まどろむまどログ -「快」を求める日々の記録- このページをアンテナに追加 RSSフィード

2008-05-03 [ことば]一人称、何使う?

[]太一郎さんの声が聴きたい…

着ボイスとか、友達が貸してくれた「ダンディ2」の昔懐かしいビデオを眺めているGW太一郎さんが恋しいなぁ…。

キーワード検索していたら、てりりさんの4月11日日記に、とりみきさんの手になる太一郎さん追悼企画ページが紹介されていた。

忘れないよう心おぼえとしてメモメモ

○てりりのうっかり日記

 http://d.hatena.ne.jp/teriri/20080411/1207931661

2008-03-25

[]「熱血」コールが聴きたくて

小学生の頃からの憧れの人、広川太一郎さん。

彼の訃報に接してから早くも2週間以上の月日が経とうとしている。

訃報を知った翌日、職場で話題にするも私のデスク周りの若い衆は何のことやらさっぱりわからない風情。時の流れの なんと残酷なこと。

憧れの君不在の寂しさに重ねて、心の中にある大切な時間が遠い過去の彼方に感じられ、とても寂しい思いをしていた。

大切にしていた宝物がブラックホールに落ちたみたいな空虚感。堪らなかった・・・。

そんな矢先、高校時代の友人からの電話

『男たちの夜かな』は電波の入りにくい局からの送信だったから、当時かなり工夫をこらしてラジオを聴いていたことなどを思い出し、二人であれこれ話すうち、少しずつ心が丸くなる。

青春時代の思い出を共有できるともだちって、本当にいいなぁ。

今では考えられないことだけれど、『男たちの夜かな』の最終回太一郎さんは、自宅の住所と電話番号をリスナーのみんなに伝えたのだった。

何かあればいつでも連絡してこいよ、と。

自殺したい」という投稿のあった回では、番組の内容を大幅に変更して、その子へのメッセージに丸々放送時間を費やしたこともあったっけ。

結局、その投稿はいたずら半分で投稿したものであったことが本人からの謝罪投稿で判明。

事実が判明した後の太一郎さんのコメントもまた忘れられない。

死にたいという内容が嘘かもしれない、という可能性は確かに考えた。

けれど、自殺したいという投稿をする時点で、それは見過ごしていい状況ではないと判断して取り上げた。自分の判断・わがままにつきあってくれたスタッフのみんなには感謝している」

大雑把に言うと、だいたいこんな感じのコメントだった。

当時の状況を、記憶を辿りながら残してくださっている方のブログがあるので詳細はこちらをどうぞ↓

○Adan Kadan Blog「夜の思い出」

http://aso2.exblog.jp/4696390/

「夜かな」は出演者一同でギター片手によく歌っていた。

けれど、音盤をかけることはなかった。

いわゆる「グタグタになる」感じも結構あった不思議なひとときがとても心地良かった。

秘め事のことを「オギ」(たぶん荻野式からきていると思うけど・・・)と呼んだり、絶倫体操なんてものも編み出した。

♪きつねさん、お風邪を召しました コン、コン、コン〜♪という歌は、息子が小さい頃によく歌って聞かせたりもした私の愛唱歌。

『ダンディ2』のダンナも大好きだったし、少し太めの「600万ドルの男」の主人公も、太一郎さんの2枚目な声があてられると、とてもハンサムに感じられた。

ロバート・レッドフォードの声は、レッドフォード本人の声ではなく太一郎さんのあの声でダンゼン聴きたいし、DVDではレンタルできないけれど、テレビで放送されたときの『ヤングフランケンシュタイン』の吹き替え版でのイゴール役・熊倉さんとの絶妙なかけあいも絶品だった。

短いチョッキ、裾の広がった細身のジーパン、シャツの襟元を大きくはだけ少し胸毛が覗くあの独特なスタイル

こども心に「こだわりを持ったオトナの男の人」を感じたものだった。

『レコパル 音の仲間たち』もよく聴いていた。

NHKラジオで夜遅くに放送されていたディック・フランシス短編小説ラジオドラマ版で演じた『度胸』のジョッキー役も印象深いものがあった。

太一郎節の3枚目な部分がクローズアップされることの多い太一郎さんだけれど、あのアドリブのような言い回しは、せりふ回しの時間をきっちり計算した上で、台本に真っ黒になるまで書き込んで出来上がったものだったという。

確かに変わり者だったとは思うけれど・・・。

今、もしあの独特な深みのある声で「熱血ぇーつ!」と叫べば、時代遅れと呼ばれるのだろうけれど、流行り廃りとは関係のない、自分が大切と思う世界を貫き続けた広川さんの声が、今、無性に聴きたくて仕方がない。

誰かから差し出された手は、なんとかして握り締めてあげようとした人だったんだとあらためて思う。

ミッドナイトビデオジョッキ ー 第1回放送

 http://www.youtube.com/watch?v=1z8IH2eqO-8

◆『徹子の部屋』 出演時の模様

 http://www.youtube.com/watch?v=ckpkkBx4oBM

ヤングフランケンシュタイン(吹き替えTV放送時)

 http://www.youtube.com/watch?v=hAN6SIcXkEk

◆男たちの夜・・・かな?! は永遠に不滅です

 http://jorf1422.hp.infoseek.co.jp/main.htm

広川太一郎さんにあいたい!!

 http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/2899/

広川太一郎データベース

 http://web-conte.com/red/database/hirokawa/hirokawa.html

2006-08-11

[]鈴置洋孝さん逝く

「機動戦士ガンダム」のブライトさん、「ダイターン3」の破嵐万丈、「るろうに剣心」の斉藤一、「ドラゴンボール」の天津飯、「らんま1/2」の久能先輩・・・鈴置さんが演じたキャラクターは、どれもこれも大好きでした。
8月6日、56歳の若さであちらに旅立ってしまわれました。

私はアニメや洋画の吹き替えでしか存じ上げなかったので、生鈴置さんの舞台を見たいと思っていたのに残念です。
ご冥福をお祈りします。

○鈴置洋孝プロデュース 公式サイト
 http://www.quinbaya.com/suzuoki/index.html

○鈴置洋孝(Wikipedia)
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E7%BD%AE%E6%B4%8B%E5%AD%9D

2005-12-20

[]題名が思い出せない合唱曲

朝になると頭の中に流れてくる合唱曲があります。
特に寒い冬の朝に(*^-^*)。

それは小学校高学年の頃、所属していた音楽部で練習していた合唱曲。
とてもキレイな詩がついていて、おぼろげながらも一番の歌詞はおおまかにまだ歌えたりします。
どんなのかというと・・・

♪朝が そっと 青空に たてかけた(投げかけた?)
 黄金のハープ
 霧に濡れた 美しい夏の日(背?)に
 いだかれて 眠っているのは 誰だろう

 したたる 緑の小道から 
 夏の太陽が もう私たちを呼んでいる

 開け放たれた 果樹園の扉よ・・・

 光や匂いに 甘く彩られ
 木の枝や 葉の陰で 眠っているのは誰だろう♪

ってまだまだ続くのですが・・・。

カッコをつけた箇所はかなりあやふやです。
メロディもしっかり憶えていて鼻歌は歌えます(^^;
それなのに題名が思い出せないし、当時の楽譜は手元にありません。
うーん、悔しい。

で、なんでまた、冬の寒ーい朝にわざわざこの曲が頭の中で鳴り響くのか考えてみました。
これ、合唱コンクールの課題曲だったような記憶があります。
寒さの厳しいうちから練習していたので、その当時のお天気が刷り込まれているのかも。

不思議と夏の暑い時期には頭の中で鳴らない曲。
寒いときでも、おひさまのパワーを思い出して気合入れて起きろってことなんだろうと、えいやっとぬくぬくしたお布団から出る毎日です。

2005-11-08

[]本田美奈子さんの『ナージャ!!』が聴きたい

「ザ・ベストテン」で力強く『1986年のマリリン』を歌っていた姿が強烈な記憶として残っています。
アイドル歌手として華やかな時代を築いた後、熱心にレッスンを重ね3オクターブまでの音域を獲得したその底力は本当に素晴らしい!
また、幅広い歌にチャレンジするその姿も眩しいものがありました。

大のアニメ好きな私としては『明日のナージャ』の主題歌を本田美奈子さんが歌っているとタイトルロールで知ったときには心底ビックリしたものです。
『ナージャ』はアニメそのものも素晴らしいけれど、オープニングに流れる美奈子さんの伸びやかで力強い歌声は日曜日の朝を心軽く楽しいものにしてくれました。
お話の設定はともすれば暗くじめじめしたものになりがちなものだったのですが、ナージャのキャラクターの明るさ、そして随所に流れた音楽の素晴らしさによって、とても質の高い作品に仕上がっていましたっけ。

残念ながらCDを手元に持っていないので『ナージャ!!』も『etoile−星−』も今聴くことが出来ません。
今日は息子の校内パトロールがあるため仕事もお休みさせていただいたことだし、後でTSUTAYAでレンタルしてこようかな。

何があってもくじけず前向きだったナージャの姿と美奈子さんがダブります・・・。

ところで、美奈子さんは残念なことに旅立ってしまったけれど、白血病は決して不治の病ではないんですよね。
同じ病にかかった有名人で治癒し復帰している人も大勢おられます。
私自身は、赤ん坊の頃、人より異常に白血球が多く「白血病? 再生不良性貧血?」と病名が定まらないまま、当時試しうる様々な薬の投与で命を永らえさせていただけたのだ、と母から聞いています。
今では白血球の数値も通常の人と同じ状態になっているのですが、怪我をしたときに血がとまりにくかったり、アレルギー反応がとても強かったり、と当時の名残はそこここに多少あるようです(^^;

ですので、血液の病の話を聞くと人事とはとても思えません。
ついつい反応してしまいます。
けれど、以上の事情から私自身が骨髄や血液を提供することは無理ですよね・・・。こんな私でも協力できることは、といえば、募金させていただくとか、様々な支援活動の紹介をちっぽけな日記に書くことくらい。
病の人をサポートするための環境づくりは、すぐに整うわけではありません。
日頃から私たちが関心を持ち協力することが大切なのだ、と朝の情報番組のキャスターも繰り返し話していました。

できることから一歩ずつ。
美奈子さんの歌声を思い出しながら、実践していきたいと思います。

○日本骨髄バンク http://www.jmdp.or.jp/