シロクマの屑籠 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2011-12-29

「セックスすれば劣等感は治るのか?」

 

 共感・カミングアウト続出!“こじらせ女子”は新しいリアルな女性像か!? - ガジェット通信

 

 リンク先は、セックスをしようがモテようが自分自身に折り合いをつけられず、劣等感を抱えたまま歳を取ってしまった“こじらせ女子”についてのものだ。

 

「こじらせるとどうやっても逃れらない。承認欲求が満たされてもダメだと思う。こじらせとともに生きるしかない」

http://getnews.jp/archives/158768#.TvqYv1W1L00.hatena

 思春期の前半から劣等感を抱えていた人は、その後の人生でセックスをしようがモテようが、劣等感を簡単には捨てられない、という認識。この延長線上で考えるなら、結婚をしたとしても劣等感が消去できるという保障はどこにも無い、ということにもなる。

 

 これは、一時期インターネット上で言及されていた“非モテ男子”の場合とも共通している。非モテ男子の場合も、セックスをしても劣等感が変わらない例や、彼女が出来ても劣等感が改善しない例がみられ、異性が特効薬ではないことが実証されていた。“非モテを名乗る既婚者”すらいたと記憶している。

 

 

一人の異性に愛されただけでは劣等感は治らない

 

 つまり「劣等感は、異性と付き合おうが、セックスしようが、それだけでは治らない」ということだ。少なくとも、異性は劣等感を改善させるための十分条件ではない。それどころか、たぶん必要条件でもない。

 

 幾つかの実例を見聞している限り、「駄目な自分を異性に受け止めて貰えれば、きっと私は変わる」というありがちな願望は必ずと言って良いほど幻滅に終わる。良くてもせいぜい「この人は駄目な私を愛してくれるけど私はやっぱり駄目」、悪ければ「私が駄目なままなのは、この人の愛がまだ足りないから」という渇愛地獄に落ちることもある。

 

 まして、DVを働くような異性と付き合ってもろくなことがない。脅しや暴力をちらつかせ、言う事を聞いたときだけ認めてくれるような異性と付き合っていたら、ますます他人の顔色を伺う癖が強まり、劣等感がむしろひどくなってしまうだろう。

 

 いわゆる「二人だけの関係」は、良くも悪くも、自分自身の劣等感が異性の選択にも交際内容にも反映されやすい。一人の異性に愛されること・選ばれることは素敵なことには違いないけれども、そこに、自分自身の劣等感の快復を期待するのは危険だと思う。

 

 

「恋人」よりも劣等感に効きそうなのは

 

 なら、どういう状況なら劣等感は軽くなっていくのか?

 

 残念ながら、「これさえやれば大丈夫」的な特効薬は無いと思う。“瞬間的に、劣等感が無くなったように錯覚させる方法”ならいくらでも思いつくのだが……。

 

 現時点で手堅そうに思えるのは、“複数の人物からいっぱしに認められた人間関係が、それなりに長期間続く状況”だ。キーワードは「1.複数の人物」「2.いっぱしに認められる」「3.それなりに長い期間」。この、どれが欠けていても、劣等感の改善は難しくなると思う。仕事でも地域でも趣味でもいいから、これら1.2.3.が概ね保証されたコミュニティに長く所属するほうが、たった一人の異性に全てを期待するよりはずっとマシだ。

 

 つまり、「恋人」よりも「仲間」

 

 劣等感に悩む人にとって、そのような「仲間」やコミュニティを見つけること自体が難しい。そのことを思えば、冒頭リンク先に書かれている『“こじらせ女子”のコミュニティ』のような出会いの場にも、意義があるかもしれない。