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2009-11-29

アセモグルせんせいにきく:近代の経済成長 (1/3)

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追記:この訳文の PDF をアップロードしました:tr_Acemoglu_2009_INTERVIEW_modern-economic-growth.pdf 直


ダロン・アセモグルの下記インタビューを訳して紹介します:

Daron Acemoglu, "Modern economic growth." Interviewed by Romesh Vaitilingam, 27 February 2009.


レギュラー先生 (regular_1981) が twitter で,これと「相補的な内容になってるワン」とおっしゃっていたので,遅まきながら手をつけました.全3回にわけてやります.


ようこそ,Vox Talks へ.このシリーズでは世界の先進的な経済学者のインタビューをお送りしています.私は Romesh Vailtilingam.本日は MIT のダロン・アセモグル教授のインタビューです.インタビューが行われたのは2009年1月,サンフランシスコで開かれたアメリカ経済学会の年次大会においてで,彼の新著『近現代の経済成長叙説』について語り合いました.最初に,19世紀まで何百年にもわたってまったく成長がなかったのはなぜなのか,彼に質問しました.



ダロン・アセモグル:そいつは社会科学者たちがずっと格闘している中心的な問題ですね.その議論のテーブルに経済学者はほとんど同席せずにいたんですよ.ぼくらは現代の成長について考えるツールを開発するのは得意ですけど,なんで成長が19世紀にはじまって20世紀になって加速したのかを考えるのはそれほど得意じゃなくってね.この本でやろうとしたのは,経済学者たちが使ってる概念枠組みを導入してやることがひとつ.さらに,それを敷衍して,こういう問題について考えられるようにすること.とくに,経済成長のいろんな近似的な原因,たとえば人的資本とか物理的資本とか,技術とか,生産の効率性とか,そういう原因を,基盤となる根本的な原因――インセンティブを形成する制度とか,あるいは地理的・文化的な特徴とかに結びつけてやろうとしてる.


 で,経済成長がなんで19世紀になってはじまり,しかもそれが西欧ではじまり,そのあと合衆国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドという西洋の分家にあたる国々でおきたのか,その理由を考えるには,物理的資本や技術みたいな要因を根源的な特性に結びつけてやる必要があると思うんですよ.


 そこで決定的に大事な要素は,19世紀に先だって,王や君主の権力をいっそう制限する大きな制度改革が起きていたということ.これによって,経済行動をうながす機運がさらにひろまり,さらにここに重要な技術革新がいくつもおこり,これが起業精神や創造的破壊,新事業の参入を引き起こした.これがやがて産業革命と呼ばれる躍進につながったわけです.



Romesh: なるほど.それがご著書で論じているカギとなる問題なんですね.つまり,かんたんにいって,どうして持続的な経済成長が1800年代にはじまったのか,と.


ダロン:そう.


Romesh: そして,もうひとつ問題なのは,それがいたるところで起きずにほかでもなくそのときに起きたこと,経済成長の進み方はばらばらで,ときにまったく成長しないケースもあるということですね?


ダロン:で,この点はいま進行中の政策論議にもっと関連が強いと思う.つまり,解くべきパズルのひとつはいま言ってくれたとおりで,「どうして経済成長はそれ以前に起きなかったのか?」であり,もっと適切な言い方をするなら,「どうして持続的な成長はそれ以前に起こらなかったのか?」ですね*1.というのも,古代ギリシャ・ローマみたいに多年にわたる資本蓄積をもとに成長がおきたものの持続的な成長にはならなかったケースがありますからね.でも,西欧で持続的な成長がはじまったあと,ぼくらが予想するかたちでは世界中に持続的成長がひろまらなかった.経済的な機会はかつてないほどのものだったというのに.


 で,その点についてのぼくの説明は,経済成長の起源におおいに結びついてます.西欧で経済成長がはじまるのに特定の制度の前提条件が必要だったのと同じく,西欧世界の先進的な生産技術が世界中に広まり,そういった技術が他の国々でも採用され,実地に使われるようになるためには(西欧で経済成長がはじまるのに必要であったのと)同じような種類の前提条件が他の国々にも備わっている必要があったんです.*2


 で,合衆国では,こうした条件はひろく整っていた.つまり,かなり開かれた政治体制があり,大地主や既存の経済的利害のせいで既存技術の採用が邪魔されることもなかった.で,19世紀の合衆国である意味で目を見張るのは,そこが非常に活発に沸き立つ経済環境だったという点です.


 あらゆる階層からいろんなひとたちが新しいアイディア,新しい方法をもたらした.さらに,統計のパターンに目を向けると,新しい機械を使ってじぶんの事業を開こうとする個人たちがひろく存在していたのがわかりますね.


 で,連合王国でこの時期に経済活動をひきよせる中心地にちかい場所*3と,たとえばオーストリア・ハンガリーなんかを比べてみると,まるで状況がちがうのがわかりますね.いうまでもなくオーストリア・ハンガリーは非常に異質な政治体制,強力な君主制でした.そして,この君主制は,新技術を歓迎するどころか,これに強く反対した.鉄道を許可しなかったし,手工業がオーストリア国内にあまりひろまるのを望まなかった.


 こうした意志決定に関わったひとたちがどんな理由を表明していたかというと,ひとつには,新技術はじぶんたちの存立にとって脅威となるというものです.ここでも,制度の政治経済的要因が重要なのがわかりますね.彼らがこんなふうに懸念していたのは,まさに,新技術が動揺をもたらし自分たちの政治的権力の基礎をそこなうからに他なりません.したがって,こうした対比は――たしかに論点を例示するために選び出した対比にすぎないとはいえ――制度的な要因がいかに重要かを示してくれるわけです.絶対君主制のもとで,権力が君主の手に集中し,その権力は封建的な労働関係を結んでいる大地主・領主たちから集められている――こんな制度では,新技術の採用はなかなか進まない.なぜなら,新技術はエリートたちの経済・政治的な利益(レント)を損なうものだからです.他方で,合衆国では,このように開かれた体制があり,新技術ははるかに急速にひろまる.



つづきます

訳文におかしなところがあるかもしれません.ご指摘はいつでも歓迎します.

*1:この箇所,Hicksianさんのご指摘でなおしました.

*2:この箇所も,Hicksianさんのご指摘でなおしました.

*3:ようするに「植民地じゃなくてイギリス本国」という意味だと思います.

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