天国の風(天国の風は、とてもあたたか)

2018-08-15 咲いて散る花

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[] 夏の相聞歌 大伴家持

 紀女郎(きのいらつめ)に贈る歌。

 紀女郎は安貴王の妻で、安貴王が失脚後、大伴家持と歌の贈答を行っています。

    • なでしこは咲きて散りぬと人は言へど我が標めし野の花にあらめやも

 (なでしこは咲いて散ったと、人は言うが、私が標めした野の花のことではなかろう。)

 「我が標めし野」は、自分の所有であることを示すために目印をすること。

 「花にあらめやも」には、契りを結んだあなたが心変わりするはずはない、との意がこめられています。

2018-08-14 夏の応援歌

[] 海よー祈りの海よ

 甲子園では、暑いなか、高校野球の熱戦が続いていますが、応援歌として取り上げられているのが、「ダイナミック琉球」(海よー祈りの海よ)という歌。

 平田大一作詞、イクマあきら作曲の楽曲ですが、まず応援団の一人がメガホンを口にあて、ワンフレーズを歌います。

海よ 祈りの海よ 波の声響く空よ

大地踏み鳴らし叩く 島の太鼓(てーく)ぬ響き

 そのあとを応援団全員がうたい、チアリーダーの踊りが続きます。

 高音部が幾分苦しそうではありますが、1試合で1回、勢いを与えたい、ここぞというときに歌われるとか。

 昨年の夏、仙台育英高校が応援歌として使ったことがきっかけのようです。

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2018-08-13 秋の蔭

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[] 高浜虚子俳句(56)

    • もの置けばそこに生まれぬ秋の蔭

 虚子が64歳、昭和13年10月の作。

 どんな小さな物でも、ものを置けば蔭が生まれるというのは、あたりまえと言えばあたりまえのこと。

 春夏秋冬、蔭はうまれます。

 しかしながら、「秋の蔭」に深まりゆく秋を感じとるというのは作者でなければできないことです。

 山本健吉は「もの」と叙し、具体的に品物の名をささないのが、非常によい、と述べています。

 この場合の季語は「秋」。

 「秋の〜」という季語は、「秋の雨」「秋の声」「秋の日」など、たくさんありますが、「秋の蔭」は季語として熟した言葉ではないと言われています。

2018-08-12 暦のうえでは秋となり

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[] 茄子と胡瓜

 異常気象下での茄子と胡瓜。

 それにもかかわらず、この夏は、多くの実をならせ、体を冷やすのに力を。

 とりわけ酢漬けには世話に。

 そろそろ秋野菜へとバトンタッチの時期ですが、お盆用に茄子と胡瓜を収穫しました。

[] 仏壇の手入れと墓掃除

 お盆間近ですので、普段より念入りに仏壇の手入れを行いました。

 掃除機をかけるのとは、訳が違いますので、鳥の羽毛と柔らかなクロスを使って、一時間ほどかけて、磨き上げました。

 その後、夕方、千葉市内の霊園へ出かけました。

 猛暑日が続いたというのに、雑草は衰えを見せず、あちこちに。

 敷地内の雑草を除去、伸びた柘植の枝をカットし、墓掃除を終えました。

2018-08-11 互いに東宮を案ずる

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[][] 『源氏物語』に詠まれている歌 賢木(14)

 故院の御国忌ののち、藤壷は法華八講を行います。

 法華八講とは、法華経八巻を朝夕に一巻ずつ講読して、四日間で行う法会のこと。

 その三日目、藤壷は、いきなり大勢の人の前で、落飾してしまいます。

 源氏の動揺は大きく、参じて、藤壷に次の歌を贈ります。

    • 月のすむ雲居をかけて慕ふともこの世の闇に猶や惑はむ

 光源氏

 (月の澄む空を目指して、跡をお慕いしようとしましても、この世の闇にやはり迷うことでございましょう。)

 藤壷の出家を羨みながら、実子東宮を守るためには出家することもかなわないわが身を嘆きます。

 それに対する藤壺の返歌が次の歌。

    • 大方の憂きにつけては厭へどもいつかこの世を背き果つべき

 藤壺

 (おおよそこの世が辛くなって出家いたしましたが、いつになったらこの世を捨てきることができましょうか。)

 藤壺も東宮のことが気がかりで、なかなか心が落ち着きません。