きていれば良い事がある」とか“死”に対して否定的なイメージが先行しているので、“死”への恐怖を持ち続けているのも判るし、もちろんより良く生きる為には、このイメージ戦略も大いに役に立っている事は事実だと思う。

上記を踏まえ、人間として生きようとする意志が「善」で、自ら死を受け入れることは「悪」ということを大前提と認めたうえで、年齢・その時の状況等全ての条件が揃った時には、“死”という選択も認めたほうが良いのではないかと思う。

つまり、日本でいうならば、憲法第25条 第1項の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と同様に「すべて国民は、健全で人道的な尊厳を持った死を選択する権利を有する。」という項目もあっていいのかな〜と思います。

2018-02-20

韓国の人はどうなの?

北朝鮮美女応援団についてなんですが、私が日本人のせいもあると思うのですが、ぜんぜん美しいと思うことができません。

北朝鮮及び同胞である韓国の選手に対してのみ行う統制のとれた“見せる”応援パフォーマンス、その他の国に対しては、「鉄仮面」となる徹底した態度…

水商売ホステスさんの裏表を組織的に見せられているようで、勉強になる反面ゾッと!してしまいます。

確かにチアガールによる組織的応援は、日本にもその他の国にもあります。その場合もちろん応援は、自分のチームに偏ります。

ただ、背負っているもの・応援対象・パフォーマンスが違うので、私としては水商売ホステスさん感は全くありません。

そして思うのですが、韓国の人は、ほんとうにこの美女応援団を好意的に見ているのでしょうか?

マスコミ報道を見ると韓国の男の人は、かなりデレデレしているように見えます。

もちろん自国を応援してもらうのはうれしいでしょうし、なんせそれが“美女”達による応援なのですから、若干判らないでもないのですが、手の平返しの応援パフォーマンスに違和感は無いのでしょうか?恥ずかしいと思わないのでしょうか?

それにアイスホッケー女子の南北合同チームの応援に“美男”のお面をつけてのパフォーマンスは、それが誰か?なのはではなく、韓国女子も美人が好きですよね!というメッセージに見えたのですが、私、単純すぎるでしょうか?

少なくとも私の場合、そのような事をされたら「日本人なめんなよ!」と思ってしまうのですが…。

2017-10-10

運良く生きる方法

時間によって、日によって、月によって、運が良い時、悪い時があります。

運が悪い時とは、例えば一つの作業をする場合、一度目に仕上た時に不具合が見つかり、二度目の試行をし、一度目で懲りているので、かなり慎重にやったつもりでいたのに、再度失敗してしまう。

慣れている作業という油断があったと反省し、チェック項目を今更ながら確認し再々試行したところ、思いもよらないミスでまた失敗してしまう…等々の経験は誰もがすると思います。

私が思うに、この「運が悪い時」というのは絶対に存在し、どう足掻いても上記のループにはまってしまい、時が過ぎるのを待つか完璧に処理してしまうかして、その記憶を無くすしか解決方法が無いと考えます。

<その記憶を無くす>というのは、自分で完璧にその作業を完結するだけでなく、他人に完全に任せてしまっても、とにかく自分の中でその失敗を引きずらない、落ち込まない、出来れば完全にそれは無かったものと忘れてしまうことが出来ればOKです。

その時に、これで悪運をまた一つ祓ってやった! なりの訳の判らない自信を持てれば更に良いと思います。完璧です。

同様に「運が良い時」というのも絶対に存在します。もちろんその時は、「行け行け!どんどん」です。

ただ、この時には、「運が悪い時」以上の落とし穴が、用意されている事も事実です。

つまり、「運が良い時」の対応は、天使のように大胆に、悪魔のように繊細に「行け行け!どんどん」です。

まあ、このように絶妙な対応をして、もうまくいかないのが人生です。そういう所に私たちは居るのですから納得して陽気に前進するしかありません。

2017-05-10

間違っているのはだ〜れだ。

森友学園大阪市)への国有地売却問題いわゆる「森友学園問題」においてさまざまな忖度がなされ特例措置が行われたというのは事実だと思います。

それについては、財務省の担当者の間違った気配りや首相夫人の脇の甘さを指摘し糾弾しても当然と思います。

ただ、上記の間違った気配りや首相夫人の脇の甘さに付込み、手を変え品を変え強引な手口で「忖度」を引き出した籠池さん側に対するマスコミ及び野党の最近の扱いに気持ちの悪さを覚えます。

そもそも役人は上下関係に縛られ権威に弱く体裁を重んじるため、気遣いという「忖度」は本来の仕事ともいうべきものです。(皮肉を60%込めました。)

また、首相夫人は、その立場上、全ての人に気配りをし、失礼が無いよう必要以上の対応をしてしまうのは理解できます。(悲しいかなアイドル神対応と同列です。)

その気遣い・気配りを利用し、今回の国有地売却問題で「忖度」を引き出したのが籠池という子悪党おじさんという事だと思います。

その子悪党おじさんに独占インタビューを敢行出来たとして今朝のTBSテレビの情報番組でその模様を嬉々として流していましたが、籠池さんをまるで善意の第3者として、まるで正義を語るコメンテイター扱いで気遣いながらインタビューをしている様はバカ丸出しで反吐が出ます。

この局には事象をちゃんと捉える事が出来るまともな人は居ないのでしょうか?

また、国会質疑において首相夫人は、「単なる名誉職というより、言ってみれば(学園側と)『ずぶずぶ』の関係だ」と述べた民進党議員は、それを言った時点で、役人の間違った気配りを責めることは出来なくなったと思います。

なぜなら、この言葉は、手を変え品を変え強引な手口で役人から「忖度」を引き出した籠池さんの言質等を拠り所として発した悪意ある逆「忖度」だからです。

とにかくマスコミ関係の方そして野党議員のみなさん。もうこの子悪党おじさんに係るのはやめにしませんか?

いま日本にとって、もっと重要で急を要する問題がいっぱいあると思うのですが…。