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ovanの社会科見学

2018-07-10

2018/07/10 天沼散歩 04 天沼出世大黒天/天沼八幡神社/庚申塔/藤乃湯/変わった街灯/天沼熊野神社

まだまだ南下。

たまに豪邸があるが、普通の住宅が多い。



◆天沼出世大黒天

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◆天沼八幡神社

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 この神社は、「新編武蔵風土記稿」多摩郡天沼村の条に八幡社とあって「除地、百五十坪、コレモ中谷戸ニアリ此所ノ鎮守ナリ本社ハ三尺四方ニテ覆屋二間ニ三間南向例祭九月ニテ下ノ稲荷十二所権現ト交ル々々行ヘリト云ウ」と記されているように、旧天沼村字中谷戸の鎮守天正年間(1573-1591)の創建と伝えられています。

 主祭神は第十五代応神天皇誉田別命(ほんだわけのみこと))で、地元からは武運の神として崇敬を集めました。そして、明治四十年(1907)九月には、宇四面道(しめんどう)の鎮守であった厳島神社祭神市杵嶋比売命(いちきしまひめのみこと))が合祀されました。市杵嶋比売命は合祀以来、水神・安産の神として深く信仰され、雨乞いの行事なども古くから伝えられています。昭和二年(1927)四月には村社となりました。

 現在の本殿は昭和五十二年(1977)に、神楽殿は平成十六年(2004)に改築が行われました。

 江戸時代に天沼村が麹町日枝神社(現、赤坂日枝神社社領であったため、日枝神社は古くから本社としてこの地に奉斎されました。日枝神社の他に、須賀神社・金山彦神社(以上合祀)があります。境内末社として他に、稲荷神社(三殿)、境内摂社として大島神社があります。

 大島神社祭神日本武尊)は、商売繁盛の神社として信仰され、毎年十一月の酉の日を祭日として熊手市がたち、当社では関連熊手守・福枡等を授与しています。社殿は平成二十八年(2016)に改築されました。




大島神社/金山彦神社日枝神社須賀神社/稲荷神社

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稲荷神社/稲荷神社

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神楽殿

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鳥居

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庚申塔

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google map に載っていたので来てみたが、現地には何もなかった。

マークの位置はこの写真の場所で合っていると思う。




◆藤乃湯

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◆変わった街灯

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こんな宙吊になってる街灯初めて見たかも。





◆天沼熊野神社

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 この神社は、旧天沼村の鎮守で、伊邪那美命祭神として祀られています。

創立については詳ではありませんが、社伝によれば、神護景雲二年(768)、東海道巡察視が武蔵国に来たときに、氏神を勧請し別当を置いたのがはじまりと伝えています。

 また一説には、元寇三年(1333)、新田義貞北条高時を討つために鎌倉へ軍を進める途中この地に陣をしき、社殿を創設したとも伝えられています。その後、応永二年(1395)朝倉三河守という武将がこの地に帰農した際、社殿を修理し、十に社権現と称するようになったといわれています。熊野神社と名称を改めたのは明治維新以後のことです。

 天沼は古来からの名称で、奈良時代末期の武蔵国の「乗瀦駅(あまぬま)」から起こったといわれていますが、諸説があって定説はありません。この辺りからは室町時代の板碑が出土していることから、その頃すでに開発が進んでいた地域と考えられます。また、蓮華寺過去帳によれば、天沼村はおそくとも慶長年間(1596-1615)には成立していたものと考えられます。

 境内には、直径二メートルにも及ぶ大杉の切株がありますが、社伝によれば、この杉は新田義貞がこの地に陣をしいた際、戦勝を祈願して手植えしたものと伝えられています。惜しいことに、枯死したため昭和十七年伐採され、今では切株で昔をしのぶだけとなっています。

そのほか境内には、文化十四年(1817)九月奉納の石造鳥居と、文久二年(1862)九月奉納の石造手水盤があります。



出世杉の根

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 この古木は、写真左側の杉の木の根であります(昭和十六年頃)。

 写真二本の杉の木は、新田義貞公が鎌倉幕府を倒すため、鎌倉へ進軍中(1333年)、この天沼の熊野神社に立ち寄り勝利を祈願してお手植えしたと伝えられています。

 新田義貞公が、その願いを叶えた為、近隣の古老達は、この杉を「心願成就の杉」とか「出世杉」と呼んで大切にしてきました。残念なことに、昭和二一年に枯れた為二本とも切ってしまいました。その後は、左の杉の切り株だけが残って、地上に顔を出していましたが、平成二年に掘り出された後、平成七年に整備され現在に至っています。

 皆様も、この杉の木にご祈念なさって願い事を叶えてください。



稲荷神社/三峰神社・太現神社須賀神社

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鳥居

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白玉稲荷神社

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鳥居

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続く。

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