淡路坂に来た辺りからあちこちに設置されている地図を見ると、
かなり神社などチェックが漏れているのに気が付く。
せっかくなので、この辺にある坂全部見て引き返すことになる。
google map だけに頼らずに紙の地図を買おうかなあ・・・・。
◆旧昌平橋駅跡
説明板などはなかった。
仮の駅として開業。
万世橋駅の開業に伴い廃止。
1908年から1912年までのわずか4年間だけの駅とのこと。
現地では正確な場所がわからなかったので、写真の場所がそうなのかどうかはわからない。
◆幽霊坂
江戸時代には火消し役の屋敷があり、そこへ上る坂道でした。江戸時代の初めごろには緩やかなカーブで、埃坂(ごみざか)あるいは光感寺坂とも呼ばれていました。のちに直線状に整備されて、紅梅坂へとつながっていましたが、大正時代の区画整理で本郷通りができたために二つは分かれた形となりました。このあたりは木々が茂っていて昼間でも薄暗かったことから、幽霊坂の名がつけられています。
この坂を新坂といいます。「新撰東京名所図会」には「新坂は維新の後、新たに開かれたる道路なり、昔は観音坂と紅梅坂の間、阿部主計頭の屋敷にして、此処により駿河台に登る通路なかりし、崖の上には今も旧形を存せる彼の堀の外囲ありしなり、此の練塀を道幅だけ取毀ちて通路を開きたり。維新後とのみかかれその年月は不明です。
「取毀ちて」
読み方を調べたら「取毀(とりこわす)」とあったので、
「とりこわちて」
と、読めばいいのかな?
もっと言葉も勉強しなければだなあ。
◆淡路公園
もともと淡路小学校があった場所で、校歌が碑になって残っていた。
「開成学園発祥の地」 という碑もあるみたい。
今度行ったら探してみよう。
散歩はまだまだ続く・・・のだ。