「エノケソ一代記」

「日本の喜劇王エノケンこと榎本健一。そのエノケンの全盛期には彼の名をかたる…いや、彼の名に乗っかる「ニセモノ」がたくさんいたという。そのニセモノの中のひとりに「エノケソ」を名乗り全国で興行を打つ男がいた。

エノケンのニセモノ」エノケソに市川猿之助さんを迎えた今作。エノケンに憧れて憧れて、でもエノケンになれなくて、なれないのになりたくて、まるで太陽に近づきすぎたイカロスのように最後には羽が溶けてしまった。最後、こういう着地点を目指して書いたのかどうか、そこがちょっと読み切れない部分はあったかなあ。三谷さんとしては、彼を支えた妻もふくめた二人をめぐる物語を描きたかったんだろうとは思うけれど、落とし所と全体の劇作のバランスが合っていないような感じはしました。

芸という芸は模倣から始まる、と誰かが言ったかもしれませんし言ってないかもしれませんが、しかし「エノケンになりたい」と思っているうちは到底エノケンにはなれない。模倣から始まったものが「芸」に至るにはどこかで分岐しなくちゃいけない。その分岐を見誤ってしまった男の悲喜劇…。猿之助さんはさすがに芸達者というか、所作の基本が身についているのでなにをやっても洒脱にこなしますね。とはいえ、あの猿之助さんの理屈じゃない力で場を圧するようなカタルシスも見たかった気はします。

個人的に今回の舞台最大の見どころというか収穫は、三谷さんがひさしぶりに役者として舞台に出て、古川ロッパ(のニセモノ)を演じたこと!さすが一橋壮太郎の腕はなまってなかったですね(笑)いや冗談ではなく、あの猿之助さんと舞台上で渡り合うんだから大したものです。

山中崇さんが場面ごとに違う役で出てきていて、もちろんおもしろかったし好演でしたけど、こういう役割で「もうこの役者が違う役で出てくること自体が面白い」というまでの構成にはなってなかったかなあ。吉田羊さんも浅野さんも安定感は抜群で、安心して観ていられる座組ではありました。しっかし、吉田羊さんがここまで売れるとは!三谷さん、先見の明がありましたね。