彼の出で立ち

みなさんこんにちは。
一日一食に挑戦するpechonです。
でも、む、り……


日記の代わりとして、適当に、短い小説もどきを書こうと思ったら、行き当たりばったりの結果、なんかごてごての変な文章になってしまいましたー。
適当にどうぞです。


…………………………


男は白いシャツに半ズボンという出で立ちで、数時間前から自室に籠もってわさわさと動いていた。
とても外には出られない恰好の彼は、掃除をしていたのだ。


「単位を取ったから、こんなプリントとはおさらばだゼ」


そんなことをしきりに呟きながら、束ねた印刷紙をやや乱暴に黄色いビニール袋へと放り込む。袋に対して紙が大きいので、彼は何袋も費やす羽目になった。
はじめは文字通り足の踏み場もなかった部屋だが、次第に床の絨毯が見えてきた。男は達成感をおぼえた。それが一種の快感にもなり、彼の身体は休憩を求めることはなかった。


「問題は、本だな……」


この部屋には本が多すぎた。
ある作家が、買い込みすぎた本を縛ってベッドにしてしまったという実話を漏らしていたが、ここでも現実的にそれが可能だと思えるほどだった。
ゴミを捨てることは容易くても、本に同じ要領は通用しない。
彼は雑多な本達への処置について、お得意の思考を巡らせた。


「とりあえず脇にどけとくか」


お得意の割に大したことない結論だった。
膨大な書籍群は本棚の前に積み上げられた。


「わーい二重本棚!」


男は意味不明な喜びを表現している。
ともあれ、部屋は大分片付いていた。
どこに足を置いても問題は無さそうで、また机の上にも余計な物がない。


「かなり綺麗になったぞ。……これで、これで俺の部屋にも女の子を呼べる!!」


右手のこぶしをしっかりと握りしめ、携帯をすばやく操作しながら、男は言葉を吐き出した。
その瞳は怪しげに輝いていた。
繰り返すが、彼は白いシャツに半ズボンという出で立ちである。


「そんなことはできぬ」


不意に、背後から渋い声がした。
彼は背後の、お気に入りのどーもくん人形が置いてある方を一気に振り向いた。
そこには誰もいなかった。


「だ、誰だ」


男の声には僅かだが震えがあった。
無論、さきほどの恥ずかしい吐露を聞かれたという衝撃からである。


「私は、モテモテの精」


姿無き訪問者はとんでもないことを口走った。


「モテモテの精だと。モテモテで、しかも精なのか。なんて奴だ」


彼もある意味とんでもないことを口走った。


「お前はついさっき、自分の部屋におなごを呼べると言ったな」


男の顔が蒼白さを帯びた。
――おなごだと。そんな古めかしい単語を自然に操るなんて……。
やや見当外れの焦りだった。


「ああ、言ったさ。こんなに綺麗になったんだ。何がおかしい」


言葉に詰まりそうになるのをどうにか乗り越えながら、彼は精一杯反論した。


「おかしいも何も、お前は根本的に間違っている」


「どういうことだ。見苦しい部分なんてないぞ……」



「お前が見苦しいのだ」



彼ははっとした。
再度繰り返すが、男は白いシャツに半ズボンという出で立ちである。


「ふ、服装など!」


「甘いな。……こんな言葉を聞いたことはないかね。“見えないところに気を配るのが、本当のオシャレ”だと。今の貴様は何だ。その真っ白なシャツのブランドを言ってみろ」


「……び、びぃぶぃでぃ……」


「そうだ。お前があるとき売り場で「DVD」と誤記されていたことを喜んですぐにレジへ持っていったBVDだ。オシャレさんはBVDを着るのかね?」


「それは根拠のない言いがかりだ! BVDはきちんとしたシャツを製造している! 品質は証明済みだ!!」


男は激昂した。
彼はBVDのシャツをそれなりに気に入っていたのだ。


「まぁ落ち着こうではないか。忘れたかね? 私はモテモテの精。お前が過ちを犯しているからこそ、こうして忠言しにやって来た」


モテモテの精はあくまで冷静だった。


「く……。俺がモテモテでない以上、モテモテの精には逆らえんな。では、“本当のオシャレ”というのは、この場合どうなるんだ? シャツなら何がいいんだ!?」


「下着のシャツなど、いらないのだ」


「なっ……!?」


彼は思いも寄らぬ言葉を投げられ、ついたじろいでしまった。
そこにモテモテの精が畳み掛ける。


「そもそも、見えないようになっているからこそ、見えないところのオシャレが成立するのだ。隠れなければ意味がない。隠れぬシャツは、ただのシャツだ。さすがにそれは暑いからと上に何も着ないのなら、いっそ一糸纏わぬ方が清々しいのだよ」


男は喉をごくりと鳴らした。
論点がずれている気もするが、まずこのモテモテの精が言っていることが分からないこともない。
ここで彼は、ふいに浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。


「じゃあ、きちんとしたシャツならどうなんだ? 下着じゃなくて、染めやプリントがある服。これならキチンとオシャレになるだろう」


発言を進めるうちに、彼は自分で手応えを感じていた。


「駄目だ」


しかし、モテモテの精は厳しかった。


「そのとき、お前の半ズボンが妨げになるだろう。いいか、露出するからには毛は剃らなければならぬ。しかしどうだ、お前の両足に繁茂するジャングルは。それを一切浄化せぬ限りは、そもそもお前の足は露出を許されない。万死に値するぞ。出過ぎた口をきくな。お前は、どうしても見苦しいのだ」


これは彼自身も平時思っていたことだったので、ぐさりときた。
何も言い返せなかったので、少し毛色を変えた反論をすることにした。


「じゃあ、最初から外行きの恰好で掃除をするよ。これで文句はないだろう?」


「駄目だ」


「なんでだよ!」


「まぁ落ち着け。いいか、お前はひとつ、大切なこと、私の温情に気付いていない」


「さっぱり思い当たらん」



「お前の顔だ……」



「!!」


崩れる、とはこういうことを言うのだろう。
男は途端に膝を折り、両手を絨毯につけた。
冷や汗が一条、たらりと頬を滑っていった。


「どんなにオシャレをしようとも、顔の良い奴には敵わない。そのことはお前も良く理解しているだろう。また、お前自身が男前ヒエラルキーの最下層にいることも」


ぽたぽたと、出所の分からないしずくの落ちる音がする。


「それについては流石の私にも手の施しようがない。だからもうやめておこう。とにかく、私はお前の飾り立てについて物を言いに来たのだ」


少し間があった。
彼はうなだれていた首を軽く上げ、ゆっくりと立ち上がった。


「……わかった。じゃあ、続きを聞かせてくれ」


唇が僅かに震えていた。


「よろしい。……お前は、外行きの恰好で掃除をすることを提案した。だがそれは間違っている。何故か? お前の部屋は、お前が一番よく理解しているだろう」


「そ、そうか。散らかりが……」


「その通り。お前の部屋は、片付けるにはあまりに散らかりすぎているのだ。外行きの整えた恰好で取りかかってみろ。着衣は乱れ、汗に濡れることが自明ではないか」


正論だった。
現に掃除をし終えた時の彼には汗がしたたっていた。
長い間身体を動かしていたからだ。


「確かにそうだな。外行きではいけない。かといって、シャツや短パンもいけない。じゃあ、どうすれば……」


「言っただろう。いっそ、一糸纏わぬ姿の方が清々しいと。脱ぐのだ。全裸は、原始人を想起させる。それも一種のスタイルだよ」


彼にもはや逃げ道は無かった。
――脱ぐしかないのか。
色々と悔やんだ後、彼はしかし、はっきりと言った。


「わかった」


当然見えないのだが、男はモテモテの精が微笑んだような気がした。


まずシャツを脱いだ。貧相な胸板が露わになった。


「これもモテモテへの道……」


自分に言い聞かせるように、男は呟く。
秋にしては冷たすぎる外気が、ドアの僅かな隙間から差し込んできた。
彼はすこし風邪を心配した。


「さぁ、後は……」


両手を半ズボンのゴムに伸ばし、中に親指を滑り込ませる。
そして、掴んだゴムを軽く伸ばし、前屈みになりながら、ひじをまっすぐに、


「きゃあああ変態ッ!!!」


声と同時に一層強い冷気がぶつかってきた。
彼は顔を上げた。
台所に面した玄関のドアが開き、そこには見知った女性が立っていた。
彼の、数少ない女友達である。


「ど、どうしてここに……」


「どうしたもこうしたもないわよっ! ……いいからまずは服を着て。……あのね、あなた、私に電話を掛けてきたのを覚えてる? 出てもあなたの声がちゃんとは聞こえないし、それどころかなんかモテモテモテモテ聞こえるし、流石に怖くなって急いでこの家に来た訳。何よ、これは何のつもりなの?」


彼女は顔をこわばらせている。
男は怖くて寒くて全身が震えている。


「こ、こ、これは、だな。そ、その、オシャレを……」


「脱ぐことがオシャレなの」


「げ、げ、げ、原始人スタイルなんだよっ!!」


「……こっ、この、ド変態が!!!」


玄関が勢いよくばたんと閉まった。
咄嗟に弁明をしようと彼は頭をフル回転させながらドアノブに手を伸ばしたが、扉向かいに抑えられているのだろう、一向に開かない。彼は自分の貧弱さを恨んだ。


「……もしもし、警察ですか。ええ、変態が……」


とんでもない言葉が聞こえてきた。
なんと彼女は通報している!!
その間やはり扉は開かず、しばらくしてやっと開いたかと思えば、彼女は一目散にどこかへと駆けだしていた。


「寒ッ!!」


男は身体を襲う冷気に気が付いた。
このままでは命が危ない。
的確にそう判断を下し、彼は惜しみながらドアを閉じた。


――大変なことになった。
どうしてこんな大事に至ってしまったのだろう。
彼は色々と考えた。


「そうだ、あのモテモテの精が……」


「やってしまったね」


また渋い声が、今はより近くから聞こえてきた。
男は、結局何もかもこのモテモテの精のせいであることを思い出した。
そして、同時に、先ほどの「やってしまったね」と共に微弱な風を感じた。
これは……吐息だ!
彼はモテモテの精の実体を確信した。


「どうだ、身をもって知っただろう。モテモテへの道は遠いの……」


重低音はそこで途切れた。




ファンファンファンと、パトカーのサイレンが聞こえる。
男はそこで覚醒した。
飛んでいた意識と共に、短い間の記憶もしっかりと蘇ってきた。
音は次第に大きくなる。


「まったく、モテモテへの道は遠いな」


白いシャツと短パンという出で立ちの男は、溜息をついた。
――これから、ちょっと厄介になるな。
彼はひとまず、手にしていた刃物を食器乾燥機へと戻した。


「だけど、俺の罪はひとつだけだ。脱ぐのはオリジナル健康法で、彼女は頼みもせずにやって来たのだと言い張ればどうにかなるかもしれない」


まだ先のことは分からないが、きっと、牢屋に放り込まれることはないだろうと、彼は静かに確信していた。


「何から何まで見えない奴で助かったよ」


男のシャツは、濡れたまま、全くもって白いままだった。