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2008-03-06

Chapter 12: HABITS OF MIND [12-29] & [12-30]

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 昨日からつづいて,「すべてのアメリカ人のための科学」第12章をちょびっとだけ訳しました.パラグラフ [12-29] と [12-30] です.ひょっとすると無駄になるかもしれないんですが,とりあえず.


■SFAA [12-29]

批判的に受け止めるスキル

マスメディア・教師・仲間たちは,それぞれにいろんなかたちで学生に次々と断定や論証を浴びせかける.そのなかには科学・数学・テクノロジーの領分に属すものもある.そうした断定を批判的に読んだり聴いたりする力,さまざまな証拠のうちどれを重視しどれを軽視すべきか判断し,周到な論証といい加減な論証を見分けるだけの力を,教育は人々につけるべきである.さらに,人々はそうした批判のスキルを自分自身の観察・論証・結論にも等しく適用することでみずからの偏見や〔不当な〕合理化の枷をより少なくする力を身につけるべきだ.


たしかに大半の人々は技術分野の専門家になることはないだろう.だが,誰でも学習をとおして疑わしい断定や論証のしるしを見つけ出せるようにならなれる.そうした疑わしさのしるしは,〔研究・実験の〕結果とされるものの報告のされ方に関係している.学生は,以下に挙げる弱い論証のしるしを見つけ出し警戒することを学ぶべきである:


■SFAA [12-30]


  • 前提が明示されていない.
  • 提示された証拠から結論が論理的に出てこない(たとえば,「裕福な人間の大半は共和党に投票する」が正しいからといってその逆にあたる「共和党に投票する人の大半は裕福だ」は証明されない).
  • 論証が類推にもとづいているが,対応のさせ方が適切でない.
  • 事実と意見が入り交じっていたり,意見を事実であるかのように示していたり,あるいは事実と意見の見分けがつかなかったりする.
  • 有名人が権威に使われている(「映画俳優が新しい食品を推薦している」など).
  • 出典がこれとはっきり示されず漠然としている(たとえば,「一流の医師たちが言うには〜だそうだ」・「これは科学で証明されたことだが〜なのだ」・「他のとある州に比べて〜」・「科学コミュニティでは〜が推奨されている」など).
  • 独自の意見や情報を報告するさいに,故意または不作為の歪曲をふせぐための方策についてなんら言及されない.
  • 実験で得られたとされる証拠において,実験群によく似た対照群に言及しない.
  • グラフを使用する際,目盛りを一部に切り詰めたり異例な単位の尺度を用いたり目盛りをまったく使わないことによって,結果の印象を歪曲する.
  • 「若者は」・「消費者は」・「移民は」・「患者は」などと,ある集団のメンバーの全員が他集団にはない同一の特徴をもっているようにほのめかす.
  • 平均の結果が報告されるが,平均からの偏差は示されない.
  • パーセンテージや割合が示されるが,その標本全体の大きさは示されない(たとえば「歯科医の10分の9が推奨」というように).
  • 絶対値と相対値が入り交じっている(たとえば「我が市の昨年度の強盗は3,400件増えましたが,他方で他の都市での増加は1%未満です」など).
  • 誤解を与える厳密さで結果が報告される(たとえば,学生19人のうち13人を表すのに68.42パーセントなどと言う).
  • 考慮に値する説明や結論がそれしかないかのように提示され,他の可能性に言及しない.

対応する原文は下記のとおり:


[12-29]

CRITICAL-RESPONSE SKILLS

In various forms, the mass media, teachers, and peers inundate students with assertions and arguments, some of them in the realm of science, mathematics, and technology. Education should prepare people to read or listen to such assertions critically, deciding what evidence to pay attention to and what to dismiss, and distinguishing careful arguments from shoddy ones. Furthermore, people should be able to apply those same critical skills to their own observations, arguments, and conclusions, thereby becoming less bound by their own prejudices and rationalizations.

Although most people cannot be expected to become experts in technical fields, everyone can learn to detect the symptoms of doubtful assertions and arguments. These have to do with the ways in which purported results are reported. Students should learn to notice and be put on their guard by the following signs of weak arguments:


[12-30]

  • The premises of the argument are not made explicit.
  • The conclusions do not follow logically from the evidence given (for example, the truth of "Most rich people vote Republican" does not prove the truth of the converse, "Most people who vote Republican are rich").
  • The argument is based on analogy but the comparison is not apt.
  • Fact and opinion are intermingled, opinions are presented as facts, or it is not clear which is which.
  • Celebrity is used as authority ("Film star endorses new diet").
  • Vague attributions are used in place of specific references (for example, such common attributions as "leading doctors say ... ," "science has shown that ... ," "compared to some other states ... ," and "the scientific community recommends that ...").
  • No mention is made, in self-reported opinions or information, of measures taken to guard against deliberate or subconscious distortion.
  • No mention is made, in evidence said to come from an experiment, of control groups very much like the experimental group.
  • Graphs are used that—by chopping off part of the scale, using unusual scale units, or using no scale at all—distort the appearance of results.
  • It is implied that all members of a group—such as "teenagers," "consumers," "immigrants," or "patients"—have nearly identical characteristics that do not overlap those of other groups.
  • Average results are reported, but not the amount of variation around the average.
  • A percentage or fraction is given, but not the total sample size (as in "9 out of 10 dentists recommend ...").
  • Absolute and proportional quantities are mixed (as in "3,400 more robberies in our city last year, whereas other cities had an increase of less than 1 percent").
  • Results are reported with misleading preciseness (for example, representing 13 out of 19 students as 68.42 percent).
  • Explanations or conclusions are represented as the only ones worth consideration, with no mention of other possibilities.

killhiguchikillhiguchi 2008/03/06 02:08  度々すみません。肝のところがどうしても分からないので。
 「経験的な様式は,話し手がいま現在感じたり知覚していること──そうしているかもしれないこと──を記述する点で,より主観的である」というのがどこまで敷衍できるのかに引っ掛かっているのです。
 例えば「空襲で家を焼かれたんです」は「空襲が私の家を焼いたんです」よりも「経験的」であるといっていいでしょうか。「私」も背景化され現われず、「客観的」ではない話者の被害の経験が語られています。とすると、受身は「主観的」なのでしょうか。直示を行っているのでしょうか。「私いまここ」に結び付いているのでしょうか。態にもこの議論は当て嵌まるのでしょうか。
 素頓狂なことを言っていたらお許し下さい。おかしい奴とお思いになったら消去して下さって結構です。

optical_frogoptical_frog 2008/03/06 03:31 >killhiguchiさん:
 こんにちは.コメントありがとうございます.
 前回の相と態についてのご指摘もそうでしたが,たいへん興味深い点に注意を促してくださいました.ただ,ぼくの方がちゃんとボールを拾えていないのがなんとも……すみません.
 ゆっくり考えたいのですが,まずライオンズの「経験的」というタームから確認させてください.これは,ある出来事をそのただ中にあって経験している何者かの視点をとることと理解しています.
 たとえば Kuroda (1973) の「たい/たがっている」の対比において,「たい」はこの意味で経験的です:欲求の心理をその内側から経験するものの視点をとるためです.他方の「たがっている」はそのような欲求を外側からみる視点をとり,経験的ではありません.
 この定義で問題の例文をみてみますと,いずれも出来事に内在する視点をとってはいないように思います.
 ひとまず,以上で区切りますね.このお返事でうまくかみあっていますでしょうか?

killhiguchikillhiguchi 2008/03/06 04:24  お返事ありがとうございます。
 黒田の例を出して頂いたことで、シャープにライオンズの言うことが分かるようになった気がしました。ありがとうございます。
 と同時に、経験的ということは主観的=直示的ということと重なることなのだろうかとふと疑問も涌いてきました。日本語では心理述語で経験的な語りが一人称でのみ許されるというのは御存知のことと思います(「(私は)寒い/悲しい」「あなたは寒がっている/悲しんでいる」「彼女は寒がっている/悲しんでいる」)。これにも、黒田の議論は敷衍されて、叙法にも何にも関係ないにもかかわらず、これらも経験的な語りということで、ライオンズの射程に入らざるをえないのではないかと危惧しています。
 ライオンズの直示的=主観的というのはきれいだったと思いますが、経験的ということを加えた段階で、池上嘉彦の主観的=体験的=自己投入的に近付いてしまっているのではないでしょうか。例えば、ライオンズは、池上の挙げる、日本語の、知覚者がゼロになる表現や「歴史的現在」とは言えないほどの時制の交代を見て、経験的な語りと言わざるをえないのではないかと思いますが、さてそれが、直示的=主観的とどれほど関わっているのかは、私には分かりません。
 あいかわらずうだうださえずっていますが、本当にいつ消去されても構わないと思っていますし、optical_frogさんが邪魔だとお思いならば、御返答はなさらなくても私は気にはしません。御迷惑をおかけします。

optical_frogoptical_frog 2008/03/06 10:07  「池上嘉彦の主観的=体験的=自己投入的に近付いてしまっている」との箇所について詳しく知りたく思います.
 ただ,そこに進むまえに確認をしたいのですが,「経験的な語り」にカウントされる「これら」が指しているものはなんでしょうか.お手数ですが,補足をお願いします.

killhiguchikillhiguchi 2008/03/06 13:41  おつきあいありがとうございます。
>これら
 文章がよく読むとおかしいですね。薬を飲んで文章を書くべきではないですね。
 これら、とは、「日本語では心理述語で経験的な語りが一人称でのみ許されるというのは御存知のことと思います(「(私は)寒い/悲しい」「あなたは寒がっている/悲しんでいる」「彼女は寒がっている/悲しんでいる」)」のことです。
 池上については、この御確認が済んでからということでよろしいでしょうか。

optical_frogoptical_frog 2008/03/06 21:22  補足ありがとうございます.
 「これら」が例文すべてを指しているようにも思えたのですが,やはりそうではなかったんですね.以下,《一人称主語+心理述語》の文は経験的,二人称・三人称主語の方は経験的でない,という解釈で話をすすめますね.
 ライオンズのいう subjectivity は定義がよくわからなくて困ってしまうのですが,「主観的=直示的」というわけではないようです.
 まず,直示的であっても主観的でない場合があります:たとえば,歴史的な語りの過去時制は,明らかに直示的ですがライオンズは客観的と述べています.
 さらに,主観的であっても直示的でない場合があり,それがたとえば「経験的」な描写様式なのだと思います.(他方で,ラネカーの「基盤化要素」は定義により直示的とされています.)
 では,このようなライオンズの subjectivity の概念と池上先生の「主観性」はどれくらい重なるのかという点ですが,よろしければ「池上嘉彦の主観的=体験的=自己投入的に近付いてしまっている」について詳しく伺ってもよろしいでしょうか.

killhiguchikillhiguchi 2008/03/07 16:31  体調がすぐれないことを理由に議論を休むのは不誠実な態度だと思われるのですが、どうかお許し下さい。来週には復帰できるかと思います。
 池上についてお尋ねですが、私の依拠している池上の主観性の論文は、
池上嘉彦2003「言語における<主観性>と<主観性>の言語的指標(1)」『認知言語学論考3』ひつじ書房
池上嘉彦2004「言語における<主観性>と<主観性>の言語的指標(2)」『認知言語学論考4』ひつじ書房
に基づいています。もし、お持ちでしたら、私が議論を展開する前にお読み頂ければ、私の解説など不要のものとなるでしょう。
 来週からは、池上の件に入る前に、私のライオンズについての誤解を正すべく、ライオンズについての幾つか不明な点を質問させて頂くことから始めたいのですが、いかがでしょうか。
 我が儘を申して、本当に不誠実な態度だと反省しております。

optical_frogoptical_frog 2008/03/07 17:29 >killhiguchiさん:
 ゆっくりすすめていきましょう.どうぞお体を大事になさってください.

killhiguchikillhiguchi 2008/03/15 18:08  やっとアクセスできました。
 議論を停止してくださり、お心づかいに感謝しております。
 今回は、私の愚かさのせいで議論を潰してしまい、貴重なお時間を奪ってしまったことを反省しております。
 申し訳ありませんでした。

optical_frogoptical_frog 2008/03/15 23:22  いえいえ,お気になさらないでください.

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