食品ナノテクはどんな方向に進むんだろうか?

先週、東京国際フォーラムで、食品安全委員会セミナー「食品分野におけるナノテクノロジーの今−世界の動きを中心に−」を聞いてきた。あんまり客がいないかと思ったら満席だった。
茨城大学農学部の立川氏が最初にイントロ、世界各国の法規制の現状、市民参加の試みについて講演。続いて、オーストラリア・ニュージーランド食品安全基準庁(FSANZ)のBartholomaeus氏の講演。Bartholomaeus氏は、FAOとWHOの共同専門家会議(Joint FAO/WHO Expert Meeting on the Application of Nanotechnologies in the Food and Agriculture Sectors)の議長でもある。今年6月に専門家会議が開催され、まもなくその報告書が出るそうだ。
Bartholomaeus氏は、有害性の面で重要なのは「サイズではなくて新規性(novelty)」だと強調した。英国RCEPによる約1年前の報告書において「ナノ材料の新規性は、物質の特性、特に新しい機能性にあるのであって、そのサイズにあるのではない」だと主張してたのを思い出した(ブログ記事へのリンク)。ただ、Bartholomaeus氏の言う「新規性(novelty)」はどうも2要素から成り立ってるように思えた。

  1. これまで食経験がないという意味の新しさ
  2. 新しい機能の裏返しとしての有害性の新しさ

この2つは分けて考えた方がいい。英国RCEPが言っているのは後者であり、前者は食品安全特有の話。食品安全の分野ではどういうわけか、これまで食べてきたものは安全とみなすというルールがある。欧州では、「新規食品(novel foods)」を「1997年5月(法律ができた時点)以前に欧州であまり消費されていなかった食品」と定義しており、1997年5月以前からふつうに食べられていたものは安全性評価の対象ではない(新規食品規制についてのブログ記事にリンク)。米国では、GRAS(Generally Recognized As Safe)という分野がある。日本でも、「原料、製造・加工方法等を変えることなく、同じ製品(関与成分)が食生活の一環として長期にわたって食されてきた実績があると社会一般的に認められるような場合であって、かつ、これまで安全性上の問題がない場合には、安全性評価を要しないと考えられる」(引用)というのが基本的な考え方だ。これに対して、新規開発食品には非常に厳しい安全性評価が行われるので、二重基準雑感496)と呼ばれてもしようがない。
工業化学物質については、欧州REACH規制に代表されるように、新規物質と既存物質の垣根がだんだんなくなっていくのに対して、食品安全分野では(欧州でさえ)誰も疑問に思わないんだろうか?それともみんな分かっているんだけど、手をつけるとたいへんなことになるから、そうっとしておくべき「パンドラの箱」なんだろうか?
食品ナノテクについては、現在、有害性や体内動態についての情報があまりない。これから科学的な調査が進むとなんらかの「可能性」や「懸念」はきっと出るだろう。でも本来は既存食品との相対値で議論されるべきにもかかわらず、絶対値で議論されてしまう恐れが高い。そうすると、ちょっとでもネガティブな情報が発せられると、業界全体が萎縮してしまうだろう。
それから、Bartholomaeus氏のプレゼンの後半で、今後の展開の1つに、「いずれ、ナノマテリアルがからんだ産業事故や公衆衛生問題が生じるだろう。たぶん原因はナノとは直接関係ないだろうけど、対処を誤るとナノテクへの反対運動に火をつけてしまうので規制当局は日頃から準備を怠らないように」というくだりがあった。同感。すでにドイツの「マジックナノ騒動」、中国での「ナノ粒子で労働者2名死亡騒動」などが起きている。今後もこういう案件は続くだろう。食品に関係する事案だと、マスメディアに取り上げられる可能性はより一層高まる。