原田治ノート

2005 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2006 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2007 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2008 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2009 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2010 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2011 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2012 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2013 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2014 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2015 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 | 12 |
2016 | 01 | 02 | 03 | 04 | 05 | 06 | 07 | 08 | 09 | 10 | 11 |

2015-11-24 ポン友

osamuharada2015-11-24

オヤジは、旧友のことを「あいつは俺のポン友だよ」などとよく言っていた。中国語の「朋友」からきている外来語で、昭和ひとけた世代まではよく使われていたようです。「ポン友」とオヤジの口調で聞いていたせいか、若い頃からの遊び仲間で、会えばすぐ昔に戻れるような、古い親友のことだと思いこんでいました。

ヤツガレもこの歳になってみると、生き残り「ポン友」の数も少なくなってくる。先日、そのポン友の一人である Kが、NHKの番組『にっぽん縦断こころ旅』の録画DVDをくれた。火野正平氏が、Kの書いた応募手紙を読んでいる。北海道は洞爺湖で、大学時代の空手部合宿のときの思い出話。クスッと笑っちゃうような調子で、さすがによく書けているなと思った。あとでKがいうには、これは本当の話ではあるが、〈いたずら心〉で書いて出してみたそうだ。まずハゲのネタで笑わせてツカミを取り、火野氏にNHKで「ストリッパー」という言葉を二度もしゃべらせ、最後に「知床旅情」を森繁風に歌わせることに成功したんだぞという。Kはスポーツ新聞の記者 (のちに社長)になった男だから、人の心を掴むキャッチフレーズのプロともいえる。何だ、ただのヒマつぶしだったのかよ。

それにしても、Kの他愛ない〈いたずら心〉というのは、我々が十代の頃に共通した遊びだった。もう一人のポン友A (鬼籍に入る) との、学生時代の三人旅が懐かしい。よく海や山でキャンプをした。お互いに〈いたずら心〉で、お互いをからかったり、バカ笑いをしながら「だだら遊び」をくりかえしていた。「ポン友」Kには、退職した今こそ、かつての〈いたずら心〉を働かせ、人からクソジジイと呼ばれるような「文人墨客」になってくれることを密かに願っています。

2015-11-17 東京外食事情

osamuharada2015-11-17

さすらいの渡り鳥、生まれ故郷の東京へ戻ると「外食」で難渋しています。誰がなんと言おうともヤツガレは〈ベクレルフリー飲食主義者〉に転向してしまったので、世界50ヶ国が輸入を規制している東日本産の食材は口にできない。食べて応援しているのは西日本産のみという主義。ただし主張はしない。 ある後輩は、ハラダさん変人だからなァと笑い、ある朋輩は、もうこの歳なら何を食ったって同じことだぜと笑う。変人でも老いぼれでもかまわない、食べることぐらい好きにさせてもらいたいですな。

江戸前鮨のほうはすっかり断念できたけれど、蕎麦は地方で食べてもどこかピンとこないので、昔からのお馴染み、日本橋【 室町 砂場 】へと足が向いてしまう。名代の「ざる」で、ああやっと東京へ帰ったな、という気がしてくる。ごま油で揚げた小海老のかき揚で、ここの名物「天ざる」。辛口の菊正宗がピタリと合う。灘の菊正宗、吉野杉の香りゆかしき「樽酒」といえば 銀座【 はち巻 岡田 】も東京では避けて通れない店。三代目が今も昔の東京の味覚をしっかりと伝えてくれる。いまのところ、この素晴らしい東京の老舗二店だけは 主義を忘れて行っちゃいます。

参考:農林水産省が公表(毎月更新)している世界約50ヶ国の放射能「諸外国・地域の規制措置」(平成28年7月18日)→ http://www.maff.go.jp/j/export/e_info/pdf/kisei_all_160718.pdf (ほとんどの国が食べて応援してはいない)

2015-11-16 東京の悪口

osamuharada2015-11-16

愛読しているユーモア作家・獅子文六に、『東京の悪口』(1959年刊) というエッセイ集があります。そのなかの一節。戦後、地方から東京へと流入する人口が急増したので、東京人としては息苦しさを感じるようになってきた。そこで文六先生は東京の人口密度を下げるにはどうしたらよかろうか、苦肉の策を考えた。

《 とにかく、東京をどうにかしなくてはならない。私の考えでは、まず 第一に、都庁が全力をあげて 厭人思想 を鼓舞することである。》と、東京都民をしてみーんな「人間嫌い」にしちゃえばいいという。コメディ・フランセーズのモリエールですね。さすれば東京から人はいなくなり、もっともっと暮らしやすくなる。それには、《 ガリヴァー旅行記とか、ショウペンハウエルの哲学書とか、正宗白鳥の小説とかいうものを、都民に無料配布して、人間とはロクなものではない、その人間が集まれば、いよいよロクなことは起らないということを、広くしらしめるのである。 都知事はじめ各職員が、巷に立って 孤独のいかに愛すべきこと、山林のいかに安らかなることを、都民に訴えるのである。》 確かに人間嫌いになれば、都会に人は集中しなくなるでしょう。《そして、真に東京都を愛する都民は、自から 都を離散することに於いて、愛情の完成を見出すであろう、という所以を強調するのである。》 これで東京はカラッポになるというアイデアなのでした。

これが半世紀前の東京ですが、残念ながらいまも人は増殖しつづけ、「厭人思想」など考えも及ばないことでしょう。誰も東京から出てゆかず、どこもかしこも人だらけ。渋谷スクランブル交差点など、いまや外国人の観光名所にさえなっている有様を文六先生に見せてあげたい。卒倒するだろうな。しかしふと考えてみたら、生まれながらの東京ッコであるぼくが「自から 都を離散する」ハメになっていた。3.11以降、ヤツガレは流偶の身となっております。さすらいの渡り鳥。

この↑写真は銀座6丁目。銀座松坂屋とテプコ(東京電力)のビルを解体して、東京最大級の商業施設をつくる予定らしい。その合同ビル新築のための工事現場。昨日、前を通りがかったら、巨大な鉄骨がすでに真っ赤に錆びていたのには驚いた。東京五輪に間に合わせるための突貫工事のせいか。なんだか不気味で不安になる。廃墟をつぶして廃墟をつくる、という感じ。銀座はいまや中国人ばかりで、ここからは東京都民も離散したようだ。中国人(95%は漢民族)は、世界人口の20%を占めている。このままじゃビルが完成する前に、銀座はチャイナタウンになっちゃうよ。

現代の東京ッコには「厭人思想」より、こっち↓がオススメです。

東京が壊滅する日――フクシマと日本の運命

東京が壊滅する日――フクシマと日本の運命

2015-11-05 秋の読書ノート

osamuharada2015-11-05

絶好の秋日和。朝は、散歩がてら摘んできた草花を竹籠にいけて、煎茶を喫す。このところ午後はもっぱら読書を楽しんでいます。相変らずの乱読ですが、いま読んでいた本をちょっと紹介してみます(が、あまりに個人趣味すぎてつまらないかも)。

まず今秋の読書は、ヤツガレの古代史研究がテーマです。奈良時代前の【飛鳥】と、古代朝鮮「百済(くだら)」、それに「秦(はた)氏」の関係を調べています。それと関連して「飛鳥」の前身の国は、中央構造線より南側の吉野、熊野、東西の牟婁(むろ)郡、と広範囲にわたる国が、【扶桑國】(中国の『梁書』倭人伝にのみ書かれている)ではないだろうか?という仮説に挑んでいるわけです。それに「伊勢神宮」のある伊勢は『梁書』にいう【女國】ではないのかとも考える。そして水銀を扱う秦氏と「丹生都比売(にゅうつひめ)神社」の歴史。こんな感じで、また歴史探偵ごっこにハマっているところです。

それで最近、追加購入して読んでいたのは、古本:『曽我三代と三つの飛鳥』(新泉社)『飛鳥・高松塚古墳』(学生社)。新刊:『奈良県の歴史散歩』(山川出版)『奈良歴史地図帖』(小学館)、それに近畿全域の地図などなど。

何しろこの【扶桑国】たるや、兵隊を持たず侵略戦争をしない国「無兵甲、不攻戦」と書かれているところが凄いのですよ。戦乱の五世紀、古墳時代に平和主義をつらぬいた国があった。そしてすぐお隣なりの伊勢が【女国】、ぼくの仮説では、天照大神卑弥呼、沖縄アマミキヨが宗教的に関連してくる。海洋系縄文人(自説)が黒潮に沿って、時代を経てつくったと思われる古代の国々に魅了され続けています。もすこし纏まりがついたら、またここにノートしますね(古代史ファンのかた向きですが)。

〈美術〉と〈歴史モノ〉がお好きなかたには、彫刻家・高村光雲の『 幕末維新回顧談 』(岩波文庫)をオススメしちゃいたい。江戸時代の仏師(職人)から明治の彫刻家(芸術家)になった人。座談の名手であったという光雲さんの口語体が親しみやすい。客観的でリアルな活写に、思わずタイムスリップしてしまった。さすが彫刻家の眼光や鋭し。この江戸から明治へ移り変わる頃は、いつも伊藤博文を中心課題として眺めるクセがついていたので、ぼくには血なまぐさい暗黒の時代認識だった。それが高村光雲さんのおかげで、この時代にも明るい光が射して見えてきた。古典落語で描かれたような、市井人の息吹を感じさせる。息子の彫刻家・高村光太郎の〈近代的自我〉には辟易としていたのだが、職人かたぎのオヤジさんにはスカッとさせられた。文学より、事実のほうが面白いこともある。

上の写真は、マイ図書室と茶室を兼ねた部屋。携帯の電波は入らず、Wi-Fiも届かない。何もせず静寂と日向ぼっこも楽しめる。小鳥たちとリスの鳴き声が、ときどき聴こえてくる。http://osamuharada.tumblr.com/

幕末維新懐古談 (岩波文庫)

幕末維新懐古談 (岩波文庫)