第53章 変化 ― in Varanasi 9 ―


「マサッカリーサッカリー・・・♪」


ヴァラナシの裏路地。
前方から若者2人。
ポップなメロディーを口ずさみながら歩いている。
カルカッタのバーで流れていたあの曲だ。


「マサッカリー マサマサッカリー♪」
すれ違いざまに
続きのメロディーを歌ってみる。


若者2人が足を止めて振り返る。


「ユーノウ?!ディスソング?!」


目を見開きこちらを指差す。


「イエス。グッドソング!」


「ヤー!ユーノウグッッソング!!」


こんななんでもない道で
なんでもない出会いがあるのもヴァラナシの良さだと思う。
良くも悪くもこの町の住人はフレンドリーな人が多い。
他の観光地では最初からケンカ腰の人々も少なくないが
この町の人々は少し毛色が違うようにも思える。


そんなヴァラナシも当たり前だが変わり続けている。
毎夜ガートで行われているプージャ(礼拝)の儀式にも
スピーカーによる楽器の演奏と祈りの歌声が導入されていた。
野良牛の数も減ってきたように思うし
オシャレなカフェやレストランも増えてきた。
生粋のバックパッカーには物足りなくなったかもしれないが
我々のような旅行者にはありがたい部分もある。


昼食はそんなオシャレなレストランのひとつ、メグカフェでとることにした。


オーナーは同年代の日本人女性。
インド人の旦那と店を切り盛りしているらしい。
青山にでもありそうな雰囲気の店内は、旅行者でほぼ埋め尽くされていた。
日本人のほか、欧米人も多い。
奥のテーブルでは
黒いタンクトップを着たガンガーフジホームのチャラ男オーナーが
白人男性たちとワサビについて語っていた。


入り口近くの席に着いて
冷やし中華を注文。
暑いインドで冷やし中華が食えるなんて夢のようだ。


しばらくして綺麗に盛り付けされた冷やし中華が運ばれてくる。
麺は長浜風の細麺。
ちゃんと小麦の香りがする。
具はカクテキキムチにキュウリの細切り、錦糸卵、トマト、茹でたほうれん草、わけぎ
と彩りも鮮やか。
さっぱりとした醤油ダレ。
スパイスっぽさは微塵も無い。
想像していたより遥かに美味い。



午後は布屋へ。
実は昨日から狙っていた品がある。
ゾウの模様が描かれた一枚布。
デザインが気に入ったのも勿論だが
明日のデリー行きの列車が二等寝台ということもあり
ブランケットの代わりになるものが必要だった。


気の弱そうな店員に値段を聞いてみると
900ルピーだという。
安いものは300ルピーから置いてあったので
その3倍。
店構えもしっかりしているし
店員の対応も丁寧でそこまでボラれている気もしない。
絵も細密に描かれているし手触りからいっても確かにそれぐらいの価値もありそうだ。
しかし、値切りたい。


「ちょっとディスカウントしてよ。」


すると店員はおびえたような目で
「ボスに聞いてみないと・・・」
と応えた。


「プリーズウェイト。」


店員が怖々と店の奥へ消えていく。


すぐに代わりにごついおっさんがズカズカと歩み出てきた。
その第一声。


「コーレはヴェリーグッドクオリティねー!
 全部ハンドメイドで全部手書き、
 900ルピーは安いヨ!!
 買え。」


おもくそケンカ腰じゃねぇか。
禿げ上がった頭に
眉間によった皺。
血走った目。
立派な口ひげ。
先ほどの店員の2倍近くある肩幅。
なぜか右腕にギブス。
うん・・・なるほど。こいつはボスだ。


「いや、買いたいし買うつもりだよ。
 でもちょっと高い。宿代より高い。
 ちょっとまけてよ。」


「コレはヴェリーグッドクオリティーねー!
 ノータカイよ!!」


頑固なボスとそれから10分ほど交渉を続け
なんとか50ルピーまけてもらい
布をゲット。


それから近所のスパイス問屋で
ティーマサラとブラックカルダモンを購入。
さらにU君は別のスパイスミックス、
ナベタクは銅像屋でナタラージャ(踊るシヴァ)像を買った。
ひととおり欲しいものも揃ったので
今日もガートへ向かう。



ガートに着くと
やかんを持って歩いている流しのチャイ屋がいた。
呼び止め熱々のチャイを買う。
マーンマンディル・ガートの傍の
岸から少し高くなったデッキのような場所に身を落ち着け
素焼きの器に注がれた1杯4ルピーのチャイをすする。
目の前には今日も鉛色の河が流れている。
この時期水量が少ないのか
ガンガーの河岸にはところどころ砂浜のような河辺が現れる。
眼下の砂の河辺には野良牛たちが集まっていた。
多くはぼーっと突っ立っているだけだが
1頭だけ様子がおかしい牛がいる。
必死で砂の中に頭をねじ込んでいるのだ。
ねじ込んでは角で砂を掻き出し
またねじ込む。
それを何度か繰り返したかと思うと
ふいに頭を振り乱しながら走り出し
また別の場所に頭を埋める。
時には周りの牛にぶつかるもんだから
他の牛もその牛から距離をとり始める。


「アレはクレイジーウシねー!」


いつの間にか隣にいた少年が
笑いながら指をさしている。


クレイジーウシは
今度はロデオのように身体を上下に揺さぶっていた。
かと思えば急にぴたっと止まり
次に猛スピードでその場をぐるぐる回りだす。
確かにクレイジーだ。
あれが噂に聞く狂牛病ってやつなんだろうか・・・。



チャイを飲み干したあと
素焼きの器を叩き割って
もう少しこの町をぶらぶらと回ってみることにした。










つづく