エイリアン


火薬のにおいだ。
ベンチをもとめて駅前広場に出た。ベンチは重ねられ、広場に一本だけ佇むメタセコイアにチェーンで繋がれていた。そのまわりを、廃遊園地からの払い下げミニSLが、煙をはいてこどもたちを乗せて走っていた。先頭車両にまたがった運転士が「しゅっぱーっつ!」と声をあげ警笛を鳴らす。煙管から「しゅ、しゅーっ」と蒸気を模した白い火薬の灰が吹き上がった。私鉄会社の、沿線住民へのささやかな休日サービスなのだろうか。

春のはじめに建て替えられた駅ビルのアイスクリーム・ショップでクッキークリームをテイクアウトし、ベンチで休むつもりだった。溶けかけたアイスクリームの一滴が足元に落ちる。靴下がそろっていなかった。右が黒と白、左がネイビーと白の縞だが、気にしない。おどろいたのは、また夏がめぐってきたことだ。鼻腔から眼球につきぬける火薬のにおいが昨年の夏の花火を喚起した。

ショジョウバエが窓ガラスにとまっていた。部屋の照明をおとして、暗い空にあがる色とりどりの花火をながめた。川向こうの山の中腹にある神社で夏祭りがおこなわれているのを知らなかった。もともと街のことなど何も知らなかった。窓にひたいをつけて、宇宙船の到来に狂喜するように一心に花火に食い入った。連続した爆音とともに大きく開花したのち、街はしずかになり日常におちついた。翌朝、風に火薬のにおいが舞っていた。ベランダの物干しからあおられたのだろう靴下が、片方だけ太陽に溶けたアスファルトに落ちていた。

駅前のミニSLは行列にならぶこどもたちを順番に乗せ、メタセコイアを一周する。
こどもたちは入れ替わっていくが、蒸気機関車は延々と同じ軌道をめぐるだけだ。


© prose poetry by hiromi suzuki, 2015
* 書き下ろし散文詩 『エイリアン』 / 鈴木博美