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ストックホルムの月

2008-09-21 ストックホルムの月 その5

ストックホルムの月


 9月21日

朝ゆっくりおきて、森にピクニックにでかけた。当初、遠くまできのこをとりに10キロのコースを予定していたが、私が歩けるか心配だったようで、5キロのコースに変えて、ゆっくり歩くことになった。長靴とズボンをはき、静かな森を歩く。急斜面はなく、どこまでも平坦な丘だ。道パスを外れて緑の中にはいってゆくと、一面リンコンブルーベリーが、これを夢中でとっては、パックにいれて持ち帰る。あとでジャムをつくるのだ。森の中はふかふかしていて、

低い植物が茂っている。とても歩きやすい。氷河の時代から土地が少しずつ沈下しているので家が立てられない箇所がたくさんあり、森が守られているようだ。またところどころにいろいろな種類のきのこがあって、これを目的に秋には家族がやってくる。

 しばらく歩いてもまだ森。冬場はどうするのかきいてみたら、スキーの板をはいて歩くのだそうだ。

 ランチは、ロールにしたナンのようなパンにハーブの葉やいろいろな野菜など巻いてたべえる。彼女がつくった、ひよこ豆のバターはとてもおいしい。

カロリーの高いバターの代わりに、ひよこ豆を茹で、たまねぎとごまペーストと梅酢をまぜ拡販器でつくるのだそうだ。

 きのこのお茶もおいしかった。

 夕方いえについたころにはくたくただったが、10日くらいの旅行にもかかわらず、スウェーデンの街の郊外の森ののなかでくつろげるなんで最高だ。なんてのんびりして素敵な休暇の過ごし方なんだろう。かえったら、さっそく、リンコンとブルーベルーのジャムを作ろう。

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2008-09-20 ストックホルムの月 その4

ストックホルムの月

9月20日

 午前中はゆっくりすごし、午後は友人の建築家の家にゆき、彼の70歳?60歳?での新生活への出発を祝うパーテイに呼ばれた。同窓の友人のみな若々しいことといったら。また彼のご息子家族がパーテイの準備を手伝っていた。孫になる7歳の男の子は英語の学習が学校ではじまったばかりだ。11歳の女の子とは英語で会話ができたが、東洋人である私がめずらしそうだ。若夫婦は日本びいきだった。いま、こちらは確かに日本ブームがあるようだ。

 集まった人々は建築家の友人たちで、洗練された、インテリジェンスの高いナイスな雰囲気の人々だったが、普通の日本人はめずらしいらしく、いろいろな質問がとんできた。スウェーデンの女性と比べて日本の女性は生きやすいか、とか。特に、こちらでは育児休暇中の給料が半額保証されること、男性も育児休暇をもらえることなど日本とはかなり違う。また結婚した後も性を変えない人々が多く、少しの手数料を払えば合法的に結婚前の名前を使えるようだ。日本ではモラルの問題として考えられがちだが、こちらではお金を払えばよいのねー。ふ〜ン賢い政府。ただ、夫は家計費のみ渡して、給料をすべて奥さんに渡すのは日本独特のよう、

 ジャーナリストのリサさんと話をした。日本の夢の島の話(ゴミから森へ)や中国と日本の市民レヴェルの感情など。どんな話がとんでくるかわかない。とにかく勉強しておかないと。

 こちらの人は、人と違う発想、ユニークな取り組みが子供のころから求められている。日本のように、上の人に従ってよい成績をあげるのが良いとされる社会とはちがう。イケヤ、エリクソン、H&Mといった会社はそんなところから生まれたのか。 

夕方から日本人のKさんの家にいき、週末を一緒にすごさせてもらうことになった。結婚しても、女性も個人として独立して信用を得る社会では、旦那さんがスウェーデン人で尊敬される職業についていても、それはそれ、奥さんは奥さんで一から信用を築かなくてはならないようだ。

彼女は、みそからとうふから手作りしてしまうのだ。すごい力だとおもう。しかも豆麹から名古屋みそなど作ってしまうのだ。彼女のつくったおからのおいしかったこと。

外国に暮らしていて、食生活と健康に多いに気を使うことになったというが、日本に住んでいても、麹なんてめったにお目にかかることもないのは私だけではないだろう。

 

2008-09-19 ストックホルムの月 その3

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ストックホルムの月

9月19日

 今日はストックホルムの町中に出かけた。はじめて電車に乗り、郊外のタビーから電車と地下鉄を乗り継いで、ストックホルム市内にある民族博物館にいって、古い時代の織物や家具や生活様式などをみた。スカンセンという、古い時代の建物をあつめたテーマパークのような場所にもいった。実際使われていたさまざまな階級の人々の建物が移築され、各所に当時の服装をした説明員がいて、生活していた当時の様子を詳しく説明してくれる。現在のスウェーデン人はとても背が高いが、100年程前は貧しく、栄養状態もよくなかったようだ。

 その日は、とてもよい天気で、青い港がまぶしかった。都会は、いわゆる大都市で建物などもニューヨークなど変わらない印象のところもある。しかし、怖い印象のない街でどこかのんびりしている。途中たちよったハンドクラフトの店のデザインが素晴らしかった。

 家に帰って夕食に日本食をつくった。持っていった材料がすくなかったので。まきずしや煮物やみそ汁など。

2008-09-18 ストックホルムの月 その2

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9月18日

 教会でピアノを弾き、その後、森に散歩にいった。ゆっくり朝ご飯。朝食は漂白していない小麦粉のパンが何種類があって、トーストした上に、バターを塗って、チーズやハム、キャビアをのせたり、自家製のジャムをのせたりして食べる。紅茶かコーヒーとともに、さすがにミルクがおいしい。

 庭を見て回り、りんごや西洋なしを集める。こぶりの実だが、甘くておいしい。これをジャムにしたり、切ってヨーグルトに混ぜてお昼ご飯にしたり、甘くにてデザートにしたりするのだ。

 昼からタビー教会にいって、オリジナル曲集の万葉集の小さなコンサートをした。日本の和歌の説明や当時の生活習慣の話などしながら、私の英語が不十分な説明だったと思うのだが、そこは音楽の力、言葉を超えて、感動してもらえたり、コミュニケートできてしまう、不思議な力だ。「おもはじといいてしものを、、、」を気に入ってくれたようだ。

 今度、教会の聖歌隊の指揮者を呼んで、演奏することになった。広がりができてとてもうれしい。

 その後、近くの森へ散歩にでかけた。スウエーデンでは、どの街にも森があり、パス(小道)がある。。森と湖が街と街ををつないでいるようだ。町から森へはすぐ、しばらく緑の中を歩いて、途中、牛の放たれている広い柵の中もとおって、教会の所有地などみながら、湖のほとりへ出た。対岸に別の街がある。昔は教会に集まるために船で湖を渡ったりも盛んだっだったようだ。さらに小道はつづく。

 教会といえば、窓まで木でできた古い倉庫のような建物や、木でできた時を告げる鐘、風車のようなたてものなどが残っている。

 スエーデンの古いバラードの楽譜を見せてもらった。当時はニュースの代わりに、様々ま出来事をメロデイにのせて街の人に知らせていたようだ。当時はどんなふうに演奏されていたのだろう。

 夜は、ストックホルムに住んでいる娘さんが来て、晩餐会となった。陶器でできた独特のペチカのような暖炉を焚いて、サラダとお魚のデイナーとポテトとりんごのデザートをいただいた。

 

2008-09-17 ストックホルムの月 その1

pagni2008-09-17

ストックホルムの月

9月17日

 静かな朝だった。経済ショックは嘘のよう。タビーのアーテイストである友人は、古い家を買って家族で住んでいる。手入れの行き届いた100年前の

レンガ色の木造の家である。祖母のその祖母のものだったという古い家具や大きな時計がそのまま置かれている。

 

 家のとなりの教会の敷地だ。13世紀、バイキングの時代からある古いタビーの教会がそこに建っている。友人のためのコンサートをしようと考えていたところ、教会のピアノを使わせていただけることとなった。明日だ。有り難い。

教会の庭にはきれいな花束がたくさん置いてある。誰かお葬式があったようだ。

 この教会は、ベイルマン監督の「七つの封印」にもでてくる。アーチ型の天井は、白い壁面に青を中心とした色使いで描かれている。また教会の一部には、バイキング時代の遺跡も残されている。

スウエーデン でも、近郊の町では今新しい住宅がふえている。日本のスウエーデン住宅のような家だ。ここタビーでも、近くの家で世代の交代とともに、広い敷地が処分され、いくつかの細かい敷地に分けられた。新しい家はどんな家がたつのだろう。昔の美しい家並みと庭は取り壊されてしまう所も多いようだ。また教会の所有地も美しい森だったところにも、工事の車両がはいっている。好調な経済をバックに、素晴らしい自然と歴史的建物が壊されるのは残念だ。

 マーケットは小さくて品数多く、よくまとまっていて便利だ。小さな街なので、知り合いにもよく逢うようだ。時々そのままお茶によばれたりして、暮らしを楽しんでいるようだ。その日に私たちが買ったものはサケと鯖とニシン。魚は新鮮だ。

 今晩は90歳になる彼女のお母さんの家に行く予定になっている。魚の料理とデザートと庭で摘んだお花をバスケットにいれて、お母さんの住むストックホルム近郊の街まで出発。 お母さんは、若い頃、お父さんとともにタイやタンザニアで女性の教育にたずさわったことのある方で、90歳になっても英語も達者。家にはたくさんおアートの本がある。今住んでいる家というのは、老人の住めるマンションというのだろうか。3ベッドルームからなる大きなマンションなのだが、定期的に医療関係者が巡回してくれるようだ。

 こちらでは年をとっても一人で充実して暮らしていかれる環境があるようだ。家にはたくさんの本がある。祖父は陶器の仕事をしていて羽振りがよかったようだ。そのお店も今は人手に渡り、dukaの看板がかかっている。陶器づくりの伝統は本物だ。彼女はアカデミックな道に進む人より、ビジネスの道に進む人の方がリッチだという。そこが今の日本と違うのか。ある程度の学歴がないと、と誰でもが思ってしまうような今の日本とは。