廣瀬浩司:授業資料格納所

授業用レジュメの残り物

先端文化学研究(11/7):空間とその奥行

○「経験」「生きられた経験」
○非ユークリッド幾何学的空間
・空間そのものが湾曲
・移動によって事物が変質
・異質な部分や次元から成る
・相互に置換不可能
・同と異が厳密に区別されない
・それ自身との同一性の関係を持たない。
・転調:形、固有色、表情、近くの対象との関係
セザンヌ
・「隣接しながら異なった多少明度の強いいくつかの色調を使って、それらをわずかに重なり合う小さなタッチで並べながら、その立体感の効果」を醸し出す。
・「自然=風景が、私たちの目の前で対象の輪郭を生み出すように」(68)「匂いまでも描く」(「セザンヌの疑惑」
・非遠近法的世界:
自分の目の前で風景が誕生するまさにそのありさまを捉え、表現する(返す)
知覚的経験の「スタイル」に合流
遠近法の歪み:私たちの視線をある部分から別の部分にむけるのに必要な持続が空間の諸部分の間にいつも介在する。=時間性の介在
ジャン・ポーラン(1884-1968)『タルブの花——文学におけるテロリズム』『ブラック』『詩の鍵』
・マルブランシュ(Malebranche)(1638-1715)。cf. 木田直人『ものはなぜ見えるか』(中公新書
・水平面における、見かけの大きさの恒常性。「知覚的領野」「特権的方向を備えた異質的空間」
・身体を通じて、世界に「投げ出されている」

補足:
「奥行」において、ある物が一定の大きさで見えるのはなぜか(『知覚の現象学』プリント)
遠ざかる物は、遠近法的に小さくなっていかない。
「見かけの大きさ」と「距離」→ 奥行。動機付けの関係。
・見かけの大きさというものは、測量を超えたものである。ある一定の大きさを持ったものが遠ざかっていくとき、そのものは「見かけの大きさ」や「距離」を含み込みながら動いていく。大きさや距離は、あたかも物の色彩や表情と同じように、動くものに含み込まれている。さらにいえば、あるものが動くのではなく、動きそのものもそのあるものによって表現されているのである。見かけの大きさや運動は、動くものの「質」に近いものとして、変容しながら「恒常性」を保っている。それは空間の中にあるのではなく、空間を転調するのだ。
・そのようにして、ひとがあるものを知覚するとき、「奥行」という別次元にある空間が立ち現れてくる。身体はこのような奥行空間にひそかに包み込まれながら、対象そのものを目指すのである。