私たちの記憶に結びつく「懐かしい」映画 『花とアリス殺人事件』

岩井俊二はあまり得意としていなかったけど、『花とアリス』は例外的に好きだったので、『殺人事件』と聞いたときの不安と期待が混じり合う感じは近年でも稀だった。そして、いざ鑑賞。一言で言えばとても「愛おしい」映画だったなと感じる。それで、その「愛おしい」感覚ってのは、僕自身が『花とアリス』を高校生の頃見た青春の記憶。「懐かしさ」によって生み出されているのではないか。

なぜロトスコープでアニメを制作したのか?「花とアリス殺人事件」岩井俊二監督インタビュー | アニメ!アニメ!

その「懐かしさ」を感じる理由が、上記リンク先で語られる技術「ロトスコープ」「3DCG」「光量の調整」等の撮影方法に繋がってくる。ロトスコープで作られた映像を、その生っぽい動きを残しつつ絵で抽象化していく。絵が動くという感覚とロトスコープの生っぽさが良い意味で化学反応を起こし、軽やかなキャラクター描写が獲得できていた。そこに、影を取っ払った「光量の調整」が活きてくる。水彩画風の美術に、影から解き放たれたキャラクターたち。ボンヤリとした光が、田舎の祖母の家を思い出させ、懐かしい自分自身の記憶と結びつけさせた。

また、『花とアリス』の前日譚だったことが更に効果を高める。高校生の頃『花とアリス』を体験したゼロ年代ではなく、今やる意味。そしてその意図。

現実では忙しく、時にゆったりと時間は進んでいく。まさか、現実の世界で『バック・トゥ・ザ・フューチャー』じゃあるまいし、車で走れば時間を遡行できるものでもない。しかし、映画やアニメーションはそれを可能とする。11年の時を超えて、実写ではなくアニメーション。そして、導入されたロストコープ、3DCGという技術や、光量を意図的に調整すること。そして、前日譚を語ることで『花とアリス』のキャラクターたちの時間を巻き戻し、視聴者に彼女たちの記憶を見せることで、私たちの『花とアリス』の記憶もフラッシュバックする。

作品及びキャラクターの抱えていた年月と、岩井監督及びキャストの人たちの抱えてきた年月。そして、私たち視聴者の年月が互いに作用した状況だからこそ、「愛おしい」映画に成りえたのではないだろうか。

それと、物語を牽引する「ユダと妻の話」も良かった。こういった都市伝説や学校の七不思議というのは、長い年月をかけ人から人へ語られる。監督がそこまで意識しているか別として、懐かしさを効果付ける要素の一つだ。また、黒澤明の『生きる』へのオマージュだったり、公園でおじさんが言う「ブランコ何十年ぶり…」の台詞がまた愛おしいさを感じさせてくれた。

花とアリス』を見ていた人は勿論。例え、見ていなかったとしても、視聴者をちょっぴり懐かしい気持ちにさせてくれる「愛おしい」映画『花とアリス殺人事件』の感想でした。

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