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2007-05-08

[]美容のイノベーションのジレンマ 美容のイノベーションのジレンマを含むブックマーク


一応、知らない人の為に補足。

イノベーションのジレンマってのは「技術の進化はユーザーの利用能力を上回る速度で進化する」という経験則のようなもの。


詳しく知りたい人は、クリステンセン教授の著書読むとか、「イノベーションのジレンマ」でぐぐると良いです。


で、なんですけどね、本日言いたいのは、「美容技術」も、典型的なイノベーションのジレンマに陥っているんじゃねーかというね。


例えば、です。うちのブログにおきましては、乳への愛をとめどなく語ってきたわけですがね。僕が巨乳スキーなのは、隠せないレベルなんですが、それはさておき、いくらなんでも、でかけりゃいいってもんじゃありません。個人的にFがギリギリ。それ以上は気味が悪くなります。


melonie charm


これは、アメリカ人の巨乳モデルさんの歴史ですがね、最初のはまだしも、最後になると、もうアレです。典型的なイノベーションのジレンマ。孔雀の羽です。最初のはまだしも、お前、中段あたりから、それはもう乳じゃないだろという。 あの乳は一般的人類の♂の利用能力を超えています



で、ですな。


美容技術って、洋の東西を問わず、行き過ぎたのが結構あるんですよ。色白の女性が好きだと言えば、「おしろい」なんてのを塗りたくるケースがあるんですが、あんなん、やりすぎの典型だと思うんです。


でもね、こんなのは序の口なんですよ。



首長族


はいはい、首長族の皆さんですよー、みなさん。




女性たちは純粋にお洒落として、好んで首輪をしている。ここでは首輪をして、首が長いほど美人なのである。



まぁ、これだけでおかしいだろとか思うんですが、これが、この地方だと美人の定義の一つなんですな。首が長いのが。イノベーションのジレンマに陥った美人の定義だとしか言えないのですがね・・・・あれ、おかしいでしょ・・・


昔っから、美人の定義というのは、各文化圏で多様なんですよ。例えば、日本じゃ、昔は「おかめ」的な顔が好まれていたそうですしね。一重にふっくらした顔。我らがプリンセスさーやとか、あれ、昔風の美人顔なんですよ。一重で顔ふっくら。


日本でも、この手の美容のイノベーションのジレンマはあって、平安時代のお姫様とか。無駄に髪伸ばしてましたよね。あとは服装の12一重とか。お前ら、やりすぎだろうと。なんというか、女性の美容にかける情熱は、しばしば行き過ぎを誘発してるんです。結果、イノベーションのジレンマが起こりやすいようで。


わが国や欧米では、やせている女性が美しいとされる傾向が強い(特に若い女性の間では)。そのために、ダイエット食品や痩身術が大人気である。また、体重を気にするあまり摂食障害に陥る女性もいる。

ところが砂漠の国モーリタニアでは、ふくよかな女性ほど美しいとされてきた。肥満は美の原則なのだ。



なんでも評点:少女たちを強制的に肥満させる伝統的風習がある国

こんなのもあるんですけど、洋の東西を問わず、女性の美容って、どうにもこうにも行き過ぎてしまう傾向が強いんじゃないかと思うんです。そして、美容技術の進化は、男性の嗜好をはるかに超えるスピードで進化するために、こういう悲劇がおこりやすいのでは・・・・・という。


日本とか欧米じゃ、女性の拒食症、モーリタニアみたいな国じゃ、無理やり食わせる習慣・・・という形で。


日本の女性で、なんでそこまで体重気にする必要あるのかなって思うんですよ。正直4〜5?程度じゃ、見た目大して変わらんのに。



中国なんかじゃ、纏足みたいな習慣もありましたよね。女性の足を強制的に小さくする習慣。美容の追求は、肉体改造すら辞さないレベルで、仁義なく繰り広げられている・・・・んですな。


まぁ、このあたりまでは、まだいいほうなんですけど、歴史上、一番酷いのになると


「現代インドのサティー」を通じて「近代」を問い直す


こんなのもあるわけです。

サティーってのは「ヒンドゥー教との寡婦が夫の遺体とともに焼かれたり、埋められたりする風習。」なわけですけどね。


擁護派の主張によると「ラージプートやヒンドゥー教徒固有の名誉ある伝統である。」となるわけですが、まぁ、これ。女性が自発的にやるケースもあるそーです。まぁ、「名誉」らしいんですよ。女性の名誉。それが「美しい女性の行い」であったらしーんですわ。場合によっては、女性達が、寡婦にサティーを勧めるケースまであったとか。そうしないと「名誉」が汚されるとかね。もうアボガド。


ここまで行くと、病気というか、オカシイレベルですけどね。インドの女性差別的な文化は宗教に組み込まれていて、最悪なレベルなんですが、これが文化になっちまっているため、根絶が難しい。今でもやっているケースがあるんですからね。


なんつーか、これが「美しい」と解釈される世界であるらしく。イノベーションのジレンマっつーか。美容というかね、男性に媚びる文化が行くトコまで行くと、男性ですらドン引きするレベルに到達して、インドを侵略したイギリスがそれを禁止しないと止めないレベルだったわけですけどね(今で行なわれるケースがあるとかインド人頭オカシイ)



というわけで、どうにもこうにも、「女性の美しさ」とかって、「行き過ぎ」になりやすいんじゃねーかというね。


美しさを求める女性の欲求は、男性側の審美能力やらを超えて進化しやすい・・・んじゃねーかという、そんなお話でしたとさ。


もっとも、「行き過ぎ」になりやすいから、男性から視線というのをある程度無視する術を女性は身に付けているのかもしれません。なんたって、やりすぎてろくでもない方向へと向かったケースが洋の東西を問わずあるんで。


何がいいたいかというと、一部の美容技術は、男性側やらの利用能力を超えて進化しちまっているのではないか?という話なんですけどね。そのせいで、女性の美と男性の美の食い違いが起こりつつある・・・とか、ちょっと思いついたんで書きなぐってみたりね。


なんか、話がそれまくりましたが、そういうことなわけですはい。

ROKOMOROKOMO 2007/05/08 12:15 はじめまして
女性に限らずやり過ぎは多いと思います。
たとえば男性のタイプが
やさしい人が好まれるとあれば優柔不断な人がたくさん出てきますし
男らしい人が好まれるとあれば暴力的な(強姦とか)人がたくさんでてくるような気がします(男らしさが求められる某国なんかは強姦多いですし)

心理学の視点心理学の視点 2007/05/08 15:56 美容って「自己承認」の一貫だと言われています。現代社会では「恋愛」がクローズアップされがちですが、実は、「恋愛」というのは「自己承認」の一手段でしかないのです。
最も重要なことは「私には価値がある」「私は特別な存在だ」と感じられることで、そのためにオシャレをするのであって、女性も男性も調査をすると異性の目を意識してオシャレをする人は非常に少ないのです。
大切なのは自分が「輝いてる」と思えることと、周囲から「凄いね」と言われることにあります。
人間にとって大切なのは、「自分にはかけがえのない価値がある」ということを感じられることで、であるからこそ誰かを敵にする最も手軽かつ確実な手段は自己重要感を傷つけるような発言・行動をすることです。もれなくその人は「敵」になってくれるでしょう(だから、普通は絶対やってはいけない)