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2017-09-23

[]「髑髏城の七人 season風」

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Season風の開幕前に月のダブルキャストが発表になり、月のあとにseason極も発表になり、ほんと…こんなに髑髏城ばっかり食べてお腹こわさない?って感じになりつつありますが、いやもうここまできたら付き合いますよ最後まで、ってまだ月のチケット取れてないけどね!

さて、花鳥に続いて風です。ウリはなんといってもこの戯曲のもともとの趣向であった「捨之介=天魔王一人二役」の体制で演じられるという点でしょう。個人的にこの一人二役という制限を活かしているからこそこの脚本がすっごく好き、という部分があるので、この形で上演されるのはめちゃくちゃ楽しみでした。

うーん正直、どこからどう書けばいいのか迷うんですけど、まずこの一人二役っていう芝居の趣向をなんつーか活かしきれてないというのか、いやなしてこの展開を選択…?みたいなところがあって、活かしきれてないってもともときみらの作品なのに、なんでなん!という気持ちがおさえられず。

まず第一幕で天魔王の顔をまったく見せないという、これ絶対よくない。よくないです。二幕では仮面を取った天魔王のビジュアルが出てくるんだけど、おそらく過去の上演作品の中でももっと信長に寄せてるんですよ。いや…だったら本能寺始まりをやればいいのにって思うわけです。「来い、秀吉。髑髏城で待っている」も勿論ない。で、なんでこれがダメかっていうと、仮面をかぶって出てくる一幕の「天魔王」の中を観客がまったく想像できないんですよ。1回でも顔を見せておけば、あとは観客は勝手にその中を見てくれるんです。一人二役だって設定知ってて「あーこの中には捨と同じ顔があるテイなのね〜」と思っているのと、さっき見た「天魔王」を鎧の中に思い描くのとでは全然違うんだと声を大にして言いたい。あと天魔王が出てきたときにあの鎧じゃぜんぜん「カッコイー!」て思えない。もっとビジュアルこだわってよ!この鎧でリアル追及してどうするんだよ!

二幕になると俄然「同じ顔」ってことが活きた展開が続くわけですが(やっぱり沙霧が蘭を追いかけて髑髏城に乗り込んできて、捨がいる…!って驚愕するという展開のスムーズさときたら、こうでなくちゃ感ハンパない)、終盤に自分ひとり逃げ出そうと画策する天魔王が捨之介の姿を借りるところまではいいんだけど、なぜ、そのあと牢にいる捨之介にわざわざ鎧と仮面をつけさせて、しかも兵庫たちは勘違いするけど沙霧だけはそれを見抜く…みたいな展開を入れたんや…!もう、ほんと、すんでのところで「おい!」って声に出そうでした。要らない。それは要らない。それは天魔王と捨之介を別人がやるときに「仮面で顔がわからない」ようにわざわざ書き足した話じゃないですか。その「取り違える」面白さは、そして沙霧だけが真の天魔王を見抜くという展開はその前にもう済ませてるんだよ。この展開を差し挟むことで、せっかく天魔王が捨の姿になって二役がシームレスに見せられる(そしてそれを演じる役者の力量を堪能できる)のに、その面白さまで奪われるし、捨が蘭の最期を見ないことになってしまうし(何を虚空に向かって「今度は迷わず行けよ」だよーあれは蘭の最期を見た瞬間に何があったかを悟っての台詞で、しかもそれがあっての捨確変じゃないですかー捨之介もうおこだよ!!!ポイントオブノーリターンじゃないですかー)挙句仮面を自分の剣で叩き割るのもほんと…いやもう言うまい(十分言ってますけどね)。「お前までもがそう思うのならばこの姿に身をやつした甲斐がある」ってその前のシーンで天魔王が言いますけど、芝居の展開的には全然身をやつした甲斐なかったねっていう。

なんというか、あんなにも素晴らしい骨格を持った脚本で、だからこそ再演を重ねていろんな肉付けがされて、もちろんそのたびにその時ならではの旨味があったと思うんだけど、ここまで回を重ねてもはや肉や脂がつきすぎて元の味がわからなくなってしまっているのでは、という感じがどうしてもしました。一人二役の構図に戻したからこそそれをひしひしと感じたのかもしれません。捨之介が女を斬ることにためらう、っていう設定も、もっと自然に見せられたんじゃないかって思うし(急に泣くの唐突すぎて…)キャラクターも、たとえば今回贋鉄斎はじゅんさんが演じていらっしゃって、もちろん面白いし、楽しいし、じゅんさんに求められる役割を十二分に果たしていらっしゃるけど、でも贋鉄斎ってあんなキャラクターなのかなあというのもやっぱり思ってしまうわけですよ。前回よりもトゥーマッチに、という趣向が入りすぎてないか?っていう。まあそれは蘭兵衛にしろ極楽にしろ同じではあるんですけど、もうちょっと劇作全体をシンプルな方向に見直すということもやっていいのでは、と思ってしまいました。

松山ケンイチさんが新感線出演2回目にしてこの大役、いやホントこの一人二役を引き受けたその心意気やよし(だって彼の前にこの一人二役をやってるのは古田さんと染五郎さんという超弩級のみ)。なにがすごいって、めちゃめちゃ身体がキレるってことにまずびっくりしました。あんなに足技回転技炸裂させて、割台詞でもぜんぜん息が乱れないのすごいよ!これは多分ですけど、捨のキャラクターとして、天魔王という相対する存在を踏まえた役作りにしてるんじゃないかなって気がしました。なので二役がそろって出てくる二幕のほうが俄然芝居が輝いていたし、ぐいぐい波にのっていく感じがあってよかったです。贋鉄斎とのシーンはたぶんじゅんさんとのリズムが合ってくればもっといろいろ拾えそう。じゅんさんも、多分後半にもっと爆発してくるだろうなーというか、これはほんとこっちの勝手妄想かもしれないけど、まだ若干キャラに迷いがあるような。あんなに吹っ切れてんのに!?という気もするけど、いやでもホントに爆発したときのじゅんさん、あんなものじゃないもの!

あとは何といっても生瀬さんですかね。ほんと…はー、もう、うなるほどうまい。出のシーンから一貫して抜きんでた芝居の安定感、余裕、狸穴は基本的うまい人しかやらないって感じの布陣がここんとこ続いてますけど、その「実は」なぶっ返り具合も含めて文字通りずっぱまりでした。ほんとに生瀬さんが風に出てくれてよかった〜〜新感線初登場とは思えない〜〜もっと!もっと出て!!山内圭哉さんの兵庫、キャラの造形として結構変えてくるのかな?と思ったんですけど、思いのほか一本気男気キャラで通してきていて、しかもそれがよくお似合いだった!「てめえが雑魚だと思ってる連中の力みせてやろうじゃねえか」っていう、私がいちばん好きな台詞(これ何回でも言います)を、ぐっと抑えたトーンで言っていたのもよかったなー。

極楽太夫の田中麗奈さん、ワカ路線というか、花鳥も同じ路線のキャラクターでしたけど、田中麗奈さんならそこまで姉御肌を押し出さないキャラのほうがはまったんじゃないかなあという印象。綺麗だけれど、有無を言わせぬ、近寄りがたい感じというよりは、舞台であのトーンの台詞だと親しみやすさが先に立っちゃう感じ。無界の女衆が逆に極楽をよしよしぎゅっぎゅしてあげるような構図の方が、終盤の展開でもっと観客の涙腺にヒットしたのでは?向井理さんの蘭兵衛、個人的殺陣はね、あんなもの工夫次第というか、全然殺陣が出来ないのに凄腕の殺し屋をやってた堺さんみたいな例もあるし(とばっちりゴメンね)、おかげで鉄砲ぐいぐい使ってくるキャラに戻ったのはよかったと思う。ただなんつーか…とあるシーンで猛烈に「ねえ、いま、それホントに思って言ってる!?」と言いたくなったところがあって、いや思ってるんだろうけど、それが伝わらない。一幕は特に淡々とした中で見せなきゃいけない芝居が多いってのもあるけど、それにしても薄い。二幕の蘭兵衛はぐいぐい押してくるパートも多いので、そっちの方はまだよかったかなーと思うけど、1列目で見て思うんだから、もうちょっとどうやったら芝居が届くかってことに注力してほしいと思ってしまいましたよ。そう見せられていないのは演出家責任も勿論あるけど。

どうでもいい話なんですが、前回鳥の2回目見たときほんっとにあの円形の客席のほぼど真ん中で、ど真ん中ってことはアレ、どれだけ客席が動いても自分は回らないんですよね。円の中心だから。でもって今回最前列だったんですけど、いやーさすがに最前列はぐいんぐいーーーーんとよく回る。私この手のやつは全然平気なのでわー回ってる、って楽しかったですが、三半規管弱めのひとは席位置によっては要注意かもだ。でもって最前列は、スクリーンと座席の動きの相乗効果はさすがに堪能できないですね。

風は公演期間が他のシーズンと比較すると短めというのもあって、この1回きりの予定なんですが、千穐楽までにまたどんどん芝居も成長していくだろうし、そうなっていくことを心から願います。ワアーーー後半チケットとればよかったーーーと私を悔しがらせる芝居に育ちますように!

2017-07-08

[]「髑髏城の七人 season鳥」

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しょっぱなから遠慮会釈なしにネタばれるよ!!!

阿部サダヲを捨之介に据えた「season鳥」。天魔王にはワカドクロでも同役だった森山未來、蘭兵衛も同じく早乙女太一。この三役だけの舞台経験数でいえば、花鳥風の中では鳥がダントツなのではないでしょうか。サダヲは本来の捨のキャラクターのニンではないですが、そこは捨をより「忍び」の世界に近いものとして描くという構想、かつ歌と踊りをばんばん入れます!という趣向が打ち出されてます。

見終わった後の私の心の第一声が「あーー満足した!新感線を見たって感じ!!!」というものでした。なんでしょうね。満たされました。ものすごくツッコミどころも多いんですけど、満たされ感のほうが上回った。なんなんだろう。歌?歌なのかな。個人的に劇中に歌が入るのそれほど歓迎している人間じゃないので不思議なんですけど、でもいっぱつめの歌がはいったときの「こ、これやー!」感がすごかったのも事実劇中歌がまたすごくいいところでかかるんだ!そうだった…このいろいろ取り交ぜてとりあえず全部鍋の中に入れて煮る!みたいな姿勢!これが新感線!踊りはもっと踊ってもいいと思ったけど。もっと踊ってもいいと思ったけど(2回言った)だってーー未來がいるんだからさーーー!!

構成としては歌と踊りを入れてでも上演時間は3時間半に収めているってことで、わりとばっつんばっつん切ってます。無界屋に沙霧を連れて行くための流れがむちゃくちゃショートカットされてますし、花の時にあった沙霧が目の前で祖父と父を殺されるってのもカットされてるし(ほんとカットになってよかった、あれマジ意味わからんと思っていた)、天魔王が捨に夢見酒飲ませるところもばっさりいっていた。しかしそれ以上に今回の「鳥」は今までの髑髏城と大きく方向転換をした一点がある。それは「天魔王と捨之介を対の存在として描かない」という点です。ご存知の通り、この役はもともと一人二役で演じられていたので、そもそも役柄からしても「天が信長、地が捨、人が天魔王」というトライアングルだったわけです。天が抜ければ残る二角は捨と天魔王。このふたりフューチャーされてしかるべき、なんですが、蘭兵衛という役が持つポテンシャルというか、設定もりもりなところに、キャストバランス的に蘭の役がどんどん膨らんでいって、結果「えっと誰と誰でトライアングルなんでしたっけ」みたいな感じになっていた。で、じゃあ今回は誰と誰が対なのか?というと、それは蘭と天魔王なんですよ。これ劇中のかなり核心部分のネタバレですが、今まで「光秀をそそのかしたのも実はお前」という設定はずーーっと残っていたんだけど、今回もしかしたら初めてといってもいいぐらい、そこに至る心中が描かれているわけです。なぜ、天魔王は信長を陥れることを考えたのか。これだけ尽くしても、天は自分のことを歯牙にもかけない。寵愛を一心に受けるものへの嫉妬。おれの理想とする信長はこんな人物ではない。理想でないなら滅ぼしてしまわねばならない…

じゃあ捨之介はなんなのか、というと文字通り地を這うものなんですね。その三人よりも、もっと地面に近い、低い所にいる。おそらく天魔王は捨の存在をもはや歯牙にもかけていない。「てめえが雑魚だと思ってる連中」のひとりに、捨も入っているってことです。そして捨は捨で天魔王に因縁がある。ここも大きな転換点のひとつですが、捨はぜんぜん「すべて流して捨之介」じゃないのよ。だって最初っからバリバリ天魔王に意趣返しする気満々なんですもん。あのね、正直捨と本能寺にまつわる書き込みは、ちょっとさすがに安易がすぎるというか、もうちょっとなんかなかったのかよーと思わないでもない。だって忍びのものならそこはもう何をもってしてもお主大事でないとだめなのでは!?ってなりますやん。間に合わなかった事情にはもっとパーソナルな、だからこそ後悔が大きいもの(ダークナイトレイチェルデントかみたいな、ああいう葛藤)が欲しい気がしました。

ツッコミどころは結構あるんですが、それでもこの転換点はうまく作用していたような気がします。構図としてもしっくりきましたし、なによりそれに説得力を持たせるサダヲの力量!そして対として描いて絵になる未來と太一ポテンシャル

でもって、私が一番「満足した」理由はおそらく、笑いです。笑いがちゃんと作用してる。すごいどシリアスなシーンでもくすぐりを入れるその精神。笑って、それが次の興奮へのキックスターターの役割を果たしている。こ、これだよ〜〜〜〜〜!!!!いやーもうヒイヒイ笑いました。サダヲをはじめ、成志さん、転球さん、そして未來が貪欲に笑いを取りに行くの、ほんと感謝しかない。特にサダヲと成志さんのすべり知らず王ぶりったら!

演出としてはね、いちばん言いたいのは「セット…変えてほしい〜〜〜!!」ってことでしょうか…百人斬りステージ移動しながら見せるのはよかった(っていうか花の百人斬りは間口狭すぎ問題)し、あと「てめえが雑魚だと思ってる連中の力…」の台詞のあとで5人が駆けていくシーン、セット裏にどたどた去るんじゃなくてステージを走るようにしてたのもよい変更。とはいえ、主要なセットがそのままつーかマイナーチェンジしかしてないので、これ4シーズン全部この風景だったらさすがに飽きるよって気がしちゃうんですけども。

いや、しかし、阿部サダヲのうまさよ。おそろしい。もはやおそろしい。知ってたけど観るたび思い知りますね。瞬発力つーか、爆発力つーか、あのタイトルバックどーん!!のところ、なんの脈略もなくうおおー!!!って心が震えますもん。こ、これだよ〜〜〜!(こればっか)ものすごくやることがたくさんあって、しかも殺陣も逆手で納刀も難しいし、まだちょっといっぱいいっぱいかなーと思うものの、それは回数を重ねて全部が体に入ってくればさらに威力を増すだろうということは想像に難くない。あの最終対決のところもね、理屈でいえば「ん?」みたいな部分もあるんだけど、なにしろ「地を這ってからが本番だ!」っていうサダヲがかっこよすぎて、胸熱すぎて、完全に「こまけぇこたぁいいんだよ!」状態。そして笑いという笑いを外さない天性の勘…ほんとうにありがとう…。あの惚けたフリしてるところとか、「これ洋画でよくあるモブがなめてかかったおっさんめっちゃ強いパターンやーん!」って思って楽しかったです。ほんと、センターに立つために生まれてきたような役者だよね。格が違います。

そして成志さんの贋鉄斎なー!たぶん、すでに舞台をご覧になった方なら頷いていただけるんじゃないかと思うんだけど、チケット代をその分上げてもいいから成志さんをタクシーで帰らせてあげて…っていう(笑)いやもうね、あの雷様見た瞬間に思いましたよ。「これは…回るな」と。回ったよね。そりゃ回るよね。全編にわたって体を張ったお仕事にもうひれ伏します。本当笑いました。っていうかいのうえさんは成志さんを不死身と思っている節がある(笑)今回の贋鉄斎が捨の依頼を素直に聞かないのも新しいよね。より滲み出るマッドサイエンティスト感。

未來くんの天魔王、英単語を混ぜ込んでいくスタイルでこれは笑いに振ってるのかどうなんだろう!?と最初はとまどったんですが、ジパングわからないシーンで爆笑しましたしそのあとは遠慮なく笑わせていただいておりました。だってどんだけオモシロに振っても、一瞬後にはどちゃくそカッコいい芝居に戻っているわけで、とにかく役者から出てくる圧がすごい。カーテンコールのとき、その無言の圧にのまれまくってもう、かゆい!かっこよすぎて首がかゆい!て謎現象にもだもだしたし、なんなら私たぶん髑髏党に入っちゃうんじゃないかと思うもの。むしろ入りたいもの。あんなカーテンみたいな衣装であの動き、あの立ち回り、そしてマント!もう!ずるい!赤い衣装で太一くんと並んだ時の聖と邪な感じもよかったなー。あの二人が対になることで太一くんの中性的な魅力がより際立っていたように思いました。太一くんも「蘭丸」に戻ってからの方がより炸裂していたような気がする。立ち回りの華麗さはもはや並ぶものなしだしね!

兵庫の転球さんの役どころも実はちょっと変更してますよね。これは小路くんとの対比もあるけど、いい転換になってるんじゃないでしょうか。あとやっぱうまい。場数だなーと思わされるのはこういうところですね。個人的に私が髑髏城で一番すきな台詞をぐっと納得のいくトーンで聴けてうれしかったです(またここでかかる滝さんの歌がいい!)。善さんの狸穴もさすが(この役基本的うまいひとしかもってこないよねえ)、のんしゃらんとした味がすごく活きてました。最後結構大事なところで秀吉家康を言い間違えておられたので若干私が焦りましたが(なぜお前が)。粟根さんの渡京…算盤コロ助くんふたたび!そしてあの立ち回り復活!ありがとうございます!!!あのあとで起こった拍手は「同志」感すごかったです。またつまらぬものを数えてしまった…が聞けてほんと腰が浮きかけました。あと、松雪さんの極楽も葉月ちゃんの沙霧も文句ないんだけど、やっぱ蘭が立って蘭と極楽を書き込んだことで沙霧が役としてちょっと沈む形になるのはどうにかなんないのかなーと思うところではあります。

主要キャラの関係性を書き換えた中では、なんというか原石として磨いてみたいというか、この線でいったら違う鉱脈がみつかりそう!な気配のする改変で、できればもっとじっくり時間をかけて書いてみてほしかったなーというところはありましたが、とはいえ何度も言うようですが満足度は非常に高かったです。笑えて泣けてカッコいい。トゥーマッチでトゥーファット。新感線を見た!!!という気持ちで満たされまくった夜でした!

2017-04-29

[]「髑髏城の七人 season花」

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かつて新感線が初めて新橋演舞場に進出したとき、「あの新感線が、ここまできたか…!」と勝手に胸熱になったものですが、そこからさらに十数年を経て、日本初(世界2例目)の「回る劇場」の、しかも「1年間のロングラン公演」を託されるまでになるとは。思えば遠くにきたもんだ。
劇場の機構そのものが話題を呼んでいる、というのもあるので、芝居の感想は後述するとして、劇場周りの感想を先に箇条書き。

  • とにかく最寄りの駅にはなんにもないから!!!と先達の皆様のアドバイスのおかげもあり、心構え万端で行けてありがたかったです。あとなんにもない、っていうのでほんとに荒野にぽつーんみたいなのを想像していたんですが、周りに建物がないわけじゃないのね(当たり前だよ!)ただ、人が入っている建物がないってだけでね…あんなに立派なのができてるのね…なんなら駐車場だけでもシアターアラウンド用に開放してシャトルバスとか走らせてみたらと無責任なことを思いました
  • これも先達の皆様のおかげと思われますが、劇場前と劇場内ロビーにベンチの設置が多数。ただ劇場前は夏は暑くしてしぬだろう(よげん)
  • 5列目ほぼセンター、前は通路という芝居好きなら誰でも喜ぶ席でしたが、回転中の転落防止のためなんでしょう、舞台の縁に囲いのようなものがあり、舞台はそれよりも10センチほど低いので、この座席で足元が全く見えない。足元が見えないばかりか、低い位置での芝居はまず見えない。
  • おそらくこの縁の構造のためか、フットライトがなく、また舞台袖からの明かりもない(そりゃそうですよね)ので、照明の印象が相当違います!ここはもうちょっと工夫があった方がいいのではと思った。なんとなく平板な印象を受けてしまいました
  • 回転そのものは動き出した瞬間にズゥン…とした感覚はあるものの、個人的にはまったく気にならず。前方はスクリーンの役目も果たしており、その映像との相乗効果もあいまって、実際よりも「動いている」感覚がかなりあり、アトラクション色が強いです
  • 舞台の間口はスクリーンの開閉で決められるのですが、当然ですけど大きく間口が開いた方が断然気持ちがいいです。それこそがこの劇場でしかできない「絵」だと思いますし、狭い間口で展開するシーンはサイドの客は結構見切れてしまうのでは
  • 劇場全体の動線はさほど気にならず。椅子も赤坂アクトよりは良い、というかさすがに振動に強くできているなという感じ

個人的に今後の鳥風月でもっとも改善を望むのは照明と立ち回りの見せ方ですね。なにしろ前方席ほど足元が見えず、足元が見えないどころか「なんだか刀持ってワイワイやってんな」ぐらいの距離感しかないので、だったら大きく間口を取って縦横無尽に動き回るぐらいの絵面がほしいところ。いのうえさんの演出は照明でハッタリ効かす部分もかなりあるので、明かりが平板だとケレンがケレンにならないわよう、と思ったり。

ここからは芝居の感想ネタバレするので、お気をつけて。

「髑髏城の七人」自体は初演が1990年、その後97年と04年、11年と再演を重ねてきているわけですが、11年の上演時に大きく形を変えたところがあって、それが「本来捨之介と天魔王は一人二役でやるところを、キャストをそれぞれ分ける」という方向転換をしたんですよね。で、もともとそういう構造じゃなかったのに、骨組みを足したことによる綻びがもはや大きくなりすぎてるという印象を否めませんでした。

もちろんこれは私が初期の構図が好きで、何より全新感線の作品のなかで1997年の「髑髏城の七人」こそが不動の第1位であるという、めんどくさい古参の言い分(自分で自分を古参っつーのどうかと思うけど、もはや新規ぶるほうが逆にふてぶてしいが過ぎるかなと)なのかもしれません。なのでひとつの意見として聞き流していただければ幸いです。

ここまで骨組みを足した(蘭の役を大きく取り上げ極楽との関係性を書き足している、天魔王と捨が「同じ顔」ではないことで蘭を含む3人の関係性を書き足している、沙霧が捨に不信感を抱いて傷を負わせる展開を残すために捨と熊木衆の関係を書き足している等々)にもかかわらず、過去の上演の「名シーン」はそのまま残そうとしているので、どうにも展開が強引なんですよね。例えば牢にとらわれた捨を沙霧が看破するシーンがありますが、あれは敗北を悟った天魔王が「捨に化けて城を脱出しようとする」ことに意味があるわけで、身代わりにして仮面をかぶせて仲間に斬らせるってのはどうにも弱い(だって仮面を取ったら別人てわかりますやん!)。顔を分からなくしたうえで、その看破するシーンだけを残しているので、鎧を着せて夢見酒を飲ませてかつ沙霧にぶっとばされて目が覚める的なそんな段階を踏まなきゃそのシーンに到達せず、しかも劇的な効果も薄い。同じ人物がやるんでないなら、あのシーンの効果はほとんどないと言っていいと思います。沙霧と捨にはそういうシーンがいくつかありますが、全部極楽の「女にはわかるのものよ」的な台詞でまとめられていて、おいー!としか言いようがない。

極楽と兵庫も、もうあそこまで蘭と極楽の関係をがっつり書くなら最後思い出したように「りんどうよ、本当の名前はりんどう。これからはそう呼んで」とか、もういっそなくていい(だってそこまで兵庫と極楽の間になんか生まれる気配ありました!?ないよねえ!?)し、あと最後の天魔王との対決、斬鎧剣は相手が全身南蛮ものの鎧で覆われているからこそ、「最初の太刀で鎧を砕く」必要があるわけじゃないですか。出てるじゃん。顔、がっつり出てるじゃん。そんなめんどくさいことしなくても喉を突けよ!もしくは鉄砲でドタマに風穴開けろよ!とか思ってしまうわけですよ。

あと、沙霧に関して言うとわざわざ目の前で爺と父ちゃんを殺す必要ある…?ってのも思ったな…だって冒頭でもう死んだと思って弔ってるじゃん。残虐さを出したいなら一時でも夢を見させた後で突き落とした方がよっぽど効果あると思うけど、そんな掘り下げもなかったしなあ。

あとねえ、古田が贋鉄斎をやるんなら、やっぱり本気の百人斬りを見たかったよ私は…。もはや百人斬り意味あるんでしょうか。舞台間口も狭いし(そりゃあの趣向ならそうなりますわな)、席の関係もあってほぼ上半身しか見えないし、あそこからの一気呵成の展開が髑髏城の花じゃないですか。血が滾る瞬間じゃないですか。ここでマジにならなくてどうするんだよお!

もうひとつ(まだあるのかよぉ)、これはもう座組全体の問題つーかそれでどうにかなるのかわかんないけど、個人的にはもっともっと笑いがほしい。というか、笑いを取らない(取れない)なら昔のギャグは切ってほしい。新感線ってどんだけマジ展開になっても、その照れくささみたいなものを笑いで払拭して、観客の心をオープンにしてくれたから、どんな少年ジャンプ展開でも受け止められたし、胸を熱くできたところがあった気がするんですよ。最後の対決シーンの最後に贋鉄斎に「肌に無理なく深剃りが効く、うーんかっこいい!」って言わせる度量がほしい。あたしゃ欲しいよ(誰だよ)。

役者さんについて。小栗捨、前回の時よりはキャラ造形が身の丈に合っている印象。めっちゃ強い感じはしない。ただ殺陣は今回のほうがスピード・キレがあって好きです。台詞がちゃんと聞こえるのはえらい。成河天魔、かなり卑屈な天魔王キャラ斬新。足が不自由という表現もあいまってリチャード三世感がすごい。立ち回りもよかったがそれよりも拳でいたぶる時の方がくるってる感あってよかった。時々中に右近さんいる?と思ったり思わなかったり。山本蘭、さすがに板の上での観客の呼吸を把握する力がすごい。ド直球にかっこいい役をド直球にかっこよくやっている。結果、どちゃんこかっこいい。中でも無界屋襲撃の際はドSぶりに立ち回りの度に袖で刀を拭う神経質そうな仕草も加味されて歴代蘭の中でも最高峰ではないかと思うほどにキャラ造形が立っていてすばらしかったです。ただ朴念仁には見えないw

近藤狸穴、うまい!流石の場数。狸穴二郎衛門のキャラにも合ってるし、実は、となってからのぶっ返り具合もはまっていてよかったです。「新式もきかんのか」あたりの飄々とした佇まいもすき〜〜〜。りょう極楽、声が良いですね〜。口跡も明瞭。美しく気風のある姉御肌ははまっていた。清野沙霧、すばらしい身体能力、できればそれをもっと堪能したかったくらいです。沙霧の役はもうちょっと前面に出されていいんだよ!おばちゃんはそう思うよ!青木兵庫、辛いこと言うよ、なぜならわたしはじゅんさん兵庫原理主義者だから。正直今回のキャストもっともつらいところでした。兵庫という役は最初コメディリリーフに見えていても、中盤から終盤にかけてぐいぐい話のセンターに出てくる役なので、そして「七人」のエモーショナルな部分を相当背負っているので、そこを背負って立ちつつ、笑いに軸足もおかなきゃいけない。難しい役なんですよ!青木くん繊細な芝居は勿論うまいと思うけど、なにさまかけてるリボンが小さすぎる。つまるところ伝わらないし、観客の呼吸が読めてない。あと、これは青木くん全くわるくないけど、磯平とのバランスがどうなのかって感じもあるなあ。あの展開もキャストによって書き換え時なのではという気もしました。

古田贋鉄。格が違うってのはこういうことなのかって感じでしたね。新感線の芝居に出るとはこういうこと、笑いを取るとはこういうこと、ひとりでそれを体現していた感。だからこそね…百人斬りをね…(まだ言う)。

カーテンコールはぐるーーっと回りながら各場面場面で主要キャストが佇むという、こういうのどこかで見た…あっ、ディズニーランド!?イッツアスモールワールド!?と思ったとか思わなかったとか。それも含めてアトラクション感は最後まで強かったです。

次は阿部サダヲを捨に据えての「鳥」ですが、いやもうせっかくどうでも捨のキャラが変わるんだから、ホンも今までのエピに固執しないでバンバン切って直してほしい気がします。未來&太一でこれも11年版のコンビなだけに、もう一回似たようなのやんないでねって感じはある。せっかくの4シーズンロングランなので、そこは制作側の意地を見たい!です!

2016-10-22

[]「Vamp Bamboo Burn〜ヴァン!バン!バーン!〜」劇団新感線

初日が開けたのは夏真っ盛りの8月初旬!今はもう初秋どころか、秋まっただ中…待ちかねた!ここんとこわりと初日に近いタイミングで新感線公演を観ることが多かったので、ここまで最終盤にマイ初日が来るというのは久しぶりでした。いやーさすがに、こなれてる(笑)役者もスタッフも完全に「手の内に入った」あとなので、これからもっと変わるんだろうな〜という余地が、さすがにない!そういう新感線を久しぶりに観た気がします。

かぐや姫伝説をベースに、その時代から脈々と生き続けるヴァンパイアと、かぐや姫の正体、実は、な展開を絡ませていくんですが、宮藤さんならではというか、枝葉とも思えるエピソードも相当書き込んでいるだけでなく、枝葉は枝葉で思わぬ伏線回収を見せたりするので気が抜けないという所がある。その各エピソードの書き込みが濃いあまりにわりと最終盤まで主軸の物語としての高揚感が来ないんですよね。1幕ラストのかぐや姫の現代での姿がわかるところがひとつのピークで、そこをどんどん押してくるかと思いきやそこからもわりと分散する(個人的には後半の沖縄色はもっと薄くて良いのではと思った)。しかしもちろん、最後には、積年の愛と積年の恨みがぶつかり合う展開となるわけですが、ここの生田斗真と中村倫也のすばらしさ!身体のキレ、見栄えのする立ち回り、ここで一気に物語としてのカタルシスを見せきるふたりのぶつかり合い!これは見応えありました。

いや、しかし、生田斗真は美しいね。基本的に、舞台は顔の造作関係無い、5列離れりゃわかりゃしない、と思ってるタイプですが、それを越えてなお圧倒的なビジュアル力!この場合のビジュアル力とは顔の美しさのことだけではなくて、姿勢や仕草やそういう板の上にあらわれるものすべてを指しますが、あの、タイトルバックの場面!平安貴族の衣装から、烏帽子が落ち、髪がほどけ(銀髪!)、引き抜きで衣装が替わってバックにタイトル、浮かび上がるシルエット、風に舞いあがる長髪!て、絵になりすぎてコンニャローーーー!!!!だったし、ここまでキメてくれたらもうチケット代のもと取ったわ…(早い)て思ったし、大劇場で自分を見せることを彼は心底からわかっている、という感じだった。身体能力の高さももちろんだけど、宮藤さんとも組んだことがあって笑いの間を心得ているというのもすごくよかった。

倫也くん、去年の暮れにライチを見た時に、もともといい役者さんだけど、ちょっと天井知らずになりつつあるし、新感線はここらへんで呼んでおかないとなんじゃないの!?と思っていたので、まさに我が意を得たりなご出演。いや素晴らしかったね。素手で戦って良し剣を持たせて良し喋らせて良し、倫也くん初見のひとには「あ、あのひと、誰!?」って思わずキャスト表とかパンフとかで確かめてしまうガラスの仮面現象を巻き起こしたに違いない。個人的に蛍太郎が生きていたと知ってからの芝居の笑いとドシリアスの切替の見事さに唸りました、唸りましたし、笑いました。

俺たちの栄子はヒロイン枠というよりアクションかっこいい役というか、お笑いカッコイイ役というか、もはやゲストというより準劇団員の風格。あと徳永ゆうきさん、寡聞にして存じ上げませんでしたが、何あの音鉄クオリティ!ちなみに私の見た回は大阪駅の新快速米原行き案内だったよ!お馴染み劇団員の皆様の中では黒霧島と赤霧島がよかったなー!ああいう粟根さんスキ…最後はパシリム並のボディスーツだし…赤霧島の川原さん、終盤エイリアン軍団vsヴァンパイア軍団になるところの立ち回りで、もう、早く!早くその人に日本刀を…!って思ってしまった私を許して欲しい。じゅんさんはかなりのキーパーソンなんだけど、もう少しブラックなところが早く出た方が好きだったかもだな〜。あと劇中の演出とはいえ芝居の最中に立たされるの…キライ(笑)いや、じゅんさんのせいじゃないってわかってますけどね!

映像をふんだんに使用した舞台装置で、私としては好みじゃないてというのはあるんですけど、平安貴族と現代のヴィジュアル系バンドをリンクさせた構成である以上しょうがないのかな〜という気もします。あと音楽というのも今作の大きな要素ですが、歌詞を楽しませるためにもああいう手法は不可欠なのかもな〜。音楽と言えば、斗真くんは相当年季の入った音楽好きで知られてますけども(夏になるとフェスでの目撃が風物詩になるほど)、それも今作にプラスに働いた要素だったような気がしますね。斗真くんのヘドバンは美しい!

「スサノオ」に出て以来、ずっと新感線と出会ったことを自分の転機だったとことあるごとに語っていてくれて、私が何をしたわけでもないけど斗真くんがこうして大作でセンターに立ってる姿を見るとなんというか、万感胸に迫るモノが若干あったりして、いやしかし今作での姿を見ると、がっつりいのうえ歌舞伎でキミ、1本どうだ?みたいな気にもなってきたりしますよね!

2016-03-13

[]「乱鶯」

今回はいのうえ歌舞伎<黒>(black)ということで、脚本が倉持さん、本格時代劇!です!という謳い文句。古田さんが文句なしのどセンター、芯を張っての新橋演舞場ということで、出かけてまいりました。いやー、「一本気な男だねえ!」というのは熱海殺人事件の台詞ですが、「一本気なホンだねえ!」と思わず声をかけたくなるような芝居でしたね。

盗みはすれども非道はせず、いわば「盗みのプロ」「盗みの美学」を貫く盗賊の頭目「鶯の十三郎」。狙った大きな仕事で仲間の裏切りに遭い、瀕死の重傷を負う。そんな十三郎を助ける侍と、小さな縄のれんを営む夫婦、その恩義に報いるため、盗みからはすっぱり足を洗い、料理人としてカタギになるが…という筋書き。一幕75分、二幕115分で、相当に長尺ですが、このまっすぐな構成で見せきっているのはなかなかすごいですね。二幕なんか、展開としてはもう相当早い段階で筋道が見えてくるんですけど、それでもその道をぐいぐい押していくものなあ。

十三郎は後半、いわば二重スパイとして立ち振る舞うことになるわけですが、個人的にはこの設定をもう少し活かしたものが見たかったなという気もします。「日取りを聞き出す」→「過去の因縁含めて告白する」→「話が漏れているのが漏れる!」までの展開が一本気すぎるというか、まっつぐすぎるというか、せっかく二重スパイなのだから、誤解や葛藤、権謀術数がもっと渦巻いてもよかったのでは…という。黒部があの店に噛んでいることまでつかんでいるのに十三郎ちょっとノーガードすぎない!?みたいな。誰であれ、善に転がるにせよ、悪に転がるにせよ、相克というか、自分の中の何かを越えた上での決断、というところがメインキャラクターのどこかにあると、ぐっと身を乗り出しちゃう私としては、そこは食い足りなかったところでした。

いのうえさんの演出はやっぱり演舞場とすごく相性がいいんだと思う。個人的に他のどの劇場で見るよりそう思う(笑)。今回は地方公演はプロセニアムな劇場が予定されているので、当然ながら花道使いに遠慮が見られましたね…そのかわりこれでもか!と盆を回していたね。セットとセットの背面をうまく路地みたいに見せて奥行き見せるのとか、うまいですよねえ。

古田さんが芯で、しかも、「めっちゃ、強い!」という設定なので、最初の立ち回りも、最後の立ち回りも、あーー強い強い強い、ほんと何度でもいうけど古田さんの殺陣は他の誰よりその振りも突きも「重量」がちゃんとあって、斬られてる、これはしぬ、という感じがすごくする、そこが本当に見ていて「もっとやってつかーーーさーーーい!」ってなるところです。轟天vs五右衛門では(後半化けることもあって)立ち回り充、とまではいかなかったので、いやー今回相当充たされた感。でもって、渋い役どころではありつつも、無邪気な勝之助とのコンビでボケを拾う立場に回っていたりもして、そのあたりの立ち振る舞いの確かさも堪能、堪能しました。

そういえば古田さんも1カ所もんのすごい噛んだ(うえに、そのままぐんぐん進んだ)けど、珍しく!粟根さんが「盗賊」と「幽霊」をテレコにしてしまうという言い間違いがあり、あっ貴重なものを…と思いました。粟根さん、楽しそうだったね。早々に死んじゃうけど、死んでからが本番だったね。じゅんさんの火縄の砂吉、救いようのない悪党でしたけど、甘い物に目がないっていう性格付けがひとつあるのが効いてたな。大谷亮介さん、いやーいい声、いい声、いい声(3回言った)。言葉の重みハンパない。しかし、黒部は源三郎の正体に気がついているであろうに(だよね?)あそこで西瓜さげて来ちゃうのは、なにゆえ…と若干腑に落ちなかった。大東くん、必死で食らいついているさまが勝之助のキャラクターうまいことシンクロしていて、はまっていたんじゃないでしょうか。観劇したのは13日の昼の部でしたが、大東くん30歳のお誕生日!ということで、カーテンコール時にみんなでハピバースデー歌いました。おめでとうございやす!