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osawatatuoの日記

2009-06-16 阿修羅さんは、なぜ三面なのでしょうか。

コンテンツ・ビジネス塾「阿修羅」(2009-20) 6/9 塾長・大沢達男

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1、国宝阿修羅

平城京奈良)は710年以来、平安京(794年・京都)ができるまで、日本の都であり続けました。

阿修羅さん」(親しみをこめてこう呼ばせていただきます)の興福寺も710年に創建されています。創建1300年を記念して「国宝阿修羅展」が、東京国立博物館・平成館で、3/31~6/7まで開かれました。展示の最終日の上野は大混雑しました。駅構内と平成館のチケット売り場はどちらも長蛇の列、そして美術館の入り口にはそれを上回る人の群れ、午前11時の段階で、80分待ちの表示が出ていました。平城の阿修羅さんは、平成のタレントでもありました。

2、なぜ「三面」なのか。

阿修羅さんは、三面六臂(さんめんろっぴ)の像と呼ばれます。顔が三つ、腕が六本あります。素朴な疑問があります。なぜ「三面」なのでしょうか。

神であるのに阿修羅像は、少年あるいは少女のような人間的な表情をしている。右(向かって左)は、唇を噛みしめた表情、左は(向かって右)は、意志を感じさせるが目は内面を見つめている、そして正面は、憂いの中に未来を洞察する鋭い表情・・・・・・。三つの顔についての解説は、手をかえ品をかえなされます。しかしなぜ三面なのかには、だれも答えてくれません。

1)阿修羅像は、734年に建立された興福寺の西金堂(にしこんどう)に、八部衆(はちぶしゅう)の一人として、釈迦三尊像、十大弟子像とともに安置されました。釈迦を守る役目です。

八部衆とは仏を守るために集められた神です。鳥頭、獅子冠、象頭、頭から肩に蛇などの異形で異教の神々です。阿修羅を除いて全員武装しています。

2)西金堂は光明皇后が、亡き母橘三千代藤原不比等の妻)を追悼するために建てたものです。

仏像群は、「金光明最勝王経(こんこうみょうさいしょうおうきょう)」をテキスト(原典)にし、そのヴィジュアライゼーション(視覚化)として、制作されました。

釈迦は、八部衆、十大弟子、国王、王妃、善男善女の大衆の前で、「懺悔(ざんげ=罪の告白)による罪の消滅」を説法しました。そして懺悔には「金光明最勝王経」がよいと言いました。

阿修羅像は懺悔の模範を演じています。何を懺悔するのか。身三口四意三(しんさんくしいさん)。殺生、盗み、邪淫。つぎに嘘、悪い冗談、悪口、二枚舌。そして、貪欲、怒り、愚かさです。

3)アシュラとは、生命を与えるもの、もしくは天に背くもの。つぎに大地に恵みの太陽神、もしくは大地を干ばつさせる太陽神。そして戦う悪の鬼神、もしくは性愛の神。アシュラの意味は、矛盾し対立しています。三面は右回りで、右(向かって左)→左(向かって右)→正面、と懺悔の深まりを表現している、と解説されます(『興福寺西金堂と阿修羅像』金子啓明 国宝阿修羅展カタログ)。

どの解説も知識として関心を持てますが、なかなか「なぜ三面か」の謎に迫ってくれません。

3、パトス(情緒)、ロゴス(論理)、そしてエロス(性愛)。

西洋にもアシュラに似た像があります。ローマの神「ヤヌス」です。こちらは双頭。二つの顔が左右を向いています。ノーベル賞受賞の江崎玲於奈博士は、このヤヌスを見て、ロゴス(論理)とパトス(情緒)、人間活動の二面性を表すものだと解説しました。学問は論理偏重になりやすいが、情緒を忘れてはならない。学問はロゴスとパトスの両輪で進めなければならないと警告したのです。

ヒントはここにあります。

阿修羅像が表現したのは人間ドラマです。ロゴス(論理、祈り)、パトス(情緒、怒り)、に加えてエロス(性愛、破壊)で、激しい闘争の人生に迫ろうとしたのです。

つまりロゴスの顔とは、正面。嘘や悪口の言葉の世界、理性の懺悔。パトスの顔とは、左(向かって右)、怒りと愚かさの感覚の世界、情緒の懺悔。そしてエロスの顔とは、右(向かって左)、殺生と邪淫の世界、本能の懺悔です。三面の懺悔こそが人間の栄光です。三面こそが創造の源です。

さて、阿修羅さんの手にもご注目ください。ロゴスの手は慎ましく祈ります。パトスの手はロックンローラーのように青空に突き出されます。そしてエロスの手は、あなたをきつく抱きしめようと、こちらに差し出されてきています。