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ここは小説家・寒竹泉美の活動の報告用ページです。
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  • 2008-01-28

    []第二回「女生徒」太宰治

    http://www.sakkanotamago.com/roudoku.html

    だんだん大きくなるにつれて、私は、おっかなびっくりになってしまった。洋服いちまい作るのにも、人々のおもわくを考えるようになってしまった。自分の個性みたいなものを、本当は、こっそり愛しているのだけれども、愛して行きたいとは思うのだけど、それをはっきり自分のものとして体現するのは、おっかないのだ。人々が、よいと思う娘になろうといつも思う。たくさんの人たちが集まったとき、どんなに自分は卑屈になることだろう。口に出したくもないことを、気持と全然はなれたことを、嘘ついてペチャペチャやっている。そのほうが得だ、得だと思うからなのだ。いやなことだと思う。早く道徳が一変するときが来ればよいと思う。そうすると、こんな卑屈さも、また自分のためでなく、人のおもわくのために毎日をポタポタ生活することもなくなるだろう。

    「女生徒(太宰治)」より

     一人の女生徒が朝目覚めてから夜寝るまでの思想世界を実況中継した小説。不思議な小説だと思う。どこか一部を取り出して紹介しようとして、どこを取り出しても何だか妙に居心地の悪い感じがする。太宰すげえ!って思ったこと、この女生徒の感性に感銘を受けて共感したことは覚えているのに、何が書いてあったかと問われたら出てこない。この女生徒自身も言っているように、暇に任せて思い浮かんではまた別の瞬間には忘れてしまう、そんな泡のような思考を描いているからなのだと思う。脈絡がないし、あちこち話題が飛ぶし、それにたった数分の間で彼女の気分は鬱になったりハイになったり泣きたくなったり笑いたくなったり怒ったり自己嫌悪したりと、めまぐるしく移り変わる。まるで現実のわたしたちのように。彼女が喋っているのを聞いていると、自分の胸の中にさまざまなことが去来して苦しくなって感動して共感するのに、喋り終わると忘れる。そういう小説なんだと思う。順に文字を追えばいつでも少女の心が自分の中に再生される。だが文字を追うのをやめたら、現実の煩雑さに紛れて消えていってしまう。

    ヴィヨンの妻」のような駄目男が出てくる話では、太宰の魂は駄目男の方に入っている。女は少々世俗的で鈍く、でもそれゆえにしたたかで強くて凛と美しい、駄目男の陰を照らしだすライトのような存在だと思った。でもこの女生徒には駄目男は出てこない。太宰は女生徒の中にいる。少女だって描写できるんですよという上から目線ではなく、太宰が少女になることで普段は言えない書けない彼の魂が少女の声で喋ったのだと思う。他の人の朗読を聞いて、ああ男の声じゃ絶対駄目とか、そんな年取った声は違う、若い少女の声じゃなくちゃ、とか激しく思ったのは、やはり読みながら「声」が頭の中に響く小説だからなんだろうと思う。しかもその「声」は決して太宰のものではなく、女の子の声。音も映像もない小説だから、太宰は完全に少女になれた。しかしいくら太宰の感性が鋭かったとしても、天才だったとしても、なぜどうしてここまで少女の気持が分かるのかと、元少女としてはぞっとする。覚めている意識だけでは引き出せない、無意識の物語の力がそこに働いているのだと思う。

     さて、どう読むか。実はこの作品を一番最初に挑戦したのだけど、語り手の人間味が強くて朗読より演劇に近くなる気がして、今のわたしじゃ力不足の気がして挫折したのでした。でも、他の方の朗読を聞いて、いやそうじゃない、わたしのなかの女生徒はそうじゃない。そんな嫌らしい媚びたテンション高い言い方はしないんだとか、そこまでナルシストじゃないんだ、とかいろいろ思ってしまい、えいやと自分でやってしまいました。それほど美しいわけじゃない平凡(よりちょっと上くらい)な眼鏡の少女、だけど少しだけ大人びた他の少女にはない切実さのようなものがあって美術教師に気に入られたりするのはそのせいで、鬱々といろいろなことを考えていて、大人になる不安に押しつぶされそうで、凛と生きようと決意するのだけど、自己嫌悪でいっぱいになったり、まだまだ子供っぽいところが残っていたり、ときどきナルシスティックな妄想をするのだけれど、次の瞬間には「ばかばかしい」と切って捨てるほどには覚めている。家族を愛し、友達もいる。端から見ている人間は、彼女がこんなふうにいろいろ考えて鬱々としていることを知らない。気づかないだろう。明るい元気なお嬢さんと思ってるだろう。そんな少女だと思う。思った。読みながら。聞いていて、まるで一人の女生徒がパソコンの向こうで喋っているような錯覚を起こしていただけたら朗読者冥利につきるなあと思います。まあ、それって太宰の功績なんだけどね。わたしも読みながら、一人の女生徒が自分の中にいて喋っているような気がしました。何だか、ちょっと恐かった。