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pc4beginnerの日記 RSSフィード Twitter

2011-08-27

さくらのVPSでwebサービスを作る準備 その2

| 17:56 | さくらのVPSでwebサービスを作る準備 その2を含むブックマーク

その1からずいぶん立ってしまっていますが、続き。


ここからはドラ○もんが作ってくれた現在公開している環境の構築メモを頼りに作業を進めていきます。※なんでこんな作業があるんだろう?と言うところは近々追記して補完します。

(最終更新:2011/08/25)


なお、前回MySQLやらRailsを入れると言いましたがまだやる事があったので今回はその直前まで進みます。

・日本語化>日本語関連のパッケージをグループインストール


 これをしておかないと日本語がうまく入力できないのだと思います。多分。

[root@www99999u ~]# yum -y groupinstall "Japanese Support"

Loaded plugins: fastestmirror

  (中略)

Complete!


・システムの文字セットを「UTF-8」に変更


 これも言語設定に絡む部分の筈。

[root@www99999u ~]# vi /etc/sysconfig/i18n

LANG="C"

SYSFONT="latarcyrheb-sun16"

 

LANG="ja_JP.UTF-8"

SYSFONT="latarcyrheb-sun16"


・パッケージの更新

 このタイミングでパッケージの更新もしてしまいます。

 これはインストールするタイミングでトラブルの元となるネタなので、本当はこれで大丈夫という

 パッケージを自前で用意したほうがいいはず。

 私はまだそこまで出来ないので、師匠の言葉を信じ進みます。

[root@www99999u ~]# yum update

Loaded plugins: fastestmirror

  (中略)

--> Finished Dependency Resolution

Dependencies Resolved

================================================================================

Package Arch Version Repository

Size

================================================================================

Installing:

kernel x86_64 2.6.18-238.19.1.el5 updates 19 M

  (中略)

Transaction Summary

================================================================================

Install 5 Package(s)

Upgrade 153 Package(s)

Total download size: 181 M

Is this ok [y/N]: y

Downloading Packages:

  (中略)

--------------------------------------------------------------------------------

Total 11 MB/s | 181 MB 00:16

Running rpm_check_debug

Running Transaction Test

Running rpm_check_debug

Running Transaction Test

Finished Transaction Test

Transaction Test Succeeded

Running Transaction

Updating : libgcc 1/311

  (中略)

Cleanup : audit-libs


yumリポジトリ優先度設定用パッケージのインストール


 インストールログが残ってなかったので、コマンドだけ。

[root@www99999u ~]# yum -y install yum-priorities


次回こそ、MySQLRails等をインストールしていきます。

2011-08-22

相手の立場になってものを考えよう。

| 22:37 | 相手の立場になってものを考えよう。を含むブックマーク

自転車絡みの嫌な情報があって、twitterでさらっと流そうとしたのだけど、家族の命に関わる問題なのでエントリとしてまとめ、意思表示しておきます。


まず最初に。私は自動車もバイクも自転車も乗ります。歩行者としても結構な距離を日々歩きます。そんなマルチな視点で以下を書きます。自転車擁護でもありません。実際マナーの悪すぎる自転車乗りはたくさんいますから。


あと、運動エネルギーについて。これは重量と速度でエネルギー量が決まります。面倒な方程式はさておき、ぶつかった時、つまり事故の際の衝撃は速度と重量の大小に影響されます。


さて。


自転車は実は危険な乗り物です。成人の場合、重量は漕いでいる人の体重と併せて50キロは下りません。これが時速20キロ程度のスピードで走ります。これで人をひき殺せます。


もう一度言います。これで人をひき殺せます。


だから道交法で歩道は原則走っちゃいけない事になっています。もし歩道を走れる場合にも、歩行者が優先となっています。危ないから。轢き殺せば道交法により自動車と同じように処罰を受けます。だから歩道は基本的に推して歩く事になっています。


バイクはさらに危ないです。重量が原付でも単体でそれぐらいの重量があり、ビッグスクーターや中型以上のバイクは単体で200キロ以上あります(軽いものも一部ありますがここでは除外)。それに人間の体重が加算され、エンジンという人間の脚力とは比べものにならないエネルギー源で動きます。最初に書いたとおり、物理の法則では重くて速い物体の運動エネルギーは大きくなります。ぶつかった時の衝撃は推して知るべしです。簡単に人をひき殺せます。なので道交法で車道という檻に閉じ込められています。


そして自動車は、これらに比べると化け物です。軽自動車でも700キロ程度、フィットやヴィッツマーチなどの小型自動車なら1トンぐらいあります。これがバイクと同等の速度で走るのですから、走る凶器という言葉がピッタリです。これ以上は書きません。


これらは全て「車」というものに分類されます。

その車が走るのが「車道」と呼ばれるんですね。


さて。


車道を走らねばならない乗り物で、もっとも弱いものはどれでしょう?

法律は原則として弱者と強者、どちらを保護するようにできているでしょう?


そして、自分が弱い立場だったらどうやって凶器から守ってもらうべきか考えてみましょう。


そんな事を考えながら、以下のリンク先を読むと味わい深すぎて涙が出て来そうになります。

頼むから出来る限り車道を走ろうと頑張ってる嫁さんの周りに、このブログで晒されている馬鹿が増えて欲しくないと切に願います。


コネタ:さすがコンビを組んでいるだけのことはある


上記ブログのリンク先にいちゃもんを付けておくと。


■海船さんのブログ

> よっぽど自転車が走るスペースが確保されている道路じゃない限り、基本的に自転車は歩道を走るべきだと思うんです。

 →そんな狭い道で自動車を飛ばさないでください。

  多分自転車の速度ぐらいが「制限速度」になってます。

  なので追い抜きが出来ないから邪魔にもならないはず。

> 車道を走るメリットって『歩道を走るよりも速いから』だと思う

 →メリットですが、そもそも法律で定められているからです。

> そんな自分の時間の都合を安全や車のドライバーの精神的圧力と引き換えにするなって話。

 →同じ事が自動車のドライバーに言えます。

  というか、この直前で代替手段として電車を出してるので意味が通らなくなってる。

> だから歩行者とぶつからないように安全なスピードで、もしくは事故を起こさないように周囲に注意して運転するんでしょう。

 →道交法をよく読みましょう。貴方がブログを書いた時点で法律として明記されています。

  →道路交通法の改正について

自転車が歩道を通行することができる場合

これまで道路標識等により通行することができるとされている歩道を通行することができます。

この場合、道路標識等により通行すべき部分が指定されているときはその指定された部分を、指定されていない場合は、歩道の中央から車道寄りの部分を徐行しながら通行しなければなりません。

また、歩行者の通行を妨げることとなるときは、一時停止しなければなりません。

  守らない人はさておき。


ただし、マナーとして言わんとしたい事は分かります。

それでも臨機応変に動くのは無秩序の元、だと知っておきましょう。

それが出来ない人は世の中にいっぱいいますよ。


■ABCDE湯かげんさんのブログ

> 自動車に乗っていると、車道を走る自転車は明らかに邪魔だし危険。

 →逆から見てもそうです。「車」道の意味、分かってますか?

> 30キロで走っている自動車は比較的安全に急停車できる。

> しかし、30キロで走っている自転車が安全に急停車することはかなり難しい。

 →多くの場合そうですが、技量次第で逆転します。

  あと、物理の法則を無視しちゃいけない。車は制動距離が長いです。

  つまり自動車は人をはねる可能性が高いという事。

> だから、基本的には歩行者自動車や他の自転車が通行している場において速いスピードで自転車を運転することは間違っているということ。

 →なんで自動車まで含むのでしょう?

  自転車がいるから自動車が減速するのも一つの方法。

  相方の主張を借りるのなら自動車専用道路を走れ、ということになります。

  あと、自動車は追い越しをしないのでしょうかね。

> 自転車に乗るときのスピードを規制した上で基本的には自転車は歩道を通行するよう道路交通法を改正したほうが良いと俺は思っています。

> 自分の幼い子供には自転車はなるべく歩道で乗るよう教えている親のほうが圧倒的に多いと思います。

 →道交法をよく読みましょう。貴方がブログを書いた時点でどちらも実現されています。歩道を走る件については海船さんのブログの引用で書いたので、子供が自転車に乗る事にについて。

次のような場合にも歩道を自転車で通行することができるようになります。

児童(6歳以上13歳未満)や幼児(6歳未満)が運転する場合  

  もちろん歩行者を妨げない、が前提条件になります。


この人達の考えで最も怖いなと感じたのは、自分の子供にどんな自転車教育を施すのかという事。自転車は16になるまで、最も手軽で「速い」移動手段になります。結構な確率で乗るでしょう。その時どんな風に教育をするのか。乗るな、では乗る人の気持ちが分からなくて事故に巻き込まれる可能性が出て来ますよ。もしくは親に隠れてこっそり乗り、事故を引き起こすとか。


後、視点が自動車からでしかない事。根底にある言葉が「自動車から見て自転車が邪魔」なんですね。逆から見れば「自転車から見て自動車は邪魔」になりますし、歩行者から見れば「車はみんな邪魔」です。それらを複眼の視点で見てルールを理解しないと、変な運転(歩行)をするわけです。日本は交通ルールの教育が全くされないので仕方ないところですが。


何故ルールが策定されていて、そのルールが策定されてからクルマ(車輪のある乗り物)を含む自動車環境がどのように変わってきたのか知らないから変な意思表示になるのかもしれません。せっかくなのでそれらについて少し勉強すると、日本では何故自動車がここまで優遇されていて、いびつな法律になっているのか理解出来ると思いますよ。その上で法律がおかしいと思うなら変えられるよう努力すればいい。これは民主国家にすむ国民が持つ権利です。


但し。弱者と呼ばれるものも、それを謙虚に受け止めねばならないと思うのです。増長すれば己を守る武器、つまり法律モラルを失う事になるよ、と。増長する人たちのおかげで、家族が危機に晒されるのにも耐えられません。

例えば以下のtwitterの発言、同一人物のものです。

自転車レーサー、公道でカッコつけてるから、幅寄せしてやったら、溝に落ちちゃった!馬鹿だね。

※元のつぶやきは消しているようです。

自転車レーサー、今度は走っている前に割り込み急ブレーキだ。

※多分、自転車が割り込んできています<逆だったらどうしよう。


何がどうなってこうなったのでしょうね、と。


芸人の愚痴エントリに絡むのもどうかと思ったのですが(生き様もネタですから)、確実に言えるのは自動車自転車に謙虚過ぎるぐらいで丁度良いのです。嫌なら電車に乗ってください。よろしくお願いします。


今日はそんな感じで。

2011-08-21

「コクリコ坂から」を見てきた 追記

| 12:07 | 「コクリコ坂から」を見てきた 追記を含むブックマーク

なんとなく書き足りなかったので追記。もちろんネタバレ有り。












で。コクリコ坂からのキャラクターについて。


男性視点で見ると、主人公の女の子である海は完全無欠少女です。決して出しゃばるではなく、しかし芯は強く、家事全般をあの歳できりもりし礼儀を躾られている。しかし学校をサボタージュ出来る柔軟性もあるし、ファザコンであるなど脆い部分も持ち合わせています。彼女としてだけでなく嫁としても(尻に敷かれそうですが)パーフェクトな女性です。反則。


こんな女性から好かれたらたいていの男性はコロリでしょう。家族かもしれないなんて思ったらそりゃイライラするってもんです。それすら中央突破してくる海の強さには脱帽なんですが。


で、それを受け止める側のもう一人の男の子側の主人公、俊も結構な反則野郎です。学校新聞を私物にして気になる女性にメッセージを送ったり、学校活動で一番目立つところで活躍したり、サラリと自転車デートの後でコロッケをおごったり(貧乏なんだろ、コラ!)とか。ちょっとイケメンでさわやか君にこんな事されたら、たいていの女の子はコロリです。実体験として(くそう)。


これに加えて中央突破を計った海を受け止める度量と良い、結果的にそうでなかった運の良さと良い、好き勝手に生きやがれとエールを送るしかありません。どこまでご都合主義なんだ。


結局、原作が少女漫画なのでこんな無敵カップルが誕生します。これが少年漫画では、結構な割合でカップルの男側は情けなく描かれます。理由は割愛。


そんなわけで、非日常的な理想的カップルが清い交際をしているだけで心が洗われました。まぁ、既に黒光りするほど真っ黒なので白くはなりませんが。


あと、出て来る登場人物がとにかくいい人だらけ。イラッとする愛すべきキャラクターは居ますが、そんなキャラも根はお人好しなので許せてしまう。


これは他のジブリ作品に通じるものがありますが、根っからの悪党が基本的に出てこないんですよね。ラピュタムスカぐらいか。借り暮らしのアリエッティの男の子も非道い子だとは思いますが、それはさておき。


良い人しかいないという「非日常」もこの映画を楽しむ要素でしょう。


あと、前回のエントリで書いた時代背景の描写について。


自分がガキの頃にはほんのりとそんな香りが商店街や駄菓子屋に残っていました。これを知るかどうかは30代後半ぐらいがその境目だと思います。つまり、時代的には80年代のバブルのちょっと前を知っているかどうか。


自分は両親が商売やってた事も有って、家が忙しいと隣の家(まぁ、ここも商売やってたんですが)で軒先にいる犬と遊んでたんですね。延々と。するとそのうちのおばちゃんやおばあちゃんが家に入れてくれて、そこでお菓子を食ったりメシを食ったりして育った記憶があります。俺のソウルフードにこの家の炊き込み御飯がリストに載ってるぐらいです(すげぇうまいんです)。


この隣人に育ててもらう感覚、田舎の方だと結構あると思うんですが今はどうなんでしょう。共同の空間がある下宿やお手伝いさんがいる、この映画の中にある境界線が曖昧な世界。隣近所や商店街の人との交流の中に自分という「個」が確立されている世界。長らく都会で暮らして忘れかかっている感覚が呼び起こされるものがありました。


それが良いかどうかではなく、かつてそういう時代があった。完全に外界と切り離された「個」が確立された現在を生きている世代の親たちは、そういう「個」の境界線が曖昧な世界で生きてきた人たちだったりします。そしてその次の世代の子供達は、コンピュータという道具とwebという仕組みを利用して「個」の曖昧な世界を築き上げつつある。


そんな事をこの映画を見ていた時ではなく、エントリを書きながら思い付いたわけです。


だからなんだよ、と言う話ですが。


この映画を見た後にベストセラーの「県庁おもてなし課」という本をやっと読んだのですが、こういう話がベストセラーになるのは今の日本はちょっと振り返りを必要とするタイミングなのかなと思いました。読むと分かります。※いろんな含蓄が含まれており、高いハードカバーでも元が取れるお勧めの本です。


今の日本は大震災が起こり、原発問題を長く引きずる状態で、なおかつ戦後に構築された政治やマスコミ、社会のシステムが維持しきれなくなりつつある(そこまでではなくても、疑問を呈されている)。いままでの「普通」の価値観が根底から覆されつつあります。


しかし今も昔もそこに生きているのは変わらぬ人間で、なんだかんだ言いながらたくましく生きています。そして今の時代でもたくましく生きている事を自覚している人たちは、人の可能性を信じて(信じられるので)昔と同じようにたくましく生きています。でも、それを自覚できていない人たち(人、ではない)は心が折れたり、動けなくなったり、傷ついたりしています。


そんな人たちは、たくましく生きている人(人たち、ではない)がどうやってたくましく生きているのか。この映画を見て、それに気付く事が出来ればプロデューサーの鈴木さんのキャッチコピーも生きてくると思うのです。


そう、このキャッチコピーが。


上を向いて歩こう


今日はそんな感じで。でも、足下にも気をつけて。

【関連リンク】

 ・コクリコ坂から(公式サイト)

県庁おもてなし課
県庁おもてなし課
posted with amazlet at 11.08.22
有川 浩
角川書店(角川グループパブリッシング)
売り上げランキング: 1541

2011-08-20

「コクリコ坂から」を見てきた

| 23:58 | 「コクリコ坂から」を見てきたを含むブックマーク

面白かった。

おそらく少女漫画を読んで涙を流せる人は、じーんと感じるものがあると思います。

そうでない人は、映像のすばらしさに感じるものがなければなんてこと無い映画かもしれません。


今日はそんな感じで。


・・・これだけだとtwitterで呟けという話になるので、もう少し。

以下、ネタバレ含む内容です。全く見たくないという方はここまでで。













さて。


主人公の女の子、海は母親は海外にいて長期不在、父親は死別、妹と弟がいて家庭を切り盛りしている典型的な「苦労人」タイプのキャラクターです。ついで?に下宿まで切り盛りしていて、とにかくタフ。


もう一人の主人公である男の子、俊はさっぱりとした感じの割と誰にでも好感を持たれる好青年です。こちらも家庭の事情で色々悩みを抱えているお年頃です。


そんな二人が、クラブハウスの存亡というイベントで仲良くなる。ただそれだけの話です。恋に落ちるためのいろんな仕掛けもありますが、王道的な「フラグ」が多く良く言えば安心、悪く言えばありたきりな話の進行でしょう。私はこれだけでも十分楽しめる人間でした。


しかし本当にすごいのは時代の設定と、それを丹念に描く描写。オリンピック前という「戦後」が完全に切り離されるギリギリのタイミングで、日本がこれを機に失っていく風景がものすごく緻密に描かれているのです。オート三輪や未舗装の道路、木造の建物、そして横浜だからこそ描ける船の数々。氷川丸もそこにいます。40年前、私が産まれるほんの少し前まであった風景が話にとても自然に組み込まれている。何度も唸りました。


そして「アナログ」な人達。スタジオジブリは作画をアナログな手法に頼る、日本の「ディズニー映画」だったりします(あちらはCGも取り入れていますが)。アナログな人物が、アナログな絵で、アナログなアニメ手法で生き生きと動く。他のスタジオジブリの作品にも共通する魅力ではありますが、冒険活劇ではなくこのような恋愛の物語でも魅力になるのだと気づかされました。いえ、むしろこちらのほうがより力を発揮するのではないかと。


付け加えれば、舞台に何度も登場する坂がいろんな意味を持っているような気がします。これは震災を受けた場所にも通じる、日本の海沿いの街の特徴でもあります。そこでたくましく生きる大人や子供達。津波の被害を受けた場所で無料公開もされたようですが、同じ時代を生きた人達には何か通じるものがあったのではないでしょうか。

この坂を舞台にしたアクションも組み込まれています。冒険活劇はありませんが、アクションの爽快感はこれで十分感じることが出来ました。


実際の所、見終わった後に特に大きな満足感を感じることのない映画です。しかし、後でじんわりとやってくる何かを感じられる心を持つ人なら長く楽しめる。そんな物語ではないでしょうか。


今回は日テレのプッシュが静かに感じますし、嫁さんの反応も薄いものでした。しかし見終わった後の「何か」を長く感じられる、良い映画だったと思います。


今度こそ、本当に今日はそんな感じで。

2011-08-09

なんか色々思い付いた事

| 20:59 | なんか色々思い付いた事を含むブックマーク

今回は思い付いて書きためてあったエントリの題名だけ並べておきます。

※過去の経験上、日の目を見る事は無いので。

とはいえ先日、人と飲んでる時頭の中に入っている情報をベースに話をしていたので纏めておくと無駄に長いと言われる話を短くする事が出来るかも。


カネについて

 カネがなければ人は生きられない

 カネは「道具」であって「目的」ではない

 カネは「流通」の結果である

 カネは「心を映す鏡」である


仕事について

 本業という制約と理不尽を理解する

 副業というシステムは素晴らしい

 生きてる事を丸儲けにする

 人生を副業でコントロールする


貯蓄について

 人生で貯めておくのはお金だけじゃない

 余裕がないと人は生きられない

 自分に何が必要なのか常に考え、把握しよう

 詰まるところ、貯蓄するのは幸せである


幸せについて

 他人に尽くす前に自分に尽くす

 自分の幸せの貯蓄が他人に分けられる幸せの量

 幸せは利息を増やす事が出来る

 幸せは運用する事で増えていく

 カネは幸せになるとオマケで付いてくる


人生?について

 生まれ育った環境に感謝する

 今の環境に感謝する

 人間である事に感謝する(人間とは考える葦である)

 宗教は馬鹿にするもんじゃない


シックスセンスについて

 見える人には見える

 見えない人は見える人の言葉を聞けばいい

 経験を積み重ねる事でも開眼するものっぽい

 多くの場合は「知の継承」が実体化したもの


聞く人が聞けば「お前に言われたくない」という言葉ばかりですが。


今日はそんな感じで。

2011-08-06

「監修」してもらえる事に感謝。

| 01:33 | 「監修」してもらえる事に感謝。を含むブックマーク

Linuxについての電子書籍を纏めようと日々の学習で学んだ事も踏まえつつ文章を書いているのですが、昨日師であるドラ○もんから内容についてざっくりと朱入れをいただきました。


けっこう頑張って書いた文章ですが、指摘は見事に痛いところを突いています(でも泣かないよ!)。


修正をしていて、ふと思い出したのが監修という形で引きうけたモノ書きのお仕事。これは基本的には編集者に取材を受け、それを編集者が文章に纏め、それに朱入れをする形のものになります(本当は違うのかな?)。


そのときに自分が行っていた朱入れを自らが受けると、「これ、すげぇ勉強になるな」という事でした。このような技術系の文章は、必死で調べて書き上げたものは知識をまとめ上げるのに精一杯で、情報に対する問題点に気が付きにくいものです。


これを技術的な知識のある人間に「監修」してもらう事で、発信する情報の問題点に気が付き、修正が出来る。晒されていた期間は黒歴史となってしまいますが、それも自身の調査能力や知識をまとめ上げる力を向上させるためのエネルギーとして前向きに考えられるかと思うのです。


ちなみに逆の立場になって朱入れを行うと、自身の知識を点検するのにすごく役立ちます。知識というのは、その本質をつかんでいてもきちんとした言葉になっていないのはよくある事ですが、これを監修という形で相手の知識を補佐し、適切な形になるまでまとめ上げるという作業は自分自身の知識を「比較的楽に」まとめ上げられる有用な作業だったりします。


そんなわけで、自分自身が身につけた知識は積極的に外に発信して監修し、自分が学んでいる知識はその道に詳しい人に監修してもらう事でより正確な知識として定着させる事が出来ますよ、というお話でした。


今日はそんな感じで。


※今日飲んでて似たような話をしたようなしなかったような。

2011-08-02

ブログを嫁さんが見ています。

| 13:16 | ブログを嫁さんが見ています。を含むブックマーク

だからどうしたというタイトルですが。


徒然と頭の中の事を書き散らすエントリもある当ブログですが、最近はRSS購読者に嫁さんが追加されました。誤字脱字は技術系のエントリでなければ指摘してくれます。ええ。


ただ、何となく書きにくい事も有ります(て、書いたらダメなんですが)。


人間の思考なんてフラフラと浮気をするものなので、昔のエントリをお読むと「おお、こんな事を考える人がいるんだ・・・俺だ」なんて事はザラです。良く昔のエントリを読んで感心しています。ホントです。


なので変な事を書いてあってもここは一つ寛大な心で読み流してくれたまえよ、という私信バリバリなブログでした。


日記を晒すリスクを知らないお馬鹿さんが多いから炎上というお祭りが発生するんですが、それについては当エントリの主旨から逸脱するので深追いしません。


あと、一時の激情も文章に残さない方が良いです。自転車漕ぎながら「王様の耳はロバの耳ぃ!!!」と叫んでる方が世の中平和に回るでしょう。


という事で今晩は自転車漕いできます。雨降ったら泣くぜ。