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ovanの社会科見学

2018-08-28

2018/08/28 鬼子母神散歩 07 第18回オリンピック大会国立競技場国旗掲揚ポール/学習院大学/豊栄稲荷神社/目白駅近くの坂/目白駅

このエリアは山手線目白駅周辺。

2018/08/09 にも来たが、見逃してしまったところがあったので再度来てみた。



◆ 第18回オリンピック大会国立競技場国旗掲揚ポール

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第18回御臨費区東京大会(1964)で、参加各国の国旗を掲揚する為に国立競技場に建てられていたポールである。


よくわからないが、取り壊した国立競技場に建っていたポールをこちらに移設したということかな??





学習院大学

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2016/04/28

学習院大学史料館に来た時に中へ入ったことがある。

今回は入らなかった。

http://d.hatena.ne.jp/ovanrei/20160428/1462935800





◆豊栄稲荷神社

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目白駅近くの坂

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こちらは豊栄稲荷神社に向かう坂。


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こちらは目白駅から降りてくる坂。

工事予定の看板があり、エレベーターの設置工事をするとあった。

ものすごく急な階段だった。




目白駅

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ゴールのJR山手線目白駅

一番最後にキツイ坂があった(w

あまり距離は歩いてないけど、最後の坂にやられた・・・・。

2018/08/28 鬼子母神散歩 06 学習院下/道祖神/高田中央三丁目公園/大正製薬本社/新井薬師道ガード/学習院椿の坂

都電から離れて山手線目白駅に向かって西に進む。

大きなビルがあるなあと思って見てみたら大正製薬の本社ビルだった。

製薬会社神田周辺にあるという勝手な思い込みがあるので余計に驚いたよ。



学習院

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都電荒川線学習院電停



道祖神

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◆高田中央三丁目公園

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大正製薬本社

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皆さんご存知の大手製薬会社

ここに行った数日後に早期退職優遇制度で948人も辞めたと報道があった。




山手線新井薬師道ガード

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学習院椿の坂

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google mapにはこう記されていたが、

説明板などは見当たらなかった。




坂の途中に「切手の博物館」がある。

2015/06/12 に、行った博物館である。

今回は寄らなかった。

http://d.hatena.ne.jp/ovanrei/20150612/1434226865



続く。

2018/08/28 鬼子母神散歩 05 雑司が谷駅/地域の架け橋/千登世小橋/千登世橋/來島良亮君/学習院下歩道橋

このエリアは都電荒川線沿いに南下。

あまり気にしてなかったけど、荒川線って結構頻繁に電車が走っているんだね。

調べたら多い時間で1時間に12本も走っていた・・・・。




雑司が谷駅

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東京メトロ副都心線雑司が谷駅



◆地域の架け橋

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目白通り開設記念碑」とあった。



◆千登世小橋

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◆千登世橋

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◆來島良亮君

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 千登世橋は、昭和7年に橋長28.0m、有効幅員18.2mの一径間鋼ヒンジアーチ橋で架設された。

 この橋は、明治通り目白通りとの立体交差橋で都内でも土木史的価値の高い橋として「東京の著名橋」に指定された。

 著名橋整備事業として、千登世小橋と共に親柱、高欄、橋側灯及び橋詰空間など、歴史的原型の保全を行い、文化遺産継続の願いをこめて修景を施したものである。





学習院下歩道橋

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続く。

2018/08/28 鬼子母神散歩 04 本納寺/大鳥神社/まちづくり井戸七曲りの水/手塚治虫旧下宿先/鬼子母神前/鬼子母神表参道/稲荷神社

このエリアでも南に進む。

車の通れない狭い路地があり、不安になりながら散歩する。



◆本納寺

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江戸東京野菜「雑司ヶ谷ナス」

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江戸東京野菜とは、江戸から東京に到る中で江戸市中や近郊で栽培されてきた伝統的な野菜{練馬大根吉祥寺東京うど、新宿の内藤唐辛子など)のことです。子供でも食べやすいように品種改良された現代の野菜と異なり、野菜本来の味を楽しむことができます。

雑司ヶ谷ナス」も、この江戸東京野菜のひとつです。別名を「山ナス」といい、江戸から大正時代にかけて雑司ヶ谷地区一帯で栽培され、味が良いと評判だったそうです。

●皮はかたく、味は甘い

●形は小さめ

●熱を加えると、トロミが出る  のが特徴です。

現在の豊島区は池袋副都心のイメージで、農業とは無縁な感じがしますが、かつては農業が盛んな土地でした。「雑司ヶ谷ナス」は徳川幕府に献上されていたという記録も残っています。2011年にJA東京あおばが、農業生物資源ジーンバンクからタネを取り寄せて栽培を開始。「雑司ヶ谷ナス」が復活しました。今回はここから苗を分けていただきました。



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大鳥神社

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境内社

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三杉稲荷神社

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鳥居

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江戸東京農業 雑司が谷ナス

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 江戸時代、清戸坂の北側一帯は雑司ヶ谷村の畑(現在の雑司ヶ谷墓地は一部)で、坂の道ぞいには雑司ヶ谷清戸村百姓町があり、江戸への野菜供給基地と してナスのほか、ダイコン青菜などを生産していました。

 とくに、味がいいと評判になった雑司ヶ谷ナスは、江戸時代後半から大正時代の中頃までもてはやさ れていました。

 ナスの栽培には、下肥(人糞尿)や馬糞が多く使われていました。

 ナスはその用途が広いため需要も多くて、キュウリと並んで夏野菜のなかで重要な地位を占めていました。大正時代の中頃まで、伝統的栽培技術は引き継がれ、その後、年毎に早く収穫できる技術が開発されたことから、昭和の初めにはタネまきの最盛期 は、2月15日前後となりました。

 文献によると当時の北豊島郡(現在の荒川・板橋・北・豊島・練馬の各区)のナスの作付け面積は、約200ヘクタールと記 されています。






まちづくり井戸七曲りの水

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この井戸は地域の皆さんのご協力をいただき整備したものです。




手塚治虫旧下宿先

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google mapに載っていたので来てみたが、本当にコチラで良いのかな?




鬼子母神前

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都電荒川線鬼子母神駅前電停







鬼子母神表参道

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最近「ポプラ」も見なくなったなあ・・・・。


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稲荷神社鬼子母神表参道途中)

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続く。

2018/08/28 鬼子母神散歩 03 玄静院/観静院/法明寺の南無妙法蓮華経石碑/鬼子母神堂/雑司が谷みみずく公園/学問所雑司明哲院/鬼子母神とすすきみみずく

この日記のエリアもどんどん南下する。

鬼子母神の近くに史跡が集中する。



◆玄静院

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◆観静院

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◆光山法明寺の南無妙法蓮華経石碑

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ここから先が参道だったんだろうか。

本堂まではかなりある。




雑司ヶ谷鬼子母神

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 雑司が谷鬼子母神堂は、永禄4年(1561)に清戸(せいど)

(現在の文京区目白台)で掘り出された鬼子母神像を、天正6年(1578)に現在の場所に堂を建てて安置したことにはじまる。寛永2年(1625)には社殿の造営が始まり、生保3年(1646)には宮殿が寄進された。江戸時代前期から将軍の御成があるなど、武家から庶民まで、子育て・安産の神として広く信仰され、現在でも多くの参詣者が訪れている。

 現在の鬼子母神堂は、手前から「拝殿」・「相の間(あいのま)」・「本殿」の3つの建物で構成される「権現造り」。本殿の開堂供養は寛文6年(1666)に行われたことが記録にあるが、屋根裏の束に書かれた墨書から、寛文4年に上棟されたことが判明している。拝殿と相の間元禄13年(1700)に建てられた。広島藩2代目藩主浅野光晟(みつあきら)の正室満姫(まんひめ)」の寄進により建てられ、その建築には広島から呼び寄せた大工従事している。そのため、本殿の三方の妻を飾る梁や組み物の彫刻には広島地方の持社に用いられている建築様式が見られる。拝殿は、江戸時代中期の華やかな建物ではあるものの、装飾を簡素なものに変えるなど、幕府による建築制限令への対応をうかがわせる特徴がみられる。

これらのことから、江戸時代大名家による寺社造営の実像を示す事例であり、本殿と拝殿とで異なる特徴を持つ建造物であることから、歴史的・意匠的に価値が高いという点が評価され、平成28年7月25日に重要文化財に指定された。



武芳稲荷

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鬼子母神堂法不動

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雑司ヶ谷鬼子母神イチョウ

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 イチョウ銀杏・公孫樹)は、一属一種イチョウ科に属する、裸子植物の落葉高木である。耐寒耐暑性があり、社寺の境内樹・庭園樹・公園樹・街路樹などに広く植栽されている。中国原産といわれ日本へは、遣唐使帰国によってもたらされたという説もある。雌雄異株で、4月に開花し10月に種子銀杏)は成熟し、黄葉する。

 樹高30メートル、幹周8メートルの雄株で、都内のイチョウでは、麻布善福寺イチョウに次ぐ巨樹であり、樹勢は盛んである。応永 年間(1394 〜1428)に僧日宥 が植えたと伝えられている。古来『子授け銀杏』と言われ、戸張苗堅 の『櫨(ろ)楓』によると、婦人がこのイチョウを抱く光景がみられ、注連縄しめなわ)を張るようになったのは文政 年間(1818〜29)の頃という。




参道

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雑司が谷みみずく公園

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◆問所雑司明哲院

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google mapには「問所雑司明哲院」となっているが、

「関洋装店」かな?

ちょっとわからない。





鬼子母神とすすきみみずく

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 鬼子母神は、子授け、安産、子育ての神として、江戸時代から人々の信仰を集めている。

 参詣土産の”すすきみみずく”も、東京の郷土玩具として古くから親しまれてきた。その純朴で愛らしい姿には、こんな伝説が宿っている。

 むかし鬼子母神の近くに二人暮らしの母娘が住んでいた。ある時母親が病に倒れ、途方に暮れた娘は鬼子母神に願をかけた。すると、「この辺りは芒(すすき)の多いところゆえ、これを刈り取りその穂をもって”すすきみみずく”を作り、神の庭にて売るが良い」という夢枕のお告げがあったという。孝行娘の一念が通じいつしか母親の病は直り、以来娘は蝶々になって鬼子母神に仕え寺いるという。


「病は直り」は原文ママ



続く。

2018/08/28 鬼子母神散歩 02 豊島区役所屋上庭園/旧豊島区立日出小学校の碑/みみずく資料館/東通り/威光稲荷堂/法明寺/真乗寺

区役所からは鬼子母神のある南へ向かって散策する。

この日記のエリアは細い路地が多く、道に迷う・・・・。




豊島区役所屋上庭園

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期待していたより狭かった。

そして10階だったので、そんなに眺めも良くなかった・・・。



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斜めになっている場所までが区役所で、上階はマンション。

マンション部分の屋上から眺めたら景色がいいんだろうなあ・・・・。





◆旧豊島区立日出小学校の碑(豊島区役所敷地内)

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 新庁舎の建つこの地(豊島区南池袋二丁目四十五番)は、武蔵野台地の一角にある。この地に開校した豊島区立日出小学校は、大正十二年に開設した高田町立第四尋常小学校高田町大字雑司ヶ谷水原六百三十四番地)を前身とする。

 第二次世界大戦がはじまると、高田第四国民学校と改称し、多くの児童長野県平穂村・渋温泉などへ学童疎開した。昭和二十年四月十三日の大空襲で校舎を焼失する等、命がけの苦難に満ちた時代を通り抜けた。

 昭和二十五年、同校跡地に、豊島区立日出小学校が開校した。校名は「雑司ヶ谷旭出(ひので)」という当地名に由来する。校歌には「豊島が丘の朝風に/もえる日の出の意気見せる」と、児童の学業を鼓舞し、平成十三年三月三十一日の開校までに、3680名の卒業生を輩出した。

 ここに、日出小学校の歴史を後世に残すため、この碑を建立した。

 折しも、新潮社竣工前の平成二十六年十二月、庁舎屋上「豊島の森」に連なる雑司ヶ谷が、日本ユネスコ協会連盟の未来遺産に登録された。私たち区民は、雑司ヶ谷の地域がはぐくんできた歴史や文化を、未来に語り継ぎ、受け継いでいくことをここに誓う。




みみずく資料館

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区立南池袋小学校内にあり、土日しか開館していない。

今回は入れなかったので、また今度来てみようと思う。




◆東通り

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◆威光稲荷

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境内社

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境内社

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境内社

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塚?

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塚だと思うんだけど、情報がなくてわかりらなかった。



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鳥居はたくさんあった。



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◆法明寺

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梵鐘

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墓所

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法明寺の墓所

小幡景憲(おばたかげのり)の墓>

 開国武田氏の家臣の子として生れれる。武田氏滅亡後は徳川家に仕え、慶長五(1600)年の関ヶ原の戦い、同十九年の大阪冬の陣徳川家勝利に貢献したといわれる。甲州流軍学創始者としても知られ、軍学書『甲陽軍鑑』の成立に係わった。


<豊島氏の墓>

 豊島氏は、平安末期から鎌倉室町時代にかけて、武蔵国のほとんどを勢力下にもっていた在地領主であるが、文明十(1478)年太田道灌に攻め落とされた。その後裔を称し、江戸幕府旗本になった一族の墓である。八丈島代官をつとめた豊島忠次(寛永二十(1643)年没)をはじめ、豊島氏系図を作成した泰盈(やすみつ)(享保十二(1727)年没)の系統を中心とする。


<四代目橘屋円喬(たちばなやえんきょう)の墓>

 慶応元(1865)年十一月九日生まれ、七歳で三遊亭圓朝に入門、明治十一(1878)年二つ目に昇進し、二代目三遊亭園好を名乗る。上方での修行ののち、同十八年に東京に戻り、四代目橘屋円喬を襲名し真打に昇進。同三十八年に旗揚げした「落語研究会」の発起人をつとめた。話術に優れ、名人と称される。真夏の寄席で「鰍沢(かじかさわ)」をかけたところ、真冬の寒さを描写するうちに寄席の団扇や扇子を扇ぐ手が止んだという逸話が残る。大正元(1912)年十一月二十二日没


<老女華嶋(はなしま)の墓・楠木正成息女の墓>

 墓地入口は近くの墓台と門扉がある墓は、十二代将軍徳川家慶に仕えた江戸城多くの老女華嶋のものである。華嶋の墓のそばには、楠木正成の娘の墓と伝えられる姫塚がある。法明寺縁起によると、楠木正成の息女とその夫の立願で高祖の像を彩色したと伝えられている。現在の墓石は、天保九(1838)年二月二建立されたものである。





山門

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◆真乗寺

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変わった建物の寺院だった。




続く。

2018/08/28 鬼子母神散歩 01 池袋駅/旧キリン堂/明治天皇御野立所跡/人生横丁の碑/美久仁小路/南池袋公園/豊島区空襲犠牲者哀悼の碑

24時間勤務アケで、池袋駅から鬼子母神経由で目白まで散歩。

最初は池袋駅東側出て、豊島区区役所方面へ向かう。



池袋駅

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まだまだ池袋駅は難解だよ。

いつになったら覚えられるかな?(汗



◆旧キリン堂

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立派な看板建築

google mapのマークの位置が微妙にずれていてちょっと探しちゃった。

いろんな人のブログを読んでいると、10年くらい前には閉店していたらしい?

壊すのはもったいないね・・・・。



明治天皇御野立所跡

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全く読めない・・・・。

調べると明治天皇がこちらでお休みになられたのを記念して・・・

ってことらしい。




◆人生横丁の碑

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明治天皇御野立所跡と同じ敷地内にあった。

「あなたの心に 横丁がありますか」

と書いてあるが、意味が分からない(汗

調べるとこのあたりに「人生横丁」という横丁があったらしい。

今はビルが建ってしまっているが、その名残とのこと。

間違ってるかもしれないので、情報がある方教えてください。




◆美久仁小路

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サンシャインが見えた。



南池袋公園

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豊島区空襲犠牲者哀悼の碑(南池袋公園内)

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  昭和20年4月13日深夜から翌14日未明にかけて東京西北部一帯を襲った空襲は、豊島区の大半を焦土と化し、甚大な被害と深い悲しみをもたらしました。

  死者778人、負傷者2,523人、焼失家屋34,000戸にのぼる被害により罹災者の数は161,661人と、実に当時の人口の約7割に及びました。

  この空襲によって無念のうちに尊い命を失った数多くの犠牲者が、当時、「根津山」と呼ばれた、ここ南池袋公園の一角において埋葬されました。

  先の戦争を通じて空襲犠牲者となった豊島区民の冥福を祈るとともに、この悲惨な事実を永く後世に伝え、二度と再び戦争による悲劇を繰り返さぬように、この碑を建立します。






続く。