第9章 ― メコンの夕暮れ ―


しんどい。


予想以上にしんどい。


バスは15時過ぎにルーイのバスターミナルに到着した。
ここまで移動に移動を重ねて
やっとのことで到着。
これならバンコクからの直行バスに乗ったほうが楽だったかもしれない。


それにしてもタイのバスはクラスや路線によって
快適度に大きく差がある。
1等クラスのバスならトイレも付いており
エアコンの効きもちょうど良く
車内でジュースや軽食も配られる。
あれなら列車より快適だ。
ただ、先ほど乗った2等クラスになるとちょっとしんどい。
エアコンが効いているには効いているが
タイの暑さのほうが上。
インドの長距離バスよりは随分マシだが
常に汗ばみながら休憩無しで4時間は地味にきつい。



ルーイのバスターミナルの端で
1時間ほど待っていると
チェンカーン行きの便が来た。
かなりデラックスなバスだ。
ガイドブックにはルーイからチェンカーンは
ソンカオというトラックの荷台みたいなのに乗っていくと書いてあったので
体力の限界を予感していたが
乗ったバスはすこぶる快適。
涼しい車内でうとうとと1時間、
バスはタイの北のはずれ、チェンカーンに到着した。



地図もないので当ても無く歩き
適当に見つけた宿にチェックイン。


家族経営らしいログハウス風のオシャレな宿で
1泊600バーツ。
壁も床も木で、ホットシャワー、テレビ、エアコン付き。
部屋の外には共同のテラスもあり
設備の割りに安い。



シャワーを浴びて宿を出る。


ちょうど太陽が赤みを帯び始め
だんだんと傾いていくところだった。


しずかな田舎道を歩く。
河の音が聞こえる。


通りをひとつ抜けると
そこにメコン河があった。



素晴らしい光景だった。


ただ河があるだけだ。
なんていうことの無い、観光地にもならない場所かもしれない。
だが、無計画に移動に移動を重ね
疲れた身体と心にはそれが素晴らしく良かった。
水の音が絶え間なく聞こえる。
涼やかな風が頬に当たる。
対岸はラオス
落ちかけた夕陽が
岸辺の草を、砂利を、黄金色に染めている。


河岸に腰掛け、ぼんやりと河を眺める。
ここまでの無駄な疲れが癒されていく感じがする。
子供達が川遊びをしている。
そこに大人達も加わった。


何度か旅をしていると
ここが終着点、ここでこの旅は終わりだなという場所に出くわすことがある。
旅のハイライトとなり
旅の思い出を振り返る町だ。
ヴァラナシ、ゴア、ウブド、陽朔・・・
今まで出会ったそういう町と同じく
ここチェンカーンも旅の終わりを感じさせる町だった。


夕陽はすっかり山々の陰に隠れてしまったが
山の端からはみ出た最後の光が
夜に染まりきっていない空を鮮やかに区切り
空よりも暗い河や山々と共に
幻想的な光景を作り出していた。
時折、頬に当たる風は
熱を失い、いよいよ心地良くなっていった。




― つづく ―